2017年9月26日火曜日

国家元首になる日のために読んでおこう/武田 知弘 『ワケありな国境』【読書感想】

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武田 知弘 『ワケありな国境』

内容(e-honより)
西アフリカにある国境空白地帯とは…?中国がチベットを手放さない本当の理由とは…?世界の奇妙な国境線、その秘密を解き明かす。

コンビニに置いてあるうさんくさいムックみたいなタイトルだったので期待せずに読んだのだが、意外と内容は教科書的でまともだった。
「タックスヘイブン(租税回避地)はなぜ旧イギリス領が多いのか」みたいな国境関係ない話も多かったけど。


日本人として生きていると、国境を意識することはほとんどない。
川端 康成 『雪国』の書き出しは
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
だけど、この「国境」は「こっきょう」ではない。日本に鉄道で越えられる国境(こっきょう)はないからね。
これは「こっきょう」ではなく「くにざかい」。越後国(今の新潟県)と上野国(今の群馬県)の境だと言われている。



国境を意識することはないが、いろんな「境」は気になる。
小学校のとき、隣の席のやつの筆箱が1センチ自分の机にはみだしてくるだけでものすごく気になった。
新幹線に乗ると、席と席の間にある肘かけはどちらの領土なのかが気になる。
電車で7人がけの座席の「端から2番目あたり」と「端から3番目あたり」にまたがるように座っているやつに対しては「どっちかに寄れよ」と思う。

かように、ちょっとした境でも侵害されると過敏に反応してしまう。
いわんや国境をや。
世界の国境ではいたるところで争いがくりひろげられている。争いのない国境のほうがめずらしい。
ふだんニュースを見ていると「〇〇国はここは自分のとこの領土と主張していて強欲だなあ」と思うけど、どの国も等しく強欲だよねえ。主張できるだけの力を持っているかどうかだけで、みんな隙あらば言いたいはず。ぼくだってできることなら満員電車で7人掛けの座席を独占したい。



不法移民向けガイドブック

国境で起こるトラブルは国境線をめぐる争いだけではない。
メキシコでは、アメリカへ不法入国する途中で死ぬ人が多いためメキシコ政府が異例の対策をとったそうだ。

 警備が厳重になれば、それをかいくぐらなければならないので、不法移民たちは必然的に危険な道を選ばざるを得なくなる。砂漠で道に迷う者、トラックや船のコンテナの中で窒息死する者、さらには極寒の海中で溺死する者など大勢の犠牲者が出ている。
 メキシコ政府は、そうした国境越えの死亡者を減らすために、「安全にアメリカに入国するため」のガイドブックを発行し、国境付近などで150万部も配った。
 32ページの小冊子で、そのなかでは国境越えのコツやアメリカで勾留されたときの法的権利などが詳しく説明されている。

政府制作のガイドブックってメキシコ総領事館の連絡先とかホテルの住所みたいな『地球の歩き方 アメリカ不法入国編』的なことが書いてあるのかと思ったら、そうじゃないんやね。
「砂漠地帯では水を飲むと脱水症状を防げる」なんて『マスターキートン』みたい。政府が配布する冊子の内容とは思えない。

なんて優しい国なんだ。優しいというか甘っちょろいというか。
亡命するために逃げようとする国民を殺す国とは大違いだけど、どっちのほうが政府として正しいのかよくわからんなあ。



南極の領有権

中学校の社会の授業で「南極はどこの国の領土でもありません」と教わった。
そうか、この争いの絶えない世の中で南極だけは平和であふれている場所なんだね、と思ってた。

ところが、どうもそうではないらしい。
イギリス、アルゼンチン、チリ、ニュージーランド、オーストラリア、ノルウェー、フランスの7国が南極の領有権を主張しているのだそうだ。アルゼンチンとかオーストラリアとかは南極に接しているからまだわかるけど、イギリスやノルウェーなんて北の端じゃねえか(イギリスやフランスは植民地が近くにあるのかな?)。
分割して自分たちのものにしようとしている7か国。そうはさせじとアメリカやソ連などは南極の軍事利用の禁止などをうたった南極条約を結んだ。
ところが、チリが実効支配を主張するために南極での出産を奨励したり、アルゼンチンが南極に小学校をつくったり、イギリスが南極周辺の海底を自国の大陸棚として国連に届け出たり、領有権争いは収まる様子がない。
南極もまた、利権をめぐって各国がしのぎを削っている場所なのだ。

今は宇宙条約があって宇宙空間の領有が禁止されているけど、この調子だと、月から貴重な資源が見つかった途端に各国が「月はうちの領地だ!」と主張しだすんだろうね。




シーランド公国

いちばんおもしろかったのはシーランド公国の話。
シーランド公国という国家をご存じだろうか。
イギリスが第二次大戦中に築いた海上要塞を、ロイ・ベーツという元軍人が勝手に領土として主張してできた要塞国家だそうだ。

人口は4人(ロイ・ベーツの家族)。
面積は200平方メートルというから、14メートル四方ぐらいの広さ。坪数にすると60坪ぐらい。ちょっと大きい一軒家ぐらいの領土だ。

シーランド公国を独立国として認めている国はひとつもない。
だが、イギリス政府がロイ・ベーツを訴えたものの裁判所が訴えを退けたという経緯があるため、イギリス政府は手出しをできない(というよりどうでもいいから放置している、のほうが近いかもしれない)。
というわけで他国から認められていないが、領土を奪われたりする心配もないというなんとも宙ぶらりんな状態になっている。それがシーランド公国。

 シーランド公国では、財務大臣としてドイツ人投資家を雇っていたが、1978年、商談のもつれからその財相がクーデーターを起こしロイ・ベーツの息子である、シーランド公国の王子を誘拐。政権譲渡を要求するクーデーターが起こった。ロイ・ベーツは、イギリスで傭兵を雇い、ヘリで急襲。たちまち鎮圧し財相を国外追放した。
 その後、そのドイツ人投資家はシーランド公国亡命政府を樹立。いまでも公国の正当権を争っている。

なんだこれ。めちゃくちゃおもしろいじゃないか。
これが200平方メートルの中で起こっている出来事だからね。

このシーランド公国、爵位を売ったり外国人にパスポートを発行したりして財政を立てているが、2012年に大公が死去して現在は息子が継いでいるらしい。


わくわくするような話だね。
星新一のショート・ショートに『マイ国家』という作品がある。ある男が突然自分の家を日本から独立させると主張しだす話だ。
また井上ひさしの小説『吉里吉里人』でも、東北地方の寒村が日本からの独立を宣言する。
しかし事実は小説よりも奇なりで、まさか実行に移す人物がいて、しかもその国内で誘拐事件やらクーデターやら亡命政府誕生やらが起こるとは、星新一も井上ひさしも想像しなかっただろう。

ちなみにこのシーランド公国、約150億円で売りに出されているらしいので、国家元首になってみたい大金持ちの方は購入を検討されてみては?



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