2018年8月10日金曜日

【読書感想文】三半規管がくらくらするような小説/小林 泰三 『玩具修理者』


『玩具修理者』

小林 泰三 

内容(e-honより)
玩具修理者は何でも直してくれる。独楽でも、凧でも、ラジコンカーでも…死んだ猫だって。壊れたものを一旦すべてバラバラにして、一瞬の掛け声とともに。ある日、私は弟を過って死なせてしまう。親に知られぬうちにどうにかしなければ。私は弟を玩具修理者の所へ持って行く…。現実なのか妄想なのか、生きているのか死んでいるのか―その狭間に奇妙な世界を紡ぎ上げ、全選考委員の圧倒的支持を得た第2回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。

『玩具修理者』『酔歩する男』の短篇中篇を収録。





『玩具修理者』


何でも直してくれる”玩具修理者”のもとに、死なせてしまった弟を連れてゆく表題作。
「死んだ人を生き返らせるというのはホラーではわりとよくある題材で、たいていはろくなことにならない。身体が腐ってしまったり心が失われてしまったり。『玩具修理者』もそういう展開かな、と思いながら読んでいたらちょっと意外なオチ。
なるほどー。突拍子がないわけではないが想定の枠内から漏れていた。鮮やかなオチだった。
お手本のような短篇ホラーだった。



『酔歩する男』


手児奈伝説(Wikipedia)を下敷きにしたSFホラー。シュレディンガーの猫、波動関数の収束、なんておよそホラーっぽくない単語も出てきて、ホラーというよりSFのほうが強い。いつ怖くなるんだろうと思って読んでたら、とうとう最後まで怖くならなかった。気持ち悪い話ではあるけれど。

時間は連続体じゃない、タイムトリップは能力ではなく「時間を連続体と思いこむ能力」の欠如だ、なんて着想はおもしろかったなあ。
小説に大事な能力って「いかに上手にほらを吹けるか」だと思ってるんだけど、これはじつに見事なほら話だった。




ファンタジーホラーとハードSFという対極のような2篇を収録しているのがおもしろい。
Amazonで感想を見てみたら「『玩具修理者』はおもしろかったけど『酔歩する男は』……」と「『酔歩』は良かった『玩具』はイマイチ」という意見に分かれていた。そりゃそうだろう、ぜんぜんテイストがちがうもの。

ぼくはどっちもそれぞれ楽しめたが、どっちかっていうと『酔歩する男』のほうが後まで引きずる感じでよかった。はたして昨日の自分は自分なのか、明日もそうなのかと考えてしまう、三半規管がくらくらするような小説だった。


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2018年8月9日木曜日

【DVD感想】バカリズムライブ『ぎ』


バカリズムライブ『ぎ』

内容紹介(Amazonより)
脚本やCM、ナレーションなど様々な分野でマルチな才能を発揮するピン芸人・バカリズムが、5月に赤坂・草月ホールで行った単独ライブを映像化。作、主演、演出だけでなく作詞までも自身で手掛け、独自の感性で作り上げた最新ネタを披露する。


・オープニング


『ぎ』というライブタイトルについての語り。
『ぎ』ではなく他の文字でもよかった、ただし『ぬ』はだめだ、あえてマニアックな文字を選ぶセンスのアピールがダサいから、しかし『の』は優しい、と独特の主張をおこなうバカリズム。トークから「バカリズムライブを擬人化する」というメタな構成のひとり芝居につながってゆき……。

『ぬ』や『ぺ』や『あ』はタイトルにふさわしくないという主張、論理的に説明できないけど感覚的にはよくわかる。たしかに『ぬ』だったら狙いが見え透いていてダサいよね。
はじめて「ゆず」というアーティスト名を知ったときに「うわあ、あえてかっこよさを目指してませんよっていうアピールが透けて見えてかえってダサいなあ」と感じたのを思いだした。


・(オープニングアニメーション)


「ぎ」の文字が流れてゆく映像と「ぎ」だけの歌詞の歌が流れるアニメーション。


・『過ぎてゆく時間の中で』


余命を教えてくれ、もう覚悟はできているからと医者に懇願する患者。
意外な余命を告げられ、残された時間の中で何ができるかと慌てだし……。
「大型連休の話じゃないですよね?」
「茹で時間の話じゃないですよね?」

演技力の高さが光るコント。コントというより喜劇といったほうがいいかもしれない。芝居として見入ってしまった。


・(幕間アニメーション)『ギガ』


電器屋に「溶けるスマホ」を探しにきた客と店員のやりとり。


・『難儀と律儀』


レストランにてひたすら長いメニューを注文する客。

これはちょっとイマイチだったなあ。幕間映像でもよかったような。


・(幕間アニメーション)『銀』


地球外生命体にしか見えない友人の告白「じつは他の……」


・『ふしぎ』


某テレビ番組のカメラリハーサル中に、「草野」役のスタッフが「黒柳」役や「まことくん」役のスタッフを叱りはじめる。

コントの仕掛けとしてはシンプルだが「足のくさいホランさん」「金に汚いLiLiCoさん」といったフレーズや、某番組のテーマ曲の使い方が絶妙。


・(幕間アニメーション)『卒業』


なにかになることが夢だと語る青年。
「どこかの誰かが何者かになにかされてどうにかなっちゃうの」


・『の?』


今回のライブでを唯一「ぎ」がつかないコント。
のんが、ぬンターネット、にソコン、ぬレステ4のある「のんが喫茶」が舞台。

うーん、次の展開がほしかったな。これは期待はずれ。


・(幕間アニメーション)『律儀』


区役所への行き方を尋ねる、区役所というあだ名をつけられる方法を尋ねられる……。


・『六本木の女王』


どMの男がデリバリー女王様を呼んだら、なぜか中年の男がやってきて……。

これは好きなコント。いい発想だなあ。「村上春樹」という小道具も絶妙。品のある中年男性にふさわしいチョイスだよね。


・(幕間アニメーション)『疑惑の螺旋』


日曜の朝にテレビ局がしゃあなしでやっているような番組『月刊テレビ批判』。とあるサスペンス番組に寄せられた苦情を紹介する。


・『志望遊戯』


高校の三者面談。靴屋になりたいという生徒に進学を勧めるために「じゃあちょっと靴屋やってみよっか」と提案し……。

漫才コントの定番導入である「じゃあちょっとやってみよっか。おれが〇〇やるからおまえは……」のパロディ。安い芝居をする芸人への皮肉が込められていてにやりとさせられる。たしかにプロなら「ウイーン」はそろそろ終わりにしないといけないよね。
今回いちばん笑いの多かったコント。
お母さんがボケだしたときの担任のうれしさを隠しきれない顔がたまらない。


・(幕間アニメーション)『疑い男疑う』


カフェで彼女と話す疑り深い男。


・『疑、義、儀』


恋人が親に決められた婚約者と結婚することになった男。披露宴に乗りこんで花嫁を略奪しようかと思うがよく考えてみると……。

彼氏、花嫁、花婿それぞれの思惑が錯綜する様子を描いた、パワーポイントあり、歌あり、芝居ありのスケールの大きな(?)コント。
少しカッチリしすぎているコントだが、随所にばかばかしさをとりいれて頭でっかちな印象になりすぎないようにうまく調整されている。
すごくおもしろいわけではないけど、ラストにふさわしい完成度の高いコントだった。


・(エンディング)


「ぎ」と「の」だけの歌詞の歌。



前作『類』に比べると、笑い・奇抜性ともに少しスケールダウンしたかなという印象。
ただ、芝居のうまさは相変わらずなので演劇として見てもレベルが高いし、爆発的な笑いの起こるコントこそなかったもののすごく見劣りするコントもなかった。平均は下がってない。

今回は幕間映像がどれも良かった。アニメもバカリズム自身で作っているというからすごい。コントライブの幕間映像というと、箸休め的なものや「ファンには楽しめるもの」なんかが多いのだが、『ぎ』は幕間映像でもがっつり笑いをとりにきていた。
特に『疑惑の螺旋』は、大喜利として見たらそこそこレベルぐらいなのに「日曜朝の退屈な番組」っぽく見せることでなんだか妙なおもしろさが漂っていて好きだった。もしかしたらあのフォーマットに乗せたらなんでもおもしろくなるのかも。見せ方がうまいねえ。

数多くのコントを作っていたらどうしてもパターン化されてきそうなものなのに、バカリズムコントは趣向がそれぞれちがう。過去の作品とも似ても似つかぬコントを毎回放りこんでくる。
「常に新しいことにチャレンジする」という姿勢だけは不変だ。


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2018年8月8日水曜日

楽しいカビキラー


掃除洗濯炊事アイロン衣替え布団干し、家事にもたくさんあるけれど、ぼくがだんぜん好きなのはカビキラーだ。
お見合いで「ご趣味は?」って訊かれたら「そりゃあカビキラーですけど?」って答えるつもり。もう結婚しちゃったけど。

カビキラー、ほんと楽しい。
風呂場のカビに向かって「おまえたち、やっておしまい!」と言いながらシュっとやる。それでおしまい。
数分して見たらもうカビがなくなってる。最高。

  • きれいになる
  • 達成感が感じられる

こんないい仕事ほかにない。欠点は金銭的報酬がもらえないことだけだ。カビキラーやるだけのかんたんなお仕事ないですかね。インディードにありますかね。



友人にカビキラー最高って言ったら、
「わかります。王様の気分ですよね」
と言われた。

王様?
「そう。家臣に命じるだけで、勝手に戦ってくれるわけでしょ。勝ってカビがいなくなれば自分の手柄だし、負けても自分自身にはほとんどダメージないですし」

なるほど。王様ってこんな気分だったのか。

そういやこないだのサッカーワールドカップで、いろんな国の大統領や国王が観戦に来てたけど、あの人たちもこんな気分だったんだろうな。

あとポケモンマスターもこんな気持ちだろうね。安全圏からバトルを観戦できるわけだから。
いけ、カビキラー!
カビキラーのジェットふんしゃ! こうかはばつぐんだ!


2018年8月7日火曜日

すきあらばバタフライ


区民プールあるある言いまーす!
「ちょっとレーンが空いてくるとバタフライやりがち」


区民プールにはいつ行ってもそこそこ人がいる。ひとつのレーンでだいたい3人ぐらいが泳いでいる。
たまに、2人ぐらいになる瞬間がある。するとすかさずバタフライをやるやつがいる。

プールに行かない人や「いやわたくしは自宅の庭のプールで泳いでいますがそんな人は見たことありませんわ」って人にはぴんと来ないだろうけど公共のプールではよく見る光景だ。


なんなんでしょう、アレ。
そんなにバタフライやりたいの?
一応「前を向いたまま早く泳げる」というのがバタフライのメリットらしいが、なんとも微妙なメリットだ。
疲れるし、かっこ悪いし、水しぶきだけはすごいし、バタフライなんか何が楽しいんだと思うんだけど、でもすきあらばバタフライをしかけてくるやつがいる。しかもけっこう多い。

あれは完全に貧乏性だろう。

バタフライは幅をとる。バタフライは2車線使う。
10トントラックでさえ車幅は1車線の中にぎりぎりおさまる。2車線使う車両は戦車ぐらいだ。つまりバタフライは戦車だ。

対向レーンに人がいるときにはバタフライができない。
だから向こうから人が来ないと「あっ、今ならバタフライできる! やらなきゃ損!」という気持ちでたいしてやりたくもないバタフライをやっちゃうのだろう。

こういう人は正月バーゲンで必要もない福袋を買っちゃう人だと思う。「今なら半額!? 買わなきゃ損!」とほしくもない福袋を買うタイプだ。
業務スーパーで安いからといってロールパン50個ぐらいまとめ買いしちゃうタイプだ。


まあレーンにひとりしかいないときならバタフライでも水球でも好きにしたらいいけど、困るのがプールの対岸に人(ぼく)がいるのに、バタフライをしかけてくるやつらだ。

向こうからバタフライでばっしゃんばっしゃんとこちらに向かってくる。もちろん対向車線も使って。
「おれはバタフライやるけど文句あるか?」という威圧感がある。ヤンキーがわざと車線をはみだして走るのといっしょだ。

ぼくは負けじとクロールをしかける。脅しには負けないぞという強い意志をこめて。ぼくはテロには屈しないぞ。ミサイルには経済制裁だ、ぐらいの気持ちで水をかく。

するとバタフライヤンキーはすれ違う寸前までバタフライをして、こちらが脅しに屈しないのを悟ると、ぎりぎりでクロールに切り替える。

そうまでしてバタフライがしたいのか。彼らをバタフライに駆り立てるものは何なのか。ぼくの知らない快感がバタフライにはあるのか。


ということで一首。

 すきあらばバタフライをする君よ 誇示か威圧か快楽なのか


2018年8月6日月曜日

【短歌集】揺れるお葬式



高架下葬儀会場 急行が通過するたび死人が笑う


各駅停車(かくてい)が上を超えてく葬儀場 坊主の読経はビブラートなり


満員の通勤快速通るたび 喪服がはだけてゆく未亡人


「あの故人(ひと)はシャンパンタワーが好きでした」寡婦の独白、不吉な予感


特急の振動、心臓マッサージ 死んだ老人息吹き返す


「振動で三途の川が氾濫し川の向こうへ渡れなかった」


あの人が生前愛したかつお節 焼きたて遺骨の上で踊る