人間はどこまで家畜か
熊代 亨
精神科医による、“ヒトの自己家畜化”傾向と、それによって生まれる病理についての本。
自己家畜化とは、たとえばイヌやネコがペットとして飼われるうちに人に好かれる特徴をより強く発露させるようになること。小さく、かわいく、噛まず、人の言うことに従う。野生で生きるには不利な特徴だが、ペットとしてはそういう特徴を持っている個体のほうが有利なので、世代を重ねるごとに増えていくらしい。
そして、ペットだけでなく、ヒト自身が自己家畜化しているのではないか。より理性的、合理的で、安定した感情を持ち、衝動的・暴力的な行動をとることが減っているのではないか。
これが“ヒトの自己家畜化”だ。この著者の熊代亨氏が言いだした概念ではなく、もっと前から提唱されている考え方だ。
『人間はどこまで家畜か』の前半では、数々の文献などをもとに「ヒトが自己家畜化している」根拠をあげていく。
正直、このパートはちょっと強引だ。「ヒトは自己家畜化している」という結論ははじめから決まっていて、そのために都合の良い証拠を方々から集めてきているだけ、という感じがする。
そもそも「自己家畜化」というワードの定義自体があいまいで、どうなったら自己家畜化なのか、どこまでは自己家畜化じゃないのか、という基準がない以上、著者の言ったもん勝ちじゃないのという気がする。
論としては少々乱暴であるとはいえ、「ヒトが自己家畜化している」、もっとあけすけにいえば「飼いやすい存在になっている」こと自体はぼくの感覚とも一致している。
もし、自分が絶大な力を持つ宇宙人で地球人たちを支配するとしたら、千年前の地球人よりも現代の地球人のほうが支配しやすそうだもん。
ここ数十年に限っても、古い本や映像を見ると(それが生活の一部しか描いていないことはさしひいても)昔の人って現代人よりもずっと暴れている。他人にからんだり、暴力をふるったり、徒党を組んでものを壊したり、そういうことをするハードルが今よりずっと低い。人々がルールを守って暮らしている社会のほうが暮らしやすい可能性は高い。もちろんそれはルールが適切であることが条件なので、ルールに従順であることが必ずしもいいとは言えないけれど。
我々がテレビで昭和の映像を見て「昭和ってなんて野蛮な時代だったんだ」とおもうように、五十年後の人々もまた「令和ってなんて野蛮な時代だったんだ」とおもうことだろう。またそうあってほしい。それはすなわち社会から暴力、暴言、怒りの発露が消えてゆくことだから。
ただ人々の「自己家畜化」により多くの人にとっては生きやすい社会になったとしても、それがすべての人の救済になるかというと、それはまた別の話である。
かっとなって大声を出したり、手を出したりするのは良くない。冷静になるべきだ。できることなら感情的にならないほうがいい。多くの人が賛成するだろう。
だが、ついつい大声を出したり手を出したりしてしまう人がいるのもまた事実。直したほうがいいけど、かんたんに直せるものではない。そういう人の居場所はどんどん減っている。昔はもっと“荒くれ者たちが働く職場”があったはず。
「理性的な行動ができない人」が減るのはいいことかもしれないけど、「理性的な行動ができない人の居場所」まで減るのはいいことなのだろうか。
家畜化というより、規格化といったほうがいいかもしれない。昔は大きさも形もばらばらだったキュウリが、今では大きさも形もそろったものばかりスーパーに並ぶようになったもの。それはつまり“スーパーの棚に並ぶことのできないキュウリ”が増えたことを意味する。
著者は精神科医の立場から「自己家畜化」の流れについていけない人たちの処遇を心配するが、中でも子どもたちの社会への適応について警鐘を鳴らす。
社会がより洗練された人々を求めるようになった結果、社会に適応できない子どもが増えた。なぜなら子どもは動物として生まれてくるから。
だから発達障害とみなされる子どもが増えたのではないか、と疑問を投げかける。
ここまで読んで「『自己家畜化』というより『年寄り化』じゃないのか」とおもった。
社会はどんどん年寄り化している。
暴力的でない、感情を抑制して冷静、理性的。これって一般に年寄りの特徴じゃないか。脳が壊れてすぐキレちゃう老人もいるけど。
少子化、超高齢化で社会の平均年齢がどんどん上がっていることと関係あるのかわからないが、社会はどんどん年寄り化している。だから子どもほど社会に適用できない。
昔は十数年で「社会が求める大人」になれたが、社会が年寄り化して求められる精神年齢が上がった。二十代なんてまだまだ子ども。だから大人のルールについていこうとするとそのギャップに苦しむことになる。
ぼく自身のことを考えても、歳をとって生きやすくなった。自己顕示欲や性欲や社会の矛盾に対する怒りが薄れて、年寄り化した社会の求める“大人”の姿に近づいていったから。
今の日本において、人口のボリュームゾーンは50代だ。40~70代ぐらいの人が「平均的」とされる。10代、20代が社会に適応しづらいのもあたりまえかもしれない。
すまんなあ、若者たちよ。
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