小暮写眞館
宮部 みゆき
写真屋だった建物に引っ越してきた高校生の主人公が、様々な心霊写真の謎解きを依頼され……というお話。
派手な犯罪や凶悪な登場人物などは描かれず、日常の謎系のミステリ。『ステップファザー・ステップ』みたいな味わい。
しかし、この謎解きはいただけない。オカルト頼り。
「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」って川柳があるけど、それならおもしろいんだよね。謎解きの妙があるから。
でも『小暮写眞館』は「幽霊の 正体見たり 幽霊だ」だからなあ。心霊写真が撮れたので調べてみたら正体は霊でした……ひねりがなさすぎる。
オカルトが好きじゃないんだよね、個人的に。 スパイス的に使うのならともかく、メインに据えられるとげんなりする。
怖いとかじゃなくて霊に興味がない。霊感があるだのどこそこのトンネルが出るだのこの部屋は前の住人が自殺して……だの言われても「あ、そ」としかおもえない。
見える人には見えるのかもね、自分には関係ないけど。
「南米の熱帯雨林に棲むイチゴヤドクガエルは強力な毒を持っているんだって。怖いよね」と言われても「ふーん。まあ自分には関係ないからどうでもいいけど」としかおもわないのと同じだ。
あと霊を感動させるための道具として使うことも気に食わない。なんかずるい。霊を出したらなんでもありになっちゃうじゃん。
宮部みゆき作品でいうと『魔術はささやく』もダメだったなあ。催眠術使うのはずるいでしょ。これも同じ感覚。
……ってな感じで上巻でずいぶんげんなりしながら読んだんだけどね。
でも下巻はおもしろかった。下巻はほとんど霊が関係なかったからね。わるいね、霊が嫌いなんだ。
上巻の伏線が下巻では生きて、幸せいっぱいそうに見える家族の病理も浮かびあがってくる。
下巻だけとってみれば、よくできた小説だ。
下巻には、我が子を亡くした母親が葬儀の場で親戚一同から追い詰められる様子が書かれている。
「どうして子どもを死なせたんだ」「なぜもっと早く気づいてやれなかったんだ」と。
追い詰めている人たちを駆り立てるのは悪意ではない。善意だったり、保身だったり、やりきれなさだったり、つまりはぼくらがみんな持っているものだ。
そういうあたりまえのものが、誰かを死の淵まで追い詰めてしまうことがある。
インターネットの炎上を見ていると、だいたいがそんなもんだ。
炎上する人も、させる人も、ほとんど悪意は持っていないように見える。正義感や見栄や義侠心や怯えが、炎上への引き金をひいてしまう。
『小暮写眞館』の読後感を一言でいうなら、よくある感想だけど「霊よりも生きた人間のほうがこわい」。
ふつうの人間のこわさがにじみ出た小説だとおもう。
くどいけど、霊が出てこなければもっとよかったんだけどなあ。
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