DD(どっちもどっち)論
「解決できない問題」には理由がある
橘 玲
週刊誌に連載しているコラムをまとめた内容ということで、一篇あたりの内容は薄く、おまけに時事ネタを多く扱っているのでわかりづらいところもある。
おもしろかったのがPart0の『DDと善悪二元論 ウクライナ、ガザ、ヒロシマ』の章。Part0とあるから序文的な扱いかとおもったら、これがいちばん読みごたえがあるじゃないか。
日本の報道だと「ウクライナに対して一方的に武力行使をしたロシアが悪で、それに立ち向かうウクライナがんばれ!」という論調がほとんどだ。
ところがそう単純な話でもないと著者は書く。例えばクリミア半島がウクライナ領になったのは1954年のこと。
住民の96.8%がロシアに入りたいと望んでいるんだったら、もうロシアのものになったほうがいいんじゃないの、と思ってしまう。こういう事情を知ったらロシアのクリミア併合も悪とは言い切れない部分がある。
おまけにウクライナも平和で暮らしやすい国だったわけではなく、ロシア系住民の自治を求める市民たちが銃撃されるなど、ロシア系住民たちにとっては生きづらい国だったようだ。
ふーむ。ぼくも多くの日本人と同じように報道を見て「ロシアは悪い国だ。プーチンは悪いやつだ」とおもっていたけど、そんな単純な話でもないんだなあ。
また、日本人やヨーロッパの人々はウクライナの勝利(ロシアの撤退)を望んでいるが、それもむずかしいと著者は書く。
(ここに出てくる松里さんとは政治学者の松里公孝さん)
仮にウクライナが勝ったとしても、めでたしめでたし、これからは仲良くやっていきましょう、となるはずがない。両国に怨念は残り、そうすると「ウクライナ国内のロシア系住民」は安心して暮らせない。
結局、誰もが納得のいく結末なんてない。遠く離れた日本に住んでいる者からすると「あっちが悪でこっちが正義。がんばれ正義!」と単純に旗を振っていればいいだけなのだが。
そして、こんな泥沼的状況になった原因が、そんな部外者の正義感にあると著者は厳しく指摘する。
両者が100%満足する決着などない。「だったらお互い60%ぐらい納得できるところで手を打ちましょうか」と現実的な幕引きを図ることもできたはず。
だが、部外国の正義感がそれを許さない。「悪いのは100%ロシアなんだからウクライナ100%納得のいく形になるまで戦うべきだ!」と争いを煽る。
個人の喧嘩でもこういうのあるよね。喧嘩しているうちに部外者がどんどん争いに加わって勝手にセコンドにつき、当事者たちが「もういいや」とおもっても周りが許さない。
今年の高校野球である学校の生徒がいじめにあっていたという報道が出たが、あれも本来なら当事者だけの話でいいはず。生徒、保護者、学校で話せばいい。納得できないなら警察か裁判所に行けばいい。なのに関係のない野次馬がどんどん群がってきて、デマが飛び交い、個人情報がさらされ、無駄に大事になってしまった。野次馬たちは自分たちが被害者にも迷惑をかけたなんて少しもおもっちゃいない(というかもうそんな事件があったことも忘れているだろう)。
正義はおそろしい。
世代間格差について。
社会保障費を、80歳以上は払った分より平均して6499万円多くもらっており、40歳未満は逆にもらう分より平均5223万円多く払うことになる。
少なくともこういう数字はちゃんと出すべきだよね。政府も報道機関も。
数字を出した上で、「このまま若者の生活よりも老人の生活を優先させていくべきか」「老人の生活が今より苦しくなったとしても現役世代、将来世代に金をまわすべきか」という議論をするのが正しい政治だとおもうんだけど、今はその議論すらしちゃいけない空気になっている。新聞もテレビも「老人の権利をちょっとでも減らすなんてとんでもない! 若者が苦しんでいるらしいけど、まあそれはそれ」みたいな論調だ。
橘玲さんって極端な意見が多いので(たぶん意識的に過激なことを言っている)賛同できないことも多いんだけど、少なくともこういう「耳に痛いからみんなが言わないこと」をちゃんと書いてくれる点に関してはすごく信用できる人だとおもっている。
ある物事について「こうに決まっている」という先入観を捨てて冷静に判断するのってしんどいことだから、みんなやりたくないんだよね。「ロシアが悪いに決まってる」「高齢者福祉を削るなんてとんでもない」と思っていたらそれ以上何も考えなくてよくて楽だからね。
だからこそ、あえて水をぶっかけるようなことを書いてくれる橘玲さんのような人は貴重だ。
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