2016年2月2日火曜日

【エッセイ】オール・フォア・お茶漬け

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予兆はいくつもあった。

周囲の居酒屋がどこも満席なのにその店だけ空いていたし、さほど客が多いわけでもないのにおしぼりを持ってくるのがやけに遅かったし、やっと現れた店員はものすごく愛想が悪くて化粧の濃いねえちゃんだったし。

「なんかこの店やばそうだな」
ぼくと友人はひそひそと話した。
しかし席に着いてしまった以上は注文せずに店を出るわけにはいかない。それに腹もへっている。
「一杯だけ飲んで、次の店に行こうか」

ということで我々は、ビールを一杯ずつとフライドポテトとお茶漬けを頼んだ。
最小限のつまみと、ふつうは締めに頼むお茶漬けをいきなり注文するという、早期撤退ムードを全面に出したオーダーだ。
これなら大丈夫だろうと我々は思った。
この注文なら、どんな店だろうとまちがいない。

ところが。
ときに現実は、想像をはるかに凌いでくるものだと我々は思い知らされた。

まずビールがぬるかった。
まあこれぐらいは想像の範囲内だ。
付き出しの枝豆が、冷凍していたのだろう、水っぽい。
これもたまにあることだ。

次に、フライドポテトがしょっぱすぎた。
このへんで「思っていた以上にやばい店だな……」と、ぼくらはささやきあっていた。
「冷凍食品をレンジでチンしただけでももっとおいしいけどな」
いつもならなんでもうまいうまいと云って食べる友人が、首をかしげた。

そして。

お茶漬けがまずかった。

ぼくは、腹立たしさを通りこして、思わず笑ってしまった。
ちょっとした感動さえおぼえた。

だって。だって。
お茶漬けがまずいんだよ?

みなさんに訊きたい。
みなさんは生まれてこのかた「まずいお茶漬け」を食べたことありますか!?


ないでしょう?
そうでしょう。そりゃそうでしょう。

だってお茶漬けだもの。
ご飯にお茶をかけるだけだもの。
ご飯はあったかくてもいいし、冷えててもそれはそれでうまい。
かけるお茶だって、熱くてもぬるくても成立する。
それがお茶漬けという料理だ。
まずくなりようがない。
失敗のしようがない(せいぜいお茶をこぼすぐらいだ)。

ところが。

ぼくらが食べたお茶漬けはまずかったのだ。
奇跡としか言いようがない。

勝手にわさびはお茶に溶かれてるし、しかもわさび多すぎだし、お茶っ葉まで出ちゃってぷかぷか浮いてるし、ご飯は芯が残ってるし、お茶はこぼれてるし(失敗の基本もちゃんと押さえてる)、ふた口と食べられるような代物ではなかった。

お茶漬けのすべての要素が、失敗という目標に向かって一丸となっている。
すごい。
ワンフォアオール、オールフォアワン。
ノーサイド(お茶とわさびの垣根がなさすぎるという意味で)。

現代技術の粋を集めてまずいお茶漬けを作りました、というようなハイスペックなまずいお茶漬けなのだ。
日本の技術って、もうこんなところまで進んでいたのか……!



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