2025年12月11日木曜日

【読書感想文】堀井 憲一郎『若者殺しの時代』 / 成熟しすぎて腐ってしまった社会

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若者殺しの時代

堀井 憲一郎

内容(e-honより)
クリスマスが恋人たちのものになったのは1983年からだ。そしてそれは同時に、若者から金をまきあげようと、日本の社会が動きだす時期でもある。「若者」というカテゴリーを社会が認め、そこに資本を投じ、その資本を回収するために「若者はこうすべきだ」という情報を流し、若い人の行動を誘導しはじめる時期なのである。若い人たちにとって、大きな曲がり角が1983年にあった―80年代に謎あり!ずんずん調べてつきとめた。

 様々な史料、そして著者自身の体験・記憶を元に、1980年代に「若者」の扱いがどう変わったのかを記録した本。

 史料がかなり偏っているし記憶に頼っている部分もあるので信頼性はないが、それでも「時代の空気」みたいなものは十分に伝わってくる。なにより堀井さんの語り口がおもしろい。いろんな人の文章を読んできたが、その中でも好きな文章ランキング上位に入る。

 ぼくは1980年代生まれなので、1980年代の空気というものをまったくといっていいほど知らない。新聞やテレビで自分の手の届かない“世間”を知るようになった頃にはもう1990年代だった。だから著者の語る「1980年代の前と後」の話はおもしろかった。なにしろぼくは“後”のほうしか体験していないのだから。



「若者」向けのマーケティングがなされるようになったのが1980年頃だと著者は語る。

 おとなにとって、若い連中とは、社会で落ち着く前に少々あがいてるだけの、若いおとなでしかなかったのだ。その後、「若いおとな」とはまったく別個の「若者」という新しカテゴリーが発見され、「若者」に向けての商品が売られ、「若者」は特権的なエリアであるかのように扱われる。若い、ということに意味を持たせてしまった。一種のペテンなのだけど、若さの価値が高いような情報を流してしまって、とにかくそこからいろんなものを収奪しようとした。そして収奪は成功する。
 あまりまともな商売ではない。田舎から都会に出てきたばかりの人間に、都市生活に必要なものをべらぼうな値段で売りつけているのと変わらない。それも商売だと言えば商売だが、まともな商売とは言えない。自分たちでまだ稼いでいない連中に、次々とものを売りつけるシステムを作り上げ、すべての若い人をそのシステムに取り込み、おとなたちがその余剰で食べてるという社会は、どう考えてもまともな社会ではないのだ。まともではない社会は、どこかにしわ寄せがくる。それが21世紀の日本と日本の若者だ。

 それ以前は、社会人になれば「大人」のカテゴリだったと著者は主張する。

 1980年代といえばだいたい団塊ジュニア世代が十代だった頃と一致する。つまり「若者」の数が多かった時代だ(それ以降ずっと減り続けている)。しかも日本は好景気。数多くいる「若者」にはそこそこ自由に使える金もあった。

「若者」は金になると気づいた大人たちが様々なメディアで「これが若者の理想の生活」「若者のカップルはこう行動する」「このアイテムを持っているのがナウい若者」とはやし立て、まんまと若者から収奪することに成功した……というのが著者の主張だ。

 そんなものかもしれない。ちがうかもしれない。なにしろぼくは80年代以前を知らないので。

 でも少なくとも90年代~00年代には「理想の若者像」がなんとなくあった気がする。こういう服を着て、こういう化粧をして、こういう所に行くのがイケてる若者ですよ、という像が。それは若者自身が抱いていたものというより、もっと上の世代が作って押しつけようとしていたものだったんだろうけど。

 最近はどうなんだろう。なんとなくだけど、なくなりつつあるような気がする。新聞やテレビが力を失い、ネット上では趣味が細分化され、SNSでの流行はあれどすごいスピードで消化され、1週間前のトレンドをもう誰も話題にしなくなっている。

 それに、若者の数がすごく少ない(今の10代は100万人ぐらいで全人口の9%ぐらい。1980年代にはこの倍ぐらいいた)ので「若者」市場が魅力的でなくなったのもあるだろうしね。しかも今の若者は金を持ってないし。



 社会の動きが止まった、という話。

 80年代の後半、バブルの時期は、まだ社会が動いていた。90年代に入ってすぐのころまで、まだ社会はダイナミックだった。つまり、がんばれば逆転可能だったのだ。
 でも90年代に入り、動きがにぶくなり、ついにほとんど止まってしまう。
 がんばれば逆転、の可能性がなくなって、もっともわりを食うのは若者である。「こいつは見どころがある」程度のレベルでは、相手にしてもらえなくなった。可能性があるだけでは、誰も見守ってくれなくなったのだ。入試に遅れそうな大学受験生に対して、1980年代が持っていた寛容さは、どんどん姿を消している。若者を許しておいてやろう、というおとながいなくなってしまった。それは、戦後生まれの世代とそのあとの世代が、まったくおとなになろうとはせず、いつまでたっても自分たちが若者のつもりだからである。上の世代がおとなになって、おとなを演じてくれなければ、10代や20代の若者は、若者にさえなれないのだ。若者にとってつまらない時代がやってきた。若者がおとな社会にとびこむには、札束で頬を叩き、ルールを無視して実績を作っていくライブドア的手法しか見出されなくなった。
 若者がゆっくりと殺され始めたのだ。

 個人的に強く印象に残ったのがこの文章。

「こいつは見どころがある」程度のレベルでは、相手にしてもらえなくなった。

 昔がどうだったかは知らないけど、たしかに90年代以降、ぼくが知るかぎりでは「若者の可能性に賭ける」だけの余力は日本の社会にはほとんどない。

 上に引用したのはずいぶん抽象的な文章で、裏付けとなるようなデータもないけど、ぼくの実感としてはしっくりくる。わけのわからんやつだけど若さに賭けていっちょ任せてみよう、という余裕を持っている企業や組織がどれだけあるんだろうか。それだけ日本社会が成熟したということでもあるし、成熟しすぎて腐ってしまったのかもしれない。



 今の日本を見てみると、多くのものが戦後に作られたシステムで動いている。

 マイナーチェンジはくりかえしているが、大きなシステムは1960年頃とあんまり変わっていない。

 問題はここにある。
 五十年かけて作ったシステムを、誰も手放すことができなかったのだ。
 ゴールしたことも知らされなかった。
 そのまま走り続けた。1995年のゴールから十年。無意味に走り続けたのだ。息も詰 まってくるはずである。
 でも次なる目標が設定されない。目標がおもいつかないのだ。おもいつかないのなら、 しかたがない。
 僕たちの社会は、古く、意味がなくなった目標のもとで進むことになった。「これから もまだ裕福で幸せな社会をめざして右肩上がりで発展してゆく」ことになったのだ。
 無理だ。おもいっきり無理である。わかってる。でもしかたがない。これから、いろん なものが過剰になる。 富が偏在する。どこかで綻びが目立ち始め、いつか破裂する。 それ でも進むしかない。僕たちは「いまのシステムを手放さず、このまま沈んでいくほう」を 選んでしまった。
 「大いなる黄昏の時代」に入ってしまったのだ。

 たとえば軍事に関していえば、「アメリカの核の傘に入って、アメリカと仲良くしておけば大丈夫」という感じでずっとやってきた。戦後80年それでやってきた。だがこれが続くという保証はない。

 経済に関しても「経済成長を続けていけば大丈夫。好不況の波はあれど長期的にはGDPが増えて国が豊かになる」という方針でやってきた。そのやりかたはもうとっくに破綻している。人口がどんどん減っていく社会で経済発展が続くはずがない。嘘だということにみんな気づいている。でも気づかないふりをして、80年間やってきたやり方を続けようとしている。その“嘘”のひずみが若者に押しつけられていても、年寄りを守るために見て見ぬふりをしている。



 ある時期を境に、若者の未来が年寄りに収奪されるようになった。『若者殺しの時代』ではその転機となった時代の流れを書いている。

 が、“若者殺しの時代”に抗う方法は書いていない。そんなものはないのだろう。年寄りだけが感染する致死性の高いウイルスでも流行しないかぎりは。

 いよいよ国がぶっ壊れてしまうまでは年寄り優先のシステムを続けていくんだろうな、この国は。


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