2024年8月27日火曜日

【読書感想文】上原正詩『イノベーションの世界地図 ~スタートアップ、ベンチャーキャピタル、都市が描く未来~』 / イノベーションを駆け足で紹介

イノベーションの世界地図

スタートアップ、ベンチャーキャピタル、都市が描く未来

上原正詩

内容(e-honより)
世界は急速に変化している。米中対立、インドの台頭、日本の衰退などの地政学的変化に加え、生成AIやブロックチェーンなどの新技術が台頭している。本書では、イノベーションの新潮流をスタートアップ、ベンチャーキャピタル、都市の生態系に焦点を当てて分析する。評価額が巨額に上るユニコーン企業や、ユニコーンに投資するベンチャーキャピタルの動向を調査し、未来の技術トレンドやイノベーションを生み出しそうな都市の生態系を見ていきたい。イノベーション都市の有無が、今後の国家競争力の鍵になるだろう。


 ユニコーン企業を中心に、今勢いのある(そしてこれから大きくなる可能性の高い)企業やその事業を紹介する本。

 ユニコーン企業とは、創業10年以内、評価額10億ドル以上の未上場企業。若くて勢いのある会社ってことだね。ちなみに世界のユニコーン企業はアメリカ、中国に集中しており、その他、インド、シンガポール、イスラエルなどやはり勢いのある国に多い。日本には十社もない。


 鮮度が大事なテーマということで、本の内容には深みがない。情報は多いが、あちこちから拾い集めてきた内容をつぎはぎした感じで、独自の解釈や著者の見解といったものは皆無。雑誌記事のよう。

 説明もとにかくわかりづらくて、これ著者も理解せずに書いてるんだろうなーってのが伝わってくる。

 誰かが書いたものを読んで、自分の中で消化しきれないままとりあえず形だけ要約した文章、って感じ。


 さらに誤字も多い。数字の間違いがいくつもあり、「売却」を「買却」、「欲しがる」を「裕しがる」など、どうやったらそんな誤字が生まれるの? というミスも多い。変換してそうなることはないだろ。「欲しがる」が「裕しがる」になるのは、他の本でスキャンした内容をOCRソフトで文字起こしして貼り付けたのかな。

 どんな四流出版社が出してるのかとおもったら、ちゃんとした出版社(技術評論社)だった。どうした技術評論社。



 TikTokを運営しているバイトダンス(中国企業)のアメリカ展開について。

 米中対立が先鋭化する中、バイトダンスが摩擦の矢面に立つことにもなりました。対米外国投資委員会(CFIUS、シフィウス)が、バイトダンスによる米ミュージカリー買収の調査を開始したことが2019年11月に明らかになったのです。CFIUSは外国企業による米国企業の買収を国家安全保障の観点から審議する、米財務省が管轄する組織です。当時のトランプ政権のポンペオ国務長官も「ティックトック」がスマホから個人情報を抜き取って、中国共産党に提供している懸念があると表明。2020年7月には「ティックトック」など中国系SNSの使用禁止を検討していることを明らかにしました。トランプ大統領も7月、大統領令や国際緊急経済権限法(IEEPA、アイーパ)などを使って、「ティックトック」の使用禁止を検討している旨を記者団に語りました。
 実は再選に向けてトランプ大統領がオクラホマ州タルサで2020年6月に開催した集会で空席が目立つという「事件」がありました。CNNなどの報道によれば、反トランプの若者がティックトックを通じて、偽の参加登録を呼びかけて実際には参加しなかったためだったようです。トランプ陣営の公式アプリに、ティックトックのユーザーが大量の書き込みをしてネガティブキャンペーンを展開しました。おもしろ動画の中国系アプリが、SNSとして影響力を持ち始めたことにトランプ政権内で警戒心が高まったようです。

 トランプ陣営の集会を邪魔した連中がTikTokで妨害を呼び掛けていたため、TikTokの米国内での使用禁止が検討……。これ自体が嘘かまことかはわからないが、勢いのある企業というのはとかく政治の影響を受けるものらしい。中国国内でGoogleやFacebookを使えないのは有名な話だし、その意趣返しもあって、アメリカでは中国産のサービスが制限されたりする。EUもよくGAFAと対立しているし、新しい技術やサービスは政治の影響を受けやすい(逆にアラブの春のように政治に影響を与えることも)。

 そう考えると、日本国内ではWebサービスが政治にふりまわされる影響が少ない。アメリカ産のツールも、中国産のツールも、たいていのものは使用できる。これはいいことなのか悪いことなのか。一ユーザーとしては便利でいいかもしれないが、国益という面ではマイナスも多そうだ。




 テスラ(自動車)、スペースX(ロケット)、そしてTwitterの買収で知られるイーロン・マスク氏だが、それだけでなく鉄道の分野にも食指を伸ばしているそうだ。

  マスク氏はモビリティの分野でマルチな活躍をしています。EV、ロケットにとどまらず、高速「鉄道」の分野でも新しいアイデアを出しています。真空状態にしたチューブ(トンネル)の中を電動の車両が高速で移動する交通システム「ハイバーループ」を2013年に提案しました。サンフランシスコとロサンゼルスの間(約560キロメートル)を最大時速1220キロメートルで走行して35分で結ぶという構想です。JR東海が「リニア中央新幹線」として2027年に品川一名古屋間の開設を目指しているリニアモーターカーは時速500キロメートルです。ハイパーループは空気抵抗を極力小さくできるためリニアの倍以上の速度が出る計算です。初期の構想「ハイパーループ・アルファ計画」の作成にはテスラとスペースXの技術者が関わりました。カリフォルニア州政府はサンフランシスコとロサンゼルス間に高速鉄道を建設する計画ですが、所要時間は2時間半で建設費は約700億ドル。マスクの構想の推計コストはその10分の1の70億ドル前後です。
 マスク氏はハイパーループなどを通す地下トンネルの建設に注力し、2016年にザ・ボーリングカンパニー(ロサンゼルス)を設立しました。評価額57億ドルのユニコーンです。同社は直径4メートルほどのトンネルを掘るサービスを提供しています。通常の掘削装置で掘るトンネルの半分ほどの大きさで、穴を小さくすることで掘削コストを3〜4分の1にできるとしています。スペースXとボーリング・カンパニーは2019年まで毎年、ハイパーループの走行車両「ポッド」の開発コンペティションを学生向けに開催するなど、啓蒙活動もしてきました。ハイパーループの縮少版で、テスラの電気自動車のような「ポッド」を走らせる「ループ」の実現に取り組んでいます。ラスベガスでプロジェクトを進めています。地下に張り巡らされたトンネルの中を無人のテスラが走って人を運ぶ・・・。個人輸送の地下鉄のようなシステムが出現するかもしれません。

 リニアの倍以上のスピード! 小型飛行機が300km/hぐらいだから、それよりずっと早い鉄道だ。

 地下にはりめぐらされたトンネルの中を無人の乗り物が移動する。手塚治虫とか星新一の描いた未来の世界だなあ。




 なぜ日本にはユニコーン企業が少ないのか。人口や経済規模でアメリカ・中国に負けているのはしかたないが、2024年時点で、世界に1,200社以上あるのに日本は6社だけというのはあまりに少ない。

 その理由として、起業家が少ないとか、ベンチャーへの投資額が少ないとかも挙げられているが、それ以外にも大きな原因は「移民の少なさ」だと著者は指摘する。

 シンクタンクの米国政策財団(NFAP)によれば、アメリカのユニコーン(582社、2022年5月時点)の55%が移民によって創業されました。国際連合によればアメリカの移民の人口比率は2020年で15%です。55%はそれを大きく上回っています。最も多かった出身国はインドで全体の11%を占めました。生鮮食料品デリバリーのインスタカート創業者アプールバ・メータ氏はインドで生まれ、カナダのウォータールー大学を出ています。最先端のAI系スタートアップ(フォーブスAI50のアメリカ企業)に限ると実に65%が移民の創業者です。独自の大規模言語モデル(LLM)を開発するユニコーンのデータブリックス(サンフランシスコ)は、アリゴディシCEOがイラン、マテイ・ザハリアCTOがルーマニアの出身です。世界中の若者がアメリカにAIを学びに来て、そこで起業しています。
 アメリカだけでなく世界の主要イノベーション・ハブでも外国人起業家の存在が際立っています。シンガポールではユニコーンの7割が中国やインドなど外国人によって設立されました。ロンドンのユニコーンの創業者も約半分が外国人でした。国際金融都市のシンガポール、ロンドンには多くの外国人が為替や債券、デリバティブ取引の仕事でやって来ます。バイオテクノロジーの分野でも移民の活躍が目立ちます。mRNAを使ったコロナワクチンの開発で一躍有名になったドイツのビオンテックの創業夫妻はトルコ系です。モデルナもレバノン生まれのアルメニア人、ヌーバー・アフェヤン氏が創業を主導しており、移民なくしてコロナワクチンは開発できなかったでしょう。

 海外から学びに来る人は優秀であることが多い上に、複数の社会を知っているので、社会のニーズや足りないものにも気づきやすいという。まったく新しいことをしなくても「他の国で流行っているものを、なじみやすい形に変えて持ってくる」だけでもイノベーションになるかもしれない。

 それに、移民を受け入れるということは、新しい価値観を受け入れるということでもある。いまだ外国人に対する拒否反応の強い日本で、イノベーションが起こりにくいのも当然かもしれないね。


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2024年8月23日金曜日

小ネタ23 (早口言葉 / ウナギ / テツandトモの無駄づかい)


早口言葉

スモモも酢の物のモモもモモのうち


ウナギ

 水産庁が、ウナギの稚魚を安価に生産する技術を発表した、というニュースを見た。

 生物を“生産”ってどういうことだろ? という技術はさておき、ある本で読んだクロサイ保護の方法をおもいだした。

 アフリカで、密漁によって数が減ったクロサイを保護するためにクロサイ猟を認めた、という事例がある。保護するために猟をするってどういうこと? とおもうかもしれない。だが、これはちゃんと効果のある保護方法なのだ。

 クロサイ保護には近隣住民の協力が欠かせないが、サイは人間にとって役に立たないので、研究機関や自然保護団体の人以外は、保護しようという動機を持たない。ところがクロサイ猟を政府が公式に認めて「お金を払えばクロサイを狩ってもいいですよ」ということになれば、クロサイは金儲けのための資源になる。なにしろクロサイが増えるほど手に入る狩猟代が増えるのだから。

「金儲けの道具」にすることで保護しようとする動機が生まれるのだ。倫理的には微妙な気持ちになるが、現実的には効果のある手法だ。

 ウナギも同じで、ウナギがおいしいからこそ、人々が金と労力を使って増やそうとするわけだ。もしもウナギがぜんぜんおいしくなかったら、積極的に増やそうとする人はずっと少なかっただろう。

「金儲けの道具」になるせいで減少したのなら、増やすことが「金儲けの道具」になるようにすればいい。


テツandトモの無駄づかい

 テレビCMで、テツandトモが出てきてお墓の宣伝をはじめた。ぼんやり見ていたのだが、最後まで見て驚いた。なんとテツandトモが歌わないし踊らないのだ。

 ふつうに「お墓が安く買えます!」としゃべるだけだ。

 テツandトモを使ってお墓のCMをつくってくださいと言われたら、百人中九十九人は「お墓がこんなに安く買えるのなんでだろう~♪(なんでだろう~♪)」みたいなことを言わせようとするだろう。

 それなのに、ふつうにしゃべらせるだけ。すごい。最高の無駄づかい。


2024年8月20日火曜日

【読書感想文】ダニー・ドーリング『Slowdown 減速する素晴らしき世界』 / 肝心なところは主観

Slowdown

減速する素晴らしき世界

ダニー・ドーリング(著)  遠藤真美(訳)

内容(e-honより)
オックスフォード大学の地理学者が膨大なデータとファクトで明らかにした「加速時代の終焉」と「世界の安定化」。人口、経済、技術革新、債務…あらゆるものがすでに減速している。直感に反する現実と人類の未来。

 人口、経済規模、イノベーションなど世界のあらゆるものがスローダウンしている……という主張。

 ぱっと見た感じで誤解しそうだが、スローダウンとは「ゆっくり減っていく」ことではない。「増えるスピードが落ちていく」ことだ。


 ま、そりゃそうだろうな、というのが正直な感想だ。著者はいろんな数字を持ってきて、めずらしいグラフ(縦軸が規模、横軸が変化率)を描いて説明しているが、そんなことしなくても、いろんなものが減速することは直観的にわかる。

 たとえばスマホの普及。はじめは一部の人だけが持ち、やがて爆発的にシェアは広がっていく。1万人の人が持っていたのが、一定の期間で10万人になり(10倍)、200万人(20倍)になり、1億人(50倍)になり……と増えていく。が、その後も50倍以上のペースで増えていくかというと、そんなはずはない。世界人口が80億人ぐらいなのに、ずっと同じペースで増えていくはずがない。

 べつに数字や図を使って説明されなくても、「永遠に爆発的に増えつづけるものなんてない」ことぐらい、わかりきったことだ。


 だから知りたいのは、この現象がスローダウンするかどうか、ではなく、いつどういう形でスローダウンするのか、なのだが、著者が説明しているモデルでは過去の変化を説明することはできても未来を予測することはできない。あたりまえだけどさ。

 あたりまえのことを手を変え品を変え長々と説明している本、という印象だった。



 そしていろんなデータを駆使して語っているわりに、肝心なところでは単なる願望が目立つ。

 ある国の人口が増えて、世界で暮らす人の数が増えると、デフレーションに陥るのを避けるために、もっと多のお金をつくりださなければいけない。しかし多くの国で、ここ何十年も、新しくつくられたお金の大半は、すでにお金をいちばん持っている少数の人のところにいっている。そうしてそのお金が他の人に貸し出される。借りたお金を投資して、債務の返済額を上回る利益を得られれば、彼らもまた、お金持ちになれる。ところがその利益は、たいていは何かを買うために借金をする人たちの犠牲の上に成り立っている。この循環がいつまでも続くことはないし、どこかの時点でかならず崩れる。巨額の債務はずっとそこにあったように見えるかもしれないが、努力して莫大な富を築いた者が報われるのは当たり前だとされるのは、物事が加速している時代か、裕福な教会や国王に動産を納めるのは宗教的義務や市民としての義務だと国民が信じ込まされているときだけである。

 貧富の差は縮む、と語っているが、本当だろうか。そりゃあいつまでも拡大するはずはいのだが、だからといって縮むと言い切れる根拠はどこにも記されてないんだよね。

 放っておいたら、格差は拡大する一方じゃないかな。経済の仕組み上持てる者はどんどん富むので、持たざる者がいくら願っても差が縮むことはない。かといって金持ちが自ら「格差を小さくしてすべての人に平等にチャンスを」とおもうはずもないので、格差を小さくするかどうかは法や税によってどれだけ規制するかにかかっている。

 実際、日本でも高所得者に高い税率が課せられていた時代は貧富の差が小さくて、高所得や資産への税率が下がるにつれて格差は大きくなっている。「どれだけ規制するかで決まる」という(そこだけとってみれば)わりと単純な話だ。

 だから「このままいけばいつかは加速が止まって格差が縮むよ」という著者の主張にはうなずけない。



 テクノロジーの進化もスローダウンしているという話。

 成人の中で最も若い層であるY世代の生活は、最近のコホートの時代と比べて、テクノロジーの変化がすでにぐっと減っている。新しいインターネットは生まれていないし、新しい動力源も、新しい移動形態も、ありがたいことに(私たちが知るかぎり)新しい戦争兵器もつくられていない。ところが、技術革新は不可欠だという考えが頭から離れないせいで、テクノロジーがスローダウンしているという単純な事実をほとんど受け入れれない。しかし、過去10年間に発売された新しい製品の大半は、表面的な部分をいじくりまわしているにすぎない。世界中の社会が豊かになっているため、生活の質が少しずつ変化しても、一つひとつの変化の重要性はどんどん小さくなっている。明らかに技術進化の収穫逓減が起きている。この事実はすぐに当たり前のことになって、「もう聞き飽きた」と思うようになるだろう。

 これもどうなんだろう。結局、「過去10年間に発売された新しい製品の大半は、表面的な部分をいじくりまわしているにすぎない」なんて主観でしかないよね。

 著者が年をとったからじゃない? とも言いたくなる。人間、年をとるにつれて新しい変化を大したものじゃないと言いたくなるものだからね。たとえばパソコンが普及しはじめたときだって(全体的な傾向としては)、若い人ほどそこに可能性を感じ、年寄りほど「そんなのよりこれまでのやりかたのほうがいいぜ」と感じたとおもうんだよね。

 自分が培ってきたものを否定したくないから、年寄りほど新しい技術を軽視する。


 ぼくが「すげえ」と感じた技術は、今から十数年前にはじめて触れたGoogle Earth。世界中のあらゆる地点を上空からのぞくことができるなんて! と感動したものだ。

 実際、GPS(や他の探査システム)を使った技術はこの十年かそこらで大きく進化した。もう忘れちゃったかもしれないけど、2000年代初頭はみんな紙の地図を見て行動してたんだぜ。ぼくは本屋にいたけどゼンリンの地図も道路地図も時刻表もめちゃくちゃ売れてたんだぜ。今ではほとんど誰も買わない。

「未知の場所に行ってもスマホがあればなんとかなる」ってのは人々の行動を大きく変えた。しかもその変化のスピードはものすごく速かった。自動車の普及スピードなんか比べ物にならないぐらい。

 何を持って「大きな変化」とするかは人によるよなあ。著者はやたらと「自動車や飛行機に比べて最近の技術は大きなインパクトを与えていない」と書いてるけど、飛行機どころか自動車にも乗らないぼくにとっては(もちろん物流とかで恩恵は受けているけど)、GPS地図アプリやスマホや動画配信サービスのほうがよっぽど大きな変化だ。

 たくさんのデータを使ってあれこれ書いているくせに、最後の結論が「おじいちゃんの主観」なのがなー(著者が何歳か知らないけど)。



 あらゆるものがスローダウンしている(著者によると)中で、スローダウンしていないもの。

 それが空気中の二酸化炭素量であり、世界各地の平均気温である。

 大気中に排出される二酸化炭素は増加の一途をたどり、気候変動、さらには地球温暖化が進んでいる。そのスピードはさらに加速しているが、人間が種としてよく生き残るのであれば(理屈の上では、たとえ繁栄しないとしても)、無限にそうし続けることはできない。人間の生活のほとんどの側面でスローダウンが進んでいる中で、これは唯一の大きな例外である。

 もちろん二酸化炭素量や気温もいつかはスローダウンするのだろうが、スローダウンとは「上昇のペースが落ちる」だけであって、「下降する」ではない。

 いずれは下降するのだろうが、はたしてそのときまで人類は耐えられるのだろうか……。


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2024年8月19日月曜日

小ネタ22 (仰げば尊し / レジの効率化 / 冷)

仰げば尊し

『仰げば尊し』の一番の歌詞は、

あおげばとうとし 我が師の恩
教えの庭にも はやいくとせ
おもえばいととし このとし
今こそわかれめ いざさらば

と、三回「とし」という言葉が出てくるが、すべてまったく別の言葉だ。古文の問題に使えそうだ。


レジの効率化

 スーパーやコンビニのレジの流れを効率化するアプリがあるらしい。アプリに「持っているポイントカードは何か」「支払いはカードかお財布ケータイか現金か」「20歳以上かどうか」「マイバッグを使うか」などの情報を登録しておくと、レジに近づいただけで店員にその情報が表示され、いちいち「ポイントカードはお持ちですか?」などの会話をする手間が省ける、というふれこみだ。

 予想だけど、レジの流れをスムーズにしたいとおもってこのアプリを使ったら、余計にイライラすることが増えるような気がする。

理由1)「アプリに登録してるんだからいちいち訊いてくるなよ!」とおもう。

 たとえば「エコバッグを持っている」と登録していても、店員からしたら「レジ袋は必要ですか?」と訊かざるをえないだろう。だってその日はたまたま持っていないかもしれないんだから。

理由2)自分が早くなるほど他人が遅いのが許せなくなる

 みんなレジの支払いに1分かかっていたら、前の客が1分かかっていても気にならない。でも自分はアプリを使って20秒で終わるようになれば、1分もかけている前の客が許せなくなる。「おれはアプリまで入れてこんなに早くやってるのになんでこいつはやらないんだよ!」

 世の中のいろんなシステムが効率化してスピーディーになっているが、その分イライラすることが減ったかというとそんなことはない。むしろ逆じゃないか。


 知人が家を建てたので、新居祝いに高級牛肉(しゃぶしゃぶ用)を贈った。お礼のLINEが届いて「ありがとう! 冷しゃぶにして食べたけどおいしかった!」と書いてあった。

 いいんだけど、ぜんぜんいいんだけど、冷しゃぶかーとおもってしまった。

 せっかくのいい肉なんだから、冷しゃぶじゃなくて、あったかいしゃぶしゃぶで食べてほしかったな。ぜんぜんいいんだけど。

 なんでかうまく説明できないんだけど、肉の良さを百パーセント引きだすのは冷しゃぶじゃないだろう、とおもっちゃうんだよね。この感覚、ぼくだけだろうか。

 たとえば、コーヒー好きの人にいいコーヒー豆を贈ったら「ありがとう! アイスコーヒーにして飲んだらおいしかったよ!」と言われたような気持ち、と言ったら伝わるだろうか。

 いいんだけどさ。冷しゃぶでもアイスコーヒーでもいいんだけどさ。



2024年8月7日水曜日

【読書感想文】下川 裕治『日本を降りる若者たち』 / 外こもりも今は昔

日本を降りる若者たち

下川 裕治

内容(e-honより)
日本で悩み続けたことがバカみたいいに思えてきた。バンコクをはじめ増え続ける「外こもり」。彼らがこの生き方を選んだ理由とは。

 2007年刊行。

 若者の意識や行動の変化をデータをもとに論じた本……みたいなタイトルだが、ぜんぜんそんなのではなくて、著者が親しくしている若者たちの姿を書いたエッセイのような本。

 それはそれでいいし、半径五十メートルの観測から見えてくる社会変化もあるのだが、エッセイに対して本格ノンフィクションのようなタイトルをつけないでほしいな。



 著者がこの本で取り上げているのは「外こもり」。外国に行って、仕事をするでもなく、あちこち旅をするでもなく、学校に行くでもなく、ただだらだらと過ごす人たちのことだ。

 もちろん彼らも潤沢にお金があるわけではないので、いくら物価の安い国でも仕事をせずに生活していればお金がなくなる。資金が尽きたら日本に帰って工場派遣などで稼ぎ、半年ほど日本で働いたらまた外国に渡って暮らす、という生活をしている人たちが多いそうだ。

 そんな人たちに選ばれやすいのが、タイ。治安が良く、物価が安く、気候風土も良い。またタイ人もそれほどあくせく働いていないので、人目を気にしなくて済む。そして似たような境遇の人たちが集まってくるから余計に居心地が良くなる。

 ジミー君は、カオサンのいいところは、「人と出会える街」といった。外こもり組は、日本にいたとき、ひきこもり傾向にあった人が多いが、彼らが口をそろえるのは、日本にいると人と出会えないということだった。三十歳近くにもなり、アルバイトがないときなど家にいたりすると、周りからはひきこもりじゃないのといわれ、つい家から出なくなってしまうのだという。結局は部屋にこもり、ネットの「2ちゃんねる」にはまったり、ゲームで遊ぶしかなくなるのだが、やがてそれにも飽きてしまう。そんな暮らしをしていると、日本では人に出会えないのだという。大学や高校の同級生たちは皆、働いているから忙しくて相手にもしてくれない。
 ところがカオサンに来ると、時間だけはあまるほどある人が多い。話し相手はすぐにみつかるのだという。そしてその多くが、日本という社会に生きづらさを感じている若者なのだから、ベーシックな部分で生き方を共有している。話が合うはずだった。日本から眺めれば、それは同病相憐れむ姿にも映るのかもしれないが、彼らにしたらそこはまさに桃源郷なのかもしれなかった。


 ぼくはタイには行ったことがないが、中国の桂林という街で一週間ちょっと「外こもり」をしていたことがある。

 学生時代、友人たちと中国旅行をした。計画では天津→北京→桂林と渡り、そこから鉄道でベトナムに入る予定だった。ところが鉄道の切符を買うことができず(ツテがないと長距離列車の切符を買うのが難しかった)、桂林で足止めを食らってしまった。ちょうど旅の疲れが出たところでもあり、また桂林は中国の中でも南方なせいか人々がのんびりしていたこともあり、このまま桂林に滞在しようということになった。

 桂林は中国南部の中では大きい街だが、それでも田舎町といったほうがいいぐらいの規模(今はどうか知らない)。二、三ある観光名所をまわってしまえば特にやることがなかった。

 だがそれが良かった。朝起きたら、ホテルで点心の朝食。ぶらぶらと散歩をし、ホテルに戻ってテレビでビリヤードやモータースポーツなどを観る。昼になったら近くの食堂に行って、汗をかきながら熱い丼飯を食う。商店街を冷やかし、またホテルに戻って昼寝をする。なんせ暑くて日中は活動する気になれないのだ。夕方になると涼しくなるので、人力タクシーに乗って少し遠くまで飯を食いに行く。小さな商店でアイスクリームを買い、夕涼みをしながら歩いてホテルまで戻る……。

 そんな生活を一週間ちょっと送った。最高だった。どんどん人間がだめになるのがわかる。しかし、暑い日中にクーラーの効いたホテルの部屋で昼寝をする気持ち良さったらない。労働や勉強なんてする気になれない。ホテル代、食費、あわせて一日三千円ぐらいだったろうか。

 幸か不幸か我々にはビザの期限があり、所持金が減っていく財布もあり、また日程の決まっている帰りの船のチケットもあった。至福の日々は一週間ほどで終わりを告げ、我々は桂林を後にした。


 あの最高な日々を知っているので、「外こもり」をする人の気持ちもわかる。海外で何もしない生活を送っていると、旅人の無責任さと、住民の居心地の良さのいいとこどりをできるんだよね。ずっとぬるま湯に漬かっているような気分。最高!




 ……とはいえ。心地のいいぬるま湯もいつかは冷めてしまう。

「いつかお金が尽きる」「歳をとっても同じような生活は続けることはできない」「こうしているうちにとれる選択肢はどんどん少なくなっていく」という不安はいつまでも残るだろう。かつて無職だったぼくにはわかる。

 外こもり組の中には、海外在留経験を活かして仕事を探す人もいるようだが、そうかんたんではないらしい。

 バンコクで発行されている日本語フリーペーパーの社長は、スタッフの採用にひとつの基準を設けていた。
 「これまで二十代後半から四十代半ばまでの応募がありましたね。まず書類を出してもらってます。志望動機のところに、『学生時代にタイを旅行してすごく楽しくて」なんて書いてある人とは面接しません。面接になって、アロハシャツでやってくるような人もだめ。タイでの仕事を誤解してるんです。仕事は仕事。基本的に日本と変わりません。面接はバンコクでやります。わざわざ来てもらうわけですから、その前にメールでいろいろ聞きます。いじわるな質問もする。だいたいそれでわかりますね。仕事をしようとしているのか、日本が嫌だからタイに住んでみようと思っているだけかどうかってことは」
 突き詰めていけば、日本で仕事がうまくいかない人は、海外で就職しても結局はどこかで躓いてしまうということらしい。

 うーん。

「日本で仕事がうまくいかない人は、海外で就職しても結局はどこかで躓いてしまう」か……。

 これ、残酷な言葉だけど真実なんだろうなあ。ステージを変えれば自分も輝けるんじゃないかとおもうけど、どの国にいても仕事は仕事。やることはそこまで変わらない。日本でうまく働けない人が海外でなら適応できるかというと、やっぱり難しいんだろう。Windowsを使いこなせない人がMacに変えたところで……みたいなことだよな。


 海外にいる人が自分の生活を日本の雑誌に寄稿してライターとして収入を得る、なんて〝成功例〟も書かれているけど、それで稼げるのはほんの一握りだろうし、ライターとして食っていけるぐらいになろうとおもったら他の人との付き合いだとか、嫌な仕事を引き受けなきゃいけないとか、結局は世渡り的な能力も必要になってくる。そういうのが嫌で海外に行ったのに……。

 結局どこにいたってゼロから金を稼ぐのは楽じゃないってことだ。つらいぜ。




  外こもり組は、そのあたりがわかった人たちなのかもしれなかった。いや、何回かタイと日本を往復するうちに、いまの場所に落ち着いてしまったということなのかもしれない。だから日本では、金を稼ぐだけに徹しようとする。それ以外の仕事のスタイルとか責任といったものは一切排除し、まるで工場のロボットのように体を動かすのだ。そういう働き方が、いちばん日本という国の流儀に染まることなく金を稼ぐ方法なのだろう。仕事の評価もせず、愚痴ひとついわない。そうしなければ、バンコクに戻ることだけを念じて仕事に打ち込めないのだ。
 死ぬつもりでカオサンに流れ着いたという日本人は、タイという国とタイ人に幻惑され、しだいに元気をとり戻していく。しかしそれは、タイという国が演出してくれる舞台で踊っているのにすぎない。どこかやっていけそうな気になって日本に帰ったとしても、待ち構えているのは、自分自身の心の均衡を狂わせ、弾き出そうとした不寛容な日本社会なのだ。


 この本で紹介されているのは、2000年代初頭の〝外こもり〟の生活。それから約20年。東南アジアの国々は当時より発展し、一方でその間日本の賃金はほぼ上がらず。円の価値は下がり、「日本で稼いで物価の安い国で暮らす」生活は楽なものではなくなっているはず。

〝外こもり〟の人たちは今、どうしているのだろうか。今も外こもりを続けているのか、それとも日本で別の生活をはじめたのか、はたまた生活が成り立たなくなっているのか……。

 20年後の現状を見てみたい気もするし、見るのが怖い気もする。


 昭和時代、「サラリーマンは気楽な稼業」という歌があった(聴いたことないけど)。はじめに就職したときは「これのどこが気楽やねん」とおもっていたけど、無職やフリーターや自営業みたいなものをやった挙げ句にサラリーマンをやっている今ならわかる。サラリーマンがいちばん気楽だ。

 組織で働くしんどさもあるけど、先が見えない不安に比べたらずっとずっと気楽なんだよな。その不安を楽しめる人もいるんだろうけど、ぼくはそうじゃないから。


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ヴァカンス・イン・桂林



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