2024年9月13日金曜日

【読書感想文】唐渡 千紗『ルワンダでタイ料理屋をひらく』 / 念願の不便を味わえてよかったね

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ルワンダでタイ料理屋をひらく

唐渡 千紗

内容(e-honより)
電子レンジを水洗いするスタッフ。施工代を返さないまま逮捕されたエリック。初めてのお客さんは泥棒!?今日もまた事件勃発。日本人シングルマザー、アフリカで人生を変える!一見ハチャメチャな彼らが教えてくれたルワンダフル・ライフ!戸惑いながらも働くうちに見えてきたのは、どんな過酷な状況も生き抜く彼らのたくましさだった。人生という「旅」の醍醐味を味わう傑作ノンフィクション!


 飲食店経営未経験で、ルワンダでアジア料理店を開いた女性の体験記。

 そんな風に、導かれるようにルワンダ行きを決めた私だけれど、一応プランはある。それもズバリ、タイ料理屋を開く!
 どういうこと?と驚くのもわかる。私も他人からそんな話を聞いたら、きっとそう思う。実は旅行で訪れた際に、ルワンダでタイ料理屋を開くところまではもう決定していた。はじめにルワンダに移り住みたいという願望があって、子どもを連れて一人で行くんだけど、当然生活の糧がいる。何かしないといけない。旅行中に気がついたのは、まずとにかく飲食店のバリエーションがない。単純だけど、レストランを開くのはどうだろう?
「タイ料理屋とか、絶対いいと思う」と現地に住む友人のマリコさん。よし、それならタイ料理屋にしよう。決定!

 この文章だけでもびしびし伝わってくるのだが、「私って人とはちがうことをやってるでしょ! すごく変でしょ! どや!」感がすごい。

 筆者の略歴を見て納得。リクルート出身。ああ、リクルートっぽいなあ。もちろん悪い意味で。

 ぼくも多くのリクルート出身者を見てきた(人前に出たがる人が多い)ので「この人リクルート出身っぽいなあ」とだいたいわかるようになってきた。

 とにかく「何者かになりたい!」っていう感が強いんだよね。今はちがうみたいだけど、以前のリクルートって数年で会社を辞めなきゃいけない、辞めた人はたいてい独立しているので、たぶん在籍中に「独立してこんなすごいことやってる人がいます!」って事例をさんざん見せられてるんだろうね。そのせいで「何者かにならなきゃいけない」病にかかってしまうのだろう。

 結果、この本の著者みたいにいい歳して自分さがしをしてしまう。

 ま、自分の人生だから好きにしたらいいんだけど。ぼくはこの人の息子じゃないし。


 とある候補者は、名前をアラファトといい、ルワンダに数店舗展開する有名レストランの現職のシェフだ。名前からわかるようにイスラム教徒で、頭にターバンを巻いている。
 野菜の切り方や鶏肉のさばき方などは、朝飯前といった腕前を見せていたが、レシピを渡されても、何のことか全くわからないという様子。材料を切る前になぜか鍋に油を敷いて強火で熱してから、はて、どうしたものか、と止まってしまう。
 まず野菜を切るところから、とヒントを出す。するとものすごい速さで野菜を切って、また最大火力で炒め出した。次はココナッツミルク五十ミリリットルの投入だが、まだ缶が開いていない。缶切りを渡す。上手く使えない。ナイフでこじ開けようとする間に、鍋ごと黒こげになってしまった。
 聞いてみると、レシピ通りに作るなんて、やったことがないようだ。 「普段はどうやってるの? 働いているレストランではもちろんレシピはあるでしょう?」 「ノー。そんなのありません」と、アラファト氏はキッパリと答える。
 え?? どういうこと? シェフがそれぞれ雰囲気で作ってるってこと? メニューはどれも「シェフの気まぐれスープ」みたいな感じなの? 頼むからうちでは気まぐれを起こさないでもらいたい。でもここまで説明しても全く気にしない人たちに、どう教えればいいのだろう。

 こんな感じで「ルワンダの常識は日本とぜんぜんちがう! 日本人だったらあたりまにやってくれることをルワンダ人はやってくれない! インフラもひどいし生活が不便だし困った困った!」と騒いでるんだけど、正直、共感できない。

 だってこの人はそういうのを求めてルワンダに行ったんでしょ? “人とちがう生き方を選択するアタシ”を求めてルワンダで飲食店を開くことにしたんでしょ? のっぴきならない事情でルワンダに住まざるをえなくなったわけじゃないでしょ?

 あれが大変だ、これで苦労した、と言われても、はあそうですか、望んでいた経験ができてよかったですね、としかおもえない。

 ルワンダの人には失礼な例えだけど、キャンプに行って、不便だ不便だと騒いでるように見えちゃうんだよね。そりゃそういうものでしょ、としかおもえない。日本と同じような文化を享受できることを期待してルワンダに行ったわけじゃないでしょ?

 というわけで、前半の「私ルワンダでこんなに苦労しました」話は、わざわざお化け屋敷に行って怖い怖いと叫んでる人を見るような目で読んでしまった。楽しそうでよろしおすなあ。



 中盤以降の、生活者視点でルワンダという国を観察した章はわりとおもしろかった。

 アフリカというと、物価がとにかく安いイメージがあるだろう。だがルワンダの場合、日本人が日本人の感覚で、最低限快適・安全に暮らしたい場合、「東京で暮らすよりもだいぶ不便だけど、ちょっと安い」くらいの感覚でいた方がいい。東京のような快適さを求めれば、東京で暮らすよりも確実に高くつく。
 コストが高くつく理由は様々あるが、やはりまずは物流だろう。日本では気づきにくいが、「島国である」というのは、実はすごい恩恵なのである。私もルワンダで暮らして初めて、内陸国の苦悩が少しずつ見えてきた。
 先述のように、ルワンダはアフリカ大陸のほぼ真ん中、内陸に位置し、港がない。地の利がとにかく悪い。陸路だけでも、近代的な物流が整っていれば、なんとかなるんじゃないかと思われるかもしれない。ただ、鉄道、高速道路などが見事に整備されている日本では想像し難いが、まずルワンダには鉄道がない。道路も、中国企業がルワンダ全土にせっせと道路を作っているが、丘だらけなので簡単ではない。場所によっては崖に近いような山道を、日本では走っていないようなオンボロトラックが行き交う。実際、事故も多い。
 そうなると、製造業が育つのはかなり厳しい。そもそもモノを作ろうにも、資源に恵まれているわけでもなく、材料に乏しい。それでも頑張って材料を輸入して作るとする。そうして作られたものは当然高くなる。そうした商品を国内で買える層などごくごく一部だ。では外に輸出しよう、と考えるかもしれない。するとまた、輸送費や関税が乗って、消費者に届くころにはすごい値段になっている。つまり成り立たない。日本のように材料を輸入し、加工し、輸出してビジネスが成立するのは、島国だからこそできることなのだ。
 ルワンダでは、輸入品がとにかく高い。例えば、日用品。中国からの輸入品が多く出回っているが、日本の百円均一で売られているものの品質を三分の一にして、値段が三倍であれば良い方だ。もっとも、これについては、日本の百均がすごすぎるとも言える。

 なるほど、内陸国ってのは貿易をする上ではすごく不利になるんだな。そういや先進国で、海を持たない内陸国はほぼないんじゃなかろうか。主要都市もたいてい海か大きな河川を持ってるしね。

 あまり意識することはないけど、我々は海洋国のメリットを享受しながら生きてるんだな。



 

 ルワンダといえば1994年のルワンダ虐殺。当時730万人いたルワンダ人のうち、100万人ほどが約3ヶ月の間に殺されたという空前の大虐殺事件だ。それも爆弾や空襲のような大量破壊兵器を用いず、人々が武器を取り隣人同士で殺しあったという凄惨な事件だった。

 30年前のこの事件は、今もルワンダに深い傷跡を残している。当時生きていた人で、事件に巻き込まれなかった人はほぼいない。親しい人を亡くし、生き残った人も暮らしが一変した。大量の孤児が発生し、教育を受けられずに育った人も多い。


 この本ではルワンダ虐殺を経験した人の語りが紹介されるが、その胸の内は想像もできない。「隣人だった人々に殺された」は、「戦争で死んだ」「敵国に殺された」よりずっとずっとキツいだろう。家族の仇が今もすぐ近くで暮らしている、なんて例もあるんじゃないだろうか。想像を絶する世界だ。とてもこれからは手に手を取って平和な世の中を築いていこう、とできるとはおもえない。

 だがルワンダ人はそれをやってのけている。人間ってどこまでも残酷になれるし、人間はどんなことでも許すことができるのだと、ルワンダ人の暮らしぶりを読んでいておもう。

 どんな環境にも適応できるのが人間。いい面でもあり、悪い面でもある。


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