2026年11月6日金曜日

【読書感想文】橋爪 大三郎・大澤 真幸・宮台 真司『おどろきの中国』 / 西洋の主権国家とはちがう国家

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おどろきの中国

橋爪 大三郎  大澤 真幸  宮台 真司

内容(講談社HPより)
中国はそもそも「国家」なのか? 2000年以上前に統一できたのはなぜか? 毛沢東の権力とはいかなるものだったか? 冷戦が終わっても共産党支配が崩れなかった理由とは? 中国は21世紀の覇権国になるのか? 対症療法ではない視座を求めて、日本を代表する知性が徹底討論。真に中国を理解するための必読書!

 中国とはどういう国なのかを問いなおす鼎談。

 2013年刊行だが、ここ数年のトレンドなどの話はほとんどなく、もっと長期的・根本的な話をしているので内容は古びていない。


 日本人は、中国に対してどういう印象を持っているだろうか。

 ぼくは二度中国に行ったことがある。どちらも二十年ぐらい前。一度目は大学への短期留学で一ヶ月北京に。もう一度はその翌年に旅行で一ヶ月かけて天津・北京・桂林・広州・上海を転々と。

 二度も行ったぐらいだから中国のことは好きだ。当時の中国は北京でもまだまだ地方都市という感じで、一本裏通りに入れば下町っぽかった。いろんなものがいいかげんで、それがぼくにとっては心地良かった。今はまったく違うのだろうが(二十年前でも上海はすでに大都会だった)。

 いろんな面で日本とはちがうルールで動いている国だとおもったが、それこそが旅の醍醐味だ。ぼくにとってはおもしろいことばかりだった。一ヶ月の滞在期間につけていた日記はあれこれ書きすぎて本一冊分ぐらいの分量になった。

 ただそれはぼくがお客さんとして「好きで中国を訪問した人」という立場だったから寛容になれた(というより自分が合わせるしかない)だけで、逆に「日本にやってきた中国人と深くかかわることになった人」や「仕事で嫌でも中国とかかわらざるをえなくなった人」であればまたちがった印象を持つのだろう。



『おどろきの中国』を読むと、中国が日本と異なるのはもちろん、欧米諸国のどこともまったく異なる国であることに気づかされる。

橋爪: EUなるものが、つい最近できたでしょ? 国民国家の枠を超えて、もっと大きな政治的・経済的・文化的なまとまりをつくろうとしている。
 EUはまあ、中国みたいなもの。逆に、中国は、二千年以上も前にできたCU、中華連合なんです。「なんで、中国がそんなに昔に中国になったか」という質問は、「なんで、EUがこんなに遅くにやっとEUになったか」という質問と、裏腹なんです。
大澤: まったくおっしゃるとおりですね。
橋爪: EUがこんなにもたもた、まとまらなかった理由は、交通の困難にあると思う。アルプス山脈がある。地中海がある。移動のコストが大きい。この地域には、アーリア人が入ってきて、ギリシア人、ロマ人になり、ゲルマン民族にもなった。どの民族も固有の言語や固有の文化・信仰をもったまま、ローカルな集団をつくって、溶け合わない。民族大移動があっても、どの集団がどこに移りましたと追いかけることができて、異質な集団のまま残るわけです。ふつうなら戦争になる。そこで、彼らは順番にキリスト教に改宗して、ひどい戦争をしないという道を選んだのではないか。
 キリスト教とはようするに、情報ですから、物資を移動しないでいい。戦争もしなくてすむ。こういう均衡状態のもとで、野蛮で未開な段階から、そこそこ文化的な段階まで、ゆっくり千年以上をかけて進んできて、機が熟したからと、まず宗教戦争をやり、それから国民国家のあいだの野蛮な戦争を繰り返して、それも収まってEUになった。
 中国は、この反対なんですね。アルプス山脈がない。地中海がない。真っ平らなので、移動のコストがとても安い。なので、戦争もやりやすいし、政治的統合のコストが安い。政治的統合とは、戦争をしないですむ、ということ。その前は、戦争が常態化していたわけです。それが戦国時代と、その前の春秋時代。春秋の覇者といって、ローカルな政府が対等に分立していた時期が、数百年も続いた。不幸な時代の経験を踏まえて、全体がひとつの政権に統一されるべきだ、という人びとの意思一致ができあがった。この意思一致が、中国なのだと思う。

 なるほど、中国はEUのようなものと考えたほうがすんなり理解できるのか。たしかに他民族だし話し言葉もちがうしめちゃくちゃ広いし人口も多いし、本来なら複数の国家であるほうが自然なのだ。

 だが地形的に中国は戦争をしやすい。放っておいたらはてしなく戦争状態になってしまう。だから戦争をしなくて済むようにひとつの国としてまとまった……。

 真偽は別にしておもしろい考え方だ。戦争をしやすい環境だからこそ戦争を避けようとする意思が強くなるというのはその通りかもしれない。

 ぼくは中国史にくわしくないけど、たしかに中国って王朝の交代は何度も起こっているけど、国を分けるような内戦はそんなに起こってないよね(だよね?)。三国志とかの時代までさかのぼらないといけないのでは(あってる?)。


 そういえば西洋の国が「アメリカ人であること」や「フランス人であること」に誇りを持っているように、中国人って「中国人であること」にあまり誇りを持っているように見えない。すごく主観的な話だけど。

 スポーツでも、中国が強いのって体操とか卓球とか個人競技のイメージ。

 日本人が「自分はアジア人だ」とおもっていないように、中国人も中国人としての意識は希薄なのかもしれない。

 領土があって国民があって主権があって、というのが西洋文化の主権国家だけど、「中国」はもっとファジーなものなんだろうな。厳密に線引きできるものではなく、中央から離れるにつれてだんだん「中国」が薄くなってゆくイメージ。

「近所」みたいなものかもしれない。ほら、近所ってだいたいのイメージはできるけど明確な境界線はないじゃない。そんな感じ。



 漢字の話もおもしろかった。

橋爪:(前略)中国語の大事な特徴は、概念の数だけ漢字があり、それが一字一音だということです。このため、発音が複雑になっている。普通語の場合、母音が三十七、子音が二十いくつ、さらに声調(四声)があって、これらを組み合わせると、だいたい千六百音ぐらいになる。これだけの音を言い分けられ、聴き分けられれば、常用漢字がだいたい三千ぐらいなので、ほぼ一字一音になる。そうすると、音を聞くと、頭の中に漢字がひとつずつパ、パ、パ、と浮かんでいく。
 しかも、漢字は、字数が少なくてすむ。だいたい日本語の60%ぐらいのスペースで同じことが書ける。そして、漢字の読み取りスピードは、とても速い。
大澤: ひと目でパッと理解できますもんね。
橋爪: 行政官僚は、この処理スピードの速さで、ほかの人より優位に立つ。そして、漢字の通用性、汎用性でも優位に立つ。恰好の支配ツールになっている。

 漢字って数が多くておぼえるの大変だから学習する上では不利だと言われがちだけど(実際そうなんだけど)、でも習得してしまえば読んで意味をつかむのが速いというメリットがある。上級者向けの文字だ。

 アルファベットは庶民の文字で漢字はエリートのための文字なんだろうね。

 漢字があったから中国はあの広大な国土を統一できた(表意文字じゃないので話し言葉が違っていても漢字を知っていれば意味が通じる)。また漢字がエリート向けの漢字だから、中国では「政治は一部のエリートがおこなうもの。庶民は政治にはタッチしない。ただし目に余る暴政がおこなわれたら権力は転覆させられる」という考えが根付いているという話も。

 なるほどねー。たしかにそんな風にも見える。

 ぼくらは「民主主義はいいものだ」という教育を受けて育ったので「ひとりひとりが政治に参加することが大切だ」という意識を持っているけど、べつにそれって普遍の真理じゃないよね。歴史を考えればそうじゃない社会のほうが圧倒的に多いわけで。



 中国がヨーロッパの主権国家とは別の考え方で成り立っているとおもえば、いろんなことが理解しやすくなる。

大澤: そのとき、日本が使った「朝鮮の独立を保全するために軍隊を進める」という論理は、ヨーロッパで生まれた近代的な主権概念にもとづくものですよね。でも、考えてみると、東アジアの国際関係は、長らく中国を中心とした「朝貢」という独特のシステムでやってきました。朝貢関係というのは、近代的な主権概念では定義できないものです。
(中略)
 こういうことが、中国をめぐっては近代化のプロセスでずいぶんたくさんあったように思います。余談ですが、江暉さんという中国の思想家が、『世界史のなかの中国』という本の中でチベット問題が混乱する原因として同じようなことをのべている。ヨーロッパの知識人が、チベットに幻想を投影して、やたらとチベット問題に肩入れして、状況が複雑化しているわけですが、その究極の原因は、それこそ、中国側の認知地図とヨーロッパ側の認知地図のちがいにある。ヨーロッパ側は、主権という概念を前提にしてこの問題を捉えている。だから、中国が、長い間、チベットの主権を侵していると理解している。ところが、中国にとっては、チベットはずっと、朝貢国のひとつだった。朝貢関係は、主権概念を前提にしたときにはありえない関係なので、ヨーロッパの観点からは主権の侵犯にしか見えない、というわけです。
 日本が「朝鮮半島の独立を保全する」という言い方をしたときにも、似たようなズレが、日本と清朝鮮の間にあったかもしれない。当時の日本としては、習いたての近代的な主権概念を使ってみたわけだけど、そこにはまだ主権概念とはちがったタイプの国際関係があったということじゃないですか。

 欧米諸国からすると「中国が別の国であるチベットに攻め込んだ」という話だけど、中国からすると「あそこはうちの縄張りなんだから攻め込むも何も、うちが管理するのがあたりまえだろ」という感覚なのかもしれない。

 たとえは悪いけど、ヤクザがみかじめ料をもらって地域のごたごたを解決していたのに、急に別の地域からやってきたやつらが「それって違法ですよね」と文句を言ってきた……みたいなことか。こっちはこっちのやり方でそれなりに秩序を保っていたのに急に法律だとか言われても……。

 歴史的には日本も朝鮮もずっと中国の子分みたいなポジションだったのに、急にヨーロッパやアメリカの兄貴に近づいて「もうこっちはこっちでやらせてもらいます。お互い対等でいきましょう」と言われたら、そりゃ中国からしたらおもしろくないわなあ。


 ちょっと話がそれるけど、ロシアもわりとこの感覚に近い気がする。ソ連時代を引きずっているというか「ワシはこの地域のボスやで」という感覚があって、それがウクライナ侵攻にもつながっているんじゃないかな。



 中国共産党のトップや人民がどんなふうに考えているかほんとのところはわからないけど、「ひょっとしたらこんなふうに見えているんじゃないか」と想像するのには役立つ本だった。

 西洋の考え方をしているかぎりは中国のことを理解できないんだろうな、という気がする。


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