経済政策で人は死ぬか?
公衆衛生学から見た不況対策
デヴィッド・スタックラー(著) サンジェイ・バス(著)
橘 明美(訳) 臼井美子(訳)
公衆衛生の研究者と医師による、経済政策と国民の健康や生存率に関する調査。
過去の様々な事例をもとに、どのような政策で「人は死ぬ」のかを明らかにしている。
不況や財政危機になると、国民の健康が犠牲になることがある。医療、公衆衛生、住宅政策などにまわす予算が削られる。「健全な財政のためには一時的な犠牲はしかたがない」という論理だ。「経済が悪化すればもっと多くの犠牲が出る。多くの犠牲を防ぐためには当面のある程度の犠牲はいたしかたない」というわけだ。
ところが。
経済のために国民の健康を犠牲にすれば、経済は上向くどころか、かえって回復が遅くなってしまうのだ。もちろん死者数は増える。国民の健康に回す金を削れば、国民は不健康になる、国の医療費負担は増える、国全体の生産性は落ちる、と悪いことづくめなのだ。
中学校の歴史の教科書にも書いてあった。1929年の世界恐慌の際、アメリカはニューディール政策という経済政策をとり、公共事業を増やし、市民の雇用を守ることに予算を投じた。その結果、経済は上向き、危機を乗り切ったと。
その他、様々な国でも同様の傾向が見られる。この本では、アイルランド、スウェーデン、アメリカ、ギリシャ、ロシア、イタリアなどの事例をもとに「緊縮財政が国民を殺し、国の経済を失速させる」ことを確認している。
財政再建を後回しにして国民の命を守ることに金を使ったアイスランドはスピーディーに再建を果たし、逆にソ連崩壊後のロシアや財政危機に瀕したギリシャでは国民の健康を守るための出費を抑えたことで、経済のよりいっそうの低迷を招いた。
本書のタイトルである『経済政策で人は死ぬか?』は決して大げさな表現ではなく、政策によって数千人、数万人の命が救われるか失われるかが変わることがあるのだ。連続殺人犯でもそんなに殺せないよ。
財政危機に陥った国にはIMF(国際通貨基金)が介入することが多いが、IMFの言うこと(緊縮財政)を聞き入れない国ほど再建が早まっているのは皮肉なことだ。
医療、公衆衛生など「国民の健康を守る」ことへの投資はあらゆる支出の中でも効果が高いという。雇用の創出にもつながるし、国民が健康になれば経済活動も活発になる。国家財政にとって、支出した分以上の利益を生むことがわかっている(もちろん一部の企業がごっそり中抜きしたりして不正に使われた場合は別だが)。
だから財政難になろうとも、医療、公衆衛生、雇用対策などの金は削ってはいけない。削れば余計に財政が厳しくなる。むしろ積極的に公共投資を増やしたほうがいい。短期的には支出が減らなくても、中長期的に見ればそちらのほうが経済の立て直しにつながる。
逆に、銀行の救済や軍事への支出は、使った分以下の経済効果しか生まないことが多いのだそうだ。
だが、福祉や雇用維持に使う金は財政危機時には削られやすい。効果が見えにくい、即効性がない、私企業にとっての直接的な旨味がない、そのため集票や資金集めにつながりにくいことなどが原因なのだろう。
身もふたもない言い方をすれば、「金持ちに使う金を削り、貧乏人や弱者に金を使うのがいちばん効果的」ってことだからね。そりゃあ政財界は現実から目を背けるわ。
今の日本もまた、賃金が上がらず、物価だけが上がり、国家財政は借金が増え、経済的にはかなり苦しい状況にある。
そんな中で「弱者に金を使う」方向に舵を切っているかというと……とてもそうは見えない。過去から学ばんでいないか、それとも知っていた上で私腹を肥やすために真実を見て見ぬふりしているか、どっちだろうね。
ちなみに「減税しろ!」「消費税を廃止しろ!」という意見も多いが、それにはぼくは賛成しない。勘違いしている人が多いが、正しく使われれば、税金が増えれば増えるほど貧しい人は得するんだよ。1兆円減税すれば国民に1兆円が渡るだけだけど、1兆円の公共事業をおこなえば、賃金として1兆円を国民に渡せる上に、1兆円分の財を生むことができる。
悪いのは使われ方(万博みたいな巨大ごみをつくったり、ごっそり中抜きする会社に渡したり)であって、税金が高いことは決して悪いことじゃない。
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