運命のボタン
リチャード・マシスン(著)
尾之上 浩司(編・訳) 伊藤典夫(訳)
「そのボタンを押せば大金が手に入ります。ただし世界のどこかであなたの知らない誰かが死にます」という謎の装置をめぐる顛末を描いた『運命のボタン』。
わりと有名なショートショートだろう。ぼくも、かつてどこかのサイトで紹介されていた小噺として読んだ。その鋭いオチに感心して原作を読んでみたのだが……。
あれ。ぼくの知ってるオチとちがう。しかも原作のほうが冴えない。
「迷った挙句にボタンを押してしまい、大金を手に入れる」ところまでは同じだったのだが。
【以下ネタバレ】
リチャード・マシスン版のラストは
「夫が死んでしまい、ボタンを押した妻のもとに生命保険金が転がりこむ。『知らない人が死ぬって言ってたじゃない!』と激昂する妻に、ボタンを運んできた謎の男は『あなたはほんとうにご主人のことをご存じだったと思いますか?』と言うのだった」
というもの。
うーん、わかったようなわからないような話だ。そりゃあ夫婦だからって一から十まで知っているわけじゃないけど、「あなたの知らない人」ってそういうことじゃないでしょ。アンフェアだ。こういうのってルールの中で意外なオチを用意するからスマートなのであって、ルールをねじまげるのはずるい。
ぼくが小噺集の中で読んだのは
「ボタンを押すと、一瞬いやな感触がする。きっと名前も顔も知らない誰かが死んだのだろう。しかし約束通り大金を手にすることができた。ボタンを持ち去ろうとする謎の男に『そのボタンはどうするの?』と訊くと、『あなたの名前も顔も知らない誰かのところに持っていきます』という返事が……」
だった。
こっちのほうが断然スマートだ。一瞬考えるが、すぐに理解できるちょうどいい不気味さ。余韻も残る。どうやらテレビドラマ用に書き換えられたオチらしい。
改変版を知っていたので、オリジナル(リチャード・マシスン版)を読んで「なんか野暮ったいオチだな……」と感じてしまったわけだ。
表題作『運命のボタン』とその次の『針』がショートショートSFだったのでその方向の作品集かとおもったら、テイストはばらばらだった。本格SFあり、ホラーあり。
今から半世紀ほど前に書かれた短篇なので、今読むとちょっとものたりない。えっ、もう終わりなの、もうひとひねりかふたひねりあるんじゃないの、という感覚になる。20世紀はこれぐらいで満足していたのか。小説も進歩してるんだなあ。
ストーリー運びにはものたりなさも残るが、設定のおもしろさはあまり古びていない。
ある日家にやってきた見知らぬ少女と遊ぶようになって以来娘に異変が起こる『戸口に立つ少女』
息子が飼いたがっている小犬を母親が捨てるが、何度捨てても殺そうとしても帰ってくる『小犬』
ロボットボクシングの試合当日にロボットが壊れてしまったので人間がロボットのふりをして出場するという落語『動物園』みたいな話『四角い墓場』
テレパシー能力を身につけるために言葉を教えられずに育った少年を取り囲む人々の苦悩を描く『声なき叫び』
飛行機の窓の外に、飛行機を破壊しようとしている怪物が見える。はたして怪物は実在するのかそれとも自分が狂っているのか……『二万フィートの悪夢』
どれも設定がすばらしい。ぞくぞくさせられる。でも、だからこそ、「このすばらしい設定を活かすにはもうちょっと凝った展開がほしいよな……」とおもってしまう。50年前はこれだけで十分斬新だったんだろうけどさ。
特にスリリングだったのは、治安の悪い地域のレストランで妻がトイレに行った間に夫の姿が消えてしまう『死の部屋のなかで』。
「夫はどこへ行ったのか?」という謎だけでなく、「このレストランにいる男たちは妻をどうしようとおもっているのか?」「もしかして保安官もこの連中の仲間なのか?」と、何重にもはらはらさせられる。妻以外の連中の真意がわからないのがおそろしい。
が、これもやはり「えっ、これで終わり……?」と言いたくなるような結末。肩透かしをくらってしまった。
「起承転結」の「起」「承」はすばらしいのにな、という作品が多かった。
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