書店の社員として働いていたときのこと。
あるとき、大学生のアルバイトを事務所へ呼びだした。
ふだんはバイトに対して強く叱ることのなかったぼくだが、このときだけはつとめて厳しい顔で接した。
「なあ、おまえなんで呼ばれたかわかるか?」
ぼくはわざとぞんざいな口調で言った。
バイトくんは一瞬目を泳がせながら考えていたが、自信なさそうに首を振った。
「いえ、わかりません……」
「そうか……」
ぼくは深くため息をついた。
「この前、給与の計算をしていて気がついたんだけどな」
そこまで言ってから、立ったままのバイトくんに目をやった。おどおどとした顔をしている。
たっぷり間をとってから、ぼくは言った。
「最近よくがんばってるから、今月から時給を50円アップしようと思う。その報告です」
バイトくんは一瞬ぽかんとした顔をしていたが、やがて膝からくずれおちるようにしてしゃがみこんだ。
「ちょっとーやめてくださいよー、そういうドッキリ」
「はっはっは。怒られると思った?」
「ぜったい怒られると思いましたよ。犬犬さん、ふだん怒らないのに今日はめちゃくちゃ怖い顔してるからすげー怖かったっすよー」
「ごめんごめん。ちょっとしたイタズラをしたくなって」
「もー。あやうく言わなくていいことを白状しちゃうとこでしたよ」
「え?」
「いや、何もないです」
もう少し泳がせとけばよかった。
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