2024年9月30日月曜日

【読書感想文】浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』 / 白黒つけない誠実さ

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六人の嘘つきな大学生

浅倉秋成

内容(e-honより)
IT企業「スピラリンクス」の最終選考に残った波多野祥吾は、他の五人の学生とともに一ヵ月で最高のチームを作り上げるという課題に挑むことに。うまくいけば六人全員に内定が出るはずが、突如「六人の中から内定者を一人選ぶ」ことに最終課題が変更される。内定をかけた議論が進む中、発見された六通の封筒。そこには「●●は人殺し」という告発文が入っていた―六人の「嘘」は何か。伏線の狙撃手が仕掛ける究極の心理戦!


 就活で大人気企業の最終選考に残った六人。みんなそれぞれ優秀でまじめでユーモアもあり人当たりのいいメンバーばかり。

「六人で話し合って内定者を一人選んでください」というテーマでグループディスカッションをおこなうことに。はじめはそれぞれお互いを讃えあっていたが、メンバーの過去を暴露する封筒が見つかったことで様相は一変。状況から考えて封筒を仕掛けたのはこの六人の中の誰か。はたして“犯人”は誰なのか。残りの封筒に書かれているのは何か。そしてこのグループディスカッションを制する者は誰なのか……。


 就活の場を舞台にしたサスペンスミステリ。以前に根本聡一郎『プロパガンダゲーム』の感想でも書いたけど、だましあいゲームの舞台として就活の選考はふさわしい。なぜなら、現実にいろんなゲームをやらされるから。ディスカッション、ロールプレイング、協力ゲーム。そして就活生は言いなりになるしかないから。

 安い漫画だと「さあここにいる皆さんで殺し合いをしてください」みたいに言われてすんなり話が転がり始めるけど、実際にはそううまくいかなくて、硬直状態が続くとおもうんだよね。デーヴ=グロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』によれば、銃を持っている兵士のほとんどが、自分の身に危険が迫っているときでさえ敵兵に向かって発砲しなかったのだそうだ。人間の「殺したくない」という意識はすごく強いので、急に加害的にはなれないのだ。

 でも就活という舞台があればけっこう変なことでもできちゃう。引っ込み思案な人が自分の美点について朗々と語ったり、温和な人がやたら攻撃的になったり。なぜなら就活生はほとんど狂っているから。狂わないとやってられないから。だって就活自体が異常な場なんだから。


 何も成し遂げていない学生を集めて「あなたは弊社にどんな貢献をできますか?」と尋ねるとか、どう考えてもおかしいじゃん。

 常識的な人間ならそう聞かれても「いやわかりませんよそんなの。まだ働いたことないんですから」「やってみないとわからないですけど、あんまりお力になれないとおもいますよ」とか言うでしょ。

 でも就活では「はい、私には行動力があり、深い洞察力があります。それを裏付けるエピソードとしては……」みたいな自慢が披露される。狂ってるから。

 新卒採用する側の担当者も頭おかしくなっちゃうんだろうね。何百人、何千人も応募してくるから、えらくなったとおもっちゃう。かぐや姫みたいに「私の心を射止めたかったら私の出す無理難題に答えなさい」と高飛車になっちゃう。



 ということで『六人の嘘つきな大学生』は異常な人が異常なことをしでかす小説なんだけど、人を狂わせる場である就活の舞台を用意することでけっこう調和がとれている。

 あー就活のときだったらこれぐらいおかしなことをやっちゃうかもなーって気になる。ぼくも就活をやっていたのでよくわかる。あのときはほんとに追い詰められてて気が変になってたからなあ。

 それにしても、就活って今考えてみても、本当にキモかったよね。え? 思わない? 私、死ぬほど不愉快だったな……。何って、就活の全部が。もちろん状況的に追い込まれてるから少し周囲に対しての目がシビアになっていたのはあると思うけど、でもたぶんそういうことじゃないよ。未だに思い出すと鳥肌が立つし、何ならね、電車で就活生を見かけるだけでもキモいなぁ、って思うよ。悪いけどね、でも、しょうがないでしょ。キモいもんはキモいんだから。
 あれとか最悪だった、ほら、あの、集団面接とか、グループディスカッションが終わった後に声かけてくる人。この後、ちょっとみんなでお茶でも行きましょうよ、ってやつ。死ぬほど気持ち悪かった。「人脈を作るのって大事ですよね。やっぱりこういう情報交換の時間が貴重ですから」って、ガキ同士でつるんで何が生まれるんだよって、本気で思ったよ。吐き気がしたね、本当。ああいう人たちって会社入ってからどんな顔して働いてんだろ。気になるわぁ。

 実際に就職して何年か経つとあの就活時代が異常だったと気づくんだけど、渦中にいるときはわからないんだよなあ。

 ぼくは何度か転職して面接を受けたし採用側として面接したこともあるけど、就職のときのような「我々があなた方を試します」みたいな雰囲気はあんまりなかった。「あなたはこういうことができるんですね。我々はこの条件を提示できます。お互いに納得すれば入社してもらうことにしましょう」という、いたってまともな“条件すりあわせの場”だった。就活だけが異常なんだよな。就活が金になることを発見した採用コンサル会社が一大イベントにしちゃったからかな。

 特に新卒採用やってる人事担当者がおかしくなっちゃうんだよね。

 当時、どうだった? 大げさに言うわけじゃなく、僕は人事っていうのは、会社の中でもエリート中のエリート、選ばれた社員の中の一握り中のたった一握りだけが配属されることを許される部署だと信じて疑わなかったんだよ。今思えば笑い話だけど、だって、そうだと思わない? 就活生を前にした彼らの、あの尊大な態度。そうでもなければ説明がつかないでしょ。入社してからびっくりしたよ、社内での人事部の立ち位置。誰一人として人事部を花形部署だとは認識していなかった、どころか──それ以上、敢えては言わない。でも、こんな無能どもに生殺与奪の権利を握られてたんだって思ったら、いよいよ殺意が湧いてきたよ。人を見極められるわけないのに、しっかりと人を見極められますみたいな傲慢な態度をとり続けてさ。当時、彼らは何を見ているんだろうって必死になって考えた。この間も言ったとおり、漫画の中みたいに画期的で、だけれども揺るぎようのない絶対的な指標があるに違いないって思い込もうとしてたんだ。間違いを犯さない、裏技があるって。
 でもさ、そんなもの、なかったんだ。あるわけがないんだ。
 すごい循環だなと思ったよ。学生はいい会社に入るために噓八百を並べる。一方の人事だって会社の悪い面は説明せずに噓に噓を重ねて学生をほいほい引き寄せる。面接をやるにはやるけど人を見極めることなんてできないから、おかしな学生が平然と内定を獲得していく。会社に潜入することに成功した学生は入社してから企業が噓をついていたことを知って愕然とし、一方で人事も思ったような学生じゃなかったことに愕然とする。今日も明日もこれからも、永遠にこの輪廻は続いていく。噓をついて、噓をつかれて、大きなとりこぼしを生み出し続けていく。そういう社会システム、すべてに、だね。やっぱりものすごく憤ってたんだ。

 そうだよなあ。ぼくがいた会社でも、新卒採用をする人事担当者って、会社の中でも“何をやってもだめな人”だった。営業で成績が出せず、広報でもとにかく問題を起こし、最終的に「新卒採用でもやらせとくか。どうせ最後は役員面接をするんだからあいつがヘマしても大きな問題にはならんからな」みたいな感じで人事に異動させられてた。考えてみれば当然で、仕事のできる人を利益を生まない部署に配置するはずないんだよね。まあ世の中には優秀な新卒採用もいるのかもしれないが、ぼくが見てきた中にはいなかった。


 人はとにかく人を見抜くのが下手らしい。管賀江留郎『冤罪と人類 ~道徳感情はなぜ人を誤らせるのか~』にこんなことが書いてあった。

 何故か根拠なく、自分は人の噓が見抜けるという〈自己欺瞞〉に掛かる者が多くいることが、心理学実験によって判明している。取調官がこういう根拠のない自信を持つと悲劇が生まれることになる。警察官や裁判官などは経験を積むほど自分は噓を見抜く能力があると思うようになるが、現実には素人と能力は変わらず、しかも噓を見抜く能力があると思っているほど逆に成績が下がることが実験によって証明されているのである。

 就活の場ではほとんどの学生が嘘をついている。その嘘を見抜ける人はいない。経験を積んでも嘘を見抜けるようにはならず、それどころか自信の強い人ほど己の自信に目がくらんで嘘を見抜けなくなるらしい。

 結局、優秀な学生を採用するのに必要なのは“運”ということだ。つまり誰がやってもほとんど一緒。当然、優秀な社員にやらせるわけがない。

 就活の選考方法は多種多様なのが「面接やテストなどで学生の資質など見抜けない」ことの何よりの証左だろう。もし本当に効果のある方法があるのなら、どの会社もとっくにそれを取り入れているはずだから。




 就活についての愚痴ばかり書いてしまった。『六人の嘘つきな大学生』の感想。

 うん、おもしろかった。ネタバレになるのであまり書けないけど。

「誰が封筒を置いた犯人なのか、誰が内定を勝ち取るのか」パートもおもしろかったが、選考が終わった段階で物語はまだ半分。後半は、前半に見えていたのとはまた違う景色が見えてくる。

 白に見えたものが黒であったことがわかり、そうかとおもったら意外と白くてうーんやっぱりグレー、みたいな感じ。


『六人の嘘つきな大学生』は起伏の富んだミステリとしても成立させつつ、はっきり白黒つけないという誠実さも持ち合わせている。すごくむずかしいことをしている。この人は悪い人に見えて本当は善人でした、こいつは実は悪人でしたーってやるほうがずっとかんたんだし、ミステリであればそれも許されるわけだし。

 すごく信頼のおける書き手だね。就活に対する醒めた見方も含めて。


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