2026年8月4日火曜日

【読書感想文】福田 直子『大真面目に休む国ドイツ』 / 労働時間が減ると無償労働が増える

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大真面目に休む国ドイツ

福田 直子

内容(e-honより)
「勤勉」「堅実」なイメージの強いドイツ人、彼らの目下の悩みは、年に六週間の休みをどう過ごすか、にある。長いバカンスがきっかけで破局した夫妻、残業規制で思うように働けないサラリーマン、リストラされ、第二の人生を旅に求める早期年金受給者…。こんなに大変な「休暇」に、なぜ彼らはこれほど真剣なのか?「休暇」のためには、すべてをなげうって!バカンス先進国ドイツの理想と現実。

 勤勉なイメージが強いドイツ人だが、たいへんバカンス好きな国民だという。旅行に使う時間もお金も日本よりずっと多いそうだ。

「旅行」をキーワードにドイツを紐といた本。とはいえ途中でネタが尽きたのか、後半はドイツの大学事情とか、東西での経済格差とか(2001年刊行なのでまだ東西ドイツ統合して10年ぐらいしかたっていない)、旅行と関係の話題が並ぶ。



 ドイツで盛んなFKK(Freikörperkultur:裸体主義)について。

 FKKの歴史は案外古く、近代都市の発展と関係が深い。
 一九世紀半ば、新興産業国としてのドイツの都市の発展はめざましく、農耕社会から工業社会へと移行する間、人々の生活は大きな変化を余儀なくされた。工場労働者の急増に伴って住環境は悪化し、労働時間や自由時間もそれまでには見られないほど変化した。
 一八五〇年から一九一〇年のあいだ、ベルリンでは人口が五倍に、鉄鋼業で急成長したルール工業地帯のエッセン市では三〇倍になった。交通量も増え、店の営業時間は長くなり、明るくなれば仕事し暗くなれば就寝という、それまでののどかな生活は、昼夜の境があいまいになるほどあわただしいものになった。住宅は不足し、風呂や便所のないような狭い路地裏に住まなければならなくなった住民たちは、ただでさえ日光が不足がちな北国ドイツで病気に襲われた。大人たちは結核にやられ、子供たちはクル病にさえなった。
(中略)しかし、田園生活より精神的にもはるかなストレスを生む都市の生活では、日々の散歩だけでは健康のために不充分と医師たちは警告した。
 そこで流行りだしたのが、夏のあいだだけでも日光を思う存分浴びようと、遊びとスポーツ、歌と踊りなどの芸術的要素を盛り込んだFKK主義だった。それまで海水浴場は男子と女子が別々にされていただけでなく、社会階層によっても厳格に区分されていたが、新たな流れはそんな封建主義時代への訣別も意味していた。また「衣服がそもそもの人体美をさえぎってしまう」という運動は、タブーや因習を破り、「進歩主義者」の間で人気を集めた。

 近代都市の発達、労働の長時間化、そして高緯度による日照時間の短さによって健康を損なう人が増え、その結果として生まれたのがFKK。ただ裸で闊歩するのが好きな人たちかとおもったらこんな切実な事情があったとは。

 まあ全裸である必要はないとおもうが……。




 ドイツでは(日本の労基署とちがって?)労働監督局が企業を厳しく監督している、という話。

 ドイツでは労働監督局は労働省の管轄下。各州に設けられ、労働時間法に違反していないかどうか、あらゆる職業について監督している。いわば〝労働に関する警察官〟のような役目だ。厳密にいえば、雇用者が一日八時間の労働を守っているかどうかを「監督」。超過勤務をしても一日一〇時間まで、それ以上の超過勤務をした場合、六ヵ月間の労働時間が一日平均八時間になるよう指導する。
 また、労働日と次の労働日の間には十一時間の自由時間がなければならず、日曜日と法定休日に被用者を働かせることは原則として禁止されているので、この場合には許可が必要である。事業者がこれらの原則に違反した場合、五〇〇〇マルクから三万マルク(二五万~一五〇万円)の罰金、重い違反が認められた場合は半年までの禁固刑の可能性もある。
 つまり基本的に〝労働時間法〟が個々の産業別の労働契約より優位にあるため、これに従って労働時間が極力制限されているのが現状なのである。

 20年以上たってやっと日本もこの頃のドイツに追いついてきた感じかな。

 なるほど、これぐらいちゃんと労働監督局が仕事をすればこそ、国民の余暇時間も増え、レジャー産業が発達したわけだ。



 ドイツ人は労働時間が短く、余暇にたっぷり時間をかけることができる……と聞くといいなあとおもうのだが、物事にはいい面もあれば悪い面もある。

 戦後、時短は進み、自由時間は増える一方であった。しかし、人々の生活のテンポはせわしいものとなったのである。
 それはなぜだろうか。生活をする上での追加の仕事や"無償の仕事"が増えたのである。三〇年前であれば近所の食料品店などで身近にできた買い物も、少し離れたスーパーに行くため今では倍の時間がかかる。効率化やリストラのために昔は近くにあった小さな郵便局や銀行の支店は閉められ、遠くまで行かなければならない。用を足すためにあらゆる所で列に並ばなければならない。
 職人に頼まずに自分で自宅の棚や家具を運搬したり、組み立てたりする。予算がないからと保育園を増設することを怠る国側にかわり、個人は子供の面倒を自分でみなければならない。
 そして、休暇をとるため必死に時間内で仕事を終えなければならない。本業のもたらす賃金の絶対額が少ないとあれば副業にも従事し、株投資に邁進し、税金を減らすための策に新たな時間を割く。
 事実、この三〇年で、ドイツ人の生活から睡眠時間が徐々に削られているという研究結果がある。
 人々は時短とひきかえに、つまるところ"時間を売買した"といえるのかもしれない。

 ふうむ。人々の労働時間が減るということは、有償のサービスが低下するということでもある。

 店舗の数は減り、サービス提供時間は短くなり、サービスの質は落ちることになる。

 たとえば宅配便業者の働き方が改善されるのはいいことだけど、そうなると「値上げします」「荷物は雑に扱うけど許してね」「時間指定配達やめます」「再配達やめます」「個別配達やめます。各自が配送センターまで取りに来い」ってことになっていく。はたして我々はどこまで許容できるだろうか。

 その世の中ではたしかに労働時間は短くなって自由時間は増えるけど、その自由時間は「宅配センターへ荷物を受け取りに行く時間」とか「遠くのスーパーまで買い物に行く時間」とか「自分で家の修理をしないといけない時間」とかに消えてゆくことになるわけで、それってはたして自由時間と言えるのだろうか。

 なんなら会社に行っていつもやってる仕事をやってるほうがずっと楽なんじゃないだろうか。

 労働時間の短い社会では"無償の仕事"が増えてしまう。

 むむむ。人間は労働から逃れられないのか。結局のところ「自分だけ短時間労働でみんなは長時間労働」がいちばんいいんだよな。うーん、身勝手ー!!


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