2019年12月9日月曜日

【読書感想文】靴下のにおいを嗅いでしまうように / たかたけし『契れないひと』

このエントリーをはてなブックマークに追加

契れないひと(1)

たかたけし

内容(yanmaga.jpより)
わたしのしごとは、わたしになにをさせるのでしょう‥‥。子供向け英会話教室の体験を勧誘する訪問販売員ノグチマイコ♪ 今日も顔も知らないお客様のお宅の玄関の前に立ち、一生懸命お仕事をしています。されど毎回、契約が獲れなくて、上司に怒鳴られ、泣いています。苦笑と悲哀に満ちた幸薄ガールの営業GAG日誌♪『契れないひと』、そこはかとなく連載スタートです♪

たかたけしさんのデビュー作。
……だけどぼくはもう十年来のたかさんのファンだ。

とある趣味を通して(ネット上で)たかさんと知り合い、たかさんのブログ に魅了された。
ぼくは文章を読んでおもしろいとおもうことはあっても笑うことはないのだが、たかさんの文章だけは別だ。文章だけでこんなに笑わせられる人がいるのかと大いに感心し、こんなすごい文章をタダで読むことができるなんてブログっていいなあとおもいつつも、この人が世に出ないのはおかしい、『SPA!』あたりですぐに連載させるべきだろうと勝手に憤っていた。

そんなたかさんがついにデビュー。それもヤングマガジンで……ヤングマガジン?
そう、文章ではなく漫画でのデビューだというのだ。お、おめでとう……。

もちろんそれはそれでたいへん喜ばしいことなんだけど、いつかエッセイ集も出してくれることをぼくは今も願いつづけている。
東海林さだお氏のような『漫画以上にエッセイに定評のある漫画家』になってくれたらいいなあ。



前置きが長くなったけど、『契れないひと』について。

なんというか、見ちゃいられない。なのに見ちゃう。
やはりヤンマガで連載されていた 蓮古田二郎『しあわせ団地』という漫画を思いだした。


『しあわせ団地』の主人公・はじめは、仕事をしようとせず、家事もせず、妻に対しては暴言をぶつけるというどうしようもないクズ人間だ。
一応ギャグではあるのだが、はじめのせいで妻がひどい目に遭うことが多く、読んでいていたたまれない気持ちになる。ギャグなのに痛々しいだけでぜんぜん笑えない。
……なのになぜか気になる。ついつい読みたくなる。
イヤな気持ちになるのがわかっているのだから読まなきゃいいのに、読んでしまう。そして胸糞悪さを感じる……。


『契れないひと』も似た印象の漫画だ。
主人公・野口は英会話教室の飛び込み営業。子どものいる家庭をまわり、体験レッスンに勧誘する。結果が出なければ猛烈なパワハラを受けるブラック職場。レッスンもおそらく質の悪いものだと野口自身もうすうす気づいている。
気の弱い野口は契約をとれない。上司に罵声を浴びる。言われるがままに法律ギリギリ(ギリギリアウト)なやりかたで営業をかける……。

上司や会社はもちろん、野口にも共感できない。
自分のやっていることが顧客を幸せにしないことだとうすうすわかっている。
だけど言われるから、怒られるのがイヤだから、英会話教室を勧める。
会社内では立場の弱い野口も、客からしたら立派な加害者だ。
うじうじして身の不幸を嘆いているように見えるけど、あんたも悪人なんだよと言いたくなる。

……でもそれは高みの見物だから言えることであって、ぼくも同じ立場に置かれたらやっぱり野口と同じような行動をとってしまうかもしれない。少なくとも「この会社のやり方は間違っています!」と抗議することなんてできない。せいぜいがさっさと逃げだすぐらい。

だいたいの人は同じようなもんだろう。
数々の腐敗した軍隊や企業や政府の暴走も、ほとんどが「一握りの頭のおかしいトップ」+「その他大勢のうすうすヤバいと感じながら流れに身を任せた部下」によってなされてきた。

不善に立ち向かうのはエネルギーがいる。思考停止するほうがずっと楽だ。
考えることを止めて上司の言われるがままに行動する野口の姿は、まさに自分含めた「弱い人間」の姿だ。

己の弱さを見せつけられるから不愉快だ。でもここに描かれているのはまちがいなく自分の姿。だから読んでしまう。自分の靴下のにおいをついつい嗅いでしまうように。

『契れない人』はそんな漫画だ。



職業に貴賤はないというが、そんなのは嘘だ。
貴いだけの職業はないかもしれないが、賤しいだけの職業はある。振り込め詐欺やってる連中とか。

まあだいたいは「かなり貴い」から「かなり賤しい」のどこかに位置しているわけだが、やっぱり達成感とか社会貢献度とかを感じにくい仕事はある。

ぼくも広告の仕事をしているが、その中でもやってて意義を感じる仕事とそうでない仕事がある。
風俗やギャンブル関係の依頼は断るようにしているが、うさんくさい育毛剤とか不動産投資セミナーとかの広告をつくっているときは
「うーん……あんまり胸を張って勧められるものじゃないけど……」
とおもいながらも金になるからしょうがないと自分を半ば騙しながらやっている(またうさんくさい商売ほど金銭的条件がいいんだよね)。
残念ながら清廉潔白だけで食っていけるほどの技能を持っていないので。


ぼくもそれなりに悪い大人になったので「明らかな違法じゃなければ目をつぶろう」ぐらいにおもえるんだけど、そんなふうに感じられない人もいる。
「悪いことはやめましょう!」って人。
ほんとうならそっちのほうが正しいんだけど、悲しいかな今の世の中は正しい人が住みやすいようにはできていない。
「だったらおまえこの仕事やめろよ」となってしまう。

ついこないだ『ルポひきこもり未満』という本を読んだけど、そこに出てくる「社会でうまくやっていけない」人たちは、まさにそんな感じだった。
ふつうの人が「まあそんな真剣に考えなくていいじゃない」「ちょっとぐらいの悪いことだったらみんなやってるんだからさ」と思えることを、許せない人。

おかしいのはその人たちなんだろうか。それともこの狂った社会に順応できているぼくだちなんだろうか。



『契れない人』の世界の住人はみんな狂っているんだけど(人だけじゃなく犬も)、回を重ねるごとにどんどん狂気が増している。
この先どうなるのか。たぶん不快な展開が待っているんだろう。わかっている。わかっているけど、でも読んでしまうんだろうなあ……。


【関連記事】

【読書感想文】失業率低下の犠牲者 / 池上 正樹『ルポ ひきこもり未満』

【読書感想】爪切男『死にたい夜にかぎって』

【読書感想】こだま『ここは、おしまいの地』



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿