傍聞き
長岡 弘樹
四篇のミステリ短篇を収録。
表題作『傍聞き』以外は、登場人物たちの職業が刑事ではなく、救急隊員、消防署員、更生保護施設の施設長など「ふつうのミステリだと出てきても脇役程度の人たち」なのがおもしろい。
いいところに目をつけたなあ。救急隊員や消防署員ってけっこう“事件”を目撃する機会がありそうだもんな。刑事よりも先に現場に駆けつけるわけだから、刑事以上に重要な手掛かりをつかむことだってあるだろう。「なんだこの奇妙な現場は」とおもうようなミステリに遭遇する機会だって、ふつうの人よりずっと多いはず。
そう考えるとミステリ小説の主人公としてはけっこう適役かもしれない。
迷走
刃物で刺された人物のもとへ駆けつけた救急隊員。刺された人物はなんと救急隊長と因縁のある人物だった。病院へ搬送する最中、隊長はなぜか病院とは違う道へ車を走らせるよう指示を出す。病院へ向かわずに迷走を続ける救急車。はたして隊長の目的は……。
これがいちばんおもしろかった。舞台設定に偶然が過ぎる部分もあるが、真相が明らかになる種明かしは実に鮮やか。今まで見えていた景色が一瞬にしてまったく別の姿に変わる。
ただ隊長が他の隊員に説明しない理由がちょっと弱い。最後にいっぺんに種明かしするほうがミステリとしてはおもしろいけどさ。
傍聞き
娘と二人暮らしの刑事。留置所の窃盗常習犯から面会の申し出があるが、会いに行ったのに何も語らない。
一方、刑事の家庭では反抗期の娘は不満があると口を聞かなくなり、要件はメモで伝えてくる。さらに最近はわざわざ手紙を投函して刑事の仕事に対する文句を言って来るようになる……。
ミステリとヒューマンドラマを上手に組み合わせている、のか……? 高く評価された作品らしいけど、ずいぶんまどろっこしいことしてんなーという印象だった。
899
消防士の男は、近所のシングルマザーに恋愛感情を抱いている。ある日、そのシングルマザーの家が火事に。乳児が取り残されているとの通報が。駆けつけた男は、最近子どもを亡くした部下に自信を取り戻させるため乳児の救出を任せる。だがいるはずの乳児の姿がなく……。
種明かしは鮮やかではあるけれど、現実的かというと、かなり無理がある。(理由があったとはいえ)乳児をわざわざ危険にさらすようなことを消防士が行動に移すかというとなあ……。恋心を抱いている相手の家が火事になって消防士として駆けつけるのも偶然が過ぎるし(主人公が犯人だったらわかるが)、部下がとった行動も無理があるし、その行動の結果も狙い通りにいきすぎだし。
いろいろとやりすぎな小説。
迷い箱
元受刑者を受け入れる更生施設の施設町は、ある入所者が自殺するのではないかと心配していた。就職先を世話した後も気がかりで、あるとき彼の後をつけると……。
ここまでハートフルな結末が続いていたのでこれもそうだろうなとおもっていたら、案の定。いちばん意外性のない作品だった。
個人的な好みの差はあったが、どれもよくできた短篇ミステリだった。ちょっとした驚きもあって、後味も悪くなくて、主人公の心の揺れも描かれている。“傍聞き”“迷い箱”といったキーワードの使い方もうまい。そして文章に無駄がなく、過不足なくまとまっている。
この作者の作品を読むのははじめてだったが、他のミステリも読んでみたいとおもわされる出来だった。
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