田舎の純真な中学生のハートを奪ったその文具は、“きりとり線をつくるカッターナイフ” だった。
持ち手の部分はカッターナイフと同じだが、異なるのは先端に円盤がついているところ。
ピザを切り分けるアレみたいな形状だ。
さらに円盤の縁が一定間隔で凹んでいる。
この円盤を紙にあててくるくるさせることで、紙に断続的な穴があき、ミシン目ができるという構造だ。
これを見たとき、ぼくは感動で胸が震えた。
「き、き、きりとり線が自宅でつくれるなんて……!」
きりとり線。
その前で人は平常心を保てない。
たとえば雑誌のページ中ほどにはさまれている応募ハガキ(最近はほとんどないかもしれないけど)。
それをミシン目に沿って切りはなすとき、気持ちがたかぶらない人などいるだろうか。
ミシン目を境に紙と紙が割かれる感触がかすかに手に伝わるときにおぼえる興奮。
力を入れすぎて、ミシン目でないところでびりりと破れてしまうのではないかと想像したときに味わう緊張感。
たとえ、決して冷静さを失わずに正確に的を射抜くすぐれた弓道の射手であっても、ミシン目を切りはなすときには心拍数が上昇するにちがいない。
そんな、どきどきわくわくさせてくれるという点ではディズニーランドにもひけをとらないきりとり線を、好きなときに、好きな場所につくれるなんて!
もちろん買った。
値段は今でも覚えている、515円(その頃は消費税3%だった)。
当時のぼくのこづかいは月に1,500円だったからかなりの金額だ(なにしろ月収の3分の1だぜ?)。
それでも迷わず買った。
すっかりミシン目カッターに心を奪われていたから。
いや、心にミシン目をつくられていたから!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
たちまちぼくはきりとり線カッターのへヴィーユーザーになった。
紙を切り分けるとき、カッターナイフで切れば早いものを、わざわざきりとり線カッターでミシン目をつくってから切りはなした。
友人に用もなく手紙を書いて、返信用切り取り線をつくった。
で、どうだったか。
結論からいうと、ミシン目カッターの使い勝手は悪かった。
ものすごく。
かなり力を入れて刃を紙に押しつけないとミシン目ができないし、力を入れすぎると刃が欠けるし、厚い紙だとミシン目に沿って切れないし、薄い紙だと破れるし、そもそもよく考えたら切り取り線ををつくらないといけない状況なんかぜんぜんないし。
だから断言しよう。
ミシン目カッターナイフはほんとに役に立たない。
ただ楽しいだけ!
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