2019年8月8日木曜日
本好きは本屋で働くな
本屋で働いていたときがいちばん読書量が少なかった。
とにかく忙しかったからだ(1日の労働時間は平均して13時間ぐらい、年間休日は70日ぐらいだった)。
車通勤だったので移動中も本を読めないし(信号待ちのときに読んでみたことがあるけどぜんぜん集中できない)、慢性的に疲れが溜まっているので休みの日は人と会うとき以外は寝て過ごしていた。
もちろん本屋の業務をしているから、本の情報は入ってくる。
最近この本売れてるなーとか、なんだかおもしろそうな本が出たなとかの情報はいちはやくキャッチできる。
でもそうした情報を知れば知るほど、読みたいという気持ちが薄れていく。
「〇〇というキャッチコピーの帯をつけてから売れはじめて〇〇賞を受賞して〇〇年には映画化されるらしい」とかの周縁の情報を溜めこむうちに「どんな本だろう」という気持ちが薄れていってしまう。まったく読んでいないのに知ったような気持ちになってしまうのだ。
「あああれね」という気持ちになってしまうのだ。読んでいないのに!
あと、嫌いな本が増えた。
××の本なんか買うんじゃねえよ、とか。
××ですら低俗な本なのにその二番煎じ三番煎じの本が売れるのほんとくだらない、とか。
××出版社はゴミみたいな本ばっかり送りつけてくるな、××舎は営業の態度が悪いし、もうここの本は買わないぞ、とか。
それから、プライベートで本屋に行っても楽しめなくなった。
陳列の方法が気になったり、「うちは注文しても〇〇がぜんぜん入荷しないのにこの本屋にはこんなに入荷するんだ」と悔しくなったり、あと乱れている売場を無意識に整えてしまったり。
仕事モードになってしまって落ち着かない。
ということで、本屋で働いていたことは本を楽しむうえでプラスよりもマイナスのほうが多かった。
本屋なんて、本好きの働くところじゃないぞ。
ほんとに。
2019年8月7日水曜日
【読書感想文】失敗は見て見ぬふりの日本人 / 半藤 一利・池上 彰『令和を生きる』
令和を生きる
平成の失敗を越えて
半藤 一利 池上 彰
世界情勢、政治、天皇、災害、原発、インターネットといったテーマを切り口に「歴史やニュースをわかりやすく伝えるプロ」のふたりが平成という時代をふりかえった対談。
たくさんのテーマを扱っているので、ひとつひとつの話はちょっと浅くて物足りない。たとえば「平成の政治史」だけで一冊ぐらいの分量だったらもっとおもしろかったとおもう。
でもまあ、これ以上深い話はこの人たちの仕事じゃないか。入口まで連れていくのが半藤さんと池上さんの仕事だもんな。
「平成の失敗を越えて」とサブタイトルがついているように、話の八割ぐらいは「平成の三十年で悪くなったこと」についてだ。
年寄りのぼやきっぽさもあるが、こと日本の経済と政治に関してはまちがいなく劣化しているとぼくもおもう。
平成の三十年で、日本は数えきれないほどの失敗してきた。そしてそのほとんどはきちんと総括できておらず、いまだ手つかずの問題も多い。
政治の不調の原因は、特定の個人や団体にあるのではないとぼくはおもう。
「小選挙区制」というシステムの問題だ。
小選挙区比例代表並立制を生んだのは、1994年に成立した政治改革四法である。
小選挙区制のダメなところは今までにもさんざん書いているのでここではくりかえさないけどさ。
小選挙区制がダメな99の理由(99もない)/【読書感想エッセイ】バク チョルヒー 『代議士のつくられ方 小選挙区の選挙戦略』
選挙制度とメルカトル図法/読売新聞 政治部 『基礎からわかる選挙制度改革』【読書感想】
民主主義を破壊しかねない小選挙区制だけど、導入されたときは
「民主主義をぶっこわすために小選挙区制にしよう!」
とおもっていた人はほとんどいないんだろう。当時の人たちは「小選挙区制こそすばらしい制度」と信じていたんだなあ。
民主主義をぶっこわしたのは当時の日本人みんなだったのだ。
まあ失敗したこと自体はいいわけだよ。
現状を予想できた人は当時ほとんどいなかったんだろうし。
ダメなのは失敗を改める制度がないことなんだよね。
今の国会議員の多くは小選挙区制のおかげで当選できた人たちなので、それを変えようとしない。
政治制度なんて完璧になるはずないんだから、フィードバックが働かない制度をつくっちゃだめだよ。
現行の小選挙区制は裁判所もずっと違憲状態だっていってるのにいっこうに直らないんだから。
民意がそのまま反映されたら困る人がいるんだろうなあ。
選挙制度は利害関係者である政治家に決めさせちゃだめだよね。裁判所とかの独立した機関にやらせなきゃ。
特に最近は、情報の地域差はすごく少なくなったし、その一方で都市と地方の人口差は開くばかり。地域ごとに選挙区を分ける理由がどんどん薄くなっていっている。
個人的には、大選挙区制にしてしまってもいいんじゃないかとおもう。
原発について。
日本の原発の失敗を見てドイツやイタリアは原発廃止に舵を切ったのに、当事国である日本だけがいまだに原発にしがみついている。
失敗であることに気づきながら責任をとりたくないばかりに失敗から目を背け、取り返しのつかない事態へ突き進んでしまう。すごく日本らしい光景だ。
「日本軍が負けるわけがない」
「地価が下がるわけがない」
「原発が制御不能になることはない」
昭和も平成も、失敗に対する日本の体質は少しも変わっていないなあ。
ぼくはまだ三十数年しか生きていないけど、ここ数年で国内の空気はどんどん息苦しくなっているように感じる。
この本の中で池上さんと半藤さんが「我々もネットでは反日と呼ばれている」とボヤいている。
彼らは日本もアメリカも中国も北朝鮮も等しく「いいとこもあるし悪いとこもあるよね。悪いところはちゃんと批判しなければ」という立場をとっているとおもうんだけど、それでも「反日」になってしまうのだ。
日本政府礼賛でなければ「反日」、という風が吹いているように感じる。
この閉塞感は、経済と無関係ではないだろう。
残念ながら日本の経済力は(少なくとも相対的には)どんどん落ちていっている。日本は先進国ではなく衰退途上国だ、と誰かが言っていた。多くの日本人の実感に近いとおもう。
景気のいいときには「このままじゃ日本はだめだ。立ち止まって反省しよう」みたいな言説が主流だったのに、経済が成長しなくて閉塞感が高まるとかえって「威勢のいい話以外は認めないぜ!」という雰囲気になってしまう。
現実から目を背けたくなるのだ。
つぶれる会社ってこんな空気なんだろうなあ。
そういやぼくは以前書店にいたけど、出版業界ってもう衰退していくことが誰の目にも明らかだから、業界の集まりなんかでも逆に景気のいい話しか出てこないんだよね。
「こんな仕掛けをした本が売れました!」とか「〇〇出版社が業績アップ!」みたいな。
たぶん大戦に突入したときも同じような空気だったんだろうね。
以前、『失敗の本質~日本軍の組織論的研究~』という本の感想としてこんなことを書いた。
この体質は今もって変わっていない。
だからこそこうして半藤・池上両氏は「平成の失敗を振り返ろう」と警鐘を鳴らしているわけだが、そういう人は少数派で、多数派からは「せっかくの前向きな空気に水を差すなよ」と疎まれてしまう。
はたして令和時代は失敗を総括して軌道修正のできる時代になるんだろうか。
それとも、過去と同じように取り返しの失敗に突き進んでいく時代になるのだろうか。
ぼくの予想は、残念ながら……はぁ……。
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2019年8月6日火曜日
歯が抜ける恐怖
娘の友だちSちゃん(六歳)の歯がぐらぐらしている。
乳歯が抜けそうになっているのだ。
そうか、そんな年頃かー。
「へえ。歯が抜けそうなんだ」というと、とたんにSちゃんの顔が曇った。
「ちょっと見せて」というと、「いや!」と口を固く閉ざしてしまった。見ると、涙目になっている。
Sちゃんのおかあさんが
「歯医者さんに診てもらおうとおもって連れていったんですよ。でも大泣きして暴れまわって、結局診てもらわずに連れてかえってきました」
と教えてくれた。
Sちゃんにとっては歯が抜けるというのはめちゃくちゃ怖いことで、考えるだけでも泣いてしまうことらしい。
Sちゃんのおかあさんは「すぐに新しい歯が生えてくるから大丈夫、って言ってるんですけどねー。でもすっかり怖がっちゃって」と笑っていた。
そうかー。
ぼくはもう歯が生え変わるときの気持ちをすっかり忘れてしまったけど、たしかに最初は怖いだろうなあ。
だって身体の一部がなくなるんだよ。恐怖でしかないでしょ。
「もうすぐあなたの指が抜けます。最初は小指、それから薬指、中指、人差し指、そして最後に親指。だんだん指が腐ってぐらぐらしてきますが神経は残っているので痛いです。最後はおもいっきりひっこ抜きます。もちろん強い痛みを伴います。それが両手両足であわせて二十本分あります。大丈夫、すぐに新しい指が生えてきますから」
って言われて
「そっか、新しい指が生えるのか。だったら安心☆」
とはならないわけで。
2019年8月5日月曜日
医者をめざさない理由
高校三年生の進路面談で、ぼくの進路希望を見た担任の教師からこう訊かれた。
「なんで医学部をめざさないの?」
は……?
質問の意味がわからなかった。
逆ならわかる。
ぼくが医学部に行きたいと言っていて「なんで医者になりたいの?」と訊くのならわかる。
だが、医学部を志望しないことに理由がいるのだろうか。
「なぜダンサーにならないの?」とか「なぜ軍人にならないの?」とか訊かれても、 「いや、なりたいとおもったことないから……」としか答えようがない。
それと同じだ。
その教師(おばちゃんの体育教師だった)は受験のことなどまったく知らなかったので、 「医学部に行くには成績が良くなくてはならない」を「成績が良ければ医学部に行く」と勘違いして(命題が真だからといってその逆が真だとは限らないことを知らないのだ)、ぼくの成績がそこそこ良かったので医学部に行くのが当然とおもいこんでいたらしい。
その教師に対していろいろ言いたいことはあった。
医師がみんな崇高な使命に燃えていなければならないとまでは言わないけれど、勉強ができるから、金を稼げるからってだけで医師をめざすような風潮にはぼくは反対です! とか。
それってまるで医師を一段高いものに置いていて、ほかの職業を下に見ているようじゃありませんか! とか。
医師には医師のたいへんさ苦しさがあるだろうに、なれるならなっとけっていうのは本気で医学部を目指している他の学生に対しても失礼じゃないですか! とか。
しかしなにより、いちばん言いたかったのはこれだ。
「いやぼく文系やで! あんた文系クラスの担任なんやで!」
2019年8月4日日曜日
ショールームとエロ動画の本棚
いっとき、家を買おうとおもって住宅展示場やマンションのショールームをいくつか見にいったことがある。
ショールームなので、どの部屋もすてきな内装が施されている。
品のいい家具、シックな壁紙、高級そうな食器。住みたい! とおもわせてくれるインテリアだ。
だが、いくつかのショールームを見ているうちに気がついたことがある。
本がない。
どの部屋にも本がない。本棚がない。
なんてこった!
まあわかるんだけど。
本棚は場所をとるから、ショールームにそんなものを置いてしまうと部屋が狭く見えてしまう。だから置かないんだろうけど。
にしたって。
本棚がない家って、やっぱりなんか嘘っぽい(ショールームだから嘘なんだけど)。
世の中には本をまったく読まない人がいることはぼくも知ってるよ。
でも、まだまだほとんどの家庭には本棚の一架や二架や三架ぐらいは置いてあるもんじゃないだろうか(そうでもないのか?)。
ショールームにはワイングラスを逆さ吊りにするやつ(なんて名前か知らない)もあるのに、本棚はない。
ワイングラスを逆さ吊りにするやつ(名前は知らない)よりは本棚のほうが多いだろ!
それ以来気になって、部屋の写真を見ると本棚をさがしてしまう。
で、気づいたんだけど、じっさいに人が住んでいる部屋には本棚があり、そうでない部屋には本棚がないことが多い。
インテリア雑誌の写真とかテレビコマーシャルの部屋とかには本棚がない。
あっても洋書が数冊並べてあるぐらいで、インテリアとして存在するだけだ。読むための本ではない。
つくりものの部屋に本がないのは、本が住む人をイメージさせてしまうからではないだろうか。
「新書と自己啓発本ばっかりだな。おもしろみのないやつが住んでるんだな」
「うわあ。ハヤカワSFがこんなに。ちょっとめんどくさいSFオタクってかんじだな」
「この人は郷土史に興味があるのか。おじいちゃんかな」
「岩波、ちくま、河出……。おお、これはなかなかの読書家だな」
というように、持ち主の人となりが想像されてしまう。
とたんに生活感というかなまなましさが生じてしまうので、つくりものの部屋には本がないんだろうね、たぶん。
話は変わるけど。
エッチな動画では「部屋」が舞台になっていることが多い。
マンションの部屋に酔っぱらった女の子を連れこんで……とか。
家庭教師の先生の大きく開いた胸元に昂奮してしまって……とか。
シェアハウスに引っ越したら男はぼくひとりで……とか。
そういう動画には本が映っていることが多い。
本好きとしては、ついついそちらに目が行ってしまう(もちろん女性の裸にも目が行ってしまうんだけど)。
たいていは漫画とか漫画雑誌なんだけど、ときどき文庫が並んでいたり、ごくまれにハードカバーの小説が映ることもある。
おっ。こんなの読むんだ。
なんだか親近感が湧く。
エロ動画なんて「つくりもの」の典型のような作品なのに、意外にもちゃんと本が並んでいる。
あれはたぶん撮影のためにつくられた部屋ではなく、予算節約のためにスタッフとかがほんとに暮らしている部屋を提供しているんだとおもう。
だから本があるのだ。置物としての本でなく、読むための本が。
エロ動画の背景に映る本棚、ぼくはあれが大好きだ。
すごくリアリティを与えてくれる。バックに本棚があるだけでエロさが二割増しになる気がする。
ところで、エロ動画に映る本ってモザイクがかかっていることが多いんだよね。
だからタイトルまではわからなかったりする。
出版社や著者から「うちの本をエロ動画に勝手に使うな!」というクレームがつかないようにという配慮なんだろうけど、女の人のおっぱいにはモザイクがかかってないのに文芸書の背表紙にはモザイクがかかっているのはなんかおもしろい。
エロ動画制作の人たちからしたら本って裸よりセンシティブなものなんだなあ。
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