川上 和人
鳥類学者が、“鳥肉”の観点から鳥の身体について説明する本。ありそうでなかった、おもしろい切り口だ。
我々にとって鳥肉は日常的に食する身近な食材で、生きて活動する鳥も毎日のように目にする(街中に住んでいたらハト、カラス、スズメぐらいだが)。でもその両者を結びつけて考えることはあまりない。鶏の唐揚げとかフライドチキンとか焼き鳥とかを食べながら「これはあのへんの部位だな」とかいちいち考えない。だって嫌だから。元々は命だったとおもわないほうが気軽に食えるから。
だけど鳥肉はもともと生きている鳥の一部だったわけで、人間に食べられるために存在しているわけではない。あたりまえだが、あたりまえじゃない。我々が「鶏むね肉」「ササミ」「砂肝」「ぼんじり」「せせり」と呼んでいる部位は、なんのために存在しているのか、なぜ部位によって味が異なるのかを『鳥肉以上、鳥学未満。』では細かく説明してくれる。「鳥」と「鳥肉」をつないでくれる本だ。
余計なことしないでくれよおれは命だと意識せずに鳥肉を食いたいんだ、という人は読まないほうがいいです。
食材としてはトリガラ扱いされている鳥の首について。
哺乳類の頸椎の数は基本的に7つ。ヒトでも、キリンやウマのように首の長い動物でも、数は変わらない。だが鳥類はほとんどが11個以上。25個の頸椎を持つ種もいる。
頸椎が多いということは、首を柔軟に動かせるということだ。そういえば鳥の動きを見ていると、首を器用に動かしてエサをつっついている。あれは頸椎が多いからできる芸当だったのか。
なぜ首を柔軟に動かすのかというと、鳥は手(前脚)が使えないからだ。脚を2本翼に転用したため、首が脚の代わりをするようになった。
空を飛ぶために指をなくした、指をなくしたから器用にものをつかめるくちばしが発達した、くちばしが発達したから歯がなくなった、歯がなくなったから口中で咀嚼できなくなった、口中で咀嚼できないから砂肝を発達させた……。風は吹けば桶屋が儲かる、みたいな話だ。
鳥はいともかんたんに飛んでいるように見えるが、鳥の身体についていろいろ知ると、「飛ぶ」という能力と代償に実に多くのものを失っていることがわかる。
前脚、指、歯もそうだし、筋肉や内臓も「とにかく軽く、とにかく翼を動かす力を強く」に振り切って作られている。鳥のヒナが未熟な状態で産まれてくるのも、母鳥の身体を軽くするためだ(なので飛ばなくてもいいニワトリやカモの雛はわりと大きい状態で生まれてくる)。
空を飛ぶって、相当無茶なことをやっているんだなあ。
動物の身体はよくできているけどちっとも完璧なものではなく、あるものでなんとかやりくりしているだけなのだということがよくわかる。
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