Slowdown
減速する素晴らしき世界
ダニー・ドーリング(著) 遠藤真美(訳)
人口、経済規模、イノベーションなど世界のあらゆるものがスローダウンしている……という主張。
ぱっと見た感じで誤解しそうだが、スローダウンとは「ゆっくり減っていく」ことではない。「増えるスピードが落ちていく」ことだ。
ま、そりゃそうだろうな、というのが正直な感想だ。著者はいろんな数字を持ってきて、めずらしいグラフ(縦軸が規模、横軸が変化率)を描いて説明しているが、そんなことしなくても、いろんなものが減速することは直観的にわかる。
たとえばスマホの普及。はじめは一部の人だけが持ち、やがて爆発的にシェアは広がっていく。1万人の人が持っていたのが、一定の期間で10万人になり(10倍)、200万人(20倍)になり、1億人(50倍)になり……と増えていく。が、その後も50倍以上のペースで増えていくかというと、そんなはずはない。世界人口が80億人ぐらいなのに、ずっと同じペースで増えていくはずがない。
べつに数字や図を使って説明されなくても、「永遠に爆発的に増えつづけるものなんてない」ことぐらい、わかりきったことだ。
だから知りたいのは、この現象がスローダウンするかどうか、ではなく、いつどういう形でスローダウンするのか、なのだが、著者が説明しているモデルでは過去の変化を説明することはできても未来を予測することはできない。あたりまえだけどさ。
あたりまえのことを手を変え品を変え長々と説明している本、という印象だった。
そしていろんなデータを駆使して語っているわりに、肝心なところでは単なる願望が目立つ。
貧富の差は縮む、と語っているが、本当だろうか。そりゃあいつまでも拡大するはずはいのだが、だからといって縮むと言い切れる根拠はどこにも記されてないんだよね。
放っておいたら、格差は拡大する一方じゃないかな。経済の仕組み上持てる者はどんどん富むので、持たざる者がいくら願っても差が縮むことはない。かといって金持ちが自ら「格差を小さくしてすべての人に平等にチャンスを」とおもうはずもないので、格差を小さくするかどうかは法や税によってどれだけ規制するかにかかっている。
実際、日本でも高所得者に高い税率が課せられていた時代は貧富の差が小さくて、高所得や資産への税率が下がるにつれて格差は大きくなっている。「どれだけ規制するかで決まる」という(そこだけとってみれば)わりと単純な話だ。
だから「このままいけばいつかは加速が止まって格差が縮むよ」という著者の主張にはうなずけない。
テクノロジーの進化もスローダウンしているという話。
これもどうなんだろう。結局、「過去10年間に発売された新しい製品の大半は、表面的な部分をいじくりまわしているにすぎない」なんて主観でしかないよね。
著者が年をとったからじゃない? とも言いたくなる。人間、年をとるにつれて新しい変化を大したものじゃないと言いたくなるものだからね。たとえばパソコンが普及しはじめたときだって(全体的な傾向としては)、若い人ほどそこに可能性を感じ、年寄りほど「そんなのよりこれまでのやりかたのほうがいいぜ」と感じたとおもうんだよね。
自分が培ってきたものを否定したくないから、年寄りほど新しい技術を軽視する。
ぼくが「すげえ」と感じた技術は、今から十数年前にはじめて触れたGoogle Earth。世界中のあらゆる地点を上空からのぞくことができるなんて! と感動したものだ。
実際、GPS(や他の探査システム)を使った技術はこの十年かそこらで大きく進化した。もう忘れちゃったかもしれないけど、2000年代初頭はみんな紙の地図を見て行動してたんだぜ。ぼくは本屋にいたけどゼンリンの地図も道路地図も時刻表もめちゃくちゃ売れてたんだぜ。今ではほとんど誰も買わない。
「未知の場所に行ってもスマホがあればなんとかなる」ってのは人々の行動を大きく変えた。しかもその変化のスピードはものすごく速かった。自動車の普及スピードなんか比べ物にならないぐらい。
何を持って「大きな変化」とするかは人によるよなあ。著者はやたらと「自動車や飛行機に比べて最近の技術は大きなインパクトを与えていない」と書いてるけど、飛行機どころか自動車にも乗らないぼくにとっては(もちろん物流とかで恩恵は受けているけど)、GPS地図アプリやスマホや動画配信サービスのほうがよっぽど大きな変化だ。
たくさんのデータを使ってあれこれ書いているくせに、最後の結論が「おじいちゃんの主観」なのがなー(著者が何歳か知らないけど)。
あらゆるものがスローダウンしている(著者によると)中で、スローダウンしていないもの。
それが空気中の二酸化炭素量であり、世界各地の平均気温である。
もちろん二酸化炭素量や気温もいつかはスローダウンするのだろうが、スローダウンとは「上昇のペースが落ちる」だけであって、「下降する」ではない。
いずれは下降するのだろうが、はたしてそのときまで人類は耐えられるのだろうか……。
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