2023年11月20日月曜日

【読書感想文】杉元 伶一『就職戦線異状なし』 / いろいろとクレイジー

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就職戦線異状なし

杉元 伶一

内容(e-honより)
暴走する若さ、純情きわまる愚行の限りを尽くす大学生たちを襲う実社会の試練“就職”の実態を描く長篇小説。講談社、文春、新潮社からフジTVなどマスコミへの入社へ向けての大奮闘。高額初任給とやりがいのある仕事、恋愛まではたして就職戦線の勝利者となるのは誰か?若者たちに大人気の映画原作。

 刊行は1990年。翌年には映画化されている。

 タイトルぐらいは聞いたことがあったけど内容はぜんぜん知らなかった。

 で、読んでみたわけだけど、なんていうか、おもしろかった。でも小説の内容がおもしろかったというより、変な小説でものめずらしくておもしろかったというか。


 なんちゅうか、ずっとドタバタしてる。あんまり説明がない。いろいろとクレイジー。「マスコミ業界をめざして就職活動をする四人の大学生と、その四人のうち誰が最初に内定をもらうかを賭ける後輩たち」というストーリーなのだが、背景の説明もないし、登場人物はみんな変なやつだし、むちゃくちゃなことばかり言っている。

 テレビ局や新聞社、出版社などの名前はすべて出てくるのに、急にスパイダーマンが出てきたり、謎の企業が出てきて荒唐無稽な入社試験をしたり、妙に現実的なところと突拍子もないほら話が入り混じっている。

 マジックリアリズムってやつかな。

 小説としてのうまさとかストーリーの組み立ての妙とかそんなものはまったく気にしないで、とにかくエネルギーだけをぶつけた、って感じの小説。こういうの、嫌いじゃない。読みにくかったけど。

 今でこそネットで「素人が書いた情熱だけは感じられる文章」をいくらでも読めるけど、三十数年前はそうとう斬新だったんじゃないかな。




 ぼくも大学時代、マスコミ業界を夢見ていた。といっても明確なビジョンを持っていたわけでも、マスコミ業界に進むために一生懸命研究・対策していたわけでもなく、ほんとにただ漠然と「なんかおもしろそう」とおもっていただけだ。まさに〝夢見ていた〟という表現がふさわしい。

「若く麗しい学生時代に人生何をはかなんだのか文芸サークルに入り、文学や小説や挙げ句の果てに現代詩だのとアナクロここに極まれりの繰り言のうちに過ごしてしまった奴は、いざ卒業って段になってパニックを起こすんだよ。自分のような言語と精神、季節の移り変わりや善と悪の問題に敏感な人間が粗雑で獰猛な実社会に放り出されて生きていけるのだろうかと悩んでしまう。大体、二十世紀もお終いにきたこのご時世に文学なんぞを志向している奴は自己について巨大な誤解をしてるに違いないんだ。僕は人と違って多分にラジカルでシニカルでクリニカルだなんて自惚れていやがる」
 大原は手で膝を打った。
「それは言えてる」
 スパイダーマンは胴間声で吼えた。
「たーだお気軽なだけなのによ。そして歪んだ頭を働かせて卒業後の行く末に結論を出すんだ。マスコミだ! マスコミならこんな僕でも生きてゆける。これこそ天職、僕の適性ってな具合さ。マスコミの仕事ってのは漠然としてて掴みどころがないからな」

 もう、まさにこれ。

 そうなんだよね。現実と向き合ってないだけなんだよね。ほんとはありもしない己のクリエイティビティを活かせる仕事はマスコミぐらいしかない! ってあさはかな考え。

 自分が就活する前に読んでおけば、もうちょっと己の浅慮さに気づけたかもなあ。


 立川は尋ねた。
「大原さんはレコード会社を受けなかったようですね。音楽は詳しいし、好きでしょう。見込みがあったかもしれない」
 大原は首を振り、
「だから受けなかったのさ。音楽は俺の唯一の気晴らしだ。そりゃ自分の好きな洋楽、なかでもロック、とりわけ熱烈なファンであるバンドの担当になれたとしたら、理想の職業だろうさ。でも、先天性音感欠如症のアイドル歌手やらこぶし命の演歌歌手やらの宣伝やらされて、そいつらのレコードを売り物、価値ある物として否応なく聴かされたら、俺は確実に発狂すると思う。さりとて、仕事となれば、頭がおかしくなる自由さえ認められない。音楽自体が嫌いになりかねない。あくまで自己裁量の利く趣味として接していたい」
 糸町が言った。
「俺が就職試験でうまくいかないのもそれと同じ潜在的な恐怖が原因なのかもしれない。面接でやりたい仕事を訊かれると、やりたくない仕事ばかり頭に浮かんで失語症になりかける。粗雑なマンガを読ませてガキの感受性をズタズタにする幼児虐待はしたくないし、女の裸をちらつかせ、青少年の性衝動に訴えて小銭を巻き上げるポン引き稼業はしたくない、人様の人畜無害なスキャンダルに定価をつけるのは犯罪だと思っている、いちいち挙げていくとキリがないが、総括すれば、そうでなくても日本中に無駄に多いアホを増殖して増長させる運動に加担したくない。パルプ資源に限りはあるんだ、地球上の原生林を単なる金儲けで砂漠に変えていい法はない。そう思うと、面接室における自分の存在理由が消滅してしまう。俺は何しにここへ来たんだろうって絶句してしまうこともしばしばだ」
 立川はさすがに呆れ返り、
「遠慮がないなあ。あわよくば自分も作家になって、本を出そうとしている者の言うことじゃない。別にマスコミに限らず、産業分野の何にでもその種の難癖はつけられる。原子力発電に反対だから電気製品関係の会社は嫌だ、世界中に飢餓難民がいるから食料品関係の会社は駄目だなんて言いたてていったら、それこそキリがない。就職以前にこの社会で生きていけなくなる」
 大原が天井を睨んで呟いた。「さーて、いよいよ就職が難しくなってきたぞ」

 ぼくもこういう心境だったなあ、就活してるとき。

「就職したくない理由」ばっかり考えてたんだよね。一生懸命、就職したくない理由を探してた。とにかく社会に出たくなかったんだよな、今おもうと。

 何十年たってもモラトリアム大学生の考えはそんなに変わらないね。




 話の中にはどっぷり入れなかったけど、時代性が強く感じられて歴史的資料として読むとけっこうおもしろかった。


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4 件のコメント:

  1. 失礼します。ブログ主さんと自分が少しも似てると感じコメントさ背ていただきます。今振り返って就活するなら、お金として割りきれる興味ない仕事にもつきましたか?

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  2. コメントありがとうございます。
    今だと、職種は選びますが業種は選ばないとおもいます。「どうしてもやりたくない仕事じゃないか」と給与、待遇などで考えるでしょうね。面接でもとりつくろった笑顔で心にもないことを言えるようにはなっているはず(大学生のころと比べると)……。

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  3. まさか!返信ありがとうございます。最後の質問ですが、営業とかも別にやってもいいって感じでしょうか?

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    1. いや、営業は選ばないですね。いろいろやった挙句、人と話すのは自分にとってストレスの大きいタスクだとわかったので。

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