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2019年2月12日火曜日

洞口さんとねずみの島


あれはあたしが船乗りのバイトをしてたとき。
時給の高さに釣られて応募してその場で採用されたものの海賊が着てるような派手なシマシマの服は自分で用意してくださいって時点でちょっとあやしいなーと思ってたら案の定メンテのゆきとどいてない船に乗せられて、たちまち沈没。

幸いにしておっぱい(推定Bカップ)みたいな島が見えたからみんなしてそこまで泳ぐことになった。
バイト初日にして知らない人といっしょに泳ぐのやだな、気まずいなーとおもいながら背泳ぎ。
なんで背泳ぎなんだよって声が聞こえたけど、しょうがないじゃんあたし息つぎできないんだから。本人に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言われるのがいちばん嫌なんだよなーと思いながらぐいぐい泳いでたら、あれこれけっこう気持ちいいかもって。
あたし意外と泳ぐのうまくない? 体育の授業のときは沈まないようにするので必死だったのになんで今はこんなにふかふか浮くんだろうっておもって、あそうか海水だからかって気づいた。塩水だから真水よりちょっと重くて、その分身体が浮きやすいんだ。なんかのマンガに描いてたわ。マンガ勉強になるなーって調子に乗ってたら、気づくと誰もいない。

わすれてた。
あたしの背泳ぎは左に左に傾くんだった。いっつもプールのときはレーンを仕切るロープにぶつかってたんだった。隣のレーンを泳ぐミキモトのどてっぱらにつっこんでいって猛禽類みたいな目で睨まれたこともあった。それをわすれてた。や、ミキモトの一件についてはわすれてしまったほうがいいんだけど。

まずいよバイト初日なのにはぐれ狼じゃんってあわてたけど、しかし「待ってください」とも言いづらいよな新人なのに、っておもってたらこっちのほうにもちっちゃな島があることに気づいた。
よし、とりあえずこっちに上陸しよう。そのあと先輩方のいるほうをめざそうってことでちっちゃい島に上陸。おもってたよりだいぶ左の海岸にたどりついた。

泳いでいる間は、あとでBカップ島をめざそうとおもってたのに、陸地に上がってみたら急速にめんどくささがMAX値に。
ずっと前に砂漠をさまよったときにオアシスにたどりついたとたんにもう二度とラクダに乗りたくないって気持ちになったことがあるんだけど、そのときと同じ気持ちっていえばわかってもらえるかな?
いっぺん陸に上がっちゃうとまた海に飛びこみたくなくなるんだよね。陸って偉大。やっぱりあたしって陸棲生物なんだなーってあらためて実感。大地を褒めよ讃えよ土を。

海岸であたしが大地讃頌(アルトパート)を熱唱してたらなんかちょろちょろ動いてる。ねずみだ。それも一匹二匹じゃない。百匹はいた。
ひっと声が出た。べつにこれまでねずみに悪い感情は持ってなかったしどっちかっていったら入浴剤と同じくらいの好き度でいたんだけどね。
かわいくないんだ、ねずみが。ねずみってかわいいかとおもってたらウォルト・ディズニーにだまされてただけか。

あたしが泳ぎついたのはねずみの島だった。ねずみが文明を営んでる原始共産主義国家。

はじめはあたしという巨大生物を遠巻きに見ていたねずみたちだったけど、すぐに食べ物を持ってきてくれるようになった。
ねずみの言葉はわからないから想像でしかないけど、神仏に対するお供えものみたいな行為だとおもう。
なんか知らないけどばかでかいやつが海の向こうからやってきた、なにをするでもないけど下手に刺激したらまずそうだ、ままここはひとつ穏便に。てなかんじで、いちごやブルーベリーやラズベリーを持ってきてくれる。ありがたいけどベリーばっかりじゃん。しかも天然種。口すっぱくなるわ。

ねずみの言葉はわからないといったけど、あたしのおもってることはねずみ側にはなんとなく伝わる。
腹へったとか眠いとかひとりにさせてくれとかそういった程度のことなら身ぶり手ぶりでなんとなく伝えられる。
ねずみ側もジェスチャーでなにやら伝えようとしてきてたけど、あたしのほうはねずみのいいたいことがちっともわからないのであきらめたようだ。
だってあたし目悪いし。背泳ぎしてるあいだにコンタクトが波に呑まれていったし。ねずみの表情なんかちっとも読みとれない。

ねずみたちの粋な計らいによって衣食住には困ることなく、あとは名声だけよねーとあぐらをかいていたら、反乱は突然やってきた。
起きたら大量のねずみにとり囲まれてた。眼の悪いあたしでもねずみたちの眼が怒りに満ちていることだけはわかる。なんでなんでとおもったけど、でもまあそうか。ねずみからしたら食糧をあたしにぶんどられてるような気分だったんだろうね。税の怒りはおそろしい。あたしも以前は納税者だったからその気持ちはわからんでもない。

クーデターってほどでもないけど、怒れる納税者たちに囲まれて居座るほどあたしの神経は図太くない。
っちゅーわけで(ネズミだけに)ねずみの島からあたしは逃げだした。もちろん背泳ぎで。

きっとこれから突然島に姿をあらわした怪物を撃退した話として『シン・ゴジラ』みたいにねずみの国に語りつがれるんだろうなーと思いながら。

この後あたしは芋を掘りすぎてえらい人の怒りを買うことになるんだけど、それはまた別のお話。

2019年1月22日火曜日

【漫才】歯ブラシの第二の人生


「歯ブラシが汚れてきたら、洗面所のせまいところとかガスコンロの周りとかを掃除する用に置いとくんだけどさ」

「うん。うちもそうしてる」

「だいたい一ヶ月に二本ぐらい歯ブラシを消費するのね。二人家族だから」

「うん」

「でも洗面所のすきまとかはそんなに掃除しないの。一ヶ月に一回ぐらい」

「うん」

「ということは、古い歯ブラシがどんどん溜まっていくわけよ」

「そうなるね」

「というわけで、今、うちには六十本ぐらい古い歯ブラシがある」

「そんなに!?」

「だって一ヶ月に二本買い替えるのに、掃除で使うのは月に一本だもん。一年で十二本増えるから、五年で六十本」

「捨てなよ」

「それが捨てられないんだよ」

「なんでよ」

「だってまだ掃除に使える能力があるんだよ。それを捨てるなんてなんかもったいないじゃん」

「でも歯を磨くためにはもう十分使ったんでしょ」

「せっかくだから第二の人生をまっとうさせてやりたいじゃない」

「そうはいっても二本ぐらい置いとけば十分でしょ。あとは捨てなよ」

「おまえそれ自分の親に対しても同じこといえるの?」

「は?」

「自分のお父さんが会社を定年退職して、これから老後の人生を楽しもうってときに、もう仕事人としては十分生きたんだから死ねっていえるの?」

「どういう怒られかたされてるのかわからない」

「今の日本は高齢化社会も高齢社会も通りこして、超高齢社会だよ。そんな時代にまだまだ働ける人材を活用しない手はないでしょ」

「歯ブラシの話してるんだよね?」

「だからおまえは自分の親が使いおわった歯ブラシになったとして、それでも捨てられるのかって聞いてんの」

「自分の親が使いおわった歯ブラシになるって状況がイメージできない」

「べつに親じゃなくてもいいよ。近所のおじさんでもいいし、なんなら自分が歯ブラシになることを想像してくれてもいい」

「いや誰だったらとかいう問題じゃない」

「とにかく、歯みがき用として使いおわった歯ブラシに活躍の場を与えてやりたいわけ」

「じゃあもっと掃除したら? 今は一ヶ月に一回のすきま掃除を、月に二回やるようにしたらいいじゃない。そしたら収支のバランスがあうじゃない」

「収支のバランスがあうだけじゃだめなんだよ。今使いおわった歯ブラシが六十本あるのに、これがいっこうに減らないじゃない」

「じゃあ毎週掃除しなよ。そしたら月に四本ずつ減っていくから、二年半で使用済み歯ブラシのストックがなくなるじゃない」

「洗面所のせまいすきまなんかそんなに汚れないのに、毎週やる必要ある?」

「しょうがないじゃない。ストックをなんとかしたいんでしょ」

「なんかさ、雇用を生みだすために無駄な公共事業を増やしてるみたい。そういうハコモノ行政の考え方が今の環境破壊を生んだんじゃないの?」

「どういう怒られかたされてるのかわからない」

「だから歯ブラシを消費するために掃除をするのは本末転倒だって話をしてんの」

「そうでもしないと歯ブラシなくならないんだからしょうがないじゃない」

「でもさ、洗面所を掃除するときは、まず掃除用のスポンジを使うんだよ。激落ちくんってやつ」

「あーあれよく汚れが落ちるね」

「激落ちくんでも届かないすきまを掃除するときにだけ、使用済み歯ブラシを使うわけ」

「うん」

「洗面所掃除を毎週するってことは、激落ちくんも毎週使うってことじゃない」

「うん」

「激落ちくんはわざわざお金出して買ってきてるんだよ。使用済み歯ブラシを消化するために、必要以上に激落ちくんを買わなきゃいけないんだよ。消費税を引き上げても消費者の負担が増えないように軽減税率を導入して、結果的に社会の負担コストが増えるみたいな話でしょ。そういう考え方が経済格差を招いてるんじゃないの」

「どういう怒られかたされてるのかわからない」

「使用済み歯ブラシに用途を与えるためだけにお金まで使いたくないってこと」

「だったら激落ちくんを使うのは従来通り一ヶ月に一回にして、すきまだけは毎週掃除するようにすればいいだろ。それだったら余計なお金使わなくていいじゃん」

「すきまはこまめに掃除するのに、広いところは汚れたままにしとくわけ? それってたばこ税を上げたりしてとりやすいところからは税金をとるくせに、法人税とか相続税とかもっと大きいところには手をつけないみたいなことだよね。そういう考え方が今の財政の不健全化を招いたんじゃないの」

「どういう怒られかたされてるのかわからない」

「大きな汚れは放置して小さな汚れだけ掃除するのは優先度がおかしいって言ってんの」

「じゃあ激落ちくんを使うのやめて、広いところも狭いところも歯ブラシで掃除したら? 歯ブラシ五本くらい束ねてごしごしやれよ!」

「それって労働力不足だから移民労働者を増やして、結果的に日本人の雇用が奪われるみたいな話だよね。そういう考えが若者の政治離れを……」

「どういう怒られかたされてるのかわからない!」

2019年1月15日火曜日

大人の女が口笛を吹く理由


あたしが口笛を吹いていると「よく吹けるね」と言われる。

褒められているわけではないことぐらいはわかる。半分ばかにされていて、もう半分は小ばかにされているのだ。つまり七十五パーセントばかにされていることになる。

ばかにされる理由はふたつ。


ひとつは、大人の女なのに口笛を吹くこと。

ふつう、大人の女は口笛を吹かないらしい。口笛は子どものもの。あるいは男のもの。誰が決めたわけでもないけどそういうことになっているらしい。
口笛を吹くシチュエーションといえば、「いい女とすれちがったときにピュウ~と吹く」とか「アメフトの試合でいいプレーをした選手をたたえる」とか「アルプススタンドで沖縄代表を応援する」とかで、たしかにどれも男くさい。アルプススタンドのやつは口笛じゃなくて指笛だったような気もするけど、まあおなじようなもんだ。


もうひとつは、あたしの口笛がへたなこと。

まだうまかったらいいんだろうけどね。
でもあたしの口笛って音程もとれないし、ふひゅう、ひゅうすうと空気の漏れるような音がする。へたなことは自分でもわかっている。でも嫌いじゃない。


どっちの理由についても、あたしの反論はおなじだ。
「うるせえよ」

仕事として給料をもらって口笛を吹いているんなら、あたしだって上司や顧客の言うことに従う。
「きみぃ、もうちょっといい口笛を吹けんもんかね」
って言われたら、なんとか要望に沿えるような吹き方を工夫する。

でもあたしの口笛はあたしのためのものだ。
自分のための、自分による、自分の口笛。
だから大人っぽくなかろうが、女っぽくなかろうが、へただろうが、吹きたいときに吹く。
それでもごちゃごちゃ言ってくるやつにはこう言ってやる。
ふひゅう。

2019年1月5日土曜日

カーリングをちゃんと見たことのない人の書いたカーリング小説



 館内にブザーが鳴りひびいた。ホワイトベアーズの選手交代だ。
「やつら、このまま逃げきるつもりだな」
 出てきた選手を見て、ウシジマがつぶやいた。

 先ほどミラクル4点ショットを決めたイケタニ選手に代わってアイスの上に立ったのはディフェンスに定評のあるイケガミ選手だ。

「あくまで勝ちにこだわろうってのか。上等だ」
 シカモトが氷上にぺっと唾を吐き、その唾をモップで×の形に拭いた。ウエスタンリーグで使われている「ぶっころしてやる」のサインだ。
 相変わらずガラの悪いやつだ、ウナギタニは苦笑した。だけどそれがおまえの照れ隠しだってことをおれは知ってるけどな。

「さあ、泣いても笑ってもこれがラストピリオドだ。おれたちの四十二年間を全部ぶつけてやろうぜ!」
 キャプテンが声を張りあげた。
「ちっ、かったりいな」
 シカモトがだるそうにモップを肩にかけた。やる気がなさそうに見えるが、目の前で逆転のハリケーンショットを決められたシカモトの内面は穏やかでないはず。ウナギタニにはわかっている。
 なにしろ、どれだけ注意されても結ばなかったスケート靴の紐を今日はちゃんと結んでいるんだからな。さっきのクォーターでの逆転が相当こたえたらしい。
ま、やる気になっているのはおまえだけじゃないけどな。小声でつぶやいてウナギタニもウインドブレーカーのファスナーをあげた。
「ん? なんか言ったか?」
 シカモトが振りむくが、ウナギタニは黙って首を振った。四十二年間もやってきたんだ、言葉を交わさなくても伝わっている。

「さあいよいよ最終回。このまま越谷ホワイトベアーズが逃げきるのか、それともさいたまヒポポタマスが七点差をひっくりかえすのか!? 二十五分に及んだ死闘が今、決着しようとしています!」
 実況アナウンサーの声が響きわたる。
 まずはホワイトベアーズの攻撃。この回もストーン投手はイケムラだ。イケムラの投じたストーンは優雅な弧を描いて的の中央から十インチのところに停氷した。相変わらず見事なフレンチ・ショットだ。
「おいおい、あいつには疲れってものがないのかよ。マジでサイボーグじゃねえの」
 シカモトが呆れたように漏らす。
「あいつは昔からスタミナだけはすごかったからな」
 中学時代イケムラと同じ塾に通っていたというウシジマが云う。
「だがコントロールはからっきしだった。それが今じゃ平成のウェスティン・ガードナーって言われてるんだからな。相当努力したんだろうな」
「おいおい、敵に感心してる場合かよ。さあおれたちの番だ」
 キャプテンがたしなめる口調で言ったが、内心では安堵の息をついていた。チームの状態はすごくいい。こうしてたあいのない会話をしているのがその証拠だ。キャプテン自身、緊張しているわけではなく、かといって緩みすぎているほどでもない、ほどよい精神状態を保っていた。

 序盤はヒポポタマスのペースだった。
 キャプテンの投じるストーンは冴えわたっていたし、他の三~四人のモップさばきもうまく連携が取れていた。あれほど邪魔だったウナギタニの二刀流モップもすっかりなじんできたらしく、相手の投じたストーンを全身で防ぐファインセーブも見せた。
 よし、このままいけば勝てる。
 ウナギタニは早くも表彰台に置いてある、副賞の音楽ギフトカード100万円分を見上げて笑った。
 キャプテンが「なんか変じゃないか。なんかあまりにうまくいきすぎっていうか」とささやいてきたときも、「考えすぎっすよ。ホワイトベアーズなんてしょせんは高卒の集まりだから」と一顧だにしなかった。

 ホワイトベアーズの動きは精彩を欠いていた。先ほどまでの精度の高さはどこへやら、投じられるストーンはすべてプッシュ・アウトしていた。
「こりゃ楽勝ですね」
 ウシジマが笑った。
 さっきまで心配していたキャプテンも、杞憂だったかと落ちついて電子タバコをふかしている。

「ヘイヘイ! どこに目玉ついてんだよ! ビリヤードやってんじゃねえんだぜ!」
 シカモトが大きな声で野次った。
 だがホワイトベアーズの選手たちは腹を立てるどころか、不敵な笑みを浮かべていた。

 ホワイトベアーズのベンチから、イケガミが云った。
「へっ、余裕こいてていいのかい。よく見てみろよ、ストーンの配置を」
 ヒポポタマスの四人か五人ぐらいのメンバーは、ホワイトベアーズのストーンを眺めた。見たところ特に変わったところはない。どのストーンも的から遠く離れたところに散らばっている。
「これがなんだってんだよ」
「ばーか、おれたちのストーンじゃねえよ。おまえらのストーンだよ」
 イケガミが不敵に笑った。
 最初に気づいたのはウナギタニだった。
「こっ、これは……両鶴の陣……!」
「ほう、よく知ってたな。そう、うちの県内に代々伝わるお家芸、両鶴の陣さ」

 気づくと、ヒポポタマスの赤いストーンが八の字を描くようにして並んでいる。まるで二羽の鶴が羽根を広げて求愛のダンスをしているようにも見えた。
「まさかそんな……。ということはやつらの狙いは……」
「そう。二羽の鶴はこのショットによって白鳥になる。スワン・スプラッシュ!」
 イケガミの言葉と同時にストーンがはじけた。それによって広がった石の並びはどうがんばっても白鳥には見えなかったが、ヒポポタマスにとって絶望的な状況になっていることだけはわかった。うまく説明できないけど、なんかまずそうだ。ウナギタニは冷汗が出てくるのを止められなかった。

 ヒポポタマス有利だった形勢はあっという間に逆転した。
 くわしい点数計算はウナギタニにはよくわからないが、スコアボードには54-18という数字が表示されている。残り一ピリオドでひっくりかえすには絶望的な点差だ。
「終わった……。おれたちの初冬が終わった……」
「よくやったよ、おれたち。市内三位でも十分すぎるぐらいだ……」
 ウナギタニもシカモトもあきらめの言葉を口にした。
 負けん気の強いウシジマでさえ、「月末の大会ではぜったいにおれたちが勝つからな!」という言葉を吐きながら涙を流している。

 そのときだった。
「おいおい、『ストーンが止まるまえに時計を止めるな。あと気持ちも』って格言を知らないのか?」
 重苦しい雰囲気をふきとばすように、不敵に笑ったのはキャプテンだった。

「キャプテン?」
「どうしようもない絶体絶命の状況に陥ったときこそ燃えるのがおれたちヒポポタマスだろ? 二十六年前の県大会で八位入賞したときもそうだったじゃねえかよ!」

 そうだった。すっかりあのときの気持ちを忘れていた。いつまでも二十六年前の好成績をひきあいに出すキャプテンのことをずっとこばかにしてきたけれど、こういうひたむきさがあったからこそチームは四十二年もやってこれたのだ。

「さあ、おれたちの熱い想いで、スケートリンクを溶かしてやろうぜ。いくぜ、消える魔球っ!」
 キャプテンの声がリンクに響きわたる。



 やるべきことはやった。あとは天命を待つのみ。
 ヒポポタマスの面々は、氷の上にあおむけになってはあはあと荒い息を吐いていた。氷のひんやりした感触が後頭部に気持ちよかった。

 おれたちはよくやった。ウナギタニは満足だった。
 キャプテンの消える魔球、ウシジマの怪我をも恐れぬスライディング、シカモトのパス回し、そしてウナギタニの二刀流モップさばき。すべてが鮮やかに決まった。
あとは天命を待つのみ。

 ラストに投じたストーンを、ジャッジマンが持ちあげた。ストーンの裏がスクリーンに大きく映しだされる。
「×3」という文字がはっきりと見てとれた。

 やった。
 得点が3倍になるゴールデンストーンだ。
 ボーナスターンなのでさらに2倍。親場なので、合計12倍、一気に60点。グランドスラムだ。

 ヒポポタマスが二十六年ぶりに初戦突破を決めた瞬間だった。

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2018年12月28日金曜日

【漫才】包丁の切れ味


「はぁ……」

「どうしたの。なんか悩みでもあるの」

「じつはさいきん、包丁の切れ味がよくないんだよね……」

「ため息をつくような悩みかね。ストーカーにつきまとわれているのかと思うぐらいの深いため息だったよ」

「わたしにとっては大事なことなのよ」

「研いでもらったらいいじゃない」

「誰に」

「誰にって……。研ぎ師の人に」

「誰よそれ。研ぎ師ってどこにいるの」

「スーパーの前にいるの見たことあるよ。ときどき出張してくるんだよ」

「どこのスーパー? いついるの?」

「いやそれはわからないけどさ。何度もスーパーに通ってたらそのうちめぐりあえるよ」

「幻のポケモンかよ。仮に何度も通ってやっと出会えたとしてもさ、そのとき包丁持ってなかったら研いでもらえないじゃない」

「いつか出会う人のために常に持っとけよ」

「謎の研ぎ師に出会うために常に包丁をかばんに忍ばせて何度もスーパーに通わなくちゃいけないの。あぶない人じゃん」

「べつにかばんに忍ばせなくてもいいじゃん」

「包丁むきだしで持ちあるくの。研ぎ師に出会うまでに二百回職務質問されるよ」

じゃあスーパーの前じゃなくて直接研ぎ師のところに持ちこんだらいいんじゃない」

「だから研ぎ師ってどこにいるのよ。店構えてるの見たことないよ」

「イメージ的には人里離れた山奥で、偏屈なじいさんが窯をかまえて灼熱の炎の前でカンカンカンって金属を叩いてる印象」

「それ刀鍛冶と混ざってない?」

「そうかも。でも刀鍛冶でも包丁研げるんじゃない?」

「できるかもしれないけど刀鍛冶がどこにいるのよ。それに法外な料金を請求されそうじゃない」

「でも高くても名刀が手に入るんだったらいいんじゃない」

「わたしはよく切れる包丁がほしいだけなの。だいたいうちの包丁は数千円で買ったやつなんだから、それを何万円もかけて研いでもらうのはおかしいでしょ」

「じゃあもう新しく買えよ。買ったほうが安いだろ。消耗品と思って毎年買い替えていけばいいじゃないか」

「それはそうかもしれない。でもさ、買うとなったらべつの問題があるんだけど」

「なに」

「今使ってる包丁はどうしたらいいの」

「捨てればいいじゃん。料理人じゃないんだから同じような包丁何本もいらないでしょ」

「包丁ってなにゴミ? 持つとこは木だけど刃は金属だし、燃えるゴミでも資源ゴミでもないような」

「じゃあプラゴミ?」

「ぜったいちがうでしょ」

「もうそのへんに捨てちゃえば。公園にぽいっと」

「だめすぎるでしょ。見つかったら逮捕案件だよ」

「じゃあ人目につかない山奥に夜中こっそり捨てにいく

「ますますやばいよ。犯罪のにおいしかしない」

「いいじゃん、人里離れた山奥の刀鍛冶のところに行くついでに」

「いつ行くことになったのよ。包丁は買うことにしたから刀鍛冶に用はないの。いやどっちにしろ刀鍛冶に用はないけど」

「じゃあもう捨てずに置いておけば。包丁なんてそれほどかさばるものじゃないし」

「そりゃあ一本ぐらいならかさばらないけどさ。でも毎年買い替えていくんでしょ。十年たったら包丁が十本。台所の扉裏の包丁収納スペースにも収まりきらないよ」

「じゃあべつのとこにしまっておけよ。どうせ切れ味悪くなった包丁なんだし」

「包丁なんてどこにしまうのよ。あぶないし」

「針山みたいなのをつくればいいんじゃない」

「針山?」

「大きめのぬいぐるみを買ってきてさ、そこに毎年包丁を一本ずつ突きさしていけば……」

「ぜったいにイヤ!」

「でもそれぐらい威圧感あるもの置いといたら、ストーカーもびびって離れていくんじゃない?」

「だからストーカーにはつきまとわれてないんだってば!」

2018年12月24日月曜日

【コント】マンション入居者採用面接


「はい、次の方お入りください」

 「よろしくお願いいたします」

「ええっと、ではまずうちのマンションに入りたいと思った理由を教えてください」

 「はい、私が御邸を志望いたしましたのは、マンションの経営方針に共感したためです。『安心とくつろぎを与える住環境を提供することで人々の暮らしを豊かにして社会の発展に貢献する』この方針が私の目指す住人像にふさわしいと考えたため、ぜひとも御邸のお力になりたいと思い、志望いたしました。このマンションに住むことによってかねてからの夢であった"角部屋の住人"という目標を実現したいと考えています」

「そうですか。ですがその条件でしたらうちのマンションでなくてもいいわけですよね」

 「いえ、駅近、日当たり良好、オートロック、セパレート、角部屋。これらの条件を満たしている御邸に住ませていただければと思っております」

「新入居者の方には、最初は一階からスタートしてもらうことになります。角部屋に住めるようになるのは、その方の能力にもよりますが、だいたい十年ぐらいはかかります。その覚悟はありますか?」

 「はい」

「なるほど。ちなみにあなたがうちのマンションに入ることで、どういった貢献ができるとお考えですか?」

 「はい、私は大学時代、スキーサークルで会計担当をしておりました。金銭の管理はもちろんですが、メンバーとの交渉や説得も要求されるポジションです。はじめはなかなか会費を払ってくれない会員もいましたが、根気よく話をすることで無事に会費を徴収することができました。また年末のスキー合宿では宿泊施設との交渉をおこない、宿泊費を値引きしてもらうことに成功しました。こうした私の経験が、御邸での住人トラブルの解決やリフォーム時の交渉に役立つものと考えております」

「そうですか。ちなみに他にはどんなマンションを受けていらっしゃいますか」

 「本町駅周辺を中心に、主にデザイナーズ系を何社か受けております」

「さしつかえなければ具体的なマンション名を」

 「グリーンハイツ様、パークライフ様、エトワール様です」

「なるほど。その中で弊邸は第何希望ですか」

 「第一希望です」

「ありがとうございます。ええっと、あなたは一般入居者ではなく総合入居者希望ですよね。ご存知のこととはおもいますが、マンション都合により転居していただく可能性があります。駅の南口にあるサンクチュアリ2号棟でのお住まいをしていただくことは問題ありませんか」

 「はい、御邸がそう判断したのであれば従います」

「何か質問はございますか」

 「そうですね、出産・育児に関する制度についてお聞かせいただければと思います」

「うちのマンションでは四階以下に子育て世帯用の部屋を設けております。ですので子どもが生まれた場合はそちらに越していただくことになります。お子さんが大きくなりましたら、本人が再転居を希望する場合は再び五階以上でばりばりやっていただくことも可能です。じっさいにこの制度を活用している女性入居者もおります。弊邸ではマンションをあげて女性の居住をサポートしておりますので、長く住みやすい環境かと思います」

 「ありがとうございます。安心しました」

「他に何かありますか」

 「質問は以上です。最後になりましたが、私がもし貴邸に入居したあかつきには、必ずやこのマンションを町内一の高層マンションにできるよう努力してまいる所存です!」

「はい、ありがとうございました。では本日は以上です。選考の結果は二週間以内に書面をもって回答させていただきます。もし二次選考に進まれましたら、そこでオーナーと家賃や敷金、部屋の広さなどの話をさせていただくことになります。それでは本日は弊邸の入居者採用面接にお越しいただき、ありがとうございました」

2018年12月18日火曜日

一日警察署長アイドルの所信表明


わたしはアイドルですが、警察署長になったからにはその責務を十分に果たしたいと考えています。
たとえ一日警察署長だからといってイベントに参加して愛想を振りまくだけでお茶を濁すつもりは毛頭ありません。
この警察署を県内一、いや日本一の警察署へと大改革をする所存であります。

もちろん容易なことではないのは承知しております。
なにより、わたしには明日になれば任期が切れるという時間的制約があります。
ですが時間を言い訳にするつもりはありません。

「今は時間がないから練習ができない」そう言って歌やダンスの稽古から逃げる人たちをわたしはたくさん見てきました。彼女たちはみんなアイドルの道を諦めていきました。

トップアイドルになるために必要なものはなんでしょうか。持って生まれた容姿、音感、魅力あるキャラクター。そういったものもたしかに必要です。ですがそれらは努力で補えるものです。
トップアイドルになるために欠かせないものは、決して諦めずに努力を続けることだとわたしは考えます。
自分でいうのもなんですが、わたしには才能があります。それは歌やダンスの才能ではなく、ましてや見た目でもありません。わたしが持っている才能は、言い訳をせずに努力を続けることができるという能力です。

ですから警察署長として、その才能を活かし、より良い警察署にするための努力を惜しまないつもりです。



まず、署員のみなさんには、前任者のやりかたは捨ててもらいます。

わたしはこの一日警察署長の依頼をいただいてから、過去十年分の公表している資料にあたり、重大犯罪検挙率、軽犯罪の発生率、交通事故発生率、そういったものの推移を確認いたしました。
全国平均と比較して、この署の数字はいずれも悪化しております。

ええ。みなさんの言いたいことはわかっています。
港湾部の再開発がおこなわれたことによって住民の流入が増え、それに伴って治安が悪化したといいたいのでしょう。そういった背景が治安に与える影響についてはわたしも重々承知しております。

ですが、あえて厳しいことをいいますがそれは言い訳です。
外部要因を見つけだして「我々のせいじゃないからどうしようもない」ということはかんたんです。ですが、それでは何も解決しません。

じっさい、これは他県の事例になりますが、同じように港湾部の再開発をしたT市の犯罪発生率はここ五年で低下しています。警察署と行政の連携による防犯キャンペーンが実を結んだ事例です。

同じような背景を持ちながら数字を向上させている事例がある以上、わが署管轄内の数字悪化は警察署に原因があると見られてもいっていいでしょう。



わたしはなにもみなさんに限度以上の努力を強いているわけではありません。
先ほど努力の重要性を説きましたが、それは自らに課すことであって、他人に強いることではありません。
ただやみくみに「努力しろ!」「がんばれ!」と叫ぶ人間は管理職失格です。管理職の仕事は、努力したくなるような仕組み、努力しなくても結果が出るような仕組みを整備することです。

これまで思うような成果が出なかったということは、方向性が誤っていたということ。それはつまりトップである警察署長の責任です。
これを修正するのが一日警察署長であるわたしの役割です。

そこでわたしが手はじめにおこないたいのは、警察署によるPRイベントの廃止です。
具体的にいうならば、今ここでやっているイベントです。「警察ふれあいさんさん祭り」でしたっけ? わたしに言わせれば、こんなイベントくそくらえです。

市民に開かれた警察署なんていりません。
警察官に求められるのは市民に迎合することではない! 市民を守ることです!
市民に「警察は何をやっているのかわからない」と思われるぐらいがちょうどいいのです。平和で安全な暮らしをしている人は警察の存在を意識しませんからね。

わかりましたか?
わかりましたね?
では、解散!

2018年11月20日火曜日

走れシンデレラ


シンデレラは激怒した。必ず、かの城でおこなわれるパーティーに参加せねばと決意した。シンデレラには舞踏がわからぬ。シンデレラは床を拭き、継母や姉のために料理をつくって暮して来た。けれどもパーティーに対しては、人一倍に敏感であった。

「私は、ちゃんと炊事洗濯をする覚悟で居る。ただ――」と言いかけて、シンデレラは足もとに視線を落し瞬時ためらった。
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、夜十二時までの日限を与えて下さい。パーティーに出席したいのです。十二時までに、私はお城でダンスを踊り、必ず、ここへ帰って来ます」

「ばかな」と魔法使いは、嗄しわがれた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか」

「そうです。帰って来るのです」シンデレラは必死で言い張った。「私は約束を守ります。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、十二時の鐘が鳴りおわるまでにここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい」

それを聞いて魔法使いは、残虐な気持で、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩やつばらにうんと見せつけてやりたいものさ。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。十二時の鐘が鳴りおわるまでに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。炊事も洗濯も、永遠にゆるしてやろうぞ」
「なに、何をおっしゃる」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ」



夜中十二時を告げる鐘が鳴った。
シンデレラは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

若いシンデレラは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。途中、ガラスの靴が脱げるのもかまわず走った。

「待て。その人を殺してはならぬ。シンデレラが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄がれた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼女の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。シンデレラはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、「私だ! 殺されるのは、私だ。シンデレラだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、齧りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。

佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「シンデレラ、君は、裸足じゃないか。早く靴を履くがいい」
シンデレラは、ひどく赤面した。


2018年11月9日金曜日

みんな小さな機械を見ている


電車に乗っている。ふと文庫本から顔を上げてあたりを見まわす。
スマホを見ている青年、スマホを見ている女性、スマホを見ているおじさん、スマホを見ている子ども。


毎日見慣れた光景のはずが、急に世界がぐらつく。あれ、なんだこれ。

ぼくは二十年前からタイムスリップしてきた人。

なんだこれは。
みんな小さな機械を見ているぞ。ははあ、あれは小型テレビなのかな。いや、何やら操作をしている。テレビ付きウォークマンか。それともゲームボーイの進化版か。
さすがは二十年後の未来。みんな小型端末で娯楽に興じているようだ。

だがどうも様子が変だ。
ちっとも楽しそうじゃない。
みんな険しい顔をしている。あの画面に映っているのはゲームの画面のように見えるが、それにしてはつまらなさそうだ。
表情がちっとも変わらないし、「よっしゃ!」とか「くそっ」とか言ったりしない。無言・無表情でひたすら指だけを動かしている。いやいややらされているようにすら見える。

あれは娯楽じゃないのか。仕事なのか。
ワープロやFAXや電卓があの機械の中に入っているのか。
いや仕事にしたってもうちょっと感情の動きがあるだろう。どの人もただただ"無"の顔で画面をにらんでいるぞ。

もう手遅れなのかもしれない。
すでに彼らは大いなる存在に操られているのではないだろうか。
ビッグ・ブラザーの意向によって画面を凝視させられている。目を離すと不穏分子として当局から目を付けられる。だから歩いている間もあの小さな画面から目を離さない。

ここは感情を表に出してはいけない世界なのか。
その掟を破ったらどうなるんだ。
まるで地獄だ。こわい。こわい。
えっ。
なんですかあなたたちは。感情を顔に出していた? ぼくが?
待ってやめてやめてその手を離して。
ちょっと誰か! 誰か助けて! 連れていかれそうなんです!
誰か助けて、その画面を見てないで顔を上げてこっちを見て!

2018年11月8日木曜日

未来のUFO


ぼくたちが見ている星の光は、何万年も前の光なんだそうだ。

だったら逆に、未来の光を見ることもあるんじゃないだろうか。
ぼくらは時間の流れを半直線のようなものと考えているけど、じつは輪のようなもので、ループしている。ずっと未来はずっと過去につながっている。
そして、なにかの拍子にずっと昔、すなわち未来の映像をちらっと目にすることもあるかもしれない。

ここは1968年。
今から50年前。アメリカの牧場主がふっと空を見あげたら、2018年のドローンが飛んでいるのが見える。
なんだありゃ。明らかに人工物だが、あんなものが空を飛べるわけがない。飛行機やヘリコプターよりずっと小さいし、自由自在に飛びまわっている。
地球のもんじゃねえ。まちがいねえ、ありゃ宇宙船だ。

目撃したのは牧場主だけじゃない。何人もの目撃情報が集まる。
保安官がやってくる、州警察がやってくる、ついには軍までやってくる。
牧場のほかに何もない町はたちまちUFOの町としてアメリカ中、世界中に知られるようになる。

そして50年後。
今でもときおりこの町には世界中のUFOフリークがやってくる。
はたしてUFOはどこからやってきたのか。なぜここにやってきたのか。どうやって姿を消したのか。
現場検証のため、UFO研究者はカメラを搭載したドローンを飛ばす。

2018年11月5日月曜日

おれがでかいからだ


おれはスーパーヒーロー。
この世にはびこる悪を倒す。

おれは強い。
悪人はおれの姿を見ただけで震えあがる。

おれはでかい。
とにかくでかい。めちゃくちゃでかい。

しかしおれは不人気だ。
スーパーヒーローなのに。





でかいのがいけないらしい。
おれの身長は5メートル。成人男性3人分ぐらいだ。

おれの体重は3トン。成人男性45人分ぐらいだ。
なんでそんなに重いんだと思ったやつは算数をわかってない。
体重はタテ×ヨコ×高さで決まるから身長の3乗に比例するのだ。
ただしこれは同じ体形の場合の話で、当然ながらおれは君たち一般人と同じ体形ではない。
考えてもみてほしい。身長が3倍だったら、単純に考えて体重は3×3×3で27倍。しかし足の裏の表面積は身長の2乗に比例するから3×3で9倍。9倍の足の裏で27倍の体重を支えられるわけがない。したがっておれの足の裏は君たちを3倍にしたよりもずっと広い。
でかくなればそれだけ骨や筋肉は強度を増さないといけないし、大きくなった骨や筋肉はそれ自体がかなりの重みを持つからより支えるためにいっそうの力を要する。
そんなわけでおれは、君たちの目にはめちゃくちゃ太く見える。でもそれはおれがデブだからじゃない。でかくなるためには太くなくてはならないのだ。

子どもがおれを見て言う。「うわっ、すっげーデブ」
おれはスーパーヒーローだからそういうのを許さない。子どもがまちがったことを言ったら注意して訂正するのが大人の義務だ。
子どもをつかまえて、おれはデブじゃない、体重は身長の3乗に比例するから……という話をする。子どもはたいてい怖がって泣きだす。だがおれはやめない。ここでやめたら本人のためにならない。
当然ながら手を上げたり、きつい言葉をかけたりはしない。あくまで冷静な口調で怒っていることを伝える。
それでも親が「やめてください!」と言いに来るし、ときには警察を呼ばれたりもする。
おれがでかいからだ。



おれは人気がない。
ひったくり犯を捕まえたことがある。おれはずいぶん手加減をしたつもりだったが、相手は複雑骨折で全治六ヶ月の怪我を折った。
野次馬から「何もそこまで」という声が上がった。
警察官からも「私どもに任せていただければ大丈夫ですので。ケガとかあってもたいへんですし」と遠回しに嫌味を言われた。
ふつうだったら表彰状でももらえるところだが、おれにはなかった。がんばったと思われていないのだ。一生懸命走って原付を追いかけたのに。
おれがでかいからだ。

スーパーで、おっさんが店員の若い女性にからんでいた。自分がポイントカードを忘れたのが悪いのに、なぜポイントをつけないんだと詰め寄っている。弱い者相手には強気になる卑怯なおっさんだ。
おれが入っていって「あんたが悪いんだろ」とおっさんを一喝した。
おっさんだけでなく店員もおびえていた。べつの店員が走ってきて「すみません、他のお客様もいらっしゃいますので……」と言った。おっさんではなく、おれに。
おれがでかいからだ。



おれはただでかいだけじゃない。
きみたちと同じくらい俊敏に動ける。きみたちはふつうに動いているようにしか見えないかもしれないけど、これはすごいことなんだ。
ゾウは動きがのろいだろう。逆にネズミはすばしっこい。
身体がでかいとそれだけ動かすのに力がいる。だから素早くは動けない。なのにおれはきみたちと同じくらい機敏に動ける。これはおれがめちゃくちゃがんばっているからだ。
おれが君たちと同じサイズになったとしても、きっとオリンピックでメダルを総なめにしているだろう。

だがおれはオリンピックには出られない。いや、規定があるわけじゃない。「身長3メートル以上は出場を禁ずる」というルールはない。
でも世間的にというか世の中の空気的に、おれはオリンピックには出られない。おれが出場したら「そんなにでかいのに出んのかよ」という空気になる。おれがレスリングの無差別級に出場したら、ぜったいにみんな小さいほうを応援する。おれが優勝しても「そんなにでかいんだから勝つに決まってるじゃんかよ」という目で見られる。正々堂々と力を尽くしても卑怯者みたいな目で見られる。
出場したことないけど、おれにはわかる。無差別級は無差別じゃない。

おれはそういう空気には敏感なのだ。
これもすごいことだ。
世の中には、自分と同サイズの人たちの気持ちを察することができない人がいっぱいいる。おれなんか自分よりずっと小さい人たちの気持ちを読まないといけないのだ。大きな文字より小さい文字を読むほうがむずかしいように、大きい空気を読むより小さい空気を読むほうがずっとむずかしいのだ。それをやっているおれのことをもっと賞賛してほしい。



おれは活躍のわりに人気がない。
それはおれがでかいからだ。

SNSで言われているみたいに、理屈っぽいからとか、自尊心が強すぎるからとか、身体はでかいのに心はせまいからだとかでは断じてない。


2018年10月25日木曜日

一度は宇宙人に連れ去られたものの「やっぱりいいや」と突き返された人あるある


・宇宙まで行った人に対しては劣等感があるが、連れ去られたことのない人のことは正直下に見ている。

・問診表の備考のところに「連れ去られた」と書くべきかどうか毎回悩む。

・自動改札に引っかかると「あのときの影響か……!?」と一瞬思う。

・今度連れ去られたときはもっと従順にふるまおうと思っている。

・「こんな人は献血できません」の項目にあてはまらないけど、やっぱり献血を躊躇してしまう

・UFOのイラストを見ると「まあ想像で描いたにしてはいい線いってるけどわかってないなー」と思ってしまう。

・「宇宙船から帰ってきたときの気分のカクテルを」と注文してバーテンダーを困らせてしまう

・宇宙船に連れていかれるとき、死んだおじいちゃんが夢の中に出てきて「おまえが来るのはまだ早い」と言われた。


2018年10月22日月曜日

国民の皆様にお詫び申しあげます


まず、国民の皆様にお詫び申しあげます。
日本代表に選出していただいて、日の丸を背負ってオリンピックという舞台に立たせてしまったにもかかわらず、このような事態になってしまいなんとお詫びを申しあげてよいのやら……。

いえ、すべて私の責任です。自己管理もマラソン選手として重要な仕事です。それを怠ってしまったのですから弁解のしようもありません。


まず、シューズを忘れてしまったことについてですが……。
現地までは持っていっていたんですね。大事なものだからぜったいに忘れてはいけないと思い、前の晩、枕元に置いていたんです。そしたらそのまま忘れてしまいました。ふだんとちがうことをしないほうがいいですね。
気づいたのは出走十五分前でした。サンダルで現地に行って、さあ軽くウォーミングアップでもしようかと思ったところでシューズがないことに気がつきました。今から宿舎に取りにいってもまにあいません。
仕方なく、コーチのシューズを借りました。いえ、それは大丈夫です、ナイキのやつでしたから。
ただサイズがあわなかったんですね。コーチの足は私より1.0センチ大きいので。
九回もシューズが脱げたのはそのせいです。はい、すべて私の不注意によるものです。


それから公式のユニフォームを着ていなかったことについてですが……。
前の晩、ユニフォームを洗濯したんですね。大事な大会だからきれいなユニフォームで走らなきゃと思って。しかし洗濯機を回して、そのまま寝てしまったのです。
翌朝、洗濯機の中でびしょびしょになっているユニフォームを発見しました。今から干す時間はありません。
そこで練習用のウインドブレーカーを着て出走することにしました。幸い、ルール上はゼッケンさえつけていれば問題ないとのことだったので。
はい、とても暑かったです。通気性最悪なので。ウインドブレーカーですから。しかし早めに洗濯をしておかなかった自分の責任なので甘んじて受け入れるしかないと思ってそのまま走りました。


はあ。走りながら九回吐いてしまったことについてですか。
申し訳ございません、見苦しい姿を見せてしまって。
あれはですね、朝食を食べすぎたのが原因です。宿舎の朝食がビュッフェ形式だったのでついテンションが上がってしまって……。
洋食にするか和食で攻めるか迷ったんですが、どうせ同じ料金なら両方いってしまえと思ってクロワッサンとフレンチトーストとベーコンエッグとごはんと味噌汁と納豆と塩鮭とゆで卵を食べてしまったのです。今考えると、最後のゆで卵は余計でしたね。フレンチトーストとベーコンエッグで卵を摂取してますから。
いえ、トレーナーの責任ではありません。最終的に食べるという判断をしたのは私ですから、すべて私の責任です。


いえ、コーチに責任はありません。
九回道をまちがえてしまったことも、ハーフマラソンのペースで走って後半のペースがガタ落ちしたことも、事前の確認を怠ってしまった私に非があります。大会スタッフの方にもコーチにも落ち度はありません。


国民の皆様の期待に応えられるようなパフォーマンスを発揮できず、ほんとに申し訳ございません。
金メダルを獲得できたとはいえ、このような失態をお見せしてしまい、改めて深くお詫び申しあげます。

2018年10月19日金曜日

おまえのかあちゃんでべそと言われた大臣の国会における答弁


まず第一に指摘しておきたいのは、わたしのことをおまえ呼ばわりするだけならいざしらず、わたしの母を「かあちゃん」などとなれなれしく呼ばないでいただきたいということです。

わたしはふだん母のことを「おかあさん」と呼んでおり、他人に向かって言うときは「母」、もしくは親しい友人にかぎってのことですが「うちのオカン」などと呼んだりもしますが、「かあちゃん」などと呼ぶことはありません。

幼少期においてはそのような呼称を用いた可能性は否定できませんが、少なく見積もってここ数十年はそのような呼び方を用いたことはなく、実子であるわたしですら用いない呼び名を母とほとんど面識もないあなたに軽々しく用いられたくないということはここではっきりと申しあげておきたいと思います。


またわたしの母がでべそだという点についても反論を申しあげます。

母のプライバシーにも関わる話ですのでこのような場で母のへそがどういったものであるかを言及するのはわたしとしても心苦しいのですが、包み隠さずお話することが母の名誉回復にもなると考えましたので特別に母の許可を取って説明させていただきます。

わたしの母、もう八十を過ぎておりますが、いたって元気で小学生の通学路に立って毎朝見守り活動をしております。
あなたの「おまえのかあちゃんでべそ」という発言を受け、今月九日、母にお願いしておへそを見せてもらいました。母のおへそなど見るのはもう何十年ぶりのことだと思います、いささか照れくささもありましたが事実確認をせずに国会で述べることはわたしの本意ではありませんので確認させてもらいました。
わたしが見たところ、母のおへそはいたって正常、というと語弊がありますが少なくとも世間一般にいうところのでべそではないように見受けました。

とはいえわたしはおへその専門家ではありませんので、母を大学病院へ連れていき、信頼できる先生に診断をしてもらいました。先生の見立てでもやはり、母はでべそ、医学的にはへそヘルニアというそうですが、このでべそにはあたらないとのことでした。念のため診断書も書いてもらいましたので、後ほど提出させていただきます。

これだけでも母がでべそでないということの証明には十分かと思いますが、念には念を入れ、過去にでべそだったことはないかということを母に問いただしました。
確認をしたところ、妊娠中、つまりわたしが母のお腹にいた際はたしかにへそが押されていわゆるでべそのような状態になっていたとのことでした。
ですから過去のある時点においてはわたしの母がでべそだったということはいえます。

ですがこれはわたしが生まれる前の話であり、当然ながらあなたも生まれる前の話ですので、あなたがわたしの母のでべそを確認したということは状況的にいってまったくありえない話であります。
したがって「あなたが過去にわたしの母のでべそを確認して、そのまま現在もでべそであると思いこんでしまった」という可能性も明確に否定できます。

したがって、あなたの「おまえのかあちゃんでべそ」という発言は事実無根であり、またそれが真実であると誤解しても仕方のない根拠もなく、わたし及び母の名誉棄損を目的としたまったくの捏造であると言わざるを得ません。速やかな訂正を求めます。


なお、誤解のないように付けくわえておくと、この弁論はわたしの母がでべそだという事実と異なる発言に対する反論であり、世の中のでべその方を不当におとしめる意図があってのものではないことをつけくわえておきます。

2018年10月2日火曜日

【創作落語】金メダル


〇「ごめんよ」

△「どないしたんや。あわてて飛び込んできて」

〇「えらいもんとってもうた。金メダルや」

△「はぁ? 金メダルって、あの、オリンピックのかいな」

〇「そうそう、オリンピックの金メダル」

△「誰が」

〇「おれが」

△「おまえがオリンピックの金メダルを? 何をあほなこと言うとんねや」

〇「ほんまやねんて、ほら」

△「うわっ。これは、たしかに本物!……っぽいな。本物見たことないから知らんけど」

〇「でも重みがちゃうやろ」

△「うん、重い。少なくともおもちゃではなさそうやな」

〇「ほら、このケースに五輪のマークも書いてあるやろ」

△「おお、ほんまや。たしかに本物っぽいな。けど驚いたな、おまえとは長い付き合いやけど、まさかおまえが金メダルとれる実力の持ち主やとは思わんかった。何の競技でとったんや」

〇「それが……わからんねん」

△「はぁ? おまえがとったんやろが」

〇「そう、おれがとった」

△「ほな、わからんことがあるかい」

〇「それがほんまにわからんねん」

△「どういうことやねん」

〇「さっきのことや、新大阪の駅で急におなかが痛くなって、トイレをさがしてたんや」

△「何の話やねん」

〇「まあ聞けって。トイレをさがして走ってたら、横から出てきた男とぼーんとぶつかってふたりとも尻もちをついた。すまんと謝って、ぶつかったはずみに落とした鞄を拾った。ちょうどそのときトイレの案内を見つけたから、そっちに向かって走りだした。さっきぶつかった男が後ろから『ちょっと待て』と呼びとめる声が聞こえてくる。因縁でもつけようと思ってんのやろな。ふだんなら売られた喧嘩は買うところやが、トイレに行きたくて必死や。後ろも振りかえらずに全速力で走って、トイレに駆けこんだ。やれ一安心。ちょっとしか漏らさへんかった」

△「ちょっとは漏らしたんかいな。汚いやっちゃな」

〇「で、ふと見ると持っている鞄がおれのと違う。色も形もよく似てるけど、ちょっと違う。さっきぶつかったときに、とりちがえて相手の鞄を持ってきてしもうたんや」

△「だから呼びとめられたんやな」

〇「トイレを出て探したけど、さっきの男がおらん。あわててたからどんな顔やったかも覚えてへん。手掛かりでもないかいなあと鞄の中を開けてみたところ、入ってたのが金メダルや」

△「ええっ。それがこの金メダルかいな」

〇「そうや」

△「おまえさっき、おまえがとった金メダルやと言うとったがな」

〇「そう。おれがとった。正確には、おれがとった鞄の中に入ってた金メダルやな」

△「そういうことかい」

〇「まさか自分が金メダリストになるとは思わんかったわ」

△「いやいや、それは金メダリストとは言わへんやろ。金メダルぬすっとやで」

〇「とにかくメダルなくしたほうも困ってるやろから、返してやろうと思うねんけどな」

△「そらそうや。そう簡単にとれるもんやないんやから」

〇「しかしどこのどいつかわからんねん。金メダルに油性ペンで名前でも書いといてくれたらええのにな」

△「そんなもん書くかい。しかし金メダルとった人なんてそうたくさんおらへんやろ。限られてるで」

〇「金メダルとった人というたら……。マラソン選手のあの人とか」

△「いやいやそれはない」

〇「なんでや」

△「だっておまえに追いつかれへんかってんやろ。マラソン選手がおまえに追いつけないなんてことあるかい」

〇「いやでもおれもトイレ探してたから相当急いでたで」

△「そやかてマラソン選手やったら追いついてるわ。マラソンは違う」

〇「ほんなら柔道とかレスリングとかかな」

△「それもちゃうやろ」

〇「なんでやねん」

△「だっておまえにぶつかって尻もちついたんやろ。柔道選手やレスリング選手が、おまえみたいなひょろひょろの男にぶつかられて尻もちつくかい」

〇「ほんなら卓球は」

△「卓球選手は反射神経がすごいからおまえにぶつからへん」

〇「じゃあ体操」

△「体操選手やったら宙返りでかわしてる」

〇「ラグビー」

△「タックルでおまえをふっとばしてる」

〇「射撃」

△「おまえは背中から撃たれてる」

〇「そんなわけあるかい」

と、わあわあいうておりますと、突然家のドアが開いてひとりの男が入ってきた。

〇「わっ、なんやなんや」

選手「すみません、ぼくの鞄がここにあると聞いたんで」

△「えっ。ということはあんたが金メダリスト……?」

選「はい、そうです」

△「あんたかいな。ちょうどこっちから探しにいこうと思てたんや。しかしようここにあるってわかったな」

選「はい、金メダルをぶらさげて歩いている人を見たって人がたくさんいたもんで」

〇「ああ、さっきおれが見せびらかしながら歩いとったからな」

△「自分が獲ったわけでもないのに見せびらかすなや、そんなもん。しかしあんた、なんの選手なんですか」

選「水泳です」

△「あーそういえば見たことあるわ。服着とるからわからんかったわ。
  しかしさすがは水泳の選手やな。すごい勢いで飛びこんできたわ。いっつも飛びこんでるだけのことはある」

選「いえ、ぼくは背泳ぎの選手なんで飛びこみはしないんです」

〇「はあ、背泳ぎは飛びこみせんのですか。知らんかったな。
  ……なるほど、背泳ぎの選手か。それでおれとぶつかったんやな」

△「どういうことや」

〇「背泳ぎの選手って、いっつも上ばっかり見てるやろ。その習慣で上見て歩いとったからぶつかって尻もちついたんちゃうか」

△「そんなわけあるかい」

選「えー、ではそろそろメダルを返してもらってもよいでしょうか」

〇「えっ、返すんですか」

△「そらそやで。この人が獲ったメダルやないか」

〇「一晩だけでもうちに置いといたらあきませんやろか。この子も名残惜しいというてますし」

△「犬の仔みたいに言いな。ほら、返さんかい」

〇「わかりました。はいどうぞ」

選「どうもありがとうございます」

△「しかしあんた、金メダル見つかってよかったな。せっかく優勝したのに、メダルをなくしたらどうにもならんからな」

選「いえ、どうにもならないことはありません。銅より上の、金ですから」


2018年9月2日日曜日

手が鉤爪になってる人あるある

手が鉤爪になってる人あるある



暑い日は鉤爪がさわれないぐらい熱くなる


暑い日は鉤爪を冷やすと全身冷える


寒い日は鉤爪を友だちの首筋にあてて嫌がられる


大根がよく煮えたか確かめるために鉤爪を刺しちゃう


電車の吊り革を持たずに、上の棒に鉤爪をひっかける


鉤爪とったら内側がめっちゃくさい。でもついにおいを嗅いじゃう


ギター弾くときピックいらず


ちくわは一回鉤爪に刺してから食べる


学生時代のあだ名は「船長」


金属探知機に引っかかるが、機内持ち込み禁止物リストに鉤爪は載ってないので許される


初対面の人に「じゃんけんできないですね」って言われるけどいや反対の手あるから


よくズボンのポケットに穴が開く


鉤爪のカーブにぴったりはまるグラスがあるとちょっと嬉しい


みんなでごはん食べるときは鉤爪側に人が来ないように端っこに座る


花粉症シーズンは鉤爪にティッシュを何枚か刺しといてすぐに取りだせるようにしとく



2018年8月13日月曜日

日本讃歌


すばらしい国、日本。


ぼくらはお金持ち。
これまでそうだったから今後もお金持ちでいなくちゃね。
お金がないと生きていけないからね。お金のためなら死んでもいいよね。
ぼくらはお金持ち。お金を稼げない人は死ぬ気でがんばってないんだね。


ぼくらは正しい。
起訴されたら有罪率99%以上。だって正しいんだからね。
ぼくらは正しいから間違いを犯さない。間違いを犯さないから正しい。
ぼくらは正しい。間違いを指摘することが間違いだよ。


ぼくらは楽しい。
オリンピック、万博、カジノ。楽しいことばかり。
すべては気の持ちよう。総活躍できる労働、プレミアムな労働、高度でプロフェッショナルな労働。
ぼくらは楽しい。楽しめない人は日本が嫌いなの?


ぼくらは安心。
クリーンなエネルギー、民間が安く提供してくれる水、守ってくれる兵器。
怖いことは考えないようにすればいつでも安心。
ぼくらは安心。安心のためならリスクはやむをえないよね。


ぼくらは仲良し。
いつでも一緒。みんなと違うことをするやつは許さない。
同じ文化を好きになって、同じ敵を憎んで仲良く暮らそう。
ぼくらは仲良し。仲良しになろうとしない人はあっちに行ってね。


ぼくらは寛容。
嘘をついても隠蔽しても訴えないよ。
結果人が死んでも責任とれなんて言わないよ。ハラスメントだって許しちゃう。
ぼくらは寛容。寛容じゃないやつは許さない。


ぼくらは自由。
労働と家事と子育てを両立してもいいし、法律を無視して働いてもいいし、その結果死んだっていいよ。
がんばれと言うことしかできないけど、心の中で応援してるよ。
自由だから何してもいいんだよ。自由を奪われない範囲でね。



2018年8月6日月曜日

【短歌集】揺れるお葬式



高架下葬儀会場 急行が通過するたび死人が笑う


各駅停車(かくてい)が上を超えてく葬儀場 坊主の読経はビブラートなり


満員の通勤快速通るたび 喪服がはだけてゆく未亡人


「あの故人(ひと)はシャンパンタワーが好きでした」寡婦の独白、不吉な予感


特急の振動、心臓マッサージ 死んだ老人息吹き返す


「振動で三途の川が氾濫し川の向こうへ渡れなかった」


あの人が生前愛したかつお節 焼きたて遺骨の上で踊る



2018年7月27日金曜日

【短歌集】病弱イレブン



チームメイト追悼試合の最中に死んだ選手の追悼試合



リズム感に欠く彼らのドリブルは まるで銃弾浴びてるかのよう



病弱の健闘むなしく無情にも響きわたるはキックオフの笛



勝ったのに2回戦には上がれない トーナメントにスロープつけて



病弱を支えて励ます女子マネが ひそかに計算せし内申点



全員が倒れし後も好勝負演出するはベルトコンベア



負傷者を乗せた担架を持ちあげる隊員たちの強さが際立つ



タックルをしかけた側が倒される サッカーだけに踏んだり蹴ったり



あと一歩 病弱イレブン破れ散る 勝者はお掃除ロボットルンバ



看護師の制止を振り切り出場し 血を吐きながらキックオファァアああ



敵味方 赤と青とに分けるのは ユニフォームでなくサーモグラフィー



永遠のものなどないと思ってた 彼らにとっては終わらぬ試合



2018年7月26日木曜日

中学生が書いたサラリーマン小説


「わかっているだろうな、ホンダくん。これは我が社の命運を賭けたビッグ・プロジェクトだ。決して失敗は許されんぞ」
部長が鼻髭をさわりながら言った。おれは「承知いたしました」と軽く頭を下げて席に戻った。後ろの席の女性社員たちがこちらを見ているのを感じながら、あくまでクールに席についた。

「どうせ失敗に決まってるさ。部長、失敗したらこいつクビですよね」
同期のカワサキが薄笑いを浮かべながら言う。ほんとうにいやなやつだ。社内の噂話と上司へのごますりしか頭にない男だ。おれは聞こえないふりをしながらコンピュータを起動した。二万テラバイトのハイパースペック・マシン。こないだのビッグ・プロジェクトを成功させたお祝いに部長が買ってくれたものだ。こんなところにも部長からおれへの期待が現れている。

「こないだのビッグ・プロジェクトすごかったわね。今度のビッグ・プロジェクトも期待してるわ」
おれの机に湯のみ茶碗を置きながら、会社のマドンナであるレイコさんがささやく。ささやきついでに、おれの手をぎゅっと握りしめていった。カワサキの歯ぎしりがここまで聞こえてくるようだ。思わずにやにやしてしまう。

おれはノートをとりだして、複雑な計算式を書きはじめた。ビッグ・プロジェクトの見積もりを作成するのだ。この計算式はおれにしか書けない。だからいくらカワサキが悔しそうににらんだところで、ビッグ・プロジェクトを任せられるのはおれしかいないのだ。

出た。なんと105万円。
ついに100万円の大台に乗った。たくさんのビッグ・プロジェクトを手がけてきたおれでも、これほどビッグなプロジェクトははじめてだ。
検算をして見積もりにまちがいがないことを確認して、おれは見積もりを真っ白な紙に清書した。

ネクタイを締めなおし、清書した見積もりを部長に手渡した。窓の外に目をやり、横目で部長の反応をうかがう。
「ひゃっ、105万円……」
部長の声が震えている。当然だろう、なんせ会社の運命を握っているビッグ・プロジェクトだ。
部長の声を聞いていた同僚たちがさざめきあう。「105万円だって……」「いくらビッグ・プロジェクトだからって……」そんな驚嘆の声が聞こえる。
ビッグ・プロジェクトのビッグさに一瞬たじろいでいた部長も、すぐに落ち着きを取り戻して見積もりの内容を確かめはじめた。さすがだ。今はこんな小さな支社にいる部長だが、かつてはニューヨーク支社で数々の大胆な見積もりを世に出してアメリカ中のビジネスマンを驚かせ、東洋の見積もり王の名を欲しいままにしたと聞く。もしかすると、おれの強気の見積もりを見てかつての栄光の見積もりを思いだしているのかもしれない。

「完璧な見積もりだ……。この見積もりなら我が社の危機は救われる……」
うめくように部長が云った。当然だ、百年に一度の新入社員と呼ばれたおれの渾身の見積もりなのだから。
「この見積もりをあれだけの短時間で完成させるとは、まったく大した男だな。ホンダくんは」部長が顔をほころばせる。「それにしても105万円の見積もりとはおそれいったよ、これはもはやビッグ・プロジェクトではない。大ビッグ・プロジェクトと呼んだほうがいいだろうな」
「ははは、部長、大ビッグだと意味が重複していますよ」
「それもそうだ、こりゃあ一本とられたな」
おれの鋭いツッコミに、部長がおでこに手を当て大声で笑った。つられたように社内全体が笑いだす。ひとり苦虫を噛みつぶしたような顔をしているのはカワサキだ。

そのとき扉が大きな音を立てて開いた。顔を出したのはなんと、本社にいるはずの社長だった。
「おや、楽しそうな話をしているな。わしも混ぜてくれんかね」
社長の横では、タイトなワンピースに身を包んだ切れ者秘書のエリカさんが細メガネを光らせている。
「こ、こ、これは社長。どうしてここへ」
部長があわてて椅子から立ちあがる。カワサキがさっそく社長の後ろにまわりこんで、肩をもみはじめる。まったく、わかりやすいぐらいのごますり野郎だ。
だが社長はハエでも追いはらうかのようにカワサキの手を払いのけた。
「完璧な見積もり、という声が聞こえたような気がするが……。それともわしには教えられんような話かね」
社長の目がぎらりと光った。今ではすっかり好々爺然とした社長だが、戦後の闇市で怒涛の見積もりを連発して財を成し、そこから一代でのしあがっただけのことはあり、ときおり見せる鋭い眼光は社員を威圧する。
「ととととんでもございません。たった今、ホンダくんが見積もりをつくったところでして、ぜひとも社長にもお見せしたいと思っていたんですよ」
部長が平伏せんばかりの勢いで見積もりを社長に手わたすと、すかさず秘書のエリカさんが老眼鏡をさしだす。
「ほうほう、これをホンダくんが……」
にこにことした表情で見積もりを眺めていた社長の顔つきが、突如豹変した。「まさか……」「いやしかし……」と独り言が漏れる。
最後まで読みおえると、社長は見積もりを丁寧に封筒に収め、深く息をついた。社長も無言、部長も無言、部署全体が静まりかえっていた。
やがて社長はすっと指を二本立てた。秘書のエリカさんがそこにタバコを差しこみ、流れるような動きで火をつけた。あわてて立ちあがろうとしていたカワサキが「出遅れた」という顔をした。

「いやはや驚いたよ。こんな優秀な社員がうちにいたなんて」
社長はタバコの煙を吐きだしながら声を漏らした。
「わしは長いことこの仕事をやっているがこんなすごい見積もりを見たことはない。このビッグ・プロジェクト、まちがいなく成功する!」
わっと歓声が上がった。社長の威厳の前にぶるぶると震えていた部長が安堵のため息をついた。表情を変えていないのはおれだけだ。ずっと余裕の笑みを浮かべていたからだ。

「よしっ、ボーナスをはずもう。ホンダくん、このビッグ・プロジェクトはすべて君に一任するよ!」
社長とおれはがっちりと握手をかわした。


【次回予告】
完璧な見積もりにより完璧なスタートを切ったビッグ・プロジェクト。すべて完璧かと思われていたが、なんとライバル会社であるイリーガル社がまったく同じ見積もりを作成していたことが判明。完璧だったはずのビッグ・プロジェクトに暗雲が立ちこめる。ビッグ・プロジェクトの見積もりをライバル社に漏らしていたのはいったい誰なのか……。
次回、『カワサキの謀略』。乞うご期待!