【読書感想文】 池上 彰 『この日本で生きる君が知っておくべき「戦後史の学び方」』

内容紹介 (Amazonより)
敗戦から高度成長に至ったわけ、学校では教えない「日教組」、アベノミクスとバブルの教訓まで。池上彰教授のわかりやすい戦後史講義を実況中継!
歴史の授業ではなおざりにされがちな「日本の戦後史」ですが、社会に出るとこれほど「使える」分野はありません。そこで、池上彰教授の東工大講義シリーズ第2弾は、『この日本で生きる君が知っておくべき「戦後史の学び方」』。平成生まれの学生たちに、日本が敗戦から不死鳥のように甦った道筋から、現在の問題を解くヒントを教えます。「アベノミクスはバブルから学べるか?」「政権交代の不思議な歴史」「学校では絶対に教えない『日教組』」など、ビジネスパーソンにも参考になることばかり。

池上彰さんが東工大の1年生に向けておこなった近代史の講義をまとめた本。

ぼくが学校に通っていたのはもう15年以上前だけど、学校の歴史の授業では「日韓関係」「学校と日教組」「全共闘運動」「バブル」などの問題はほとんど扱った記憶がない。
というか戦後史って、だいたい駆け足で済まされるんだよね。

まだ評価が定まっていない問題だから扱いにくくて避けられるのかね。鎌倉幕府の扱いについて文句を言ってくる人はほぼいないだろうけど、日韓関係とか自衛隊の問題ってデリケートだから、各方面から苦情が飛んでくるもんね。


しかし池上彰さんって、やっぱりこういう「今さら聞けない政治・経済・歴史の解説」の仕事がうまい。
ぼくの現代史の知識も、大学生のときに読んだ池上さんの『そうだったのか』シリーズが礎になっている。
テレビでは妙な仕事をさせられてますけど(日本の行事の由来とかクソみたいなことを解説させられてるね)、やっぱり『週刊こどもニュース』の人だよね。
こういう仕事だけしてくれたらいいのに。

 戦争中に途絶えていた米国との貿易も復活します。その際、問題になるのは為替レートです。ドルと円をいくらで交換すればいいか、ということです。
 米国から調査団が来て、日本経済を診断します。その結果、1ドル300円を中心として、上下1割の範囲内のどこかに設定すればいいという提言になりました。
 しかし米国は、1ドル=360円に設定しました。日本経済の実力より円安に設定すれば、日本が輸出を通じて発展するだろうと考えたのです。
 この頃、世界では東西冷戦が始まっていました。アジアでは、中国や北朝鮮などソ連式の社会主義国が生まれました。これに対抗するため、米国は、日本をアジアのショーウインドーにすることを考えます。「米国の仲間に入って資本主義経済でいくと、こんなに発展するのだ」という見本にしたかったのです。そのために、為替レートを日本に有利に設定しました。
 その後、日本が対米輸出を通じて経済発展を遂げるのは、ご存じの通りです。

日本が戦後、経済大国として復興を果たしたのにはこういう経緯もあったんだね。
「戦後の日本人が一生懸命がんばったからだ」と語られてばかりだけど(もちろんそれも大きいんでしょうけど)、アメリカが「仲間を増やすため」にお膳立てしてくれたから、というのも大きかった。

朝鮮戦争でもずいぶん日本は潤ったようだし、冷戦のおかげ、という部分も大きい。

こういう経緯を知っていると、70~80年代にアメリカで"ジャパンバッシング"が起こったのもわかる。
おれたちが優遇してやったおかげで経済成長できたのに、自分たちだけでやったみたいな顔して調子乗ってんじゃねえよ、って。

バブル期には、ソニーがコロンビア映画を買収したり、三菱地所がニューヨークのシンボル・ロックフェラーセンタービルを購入して顰蹙を買ったそうだけど、台湾企業がシャープを買収したり、中国の富裕層が日本の土地を買いあさったりしている現在では「ああ、あの頃のアメリカの気持ちがわかる……」という心境になる。

トランプ大統領が「日本は優遇されている」と批判をしているけど(事実と異なる認識も多いが)、あれも理屈じゃなくて「調子に乗っていた頃の日本」への憎しみから来ているのかもね。



歴史を学べば正しいものの見方ができるようになるとはかぎらない。
某大統領のように結論ありきで歴史を見る人にとっては、思い込みを助長させてしまうことにもつながりかねないんだな、とつくづく思う。
それでも、どういう流れでその人が誤った認識を持つようになったのかを知る上で、やっぱり歴史を学ぶことは役に立つ。


思いこみといえば、こんな話も紹介されている。

「ゆとり世代」は、前の世代より学力が低下していると言われることもあるね。本当だろうか。
 実は、それを示す明確なエビデンス(証拠)はないのです。大学生なのだから、物事はエビデンスをもとにして議論するようにしようね。
 たとえば2007年から始まった全国学力テスト(正式名称は「全国学力・学習状況調査」)は、「ゆとり世代の子どもたちの学力が低下しているのではないか」との問題提起がなされたことから、実態を把握しようと始まりました。私が中学生のときにも「全国学力テスト」が実施されていて、私も受けた記憶があります。
 実は、復活した学力テストを実施する際、過去の学力テストで出題された問題を一部ですがこっそり忍ばせました。すると、いまの方が成績が良かったという結果が出ました。「ゆとり世代は学力低下」と言われますが、私の子ども時代より、いまの子どもたちの方が学力が高いというエビデンスもあるのです。ただし、ごく限られたデータなので、より詳しい調査・研究が必要ですが。

いわゆる「ゆとり世代」である東工大の学生に向けての話。
「おれたちの時代はちゃんとやっていたのにおまえらの時代は苦労もせず……」なんてことを言う大人が多い中で、こういうことをきちんと言える人は信頼できるね。

「ゆとり世代」って何かとばかにされがちだけど、学力が低下したというはっきりした根拠はない(低下してないと断言できるほどではないにせよ)。
とはいえ、塾に通う子どもの数は池上さんの時代よりもはるかに増えているだろうから、学校じゃなくて塾が学力低下を防いだのかもしれないけど。

根拠もないのに「これだからゆとりは……」ってばかにしていた人たちこそ、物事を論理的に考えられない"ゆとり"な脳をしているのかもしれんね。

そういや最近、あんまり「ゆとり世代」批判って聞かないね。
あれって結局は「今の若いやつは……」の変型版だったのかな。
社会経験の浅い人が世間知らずなのはいつの世も変わらぬことなのに、それを「ゆとり」のせいにしていただけかもしれないね。



いちばんおもしろかったのは政治の話。
学校で教える政治って、参議院の議席がいくつだとかドント方式って何だとかで、じっさいの政治を知る上ではほとんど役に立たない。

選挙に行く上で知りたいのは、
「社民党と共産党ってどこが似ていてどこが違うの?」
「自民党があそこまで選挙で勝てるのはいろんな業界の後押しなしとは思えないんだけど、具体的にはどこと手を組んでるの?」
とか、そういう情報なのに。

でも学校では教えてくれないし(18歳から選挙権が与えられたからちょっとは変わったのかもしれないけど)、新聞を読んだって断片的な情報は入ってくるけど体系的に説明してくれるわけじゃない。

政治記者にとっては「そんなことあたりまえでしょ」ってことが、じつは多くの人が知りたいことだったりする。

たとえばいまだによく名前が出てくる田中角栄って、ある程度の年齢の人からすれば「今さら説明不要の人」なんでしょうけど、30代のぼくら世代からすると「田中眞紀子のお父さん」が第一にあって、角栄本人のことはじつはよく知らない人が多い。もっと若い世代になると田中眞紀子も知らない人が多いだろうし。

この本では、田中角栄の功罪と、後の政治家に与えた影響について書かれている。

 政権交代があっても、結局は田中角栄の敷いたレールの上を走る。そんな状態が続いています。田中の描いた計画が見事だったのか、いまだに高度経済成長時代の夢から覚めない人がいるためなのか……。
 田中角栄の時代は、思えば幸せな時代でした。経済が成長する中で、政府も民間企業も利益の分配を受けることができたからです。
 しかし、少子高齢化が進んで社会福祉の費用が増え続けている一方、国債の発行残高は増えるばかり。国民の多くは、利益の分配を受ける立場には立てなくなってしまいました。
 利益の分配ではなく、「不利益の分配」になってしまっているのが現実です。現実を見据え、国民に不利益の分配を認めてもらう。そんな政治家の出現を期待したいのですが。

2015年に北陸新幹線が金沢まで達し、2016年には青森と函館を結ぶ北海道新幹線が開業した。
これらも、田中角栄の『日本列島改造論』の構想に基づく計画だったというから驚くばかり。
『日本列島改造論』の発表が1972年だから、40年以上たっても田中角栄の構想に沿って日本は動いていることになる。
ほんとに先見の明のある政治家だったんだねえ。
ロッキード事件がなければ今頃偉人扱いを受けてたかもしれないね(地元新潟ではいまだにヒーローだという話も聞くけど)。

そして田中角栄が大きな存在だったからこそ、いまだにその成功体験をひきずってしまう政治家が後を絶たない。
ぼくの持論に「坂本龍馬に自分を重ね合わせているやつは例外なくクソ野郎」ってのがあるんですけど、田中角栄的にブルドーザーでがしがし道を切り開けばいい、東京でオリンピックやっときゃいいだろって人はいまだにいっぱいいるもんね。

数十年前の政治の話が今の政治にもきっちりつながっていて(首相も2世ばっかりだしね)、やっぱり現在を理解するのに歴史を読み解くのって重要なんだなって思わされる本だった。


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