中川 淳一郎 『バカざんまい』
歯に衣着せぬ物言いのライター・中川淳一郎氏のエッセイ集。
「こいつもバカ」「あいつもバカ」とずばずばと時事問題をたたっ斬っていくので、読んでいるとまるで自分が賢い側にまわったかのように錯覚してなかなか痛快だ。そういう人間こそがいちばんのバカなんだろうけど。
しかし解せないのが、これが新書で出ていること。新書って多少なりとも論文やルポルタージュの形式をとっているものだと思っていたんだけど。この本は完全なエッセイ集(というかボヤキ漫談)なんで、ちったあ知見ってやつを広げてみようかと思って手に取った身からすると騙されたような気分。文庫で良かったんじゃないかなあ、新潮社さん。
ぼくも中川淳一郎さんと同じく「世の中バカばっかり」と思ってる人間だけど、なるほど、バカが多いのはこういうからくりか。
「成人式でヤンキーが暴れるのは、成人式が彼らにとって自分たちと違う階層の人たちにアピールできる最後のチャンスだから」という説を聞いたことがある。
小中学校ぐらいまではいろんな家庭環境・趣味嗜好の人が同じコミュニティにいるけど、高校、大学、社会人となるにつれ階層は分かれてゆき、彼らの人生が交わることはまずない。何かの拍子に接近したとしても、思想も会話の内容も趣味嗜好も違うから、共通の話題がなくて親しくなることはあまりない。
少し前に、小学校の同級生だった「中学生から不登校になって高校には行かずやんちゃしてて今は大工をしている子」と飲む機会があった。
思い出話でそれなりに盛り上がったのだけれど、タバコを平気で路上に捨てるとことか、あたりまえのように飲酒運転をして「捕まるやつは運が悪い」と放言しちゃうようなところとか、随所に「価値観が違いすぎるな」と感じるところがあった。
たぶん向こうは向こうでぼくに対して「なんだこいつ」と思うところがあっただろう。
価値観がぜんぜん違う人がいても彼らと会うことはほとんどないのでぼくの人生においてプラスもマイナスもないのだけれど、インターネットができてからこっち、そういうわけにもいかなくなった。
特にTwitterみたいな不特定多数と接する媒体を見ていると、「こんなヤバい思想の持ち主がよく社会生活を送ってられるな」と思うことがよくある。学校にも職場にもいなかった人種、未知との遭遇だ。
こんなバカが鉄の鎖もつけられずに闊歩している世の中は大丈夫か、と不安になる。
本来ならまず出会うことのなかったバカ(価値観がまったく違う人物)と出会えるツール、それがインターネットなのだ。
この本でもインターネットの話題が多くとりあげられている。
共感したのは、この一節。
とはいえ、「世間をお騒がせ……」のほうは、しかたないとぼくは思う。
不倫や覚醒剤使用した芸能人とかが謝罪会見とかやらされてるけど、世間に謝れと言われても「世間をお騒がせして申し訳ない」としか言いようがないだろう。だってテレビを観ている人には何の迷惑もかけてないんだもん。むしろ暇人のために話題を提供してあげたのだから感謝されてもいいぐらいだ。
ほんとに迷惑をかけてる家族や所属事務所の人には直接謝罪してるだろうし。
しかし「誤解を招いたのであればお詫びします」はほんとに見苦しい。そこまで嫌々頭を下げるのなら謝らなきゃいいのに、とさえ思う。
つい最近も大臣が大失言をした後に「誤解を招きかねない発言を撤回し、お詫びを申し上げる」と、謝罪になってない謝罪をしてたね。
こういう発言をした人がいたら、報道機関はちゃんと「自らの落ち度を完全否認」「謝意なし」と報道しなきゃだめだと思うよ。
で、当の議員から抗議されたら、ちゃんと「侮辱しているかのような誤解を招いたのであれば申し訳ない」と言ってやればいいね。
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