新潮社が、「発売前に全文公開」という思い切ったキャンペーンをやっていることで話題になりつつある『ルビンの壺が割れた』。
さっそく読んでみた。
短いし平易な文章だからさくっと読めるね。
2017年7月27日まで無料で読めるよ!。
詳細は公式サイトへ(→ リンク )。
しかしいいキャンペーンだね。
全文を無料公開&キャッチコピー募集ってのは話題になる。
そうでもしないと無名の作者の小説は売れないもんね。
無料で公開する損失よりも、その後に売上が増える分のほうがぜったいに大きいだろうな。
とはいえ何度も使える手じゃないね。
めずらしくなくなれば読まれないし、悪評のほうが多ければむしろマイナスになりかねないし。
よほどの自信があるんだろうね。
特設サイトにも「必ず騙される」とか「衝撃体験」とかの言葉が並んでいて、ハードル上げすぎじゃない? と心配になってしまうほど。
しかもタイトルが「ルビンの壺」というキーワードが入っている(「ルビンの壺」とは壺のようにも2人の人物の横顔のようにも見える有名なだまし絵)。
ルビンの壺 |
これをわざわざタイトルに用いるってことは「見方を変えたら別の真実が浮かびあがってくる話ですよ」って言ってるようなもんじゃない。
そこまでわかりやすいヒント与えてしまって大丈夫?
ということで感想。
うむ。おもしろかった。
無料だったことをさしひいても、読んで損はない小説だね。
ネタバレ禁止ということなのであまり詳しくは書けないけど、顔を合わさないメッセージでのやりとり、交互に入れ替わる語り手……ときたらミステリ小説ファンとしたら「ははあ、××がじつは××ってパターンね。よくある手だよね。まあでもミステリを数多く読まない人はこれで引っかかって『衝撃のラスト!』とか言っちゃうんだよねえ~」とにやにやしながら読んでたんだけど、ぼくの予想はまんまと外れた。
なるほど。こういう展開をたどる小説か。
ひっかけがないということに逆にひっかかってしまったというか、これ以上書くとネタバレになりそうだからやめとくけど、たしかに分類の難しい小説だ。ぼくも何百冊とミステリを読んだけど、類似する小説が思いうかばない。
うまく説明できないけど、特設サイトに書かれていた「奇妙な小説」という言葉もなるほどと納得させられた。
SNSという舞台装置もうまく活かしている。何十年も音信不通になっていた人と顔を合わさずにやりとりをすることなんて、SNS以外ではまず起こりえないもんね。
(しかしこういう人たちが実名が基本のFacebookをやるということには少し違和感。mixiだったらわかるんだけど、でも今mixiは誰でも知るツールじゃないからなあ)
『ルビンの壺が割れた』はSNSのメッセージだけで構成される小説だ。
書簡形式の小説というのはときどき見かけるけど、ぼくはどうも好きになれない。お互い知っているはずのことを「あのときは〇〇でしたよね」とわざわざ書くのが嘘くさいから。『ルビンの壺が割れた』もそういう記述が散見されて、「なんでいちいち再確認するんだよ」とつっこまずにはいられない。書簡形式だと地の文で補えないからどうしても説明過多になっちゃうんだよねえ。
とはいえ、手紙だけで構成された小説(たとえば 湊かなえ『往復書簡』)に比べれば、SNSだとその嘘くささがだいぶ緩和されているように感じる。
ひとつには数十年の時を経ていること。数十年もの歳月がたっていれば「あのとき貴女は〇〇しましたね。ぼくは〇〇と言いましたね」と書くことの必然性は、ほんの少しは高まる。
もうひとつは、インターネット上では誰もが自分語りをしてしまうこと。聞かれてもいないのに自分の過去の体験を長々と綴ったりしてしまうのはインターネットの持つ魔力のひとつだよね。ぼくもその力に操られているし。
SNSという現代的な小道具をうまく使った小説。
だからSNS拡散を狙った新潮社のキャンペーンとも親和性が高いんだろうね。
ううむ、つくづくよくできた小説、そしてそれ以上によくできたキャンペーンだ。マーケティングの仕事をしている身として素直に感心する。
このキャンペーンが小説の魅力を倍増させているね。
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