吉田 裕
膨大な史料をもとに、太平洋戦争下における、兵士たちのおかれた状況を解き明かした本。
分析は微に入り細を穿っていて、たとえば出兵している軍には歯科医がほとんどいなかったせいで兵士の大部分が虫歯に悩まされていた、なんて話も出てくる。
なるほどなあ。考えたこともなかったけど、戦場では歯科医も必要だよなあ。長期に渡る行軍、物資や水や時間が足りずに満足に歯磨きができない環境。当然虫歯になる人は多いはず。たかが虫歯とあなどることなかれ、歯が悪くなれば集中力も落ちるし、身体の他の部分にも悪影響を及ぼす。
こういうことの積み重ねが太平洋戦争での惨敗につながったのだろう。
『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』を読むと、 日本軍兵士がいかにひどい状況に置かれていたかがよくわかる。
そりゃあ戦争なんだからひどい状況に置かれるのはあたりまえなんだけど、想像よりもっとひどい。
たとえば我々が戦死と聞いて思い浮かべるのは、戦闘で銃撃されたとか、飛行機で追撃されたとか、爆弾で爆死したとか、そういう「戦闘による死」だろう。
だが太平洋戦争における戦士のうち「戦闘による死」はごく一部で、じっさいのところは餓死、溺死、病死、自殺、殺人、上官からの自殺の強要、古参兵の暴行による死、人肉食のための殺害など、戦闘死すらできなかった人がすごく多かったのだという。
過酷な行軍に耐えかねての自殺が日常茶飯事になっていたことがよくわかる文章。
死ぬよりもつらい行軍だったのだろう。行軍に耐えたところでどっちみち待っているのは勝ち目のない戦闘で、生きて還れる望みはほとんどなかっただろうしな。
日本軍のダメっぷりをあらわす一例として挙げられているのが、軍靴だ。
物資がないため質の悪い靴しか支給されなくなり、補給もされないのでろくな靴を履けない。靴もないのに行軍や戦闘なんてできるはずがない。裸足でサッカーワールドカップに出るようなもので、強い弱い以前の問題だ。
あらゆるものが不足していて、そしてそのすべてを精神論で乗り切ろうとしていた。つらいなあ。太平洋戦争中は「お国のために戦って死ね」と言われていた、と習ったけど、じっさいは戦うことすらできずに死んでいったのだ。
太平洋戦争における日本軍はとにかく弱かった。
物資、機械化、燃料、補給、医療、メンタルケア、情報、通信。ありとあらゆる面でアメリカに劣っていて、戦闘能力以前の問題だった(もちろん戦闘能力でもはるかに劣っていたわけだが)。
小説の世界には架空戦記というジャンルがあって「あのときああしていたら戦争の結果は変わっていたかも」みうたいな話が語られるが、太平洋戦争に関しては百回やっても百回とも日本が負けていただろう(「ちょっとマシな負け方」ぐらいはできただろうが、勝つ道は万に一つもない)。
そして日本が弱いことは、開戦当初はともかく、中期以降は完全にはっきりしていたはず。いろんな本を読むと、多くの情報が集まる軍部はもちろん、末端の兵士や市民ですら勝ち目がないことを理解していたようだ。大っぴらに言えないだけで、いい大人はみんなこの戦争は負けるとおもっていた。
それでも「玉砕」という名の惨敗に向かうのを誰も止められなかった。
負けを認めるのはとにかくむずかしい。
ぼくは「特攻作戦で亡くなった兵士たちは犬死に」とおもっていたけど、その考えは誤っていた。じっさいのところは「特攻に限らずほとんどの兵士が犬死に」だったのだ。泣ける。
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