家族をテーマにした短篇集。
うまいなあ。
お手本のような、軽い短篇小説。
ほどほどにユーモアや皮肉も込められ、ほどほどに現実感があり、でも最後は誰も不幸にならない。
新聞の4コマ漫画のような軽さで、何も考えずに別の世界の物語にひたりたいときにはちょうどいい。
会社の倒産により専業主夫になった男を主人公にした『ここが青山』という短篇。
とりあえず次の仕事が見つかるまで、というつもりで家事や育児をやっていたら意外と自分に向いていることがわかった。妻も外に出て仕事をするのが好きなので、誰も何の不満もない。
なのに周囲の人からは「仕事が見つからなくてかわいそう」という目で見られ、頼んでもいないのに次の仕事を紹介されて……というストーリー。
ああ、いるよなー。こういう「本人は幸せなのに、傍から余計な同情をする人」。
ぼくが娘と公園で遊んでいたとき、見知らぬおばちゃんからいきなり、
「お父さん、お休みの日なのに子どもの相手しないといけないなんてかわいそうねー」
と声をかけられたことがあった。
あのー、ぼくは子どもと遊ぶのが好きなんで、すごく楽しんでたんですけど……。
そのおばちゃんが子ども嫌いなのか、それとも彼女の夫が子どもと遊びたがらない人だったのか。
「幼い娘と遊ぶ幸せなひととき」も、人によっては「いやいや子どもに付き合わされるかわいそうな父親」に見えてしまうのか、とびっくりしたことを思い出した。
「○○の楽しさを知らないなんて人生半分損してる」
という発言もそうだよね。
学生時代、友人がバイクを買い、すっかりバイクの魅力にとりつかれた。
それだけならどうということもないのですが、 ことあるごとにぼくにたいして
「おまえもバイク乗れって。世界が広がるぞ!」
と勧めてきて、うんざりした。
ぼくはバイクに乗って出かけるより本を読んでいたかっただけなのに、友人から見たら「バイクの楽しさを知らないかわいそうなやつ」に見えたんだろうね。
勧めるほうとしては純粋に善意だけで言ってたんだろうけど、だからこそ余計に迷惑。
とはいえぼくも、その友人のことを「読書の楽しさを知らないかわいそうなやつ」と思っていたのでお互い様だけどね。
いちばん印象に残った短篇は、妻との別居生活が思いのほか楽しくなってしまう『家においでよ』。
妻との別居を機に、しばらく遠ざかっていた趣味を再開する男の悦びを丁寧に書いているのですが、「あー……、いいなぁ……」という感想しか出てこない。
ぼくは結婚5年目。
今のところ結婚生活にこれといった不満はない。
……のつもりなんですが、やっぱりどこかで我慢している部分があるんだろう。
たまに妻が子どもを連れて実家に帰ったりしてひとりになると、おもいっきりエンジョイしたくなる。
上等な肉を買ってきて、焼き肉をする。
野菜なんかぜんぜん焼かない。肉と飯ばっかり食う。
風呂から出たあと、パンツも履かずに裸でリビングをうろうろする。
リビングでテレビを観ながらオリジナルのダンスをする。
わざと布団からはみだして寝る。
ひとりのときはだいたいいつもこんなかんじ。
でも、ふだん我慢しているわけじゃないんだよ。
そこがほんとにふしぎ。
いつも「肉をたっぷり食べたい!」と思っているわけじゃない。
いつも「裸でリビングをうろうろしたくてたまらない!」と思っているわけじゃない。
いつも「リビングでオリジナルのダンスをしたい! でも今は妻がいるから......。しかたない、ここは我慢だ!」と思っているわけじゃない。
なのに、ひとりになると奇行をとりはじめてしまう。
抑圧されたリビドーが解放されるんだろうか。
周囲の既婚男性に訊いてみると、多かれ少なかれ、みんなそんなもんらしい。
三十代になって金銭的な収入は増えたのに、若い頃よりも好きなことにお金を使えなくなっている。
既婚男性はみんな、我慢してるもんなんだろうねえ(たぶん既婚女性のほうはもっと我慢してるんだろうけど......)。
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