2026年1月28日水曜日

【読書感想文】田中 俊之『男子が10代のうちに考えておきたいこと』 / 「すごい」=「すごいバカだね」

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男子が10代のうちに考えておきたいこと

田中 俊之

内容(e-honより)
性別によって求められる役割や進路選択、期待のされ方が違う日本。そのことに気が付かぬまま、また「男らしくあれ」という見えない圧力に窮屈な思いをしたまま大人になる若者も多い。男性学の視点から進路・生き方をとらえなおすとともに、若者へのエールをこめて新しい男子のありようを提言する。

 岩波ジュニア新書。

 この手の、「10代に向けて書かれた本」を読むのけっこう好きなんだよね。もういいおっさんなんだけど。でもおっさんだからこそ素直に読める。

 中高生のときはこういう「年寄りが若い人に向けて説教をする本」なんて読んでも素直に受け取らなかっただろうし、というよりそもそも手に取ろうともおもわなかった。

 でも自分事じゃないから「うん、まあわりとええこと言ってるやん。まあぼくが言われてるわけじゃないからよくわからんけど」ってぐらいのスタンスで読める。本なんて「9割は嘘でも1割ぐらいはいいこと書いてるかもしれん」ぐらいの気持ちで読むのがいいですよ。



 男の子向けの本は、女の子向けの本と比べてあまり多くない。

 それはですね、今の世の中では男のために社会がつくられているので、女性のほうが生きづらさを抱えているんですね、だから女性の問題を考える必要があるのです……なんてことを言う人もいるだろう。まあだいたいあっている。なんだかんだいっても女であることで不自由することのほうが、男だから不自由することよりも多そうだ。

 とはいえ、だからといって男が生きづらくないということにはならない。男は男で大変だ。なのに「男の生きづらさ」はあまり語られない。

 そう、それこそが男の生きづらさの最大の原因だとおもう。つまり「男の生きづらさ」を語ってはいけないとされていることこそが、男の生きづらさだ

「女は家庭を支えなくちゃいけないなんて考えはおかしい!」と言う女はたくさんいるが、「男が仕事に打ちこまなきゃいけないなんて価値観はおかしい!」と言う男は多くない。なぜならそんなことを言う男は“劣った男”という烙印を押されてしまうからだ。

 そりゃあ、男が弱音を吐いたっていい。「仕事は向いてないから兼業主夫がいい」とか「デートのときに男が多く支払うのは嫌だ!」とか言ったっていい。……けどそれはタテマエだ。「言ったっていいですよ、でもそういうことを言う男は雇いませんよ、そんな男は交際相手として魅力ありませんよ」というのが世の中のホンネだ。みんな知っている。だから「男だって生きづらいんだよ!」と主張しない。でも主張しないだけでけっこうつらいんだぜ。


 確かに職業生活は四〇年もの長期にわたりますが、生涯という視点から見た場合、あくまで定年退職は通過点です。それがどれだけ本人にとって価値のあるものだとしても、あくまでワークはライフの一部です。それにもかかわらず、中高年の男性たちはどうしてその後の生活を考えないのでしょうか。聞き取り調査で、定年したばかりの河野さんがこの点について次のような興味深い話をしてくれました。
「ある時点までは我慢でしたね。要するにそれで麻痺して慣れてくるんですね。そういう適応能力ってあるじゃないですか、人間って。だからそういうことで乗り切ってきたのかもしれませんね。」

 特にぼくがつらさを感じていたのは仕事面だ。若い頃、ほんとに仕事がつらかった。ぼくが勤務していたのがブラック企業だったこともあって、1日あたりの通勤時間と勤務時間はあわせて14~16時間。休みは週1日、それでいて給与は低い。いやおうなしに仕事が人生のすべてになってしまう。つらい日々を送っていた。

 そんなにつらかったのに仕事をやめなかったのは、「働かないといけない」というプレッシャーが常にのしかかっていたからだ。たぶん女だったら親や社会からの「働かないといけない」圧もそこまで強くなかったんだろうな、とおもったものだ。

 でも転職をしながらもまあなんとか仕事を続けて今ではもっと楽で給与もいい仕事に就けているので、多少無理をしてでも働き続けてよかったな、とおもわなくもない。ぼくが精神を病んで立ち直れなくなったりしなかったからこそ言えることなんだけど。



 男子のコミュニケーションについて。
 男子のみなさんは、女子から「すごい」と言われたときには、自動的に「バカだね」をつけるクセをつけてください。そのような訓練を積んでおけば、学校はもちろんのこと、将来的には職場でも私生活でも余計な負担を女性にかけず、コミュニケーションがとれるようになります。ついでに言えば、SNSで炎上することもないでしょう。
 せっかくなのでつけ加えておくと、さらにたちが悪いと個人的に思っているのが、達成も逸脱もできるというアピールです。頭がいいけど、悪いこともできる俺は「すごい」というわけです。こうしたケースでは、受験、就活、そして、出世レースで勝ち抜いてきたという「自信」があるので、もはや女性からの視線や評価を気にする必要がありません。そのため、宴会芸としての裸踊りのように逸脱の度合いが高くなり、はたから見れば少しも面白くない内輪ウケになりがちです。
 「一流企業」が「男社会」だった時代は終わりつつあります。職場に女性や外国人などが増え、多様な人が一緒に働くようになる流れのなかで、こうしたノリは確実に廃れていきます。

 これはほんと大事。男子はみんな肝に銘じておいたほうがいい。

 男同士のコミュニケーションって「いかにバカをやるか」「いかに無茶するか」を競うようなところがある。若いうちは特にそうだし、歳をとっても続けている男は少なくない。飲み会で大騒ぎして一気飲み、みたいなのをかっこいいとおもっている男は令和の時代にもまだ絶滅していない。

 そういうのを見たときに女子が「ばかね」と眉をひそめているのを見て、バカな男子は「おっ、おれに注目してるぞ。アピールするチャンス!」なんておもっているけど、その状況でアピールするチャンスなんてゼロだと早くに気づいたほうがいい。部屋にゴキブリが出たときに自分のほうに飛びかかってこないか警戒しながら観察しているのと一緒なので、その注目が好意に転じる可能性は万に一つもない。

 バカが一気飲みをしているときに、モテる男はちゃっかりおまえの意中の女性に優しい言葉をかけて一気飲み男と大きな差をつけているのだ。



 男は友だちをつくるのが下手だとよく言われている。ぼく自身も、学生時代から続いている友人はいるものの、大人になってから休みの日に遊びに行くような友だちができたことはない。

 競争に勝って社会的な地位を達成する上では、形式に基づいてなされる表面的なコミュニケーション能力が高ければ十分です。それだけではなく、流れるように話すことを立て板に水と言いますが、この文脈では、一方的に相手を説き伏せるような能力さえコミュニケーション能力が高いと評価されることもあります。
 ただし、お笑い芸人さんやクラスの人気者に必ずしも友達が多いわけではないことからも分かるように、形式的なコミュニケーションだけでは、人間関係を深めることはできません。逆に人間関係を悪くすることさえもあります。例えば、自分がイジっているつもりなのに、相手はいじめられたと感じるのは、形式ばかりに気を取られて人の心を蔑ろにしたためです。友達になったり、恋人になったりするためには、形式よりもお互いの心に配慮してコミュニケーションをする必要があります。すると、事前に想定していないような方向に会話が展開するので、新しい自分に出会うことになります。相手にも同じことが起こります。こうした深いコミュニケーションを通じて、お互いに信頼感を持つことができるのです。「こんなことを言ったらどう思われるだろう」という不安が自分の気持ちよりも先立てば、いつまでもワンパターンなコミュニケーションから抜け出すことはできず、人間関係が発展することはありません。
 他人の心とつながりを持とうとすると、それに伴って自分の心を覗くことにもなります。みなさんが友達や恋人が欲しいと思っても一歩踏み出せないのは、幼い頃から目を背けてき自分の心に向き合うのが怖いからかもしれません。

 男同士のコミュニケーションって競争が根底にあるんだよね。「こいつより強いとおもわれたい」とか「こいつよりおもしろいとおもわれたい」とか。大人になってもあんまり変わらない。競争の種類は変わるけど(「仕事できるとおもわれたい」「金持ってるとおもわれたい」とか)。

 相手より上に立ちたいとおもっている人間同士がうまくやっていけるはずがない。

 ぼくもずっと「優れた人間になれば人が集まってくる」とおもってたけど、歳を重ねてようやくそれが間違いだったと気づいた。「周りの人間を優れていると認められる人間になれば人が集まってくる」なんだよね。


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