2024年8月20日火曜日

【読書感想文】ダニー・ドーリング『Slowdown 減速する素晴らしき世界』 / 肝心なところは主観

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Slowdown

減速する素晴らしき世界

ダニー・ドーリング(著)  遠藤真美(訳)

内容(e-honより)
オックスフォード大学の地理学者が膨大なデータとファクトで明らかにした「加速時代の終焉」と「世界の安定化」。人口、経済、技術革新、債務…あらゆるものがすでに減速している。直感に反する現実と人類の未来。

 人口、経済規模、イノベーションなど世界のあらゆるものがスローダウンしている……という主張。

 ぱっと見た感じで誤解しそうだが、スローダウンとは「ゆっくり減っていく」ことではない。「増えるスピードが落ちていく」ことだ。


 ま、そりゃそうだろうな、というのが正直な感想だ。著者はいろんな数字を持ってきて、めずらしいグラフ(縦軸が規模、横軸が変化率)を描いて説明しているが、そんなことしなくても、いろんなものが減速することは直観的にわかる。

 たとえばスマホの普及。はじめは一部の人だけが持ち、やがて爆発的にシェアは広がっていく。1万人の人が持っていたのが、一定の期間で10万人になり(10倍)、200万人(20倍)になり、1億人(50倍)になり……と増えていく。が、その後も50倍以上のペースで増えていくかというと、そんなはずはない。世界人口が80億人ぐらいなのに、ずっと同じペースで増えていくはずがない。

 べつに数字や図を使って説明されなくても、「永遠に爆発的に増えつづけるものなんてない」ことぐらい、わかりきったことだ。


 だから知りたいのは、この現象がスローダウンするかどうか、ではなく、いつどういう形でスローダウンするのか、なのだが、著者が説明しているモデルでは過去の変化を説明することはできても未来を予測することはできない。あたりまえだけどさ。

 あたりまえのことを手を変え品を変え長々と説明している本、という印象だった。



 そしていろんなデータを駆使して語っているわりに、肝心なところでは単なる願望が目立つ。

 ある国の人口が増えて、世界で暮らす人の数が増えると、デフレーションに陥るのを避けるために、もっと多のお金をつくりださなければいけない。しかし多くの国で、ここ何十年も、新しくつくられたお金の大半は、すでにお金をいちばん持っている少数の人のところにいっている。そうしてそのお金が他の人に貸し出される。借りたお金を投資して、債務の返済額を上回る利益を得られれば、彼らもまた、お金持ちになれる。ところがその利益は、たいていは何かを買うために借金をする人たちの犠牲の上に成り立っている。この循環がいつまでも続くことはないし、どこかの時点でかならず崩れる。巨額の債務はずっとそこにあったように見えるかもしれないが、努力して莫大な富を築いた者が報われるのは当たり前だとされるのは、物事が加速している時代か、裕福な教会や国王に動産を納めるのは宗教的義務や市民としての義務だと国民が信じ込まされているときだけである。

 貧富の差は縮む、と語っているが、本当だろうか。そりゃあいつまでも拡大するはずはいのだが、だからといって縮むと言い切れる根拠はどこにも記されてないんだよね。

 放っておいたら、格差は拡大する一方じゃないかな。経済の仕組み上持てる者はどんどん富むので、持たざる者がいくら願っても差が縮むことはない。かといって金持ちが自ら「格差を小さくしてすべての人に平等にチャンスを」とおもうはずもないので、格差を小さくするかどうかは法や税によってどれだけ規制するかにかかっている。

 実際、日本でも高所得者に高い税率が課せられていた時代は貧富の差が小さくて、高所得や資産への税率が下がるにつれて格差は大きくなっている。「どれだけ規制するかで決まる」という(そこだけとってみれば)わりと単純な話だ。

 だから「このままいけばいつかは加速が止まって格差が縮むよ」という著者の主張にはうなずけない。



 テクノロジーの進化もスローダウンしているという話。

 成人の中で最も若い層であるY世代の生活は、最近のコホートの時代と比べて、テクノロジーの変化がすでにぐっと減っている。新しいインターネットは生まれていないし、新しい動力源も、新しい移動形態も、ありがたいことに(私たちが知るかぎり)新しい戦争兵器もつくられていない。ところが、技術革新は不可欠だという考えが頭から離れないせいで、テクノロジーがスローダウンしているという単純な事実をほとんど受け入れれない。しかし、過去10年間に発売された新しい製品の大半は、表面的な部分をいじくりまわしているにすぎない。世界中の社会が豊かになっているため、生活の質が少しずつ変化しても、一つひとつの変化の重要性はどんどん小さくなっている。明らかに技術進化の収穫逓減が起きている。この事実はすぐに当たり前のことになって、「もう聞き飽きた」と思うようになるだろう。

 これもどうなんだろう。結局、「過去10年間に発売された新しい製品の大半は、表面的な部分をいじくりまわしているにすぎない」なんて主観でしかないよね。

 著者が年をとったからじゃない? とも言いたくなる。人間、年をとるにつれて新しい変化を大したものじゃないと言いたくなるものだからね。たとえばパソコンが普及しはじめたときだって(全体的な傾向としては)、若い人ほどそこに可能性を感じ、年寄りほど「そんなのよりこれまでのやりかたのほうがいいぜ」と感じたとおもうんだよね。

 自分が培ってきたものを否定したくないから、年寄りほど新しい技術を軽視する。


 ぼくが「すげえ」と感じた技術は、今から十数年前にはじめて触れたGoogle Earth。世界中のあらゆる地点を上空からのぞくことができるなんて! と感動したものだ。

 実際、GPS(や他の探査システム)を使った技術はこの十年かそこらで大きく進化した。もう忘れちゃったかもしれないけど、2000年代初頭はみんな紙の地図を見て行動してたんだぜ。ぼくは本屋にいたけどゼンリンの地図も道路地図も時刻表もめちゃくちゃ売れてたんだぜ。今ではほとんど誰も買わない。

「未知の場所に行ってもスマホがあればなんとかなる」ってのは人々の行動を大きく変えた。しかもその変化のスピードはものすごく速かった。自動車の普及スピードなんか比べ物にならないぐらい。

 何を持って「大きな変化」とするかは人によるよなあ。著者はやたらと「自動車や飛行機に比べて最近の技術は大きなインパクトを与えていない」と書いてるけど、飛行機どころか自動車にも乗らないぼくにとっては(もちろん物流とかで恩恵は受けているけど)、GPS地図アプリやスマホや動画配信サービスのほうがよっぽど大きな変化だ。

 たくさんのデータを使ってあれこれ書いているくせに、最後の結論が「おじいちゃんの主観」なのがなー(著者が何歳か知らないけど)。



 あらゆるものがスローダウンしている(著者によると)中で、スローダウンしていないもの。

 それが空気中の二酸化炭素量であり、世界各地の平均気温である。

 大気中に排出される二酸化炭素は増加の一途をたどり、気候変動、さらには地球温暖化が進んでいる。そのスピードはさらに加速しているが、人間が種としてよく生き残るのであれば(理屈の上では、たとえ繁栄しないとしても)、無限にそうし続けることはできない。人間の生活のほとんどの側面でスローダウンが進んでいる中で、これは唯一の大きな例外である。

 もちろん二酸化炭素量や気温もいつかはスローダウンするのだろうが、スローダウンとは「上昇のペースが落ちる」だけであって、「下降する」ではない。

 いずれは下降するのだろうが、はたしてそのときまで人類は耐えられるのだろうか……。


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