畑 正憲
1980年刊行。50年近く前ということで、あらすじの文章ですらかなり強烈。もちろん中身はこれ以上。ほとんど下ネタである(といっても動物の性行為とか性器とかの話だが)。
畑正憲氏(通称ムツゴロウさん)といえばテレビでの変人のイメージが強いとおもうが、本業は作家である。ぼくは中学生のときに畑正憲氏のエッセイにはまり、古本屋をまわって数十冊のエッセイのほとんどを蒐集していた。畑正憲氏はすごく賢くてすごく行動力があってすごく変な人なので、エッセイも抜群におもしろい(小説はイマイチだが)。現在ではほとんど入手困難なのが惜しい。
ひさしぶりに古本屋で氏の本を見かけ、なつかしかったのと、『獣医修業』はたぶん読んだことがなかったので(似たようなタイトルが多いので自信はない)、数十年ぶりに氏のエッセイを読んでいた。
うん、今も変わらずおもしろい。というか、こういうヘンな文章を書く人が他にいないんだよな。鳥類学者の川上和人さんとか昆虫学者の前野ウルド浩太郎さんとか鳥類学者の松原始さんとかがそれに近いかな。動物を研究している人に特有の文章があるのか?
でも畑正憲氏の博学で精力的で淫靡で嘘か誠かわからない文章はやっぱり他に類がない。どこまでほんとかどこからホラ話かわからない文章は、今の時代だと書かせてもらえないのかな。
犬の交尾を手伝っている獣医の話。
酒の席の会話のようなくだらない会話だ。でもくだらなさの中にも知性が漂う。だけどいいかげん。
最近、こういう「賢いのにちゃらんぽらんな文章を書く人」が減ったよなあ。北杜夫、遠藤周作の系譜。
この本に書かれているのは、畑正憲氏が北海道の広大な土地で数多くの動物を飼いはじめた時期のことである。多くの動物がいれば怪我もするし病気にもなる。そんな中で、駆け出し獣医として奮闘している。
ちなみに氏は免許を持つ獣医ではない。
獣医師法第十七条には「獣医師でなければ、飼育動物(牛、馬、めん羊、山羊、豚、犬、猫、鶏、うずらその他獣医師が診療を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る。)の診療を業務としてはならない。」とあるが、あくまで「業務としてはならない」なので、自分の飼っている動物を治療したり、知人の動物を無報酬で診療したりするのは獣医師法違反ではないようだ。そのへんは人間の医者とはちがう(人間の場合は無報酬でも医師でない者が医療行為をしてはいけない)。
ずいぶん悪戦苦闘、試行錯誤している様子が伝わってくる。
ほんの百数十年前までは人間の医療もこんな感じだったんだろうな。
よくわかんないけど切ってみる。なんだかわからないけど悪そうなものがあるから切り取ってみる。切ったらうまくいったから次回もそうする。切ったら死んじゃったから次はもうやめとく。医療ってその歴史の大部分は「勘でやってみる。だめでもともと」で成り立っていたんだろう。
でも今はそんなやりかたをとるわけにはいかない。人間相手なら当然、動物相手でも、世間的に許されないんじゃないだろうか。たとえ法的にはOKでも。
畑正憲氏は、見よう見まね、試行錯誤、実践あるのみ、だめでもともと、というやり方で医者ができた最後の人かもしれない。
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