2022年12月13日火曜日

作家になることの価値

 昔から、作家(小説家)は多くの人にとってあこがれの職業だった。

 多くの人が作家を目指したのは、作家になることで名声を得たいとか、多額の印税を手にしたいとかの理由もあるだろうが、なんといっても「自分の書いたものを多くの人に読んでもらえて、楽しんでもらえる」ことがいちばんの理由だろう。


 そんな「作家になることの価値」が変わってきているんじゃないだろうか。

 かつては、ふつうの人が小説を書いたとしても、多くの人に読んでもらえることはまずなかった。家族や友人に見せるとか、出版社に持ちこむとか、文学賞に応募するとか、せいぜいそのぐらい。数人に読んでもらえれば多いほうだった。

 十人以上に読んでもらおうとおもったら、同人誌、雑誌、本に載せてもらうしかない。百人以上に読んでもらうためには商業誌か書籍(自費出版ではない)に載るしかない。そのためには、まずは編集者に認めてもらわなくてはならない。

 ところが現代においてそうではない。インターネット、SNSを活用すれば、全く無名の人であっても多くの人に作品を届けることが可能になった。もちろん数万人に読んでもらうことはあいかわらず難しいが(それでもインターネット以前よりはずっとかんたんになった)、数十人、数百人といった数であれば特別な人でなくても届けることができる(場合もある)。


 これは小説にかぎらず、様々な表現において同じである。エッセイ、漫画、詩歌、歌、演奏、ダンス、演劇、造形、お笑い、講演。ありとあらゆる表現分野で、アマチュアによる発信が容易になっている。

「己の表現を多くの人に見てもらいたい」という欲求が、プロにならなくても実現できる世の中になったのだ。


 こういう世の中になると、兼業作家が増えるんじゃなかろうか。昔は、自作の小説を大勢に読んでもらうためには職業作家になるしかなかった。でも今はちがう。他の仕事をしながら、気が向いたときに書くだけでいい。

 兼業作家、兼業漫画家、兼業ミュージシャン、兼業芸人、兼業ダンサー、兼業役者。お金のため(だけ)ではないパフォーマンスをする人が増える。

 こうなると、プロはたいへんだろうな。金儲け目的でない人と同じ土俵で勝負しないといけなくなるんだから。

 レストランの横で、無料または激安で料理を配られるようなものだ。

 しかも、これまでは国内で勝負すればよかったのが、ジャンルによっては世界を相手に闘わなくてはならない。一握りのすごい人が市場の富を独占して、専業では食っていけない人ばっかりになってゆくのかもしれない。


 ところで「詩人」という職業がある。職業だよね。一応。

 一応というのは、詩で食っていける人はほとんどいないから。

 近代以降の職業詩人って誰がいるだろう。三代目魚武濱田成夫氏とか銀色夏生氏とかドリアン助川氏とかも「詩人」を名乗っているけど、ミュージシャンとかラジオDJとかエッセイストとかみんないろんなことをやっているみたい。要するに「詩」だけでは食っていけないのだ。

 戦後日本でいちばん有名な詩人は谷川俊太郎氏だとおもうが、それでも作詞家とか絵本作家とか脚本家とかいろんな職業をかけもちしている。それが、食うに困ってのことなのか、それとも好きでやってるのかは知らない。

 とにかく、「詩作一本で食っていけている人」をぼくは知らない。もしかしたら国内にひとりもいないかもしれない。

 詩をつくったことのない人はほぼいないだろう。小学校の授業でつくったはずだ。思春期のころはポエムを書く人も多い。ぼくも書いた。

 詩は身近な表現である。けれど詩で食っていくことはできない。


 他の芸術も、いずれは詩みたいな扱いになっていくのかもしれないね。


2022年12月12日月曜日

子どもに本を買ってあげたい病

 娘の友だちのおねえちゃん(小学二年生)と 話していると、彼女がたいへんな本好きだということがわかった。

 彼女が好んで読むのは小説ではなく伝記や歴史の本らしい。中でもたくましい女性が好きらしく、平塚らいてう、与謝野晶子、ジャンヌ・ダルク、ヘレン・ケラーやサリバン先生、津田梅子など、なかなか渋い人選をしている。

 しかも自分なりに年表をつくったり、読書日記をつけていたり、読むだけでなくちゃんと血肉となっている。

 聞けば、小学校で話があう子がいないそうだ。休み時間も本を読んでいたいのに、おにごっこやドッチボールに誘われるのがいやだと言っていた。まあそうだろう。小学二年生で青鞜社の話をできる子はそうはいまい。

 ぼくが感染している「子どもに本を買ってあげたい病」が発症してうずうずしてきた。



 勝手に、頭の中で「買ってあげるとしたら何がいいだろうか」と検索が始まる。


 歴史上の女性を主役にした本かー。壺井 栄『二十四の瞳』とかかな。でもあれはフィクションだしな。大石先生はジャンヌ・ダルクや平塚らいてうのような「戦う女性」とはちがうしなあ。

 最近読んだ中だとハリエット・アン ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』とかチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』とかもよかったけどなあ。でも子ども向けじゃないからさすがに小学二年生にはむずかしいかなあ。

「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた新島八重とかいいかもしれないな。たしか以前大河ドラマになっていたから児童向けの本も出てそうだし。


 ……なんてことを考えていたのだが、そもそも「娘の友だちのおねえちゃん」なのであまり会うこともないし、そんな関係の薄いおじさんからいきなり本をプレゼントされても困るだろう(特に親が)。

「あ、いや、べつに他意とかなくて、ただ単に本をあげるのが好きなので買ってきて、あ、買ったっていってもわざわざ買ったとかじゃなくてついでに、そう、Amazonのポイントが余ってたし、他に買いたい本があって一冊だけ届けてもらうのも悪いなっておもったからついでに……」
と、しどろもどろになって余計に怪しいおじさんを演出してしまいそうだ。


2022年12月9日金曜日

キディランドと紀伊國屋書店

 子どもたちを連れて、大阪・梅田に行った。

 他の地域の人には伝わりにくいかもしれないが、梅田というのは大阪の中心部で、すなわち関西、ひいては西日本でいちばんの繁華街だ(ちゃんと調べたわけじゃないからまちがってたらスマン)。

 ぼくは兵庫県の校外で育ったので「梅田に行く」というのはビッグイベントだった。自宅からバスと電車を乗り継いで約二時間。時間的にも経済的にもふらっと行ける距離ではなく(父親はその距離を毎日通勤していたが)、半年に一度ぐらいのことだった。


 家族で梅田に行くのは年末年始だった。梅田にはキディランドという大きなおもちゃ屋と、紀伊國屋書店梅田本店というそれはそれは大きな書店がある(ちなみに梅田本店という名前だが登記上の本店は新宿本店らしい)。

 小さい頃はキディランドにおもちゃを見にいった。クリスマスプレゼントや誕生日プレゼントを物色したり、あるいはお年玉で買うためだ。

 また、パズル雑誌もキディランドで買っていた。ぼくが大好きな『ニコリ』というパズル雑誌はかつて一般の書店には置いてなくて、おもちゃ屋であるキディランドまで行かないと買えなかったのだ。

 また、小学校高学年ぐらいからはおもちゃよりも本を欲しがるようになり、紀伊國屋書店に行くたびに十冊ぐらいの文庫本を買ってもらっていた。


「プレゼントを買ってもらうための場所」だったから、子どものぼくにとって梅田という場所はとてもわくわくする場所だった。ただでさえ年末年始の街は浮かれているのに、そこに浮かれているぼくが行くのだ。こんなに気持ちを昂らせてくれる場所はない。


 大きくなってからは梅田に行く機会も増え、昔に比べて特別な場所ではなくなった。前の職場は梅田にあったし、今も通勤で毎日通っている。

 とはいえ子どもにとってはやはり心躍る場所にちがいない。子どもたちを喜ばせてやろうと「明日おっきいおもちゃ屋さんに行こうか」と宣言して、子どもたちを梅田に連れていった。

 キディランドと紀伊國屋書店は、今も現役だ。多くのお客さんが来ている。しかし、どちらもぼくの記憶にある店とは少し様相が異なっていた。


 まずキディランド。たいへんにぎわっている。が、どうも昔とは客層がちがう。ずいぶん年齢が高いのだ。大人のひとり客も多いし、カップルで来ている人も多い。そして子どもの数が少ない。ファミリー客よりも、大人だけで来ている人のほうが多かった。

 今でもおもちゃは売られているが、どちらかといえば隅に追いやられていてメインの商材ではなくなっている。その代わりに店の中央に集められているのはキャラクター商品だ。

 サンリオ、くまのがっこう、おさるのジョージ、ミッフィー、ムーミンなどのグッズが多く売られている。その多くはおもちゃではない。クリアファイル、食器、コスメ用品、文具などでどちらかといえば大人が持つためのものだ。セーラームーンとか夏目友人帳とか、明らかに大人にターゲットを絞ったキャラクターも多かった。

 店の中央で行列ができていたので何かとおもったら、とあるキャラクターのグッズが限定販売されていた。並んでいるのは全員大人だった。

 久々に行ったキディランドは、おもちゃ屋さんというよりキャラクターグッズの店になっていた。


 ことわっておくが、おもちゃ屋からキャラクターグッズの店に経営方針を変えたキディランドを責める気は一切ない。むしろいい判断だとおもう。

 少子化だし、ネット通販もあるし、おもちゃ屋をやっていても儲からないことは目に見えている。申し訳ないけど、ぼくもおもちゃはたいていAmazonで買う。

 十数年前にキディランドの前を通ったらもっと閑散としていたような記憶がある。キャラクターグッズの店になったことでうまく経営を立て直したのだろう。賢明な判断だ。

 ただ、ぼくの知っていたキディランドではなくなったな、とおもった。


 その後に行った紀伊國屋書店もまた、昔ほど唯一無二の場所ではなくなった。

 というのは、我が家から歩いて行ける距離に大きな書店があり、児童書に関してはそっちのほうが品ぞろえが充実しているのだ。まあ梅田という場所柄、児童書よりもビジネス書を充実させるのは当然なのだが……。


 キディランドにしても紀伊國屋書店にしても、かつては「そこに行けばたいてい揃っている。そこになければ他を探してもまず見つからない」場所だったのだが、今はそうでもなくなった。まあこの二店舗にかぎらず、Amazonに匹敵する品ぞろえの店舗なんて世界中どこにもないのだが……。


「ここに行けばなんでもあるようにおもえて胸躍る場所」って、今はもう現実世界にはなくなってきているのかもしれないな。


2022年12月8日木曜日

たこ焼き風 文化祭風

 高校三年生の文化祭で、模擬店をやったんだよね。

 それがさあ、ものすごくつまらなくてね。

 まず、なんだか知らないけど「三年生は模擬店をやる」って決まってるの。まあ演劇とかは練習とかに時間がかかるから、受験を控えてる三年生は準備期間の短い模擬店をやらせとけって感じなんだろうね。

 模擬店で売れるものも決まっていて、基本的に火は使えない。ホットプレートぐらいならセーフ。ナマ物を扱うのはだめ。生肉や魚介類は(たとえ火を通したとしても)売ってはいけない。

 価格も決まっていて、すべて一品百円。

 とまあものすごく制約が多くて、食材も予算も決まっているわけだから、やれることはほとんど決まっている。

 ぼくらのクラスが選んだのは「たこ焼き風」だった。魚介類がダメなのでたこ焼きはできず、たこの代わりにこんにゃくとかチーズとかを入れるわけだ。

 で、ホームルームの時間に、どんな「たこ焼き風」にするかという話し合いがもたれるわけだ。たこの代わりにキムチはどうだとか、ハムはいいかとか、カニカマはどうでしょうとか、わいわい議論が交わされるわけだ。


 それを聞きながら、うわあ、くそつまらねえ、これのどこが〝文化〟祭なんだよ。文化もクソもねえじゃん、こんなのほぼ授業じゃん、タコの代わりにこんにゃくを入れるのが創意工夫ですか、とおもったわけですよ。

 ちょっと待って、みんな「高校最後の文化祭だから盛り上げようぜ」みたいなテンションでしゃべってるけど、ほんとに〝たこ焼き風〟を売るのが楽しみなの?  だったら飲食店でバイトしたほうがなんぼかマシじゃない? ハムとカニカマのどっちがいいか本気で悩んでるの? もううちのクラスだけでもボイコットするほうがよっぽど文化的じゃない?

 って言いたくなった。もちろん言わなかったけど。


 ぼくがうんざりしてたら、店の名前はどうするとか、ポスターは誰が書くとか、クラスみんなでおそろいのTシャツを作ろうとか、あれこれ話が進んでくわけね。そういうのも全部新しく出たアイデアじゃなくて、店の名前は「担任の名前をおもしろおかしく取り入れたもの」で、ポスターも「怒られない程度にふざけた感じ」で、おそろいのTシャツも「例年三年生がやっていること」なわけですよ。

 おい文化ってなんなんだよ。革新的なことをやるだけが文化とはおもわないけど、これが文化の祭だったら、自治体のごみ拾いだって文化祭じゃねえかよとげんなりしてしまった。


 そんなわけで、ぼくはクラスの手伝いを一切せず、もちろん店番もサボり、別のクラスの友人といっしょに「余った段ボールで等身大の人形を作って校舎の四階から吊るす」活動と、「みんなが後片付けをしているときに中庭でゲリラ演劇ライブをする」活動に全精力を注いでたのね。

 そんで、一致団結して〝たこ焼き風〟を売っているクラスの連中をばかにしていたわけだから、我ながら嫌なやつだったとおもう。ぼくらがやってたことも楽しかったけど、クラスのみんなと一致団結することも今おもえばそれなりに悪くなかったのかもしれないとおもう。

 でもなあ。あれを文化祭と呼ぶのはやっぱり欺瞞だとおもうんだよなあ。文化祭じゃなくて「飲食店体験学習」と呼ぶのであれば、なんら異論はないけどさ。

 これじゃまるで「文化祭風」だよ。たこ焼き風がよくお似合いだ。


 ぜったいに食中毒を出したくないとかトラブルを起こしたくないとかの学校側の事情もわかるけど、少なくともあれを「生徒の自主性を養う行事」という嘘だけはつかないでくれよな。出なきゃ熱々のたこ焼き風を口の中に詰めこむぞ。


2022年12月7日水曜日

【読書感想文】古田 靖『アホウドリの糞でできた国 ナウル共和国物語』 / 消息不明国家

アホウドリの糞でできた国

ナウル共和国物語

古田 靖(文) 寄藤 文平(絵)

内容(e-honより)
太平洋の赤道付近にぼんやりと浮かぶ島国、その名はナウル共和国。アホウドリの糞という資源(燐鉱石)で、世界史上類を見ない“なまけもの国家”となった島のゆる~い危機をユーモラスに描いた作品から9年。その後のナウルはどうなったのか。文庫版大幅加筆でいま、真相があきらかに(ただし、やわらかめ)。

 ナウル共和国という国を知っているだろうか。太平洋に浮かぶ、小さな島国。オーストラリアの北東に位置する。

 国土面積は21平方km、人口約1万人。郊外の市町村ぐらいの規模の独立国家だ。

 Twitterで積極的に情報発信をしているナウル共和国政府観光局(@nauru_japan)も有名だ(なんとこのアカウント、フォロワーが40万人以上いる。ナウル国民は約1万人しかいないのに)。




『アホウドリの糞でできた国』というタイトルだが、これは誇張でもなんでもない。サンゴ礁に集まってきたアホウドリが糞をして、それが堆積して島になったのだそうだ。

 で、サンゴ礁とアホウドリの糞は、長い年月をかけてリン鉱石になる。リン鉱石は良質な肥料となるので、高く売れる。このリン鉱石を求めて、いろんな国がやってきた。

燐鉱石を求めて世界中の国が
押し寄せてきました。
最初に来たのはドイツ。
次にイギリスがやってきて、燐鉱石を
運び出すための鉄道が敷かれました。
島に住んでいた人々には何が
起こっているのか
わからなかったでしょう。
海の彼方の見たこともない国の
都合で第一次世界大戦が起こります。
すると、オーストラリア軍が
占領をしにやってきました。
と思ったら、知らないうちに
戦争は終わったみたい。
今度はオーストラリア、
ニュージーランド、イギリスが
共同で統治すると決まりました。
国際連盟というところが決めました。
第二次世界大戦では日本軍が
この島を占領します。

 1968年に独立してからはリン鉱石の輸出で儲けた。島を掘ればリン鉱石が出て、それが高く売れる。

 こうしてナウル共和国は、世界一金持ちの国となった。

ナウル共和国に税金はありません。
教育、病院は無料。電気代もタダ。
結婚すると、政府が2LDKの
新居を提供してくれます。
つらくキビシイ採掘作業を
自分でやる必要もありませんでした。
周辺の島からやってくる
出稼ぎ労働者にまかせます。
みな仕事をしなくなりました。
「成金国家」「太平洋の首長国」なんて
カゲロをたたかれてもメゲません。
飛行機をチャーターして海外に
ショッピングに出かける人もいました。

 中東の産油国のように、一部の王族が富を独占することもなく、国民全員が金持ちになった。

 国民は働かなくなり、かつておこなっていた農業や漁業などの文化も廃れた。そして裕福な国民は糖尿病だらけになった。

 が、ナウルが裕福な暮らしを送ったのは2000年頃までだった。島にあるリン鉱石は有限であるため、近いうちに枯渇することが明らかになり、国家がおこなっていた投資などもことごとく失敗。

 政治も混乱状態に陥り、大統領がめまぐるしく変わる事態に。そして2003年。

2月になると、オーストラリア政府が
「ナウルと連絡がつかない」と
発表しました。突然、
ナウルへの電話、インターネットが
通じなくなったのです。
国がまるごと行方不明になるなんて
前代未聞のこと。
「難民たちが政府を転覆した」
「通信機が故障しただけ」
「アメリカの対テロ作戦で狙われたのだ」
「どうやら洪水が起こったらしい」
ウワサが飛び交いました。

やがてホンモノだと思われる
ナウル大統領からSOSが
発信されたので、すぐに
救援チームが送られます。
3月には連絡手段が回復しました。
ちなみに救援部隊が着いた時、
なぜか大統領府は
焼けてしまっていました。
この国家失踪事件の本当の原因は
いまだに不明のままです。

 唯一の入国手段だったナウル航空も営業を休止しており、電話もインターネットもつながらない。なんと国家まるごと音信不通。

 ちなみにこの大統領、アメリカに亡命しており、さらに亡命先で急死したそうだ。というわけで真相は闇の中。

 その後も、借金を返せなくなったり、援助をもらう代わりに難民を受け入れたり、その難民たちに訴えられたりと、迷走をするナウル。

「21世紀にこんないいかげんな国が存在していいのか……」と呆れてしまう。

 でも、だからこそナウルには親しみが湧く。いいかげんだからこそ、なぜか愛おしい。




「オランダ病」という言葉がある。オランダでガス田が見つかったために他の産業が衰えたことに由来する言葉で、「資源があることでかえって他の産業が衰えてしまう」状態を指す言葉だ。

 これといった天然資源のない日本にいる者からすると、産油国のような資源豊富な国はうらやましい。でも、豊かな資源が国民を幸せにしてくれるかというと、意外とそうでもないようだ。

 以前読んだトム・バージェス『喰い尽くされるアフリカ』という本によれば、天然資源の豊富な国が、その資源が原因で「他国の植民地になる」「政治の独裁が進む」「他の産業が衰える」「国内で争いが起こる」といった問題が発生することが多いようだ。なんと天然資源が豊富な国のほうが、そうでない国よりも成長の速度が遅いそうだ。

 もしも日本に貴重な資源があったなら、明治か太平洋戦争後にどこかの植民地になっていただろう。




『アホウドリの糞でできた国』に書かれているナウルの歴史は、まるでおとぎ話だ。

 おとぎ話だと、この後「ナウル国民は心を入れ替えてまじめに働くようになりましたとさ」となるのだろうが、そうならないところがナウルのナウルたるゆえん。

 この本にはナウルを訪れた旅行者たちの話も載っているが「ポストに手紙を入れたら10ヶ月後に届けれらた」「ビザ申請のメールがまったく返ってこないのでビザ無しで行ってみたらなんとかなった」なんて話が次々に出てくる。

 まじめで勤勉なナウル人は国外に出ていってしまうらしく、今でもナウルの人たちはのんびり暮らしているようだ。

 でもそれこそが幸福かもしれないね。そんなに金持ちじゃなくても、あたたかい南国で食うに困らない程度の生活ができるのであれば。


 ちなみに一度は枯渇したリン鉱石だが、その後技術の向上なのでまた採掘ができるようになったらしい。今度は過去の反省を生かして、リン鉱石で得た外貨を投資して国内に産業を育成……とはならないんだろうな、たぶん。

 こういう国が世界のどこかにある、とおもえるだけでちょっと生きるのが楽になるよね。みんながみんな勤勉じゃなくてもいいよねえ。


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