会社で、既婚女性ふたりが話している。
「うちの旦那ね、コップにお茶をちょっとだけ残すの。あとちょっとなんだから飲みきってよ、って思うのに、なぜか1センチぐらい残すのよね」
「あーうちもー! 片付けられなくてイライラするわよねー」
「なんなのかしらあれ。男の人の習性なのかな。ちょっとだけ残すのって。嫌よねー」
そばで聴いていてドキドキする。
ごめんなさい、ぼくもです。
いっつもお茶を飲みきらずにほんのちょっとだけ残してます。
そうだったのか。ぼくだけじゃなかったのか。他の男性たちもだったのか。
そして世の女性たちはイラついていたのか。
ということはうちの妻も……!
どうしよう。
とりあえず、いま隣りにいる既婚女性ふたりに謝っといたほうがいいだろうか。
「お茶をちょっとだけ残してごめんなさい、世の夫たちを代表して謝ります」
と。
突然ぼくが土下座をしたら彼女たちはびっくりするだろうか。
いやいや。
考えてみたらそこまで悪いことじゃないだろう。少なくとも土下座をするほどのことではないはずだ。
お茶をちょっとだけ残して何が悪いんだ。
大地震が起きてこの部屋に閉じ込められることになったとき、この1センチのお茶が命を救うことになるかもしれないじゃないか。
そうだ、むしろちょっと残すほうが正しいんじゃないだろうか。
おもいきって彼女たちに反論してみようか。
「きみたちだって財布のお金は最後の一円まで使い切らないだろう? 全部使い切るまでに補充するよね。ほらね、そういうことなんだよ」
突然ぼくが弁論をふるったら彼女たちはびっくりするだろうか。
怒りだして裁判になったらどうしよう。
ぼくには「コップも財布も一緒でしょ理論」で彼女たちと裁判長を納得させられる自信がない。
黙っていたほうが賢明だ。
そこへKさんが話にくわわってきた。
「まだいいわよ。うちなんかもっとひどいよ。
うちの旦那、やかんのお茶を全部飲んじゃうの。
あたしが飲みたいときにはやかんがからっぽなわけ。
だから云ったのよ、
『最後の一杯を飲んだ人は、次に飲む人のためにお茶を沸かすことにしましょう』って。
そしたら彼、『わかった』って」
「よかったじゃない」
「よくないわよ! それからどうなったと思う!?
彼ったら、やかんにほんのちょっとだけお茶を残すのよ!
お茶を沸かしたくないもんだから、そのちょっとは絶対に自分では飲まないの!」
「えー! ひどーい!」
なんて人だ。
ぼくも「それはひどいですね」と全女性の味方みたいな顔をしてKさんに同情の言葉をかけた。
内心「なるほどその手があったか」と思ったことはもちろん秘密だ。
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