清水 由美(文) ヨシタケシンスケ(絵)
日本語教師として外国人に日本語を教えている著者の、日本語エッセイ。
「日本語を学ぶ外国人のエピソード」は少なく、日本語まわりの話が中心。教師として誠実だ。
昔、やはり日本語教師をしている人のコミックエッセイを読んだことがあるけど、「外国人がこんな言い間違いをしたんだよね。おかしいでしょ!」って感じがちょっと嫌だったんだよね。そりゃあ外国語を学んでるんだから間違えるでしょ、外国語を学ぶ日本人だってネイティブからしたら失笑ものの間違いをするだろうし、間違えた生徒を教師が他所で笑いものにしているとおもったら学ぶ気なくすわ……とおもったものだ。
まあおもしろおかしく話したくなる気持ちはわかる(ぼくが日本語教師だったら絶対に話してる)けど、家族や友人に話すぐらいにとどめておくべきで、本にしちゃいかんよな。
その点、この人は「日本語のおもしろさ」については語っているけど、生徒のことは極力書かないようにしている。必要に応じて書く場合でも匿名性を持たせて。いいスタンス。
よく「日本語は敬語がむずかしい」と言われるが、実際は敬語(というより丁寧語)のほうがくだけた表現よりもずっとかんたんなんだそうだ。
なるほど、「~ます」でしゃべるようにすれば、動詞の活用はひとつだけ覚えればいいわけか。
『食べる』なら『る』を取って『ない』に変える、
『行く』の否定形は『く』を取って『かない』に変える、
『走る』なら『る』を取って『らない』に変える、
『する』や『くる』は不規則に『しない』『こない』になる……と活用を覚えるのはたいへんだ。
その点『食べます』『行きます』『走ります』『します』『きます』のような形でおぼえておけば、否定形にするときはすべて『ます』を『ません』に変えるだけなのでかんたんだ。
またお店や駅の案内、ビジネスシーンで使うのたいてい丁寧語なので、日本で旅行したり仕事をする上では、丁寧語をマスターしておけばそんなに不自由はないかもしれない。
それに「敬語でしゃべるべき場でくだけた言葉遣いをする」と「くだけた言葉がふさわしい場で敬語をしゃべる」だったら、後者のほうがずっとマシだしね。
というわけで日本語初級をめざすのであればまずは敬語を学ぶのがよさそうだ。ただ最近は日本のアニメを原語で観たい! という動機で日本語を学ぶ人も多いらしく、そういう人にとってはくだけた言葉遣いのほうが大事のようだ。
日本語には形容詞(形容動詞)がすごく多いという話。
概念を表す名詞はたいてい形容動詞化できる。自由な、博識な、優秀な……。さらに外国語の形容詞もほとんどそのまま形容動詞になる。ビューティフルな、アンビバレントな、ポップな……。そのまま形容動詞化するのがするのがむずかしい一般名詞であっても、「的」「風」をつければ、パンダ的、スマホ風、などになる。アメリカ的な、坂本龍馬チック、など、固有名詞でさえも。さらにさらに、「ちょっと背伸びしたい的コーディネート」のように文章ですら形容動詞になってしまう。うーん、むちゃくちゃ自由。
いくらでも形容詞が作れる、ってのは他の言語にはなかなかなさそうな日本語の特徴だ。
あまり知られていない日本語のルール。
たしかになあ。「社長も召し上がりたいですか?」という表現、日本語文法的には正しいけど、実際に(社長の前で)使うのはNGだよなあ。
こんなこと、学校では(たぶん)習わない。敬語の本にも書いてない。「社長も召し上がりたいですか?」はテストでは丸だが実社会ではNGだ。ほとんどの日本人は避ける。意識していないけど、まずい表現だと知ってはいるのだ。
きっと日本語以外の言語でも、こういうのがいろいろあるんだろうな。「間違いとは言えないけどネイティブなら避ける表現」というのが。外国語学習ってむずかしいなー。
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