という学園モノで定番の図式があるけど、あれにまったく共感できない。
なぜなら、ぼくが通っていた中学校の教頭がとんでもない人格者だったから。
いや、人格者というより"お人好し"といったほうがいいかもしれない。
足立教頭という50歳くらいの丸顔のおじさん。
彼はやさしさが服を着て歩いているような人だった。
やさしいことは、ときに罪になる。
授業中、足立教頭がAくんを指名して質問をする。Aくんは答えられない。
しかし足立教頭はあきらめない。ヒントを与えてヒントを与えて、なんとかAくんに答えさせようとする。ふつうの先生なら、ある程度の時間がたったらあきらめて答えを自分で言ったり、次の人を指名したりする。しかし足立教頭はAくんが答えるまで待つ。
当然ながら、授業は遅れた。
授業中に寝ている生徒がいると、足立教頭はにこにこしながら「〇〇くんは野球部やから朝練で疲れてんのかなあ」と言っていた。
そのやさしさに努力で応える気概のある中学生なんてほとんどいない。
足立教頭の授業では、起きている生徒のほうが少なかった。
委員長や風紀委員のような優等生ですら、彼の授業では寝ていた(授業がつまらなかったこともある)。
ぼくもまた、足立教頭をなめきっていた。
「この人なら、何をやっても怒られない」と思っていた。
だが、そんなぼくが冷や水をぶっかけられる事件が起こった。
その日、ぼくらは校長室の掃除当番だった。
校長は不在。
誰もいない校長室に、男子中学生。
遊ばないわけがない。
中に入るやいなや、「第1回全国中学校ふとももしばき選手権大会」が始まった。
ぼくらがキャッキャ言いながら遊んでいると、足立教頭が校長室に入ってきた。
ぼくは思った「あ、やべえ」。でも同時に「足立教頭でよかった」とも思った。
ふつうの教師なら怒鳴りつけるところだろう。
だが足立教頭は言った。
「おいおい、掃除しようぜ!」
そして。
「この人なら、何をやっても怒られない」と思っていた。
だが、そんなぼくが冷や水をぶっかけられる事件が起こった。
その日、ぼくらは校長室の掃除当番だった。
校長は不在。
誰もいない校長室に、男子中学生。
遊ばないわけがない。
中に入るやいなや、「第1回全国中学校ふとももしばき選手権大会」が始まった。
ぼくらがキャッキャ言いながら遊んでいると、足立教頭が校長室に入ってきた。
ぼくは思った「あ、やべえ」。でも同時に「足立教頭でよかった」とも思った。
ふつうの教師なら怒鳴りつけるところだろう。
だが足立教頭は言った。
「おいおい、掃除しようぜ!」
そして。
ぼくにほうきを手渡し、自分は雑巾を手に取ると、しゃがんで床の雑巾がけを始めた。
「中学生に掃き掃除をさせ、自分が拭き掃除をする」
こんな教師がどれだけいるだろう。
こんな教師がどれだけいるだろう。
生徒の足下ではいつくばって雑巾がけをできる教頭が何人いるだろう。
この人は何をやっているんだ。ぼくはこわくなった。
この人は何をやっているんだ。ぼくはこわくなった。
生意気な中学生だったぼくでも、さすがに教頭が雑巾がけをしている横で悠然としているわけにはいかない。
「いやいや教頭先生、ぼくが雑巾かけますよ」
と、雑巾をとりあげてまじめに掃除をはじめた。
ぼくは足立教頭から「人を動かす方法」を教わった。
それは恫喝や報酬ではない。恐怖だ。
「いやいや教頭先生、ぼくが雑巾かけますよ」
と、雑巾をとりあげてまじめに掃除をはじめた。
ぼくは足立教頭から「人を動かす方法」を教わった。
それは恫喝や報酬ではない。恐怖だ。
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