2026年1月21日水曜日

【読書感想文】川上 和人『鳥肉以上、鳥学未満。 Human Chicken Interface』 / 飛ぶために多くのものを捨てたやつら

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鳥肉以上、鳥学未満。

Human Chicken Interface

川上 和人

内容(e-honより)
ボリュームたっぷり胸肉、スジが噛み切れないササミ…。鳥肉を食べ尽くしながら鳥類を語り尽くす鳥肉界随一の快著、ついに文庫化。ボンジリってお尻じゃないの?鳥の首はろくろ首?昭和の野球部はスズメ跳び!?―トリビアもネタも満載。オーブンのチキンが焼けるまで、とっておきのサイエンスを召し上がれ。

 鳥類学者が、“鳥肉”の観点から鳥の身体について説明する本。ありそうでなかった、おもしろい切り口だ。

 我々にとって鳥肉は日常的に食する身近な食材で、生きて活動する鳥も毎日のように目にする(街中に住んでいたらハト、カラス、スズメぐらいだが)。でもその両者を結びつけて考えることはあまりない。鶏の唐揚げとかフライドチキンとか焼き鳥とかを食べながら「これはあのへんの部位だな」とかいちいち考えない。だって嫌だから。元々は命だったとおもわないほうが気軽に食えるから。

 だけど鳥肉はもともと生きている鳥の一部だったわけで、人間に食べられるために存在しているわけではない。あたりまえだが、あたりまえじゃない。我々が「鶏むね肉」「ササミ」「砂肝」「ぼんじり」「せせり」と呼んでいる部位は、なんのために存在しているのか、なぜ部位によって味が異なるのかを『鳥肉以上、鳥学未満。』では細かく説明してくれる。「鳥」と「鳥肉」をつないでくれる本だ。

 余計なことしないでくれよおれは命だと意識せずに鳥肉を食いたいんだ、という人は読まないほうがいいです。



 食材としてはトリガラ扱いされている鳥の首について。

 鳥にとって首は重要なパーツだ。手のない彼らにとっては、クチバシこそが物を扱う代替器官となっている。クチバシで巣を編み、クチバシで食べ物を採り、クチバシで羽繕いをする。訓練すれば超絶技巧のラ・カンパネラも夢じゃない。首は、このクチバシを世界各地に送り込むための、伸縮自在の可動アームである。能ある鳥は首を隠し、しばしば折りたたんで羽毛の中に収納している。このため目立たないことも多いが、羽毛を取り除くと意外な長さと存在感を誇っているのだ。そして首の長さに合わせ、数多くの頸椎が内包されている。
 哺乳類の頸椎はほとんどの種で7つである。鼻の長いゾウだろうが、耳の長いウサギだろうが、基本的に椎骨の数はそろっているのだ。ホフマンナマケモノでは6つ、ミユビナマケモノでは9つと、なぜだかナマケモノは怠けすぎて例外的な種もいるが、このような例を含めてもせいぜい6~9個と、比較的安定した数となっている。
 一方の鳥類では、ほとんどの種で11個以上の頸椎を持つことが知られている。その数は哺乳類ほど画一化しておらず、種によって大きな変異を持っている。頸椎の少ないものとしては、インコの仲間で9つしか持たない種がいるそうだ。外見的にもインコ類の首はそれほど長くなく、数の少なさも納得が行く。最も数が多いとされているのはオオハクチョウで、25個を誇っている。
 しかし、哺乳類でもキリンのように首の長い種がいる。首の長さをかせぐには、1つ1つの頸椎の長さを伸長させる方法と、頸椎の数を増やす方法の2つがある。哺乳類は前者を採用し、鳥類は後者を採用したというわけだ。なにしろ鳥は、クチバシを小器用に使いさまざまな動作を行う。サギのように首をムチのごとくしならせて、遠くの魚を一撃で捕捉するものもある。首をマニピュレータとして活用する鳥にとって柔軟性は不可欠、短い骨を多数重ねて関節を増やすことによって、滑らかな動きを実現しているのである。

 哺乳類の頸椎の数は基本的に7つ。ヒトでも、キリンやウマのように首の長い動物でも、数は変わらない。だが鳥類はほとんどが11個以上。25個の頸椎を持つ種もいる。

 頸椎が多いということは、首を柔軟に動かせるということだ。そういえば鳥の動きを見ていると、首を器用に動かしてエサをつっついている。あれは頸椎が多いからできる芸当だったのか。

 なぜ首を柔軟に動かすのかというと、鳥は手(前脚)が使えないからだ。脚を2本翼に転用したため、首が脚の代わりをするようになった。

 よく噛んで食べなさいという美人ママのお叱りを尻目に、鳥たちは食べ物を丸呑みにする。タカのようくちばしで肉を切り裂いたり、イカルのように種子を割ったりすることもあるが、基本は丸呑みだ。何しろ歯がなくて噛むことができないのだからしょうがない。しかし、それではいかにも消化に悪そうである。
 にもかかわらず、鳥たちがいちいち胃もたれになっているわけではない。それは、彼らが口の代わりに胃袋で咀嚼しているからだ。鳥は筋肉に覆われた堅牢な胃を持っている。一般に「砂肝」と呼ばれる部位で、そのコリコリとした歯触りで食通たちを喜ばせている。歯を持たない鳥たちは、歯の機能を内臓で補うことによって消化を助けているのである。
 このような器官は人間には存在せず、4つの胃を持つウシですらこれほどにマッチョな胃は持たない。砂肝は鳥に特有の消化器官なのだ。
 
 (中略)
 
 鳥は飛翔のために歯以外にも大切なものを失っている。それは手の器用さだ。人間はお米に字を書けるが、鳥にはできない。これは、手先が不器用だからだ。彼らは空気抵抗の少ない空力学的に優れた翼と引き替えに、手の指をなくしてしまった。指は食物を扱ったり巣を編んだりするために不可欠な器官だったはずだ。この便利な道具を失うのであれば、当然それに代わる道具が必要となったはずだ。それがくちばしだったのかもしれない。
 確かに歯のある口は鳥にとって有用な器官だったはずだが、そのままではトゲのあるペンチのようなもので、指の代替器官としての器用さは不十分だろう。しかし、しなやかなピンセットのごとき精緻な動きを実現するくちばしがあれば、指の消失とともに失われた機能を補うことができただろう。そう考えると、歯のある口に対して歯のないくちばしに、進化的な軍配が上がったとしてもおかしくない。結果的にくちぼしを持つ鳥が進化しているのだから、その機能性の高さは疑うべくもない。
 つまり、焼鳥屋で砂肝に舌鼓を打てるのは鳥に歯がないためで、歯がないのはくちばしがあるためで、くちばしがあるのは指がないためで、指がないのは空を飛ぶためと考えられるのである。ではなぜ空を飛ぶのかというと、それは鳥類が出現した1億5000万年前の世界は恐竜に支配されており、地上にいると肉食恐竜に襲われやすかったからだと推察される。肉食恐竜がイモータン・ジョー的に地上を牛耳っていたからこそ、鳥たちは捕食圧から逃れるために風に乗って空を飛びはじめ、それが結果的に焼鳥屋のメニューを増やすに至ったのだと予想されるのだ。

 空を飛ぶために指をなくした、指をなくしたから器用にものをつかめるくちばしが発達した、くちばしが発達したから歯がなくなった、歯がなくなったから口中で咀嚼できなくなった、口中で咀嚼できないから砂肝を発達させた……。風は吹けば桶屋が儲かる、みたいな話だ。




 鳥はいともかんたんに飛んでいるように見えるが、鳥の身体についていろいろ知ると、「飛ぶ」という能力と代償に実に多くのものを失っていることがわかる。

 前脚、指、歯もそうだし、筋肉や内臓も「とにかく軽く、とにかく翼を動かす力を強く」に振り切って作られている。鳥のヒナが未熟な状態で産まれてくるのも、母鳥の身体を軽くするためだ(なので飛ばなくてもいいニワトリやカモの雛はわりと大きい状態で生まれてくる)。

 空を飛ぶって、相当無茶なことをやっているんだなあ。

 

 動物の身体はよくできているけどちっとも完璧なものではなく、あるものでなんとかやりくりしているだけなのだということがよくわかる。


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