2026年8月27日木曜日

【読書感想文】辻村 深月『傲慢と善良』 / 婚活は「自分と釣り合うか」

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傲慢と善良

辻村 深月

内容(e-honより)
婚約者・坂庭真実が忽然と姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる―。彼女は、なぜ姿を消したのか。浮かび上がる現代社会の生きづらさの根源。

 婚活で出会った女性と交際し、婚約をしていた男性。喧嘩ひとつしないカップルだったが、その婚約者がある日突然姿を消した。彼女は少し前からストーカーに狙われていると不安を口にしていた。ストーカーは以前の婚活で出会った男性だという。

 はたして彼女は無事なのか、彼女が行方をくらましたのはストーカーに連れ去られたからなのか、ストーカーは誰なのか、婚約者を探すため彼女の故郷を訪れる……という導入。


 導入はミステリ風だが、主題は謎解きではないので中盤で彼女が行方不明になった真相は明かされる。

 本題は恋愛小説というか結婚小説というか、あるいはアイデンティティに関わる話かもしれない。



 特におもしろかったのが婚活まわりの話。

 婚活に苦悩する人たちの現状がうまく表現されている。

「婚活でうまくいかない時、自分を傷つけない理由を用意しておくのは大事なことなんですよ。自分が個性的で、中味がありすぎるから引かれてしまったとか、資産家であるがゆえに、家の苦労が多そうだと敬遠されたとか、あるいは自分が女性なのに高学歴だから男性の側が気後れしてしまった、とか」
 小野里がまた子どものような目になって説明する。
「あとは、本当は容姿に自信があるのに、顔が整っているからこそ、男性の側が自分に他の男性がいたかもしれないと気にしているのではないか、とかね。資産家であることも、個性的であることも、美人であることも、本当は悪いことではないはずなのに、婚活がうまくいかない理由を、そういう、本来は自分の長所であるはずの部分を相手が理解しないせいだと考えると、自分が傷つかなくてすみますよね」


 ぼくは婚活をしたことがない。学生時代に付き合った女性と社会人になってからも交際を続け、そのまま結婚したからだ。八年も付き合ったし、その間たいして喧嘩もしなかった。(少なくともぼくの側は)相手に対する不満はほとんどなかった。だから「このまま結婚するんだろう」とおもっていたし、もちろん他の相手など(少なくともぼくの側は)考えることもなかった。

 でもそれは運が良かっただけで、もし学生時代に彼女ができていなかったら、ぼくは結婚するのに苦労した(あるいは結婚できなかった)だろうなとおもう。決して見た目がいいわけでもないし、社交的な方ではない。むしろ人見知りで、人と仲良くなるのに時間がかかる。今の妻とも、親しくなったのは知り合ってから一年以上経ってのことだ。つまり初対面で好印象を与えるタイプではない。そのくせプライドだけは高いので傷つくことにびびってしまって自分から積極的にアプローチすることもできない。

 ほんとは彼女が欲しくて欲しくてたまらないのに斜に構えて「まあいい人がいればでいいかな」みたいなことを言っているタイプ、それがぼくだ(実際、彼女ができるまでの学生時代はそうだった。)。どう考えても婚活でうまくいくわけがない。

 就活だってぜんぜんうまくいかなかった。もう気が変になるぐらい就活が嫌だった。

 不合格になるたびに自分の人格とこれまで歩んできた人生をすべて否定されたような気になった。「おまえはいらない」とはっきり突きつけられるのはかなり精神にくる。「テストの点が悪かったから」とか「スーツがダサかったから」とか明確な理由があるならまだ諦めもつくが、不採用の理由は教えてもらえないのだ。あれが悪かったのか、それともこれがダメなのかと考えて、どんどん自分が嫌になる。

 ぼくなんて書類選考や筆記試験はほぼ通って面接で落ちていたので、余計に「学歴のせいでも試験の点数のせいでもない。おまえという人間が求められていないのだ」と言われているような気になった。

 就活が嫌で嫌でしかたなくて、最初に内定をくれた、当初の志望と業界も業種もぜんぜんちがう企業に就職したぐらいだ(そんな理由で入ったので案の定あわなくて数ヶ月で辞めた)。


 婚活をやっても同じようになっていたとおもう。きっと断られつづけるうちに自己嫌悪になって、婚活から逃げだすか、逃避のためにまったくあわないタイプの相手と結婚を決めていたか。



 婚活が就活とちがうのは、一対一の関係になるということだ。

 就活の場合は企業が相手なので、どうしたって企業のほうが強くなる。元々対等な交渉なんてできない。こっちが持っているカードは「嫌なら入社しない」1枚だけだ。

 だが婚活は人間同士一対一の関係なので「どっちが上か」になってしまう。

「小野里さんに言わせると、お見合いがうまくいかない人はみんな、自分に釣り合う相手じゃなければ納得しないし、その基準が控えめだと言いつつ、実は相当高いそうなんです。実際には相手の方が収入があったりして、ステータスが高い場合でもそう思うって、不思議なものですけど」
「じゃあ、そういう場合は相手の方が外見が悪いとか、社交下手だとか、そういうことなんじゃない? みんな、自分のパラメーターの中のいい部分でしか勝負しないんだよ。自分の方が収入が低くても、外見が悪くても、相手より勝ってる部分にしか目が向かない。傲慢だけど、人ってそういうものない?」

 婚活で悩むポイントはいろいろあるだろうけど、突き詰めれば「自分に釣り合うか」という一点に集約されるのだ。

 そしてみんな自分のことは高く評価するから「釣り合う相手」を探すのはむずかしい。

 ぼくの身の周りを見てみても、容姿端麗でずっとモテてきた人がなかなか結婚できなかったというケースがよくある(そういう人のほうが印象に残りやすい、ということがあるにしても)。モテてきた人ほど自分がモテることを知っているから「釣り合う相手」を探すのはむずかしくなるだろう。非の打ち所がないステータスの人は婚活市場にはほとんど残ってないだろうし。

 案外、自己評価の低い人のほうがうまくいくのかもね。「こんな私なんて」と思ってるぐらいの人のほうが。



 小説のストーリー自体は、うん、まあ、悪くはないね、という感じ。ネタバレになるのであんまり書かないけど。

「女友だちがほんどひどいやつらで、自分の悪行をすべてつまびらかにする」のはそんなわけねえだろとおもうし、「震災の復興ボランティアに行って自分を見つめなおす」のは陳腐すぎるな、とおもったな。

 でも前半~中盤で、「彼女の空虚さ」「彼女の親のヤバさ」が次第に判明していくあたりはすごくおもしろかった。

 いろいろあって、一応これはハッピーエンドなんだけど、でもぼくとしては「いやこれハッピーなのかなあ……」と引っかかるものを感じた。個人的には引っかかる小説の方が好きなのでこれでいいけど。


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