2020年8月23日日曜日
人体感染業協同組合
地元の人たちが山に入って自分たちが食べる分だけの山菜や木の実を採っている。
地主は知っているが特にとがめたりしない。もちろん法律に照らせばよくないことだが、多少は人の手が入ったほうが山も荒れないので事実上黙認している。
ところがある日、トラックで乗りつけて山にあるものを根こそぎ持っていく業者が現れる。毎日のようにやってきてごっそり資源を持っていく。このままだと山が丸裸にされてしまう。
仕方なく地主は「関係者以外立入禁止」の看板を立てる。細々と山菜を採るぐらいならかまわないのだが、業者に「あいつらだって採ってるじゃないか」と言われないため、地元の住民を含め一切の立ち入りを禁ずるようになる。
ロープを張りめぐらし、防犯カメラを設置し、見つけ次第警察に通報する。
これまで細々と山菜を採っていた人たちは寂しいおもいをする……。
ってことが細菌やウイルスの世界でも起こってるんじゃないだろうか。
いろんな細菌やウイルスが人間を媒介して生存、繁殖していた。
人間からしたら害がないこともないが、完全に除外するのもコストがかかるし、中にはいいことをしてくれる菌もある。
多少は人体に入ってくるのもしかたないとおもってそこそこうまく共存していた。
そこに新しいウイルスがやってくる。
こいつは人体を荒らしまくるし、殺してしまうことも少なくない。放っておくとどんどん増える。
仕方なく人間は手洗いうがいをし、マスクをかけてアルコール除菌をし、他人との接触を避けるようになる。凶悪なウイルスだけを防ぐことはできないのであらゆる菌やウイルスを除去することに努める。
困ったのはこれまでそこそこうまく人間と共存していた菌やウイルスたちだ。
おいおいおれたちはそこまで悪さをしてこなかったぜ、まあまあうまくやってたんだ、たまにはいいことだってしてやったし。
でも、だめなのだ。
一部の不届き者を排除するためには、全員を締めだすしかないのだ。
こうして人体から締めだされた菌やウイルスたちは怒っている。
あいつらのせいで。
そのとき、ひとりの菌が言いだす。
「これまで、みんながおもいおもいに人体を感染させてきた。どれだけ感染させるか、どんな症状を引き起こさせるかは各菌の判断に任せられていた。今後、そういうやりかたはダメなんじゃないか。業界団体をつくり、ガイドラインを作って、どこまでならやっていいかの基準を明確にしよう」
インフルエンザウイルスが反対する。
「おまえらみたいな弱小菌はそれでいいかもしれないけど、基準なんか決めたらおれたちは感染力を抑えないといけなくなるじゃないか」
「もちろん不公平を感じるかもしれない。だが好き勝手に感染していたら、いつか限りある資源をとりつくしてしまうことになる。そうなってしまっては元も子もない。ここはひとつ我慢してはくれないか。とはいえインフルエンザウイルスの言い分もあるだろうから、冬は解禁期間と定めて感染を拡大させてもいいことにしよう」
結局最後はインフルエンザウイルスも折れ、自主規制基準を定めてそれぞれが守ることで一致する。
人体感染業協同組合(人協)の誕生である。
数十年後、covid-19というウイルス界のトランプ大統領みたいなやつが現れて、人協からの脱退をちらつかせながら自主規制議定書への批准を拒否することになるのだが、それはまたべつのお話……。
2020年8月21日金曜日
【読書感想文】常にまちがったほうの選択肢を選ぶ主人公 / 筒井 哲也『ノイズ』
ノイズ【noise】
筒井 哲也
内容説明文がおもしろそうだったので読んでみた。
田舎の集落にやってきたある男。主人公たちが言動に不審なものを感じてネット検索すると、元殺人犯であることがわかる。
近寄りたくないが、刑期を終えて出てきた以上は一般市民。強制的に排除することはできない。
元殺人犯の男は主人公の妻と娘にあからさまに性的な目を向けるようになり……。
第一話はこんな内容。ものすごく期待が高まった。
なるほど。この元殺人犯が“ノイズ”ね。
口ではえらそうに人権の重要性を語っていても、みんな自分の生活のほうが大事だもんね。
こういう事態に直面するとエゴイズムがむきだしになるよね。
己の信条とエゴイズムの間で葛藤しながら元殺人犯から家族を守ることができるのか、というサスペンスね。
……とおもいながら二話目以降を読んだのだが。
期待外れだった。
登場人物がみんなバカなんだよね。二つ選択肢がある状況で、常に悪いほうを選択する。
正当防衛で人を殺してしまったことを隠すために死体遺棄をするとか。
死体遺棄を隠すために殺人をするとか。
そんな感じで、常に「まちがったほう」を選択しつづける。どんどん罪を大きくする。
転落人生を描きたいのかとおもったけど、そういうわけでもなさそう。主人公たちはあんまり後悔しないんだよね。
バカなの? バカなのね。あっそう。
めちゃくちゃ展開が早いので読んでいて退屈はしないんだけど、そのスピード感が裏目に出ている。
「直情的な行動」
「都合のよい偶然が重なる」
「主人公たちのために都合よく動いてくれる村人たち」
のオンパレードで、読んでいてどんどん白けてしまった。
はじめの期待が大きかった分、拍子抜けしてしまった。
ラストまで読んでも「はじめっから正当防衛で届け出しておけばよかったのに」としかおもわなかった。
筒井哲也氏の漫画ってどれも綿密に構成されているのがわかるんだけど、今作はその濃密なプロットがアダになったって感じがする。
「言動の怪しい元受刑者が近所に来たとき、どうするか」
というワンテーマでじっくり三巻使って書いてくれたらおもしろかったとおもうんだけどなあ。
冒頭のこのセリフとかすごくわくわくしたのになあ。
でもじっくり書くのは漫画向きじゃないのかなあ。
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2020年8月20日木曜日
【読書感想文】誘拐犯たちによる謎解き / 道尾 秀介『カササギたちの四季』
カササギたちの四季
道尾 秀介
連作ユーモア・ミステリ。
リサイクルショップを舞台にちょっとした事件が起こり、店長・華沙々木が探偵気取りで推理を披露するも、的外れ。
副店長の「ぼく」が暗躍してひそかに謎を解く……。
という筋書きの短編が四篇。
読んでいるほうからすると、華沙々木の推理も「ぼく」の推理もこじつけ度はどっこいどっこいなのだが、なぜか「ぼく」の推理だけがずばずばと的中する。
いろんな意味でご都合がよいのだが、まあ謎解きのシビアさに重きを置くタイプのミステリではないのでこれでいいんだろう。
謎解きは可もなく不可もなく、って感じだけど上手だったのは短篇四篇の構成。
主要登場人物三人がいろんな事情を抱えていたっぽい記述があるので
「あれ? これはシリーズものの第二作目か?」
とおもったのだが、後半でそのへんの過去の事情が明らかになる。
また一篇目のキャラクターが四篇目で活きてきたりと、単なる短篇四つの詰め合わせではない。
小説巧者、って感じだね。
ところで二十歳過ぎた男たちが、保護者の了解を得ずに女子中学生をあちこちに連れまわしているのが気になる。
本人の同意があったってこれは誘拐事件でしょ……。
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2020年8月19日水曜日
【映画鑑賞】軍隊とは洗脳機関 / 『フルメタル・ジャケット』
フルメタル・ジャケット
(1998)
↑ もう、この内容説明文がほぼすべて。
「地獄の新兵訓練所ブートキャンプに投げ込まれ、残忍な教官ハートマンによってウジ虫以下の扱いを受けていくのだった」
清水 俊二『映画字幕の作り方教えます』という本に、『フルメタル・ジャケット』日本公開時の“事件”が書かれていた。
日本公開版の字幕は戸田奈津子さんが担当することになっていたのだが、スタンリー・キューブリック監督自らが日本語字幕をチェックして(日本語わからないのに)、セリフの本来の持ち味が失われているとして急遽担当者変更になったのだそうだ。
それほどまでにこだわりぬかれたセリフ、いったいどれほどのものだろうとおもって観てみたのだが……。
なるほど。こりゃすごい。
たしかにこの口汚い罵倒の数々、これをマイルドな言葉に訳しちゃったらこの映画は台無しだよなあ。
新兵の人間性を徹底的に破壊するハートマン軍曹役のロナルド・リー・アーメイ氏は、もともと演技顧問として招聘された人らしい。
ところが彼の罵倒の迫力がすごすぎたので急遽キューブリックから出演を依頼されたのだとか。
そりゃあなあ。こんなすごいキャラクター、ふつうは放っておかんわなあ。
この映画のハイライトは、前半の海兵隊訓練キャンプ部分といっていい。
訓練のひどいしごきに比べたら、後半で描かれるベトナムでの本物の戦争が生やさしく見えてしまう。
リアルなのは、新兵間でのいじめの描写。
ほほえみデブ(レナード)の出来があまりに悪いので(おまけにドーナッツを隠しもっていたりする)、ハートマン軍曹は、ほほえみデブがやらかしたときは本人には一切罰を与えず、他の訓練生全員に罰を与える。
ほほえみデブは訓練生全員の恨みを買い、夜中にリンチを受ける。
いじめの構造ってどこも同じなんだなあ。
自分に直接ストレスを与えている存在(この場合はハートマン軍曹)には矛先が向かわず、攻撃しやすいところ(ほほえみデブ)に向かう。
この陰湿さこそがきわめて人間的。
デーヴ=グロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』にこんなことが書いてあった。
人間は基本的に、他の人間を殺したがらない。
武器を持っていて、敵が眼の前にいて、殺さなければ自分が殺されるかもしれない。そんな状況にあっても、個人的に何の恨みもない人間を殺すことはなかなかできないのだそうだ。
だから軍隊で教えることは、戦闘技術よりも「どうやって殺人への抵抗を抑えるか」のほうが大事だ。
軍隊の歴史は洗脳の歴史でもある。
『フルメタル・ジャケット』を観ると、改めて軍隊とは洗脳機関なのだということがよくわかる。
いかに兵士の人間性を破壊するか。
訓練の目的はほとんどそれに尽きる。
ハートマン軍曹の訓練生の中でいちばんの成功者は、ほほえみデブだろう。
靴ひもも結べないような役立たずだった彼が、しごきと罵倒といじめの結果、誰よりも優秀な成績を挙げる優秀な狙撃兵になる。人間性は完全に失われ、銃と会話をするような「殺人マシーン」になる。
殺人マシーンになった結果、ハートマン軍曹を射殺し、自らに向けて銃の引き金を引くのはなんとも皮肉なものだ。
あれは軍隊教育の失敗ではなく、「成功しすぎた」結果なのだ。
2020年8月18日火曜日
【読書感想文】まちがえない人は学べない / マシュー・サイド『失敗の科学』
失敗の科学
失敗から学習する組織、学習できない組織
マシュー・サイド
おもしろくてためになる。
医療業界では毎年多数の医療事故が起こっている。命にかかわるものも多い。
一方、航空業界ではめったに事故が起こらない。
しかも年々飛行機事故は減っている。
飛行機に乗るのは怖いという人は多いが(ぼくもそのひとりだ)、飛行機はもっとも安全な乗り物のひとつだ。
なぜ医療業界では重大なミスが減らず、航空業界は減りつづけるのか。
それは、航空業界には失敗に学ぶ仕組みがあるからだ。
航空業界では墜落などの重大なミスが起こった場合、徹底的に原因が検証される。
コックピットにはブラックボックスと呼ばれる記録装置があり、機器のデータや操縦士たちの会話がすべて記録されている。この装置は衝撃からも熱からも水からも守られ、飛行機が墜落してもまず壊れることはない。
また墜落のような重大な事故だけでなく、軽微な事故、あるいは「あやうく事故が起こりそうになった」といったケースもすべて記録される。
こうした失敗につながるデータはその航空会社だけでなく、ライバル会社も含めた全世界の航空会社に共有される。
そしてこれがいちばん大事なことだが、航空業界では事故やミスが起きたからといって、当事者を責めない。
ミスの報告はどんどん推奨される。
つまり徹底的にミスと向き合うこと。これがミスを減らす方法なのだ。
ぼくが前いた会社は逆をやっていた。
「ミスをした人間はみんなの前でこっぴどく怒鳴られる」という文化だった。
ミスでなくても業績が悪くなれば、やはり責められた。
当然ながらこれはミスを減らすことにつながらない。
逆に、ミスを隠そうとするモチベーションがはたらく。
ミスを発見する
という悪循環だった。
ミスをした社員を責めない。ミスを隠そうとしたときだけ注意する。
その結果、多少ミスは減った。
大事になる前に食い止められることは増えた。
とはいえまだまだ減らない。
『失敗の科学』には、医療現場を改善した事例として「ミスを報告した人を褒める」という対策が載っている(もちろん明らかにその人物が悪さをした場合はべつだが)。
なるほど。
「ミスを叱らない」だけでは不十分なのだ。
たとえ叱られなくても、「ミスをしたやつだ」とおもわれるだけでもイヤなものだ。
だからミスを報告することに対して、褒めるというフィードバックを返してやらなくてはならない。
ミスが減らない最大の原因が、「チームのリーダーであるぼく自身がミスを隠してしまう」だ。
ぼくはチームの中でいちばん上の役職で、経験ももっとも長い。
他のメンバーを管理するポジションにいる。
こういうポジションにいると、ミスを認めて他のメンバーに報告することにより大きな抵抗を感じてしまう。
権威や誇りが失われてしまうのをおそれるあまり、
そんな言い訳をして(無意識のうちに自己暗示をかけるので気をつけていないと自分でも言い訳をしていることに気づかない)、失敗から目を背ける。
「ミスを報告することで罰を受ける」はもちろんイヤだが、罰がなくてもミスを認めるのは嫌なものだ。
世の中には「まちがえない人」がたくさんいる。
少し前に流行った『ドクターX』というドラマで、主人公の決めゼリフが「私、失敗しないので」だったそうだ(ドラマ観てないけど……)。
こういう人は成長しない。
ミスから学ばないから。ミスをしても「これはミスじゃない」と揉み消してしまうから。
「謝ったら死ぬ病」というネットスラングがある。
どれだけ判断ミスや失言をしても
「ご指摘にはあたらない」
「意図が誤って伝わってしまったのなら申し訳ない」
「誤解を招いたのであれば訂正する」
と言い逃れようとする人を指す言葉だ。
もちろん、こういう人も成長しない。
こないだ娘といっしょに観ていたテレビアニメ『ドラえもん』に「メモリーローン」という道具が出てきた(アニメオリジナルの道具)。
自分の思い出を預けると、その価値に見合ったお金を貸してくれるという道具だ。
これ、いいねえ。