2021年3月11日木曜日

質問できない子

 小学一年生の子どもたち数人とボードゲームスペースで遊んだ。

 いくつかのピースを組み合わせて所定の形を作るパズルゲームや、モノポリーのようなボードゲーム、UNOのようなカードゲーム。

 どの子もそれぞれ得意・不得意がある。図形パズルに強い子、数字や確率を使ったゲームに強い子。

 中にひとり、全部が苦手な子がいた。Aちゃんとする。

 Aちゃんはゲームが全般的に苦手だった。運頼みのゲーム以外は負けてばかり。いや、それ以前の問題だ。ルールが理解できていない。「まだそのカードは使えないよ」「ここにこれを置いたら損しかしないよ」ということばかりする。




 新しいゲームをやるときの流れは、だいたいこんな感じ。


 ボードゲームスペースの店員が軽くルールの説明をする
  ↓
 疑問に感じたことを大人や子どもが質問して、店員が答える
  ↓
「じゃあまずは練習でやってみようか」ということになり、ゲームスタート。ここで新たに疑問が生じたら都度質問をする。


 こうしてみんなルールをつかんでいくのだが、Aちゃんはまったく質問をしない。

 他の子はがんがん質問する。一年生は積極的だ。
 まあたいていは「それさっき説明したじゃん」「○○できるのは××のときだけ、って言われたんだから△△のときはダメに決まってるじゃん」と言いたくなるような、愚にもつかない質問なんだけど。

 しかしAちゃんは質問しない。「わからないところある?」と訊いても言わない。笑顔で「大丈夫!」と云う。

 だがゲームを進めると、とんちんかんなプレーを連発する。明らかにルールを理解していない。

「もう一回説明しよっか」と云うと、「さっき聞いたからいい!」とめんどくさそうにする。さもわかっているかのように。

 Aちゃんは全部のゲームが苦手で、唯一得意なのは「わかっているふりをすること」だった。




 ……ううむ。

 子どもにもいろいろいて、理解力はさまざまだ。
 やっぱり小学校受験の塾に通ってた子は呑み込みが早い。トレーニングを積んで「新しいルールを理解しなくてはいけない状況」をたくさん経験したのだろう。
 それ以外の子も、最初は理解できなくても、どんどん質問をして、やってるうちにゲームの全体像をつかむようになる。
 Aちゃんだけがずっと理解できないままだ。

 こんなこと言うのは申し訳ないが、この子は勉強できないだろうな。この先もずっと。

 持って生まれた頭が悪いわけではない。既にルールを知ってるゲームであれば他の子と同じようにできるので。

 ただAちゃんは「わからないことは恥」だと考えてるのだ。たぶん。

「質問ある?」と訊かれても無言で愛想笑い。「もう一回説明しよっか」と云われると「もういい!」と怒る。

 これは……ほんとにどうしようもないのでは……。
 わからない子は教えることができるけど、「わかっているふり」をする子に対してはどうすることもできない。本人がもういいと言っているのにむりやり教えるほど他人はひまじゃない。

 きっとAちゃんはこの先もずっと「わかっているふり」をしてやりすごしていくのだろう。とりかえしのつかない状況になるまで。

 ちなみにAちゃんには二歳違いのきょうだいがいて、そっちは他の子と同じように質問をしてくるので家庭環境(だけ)が原因ではないとおもう。

 まちがうことをおそれる性格。半端にプライドが高いというか。小学一年生なんて知らないことだらけ、わからないことだらけであたりまえなのに、「わからない」の一言がいえない。
 こういう性格の子が成功することはまあないだろう。ものすごく損な性格だ。
 よそのおっちゃんながらなんとかしてやりたいとおもうが、どうすることもできん。だって差しだされた手を拒む子なんだから。
「しなくていい苦労をするだろうなあ」とため息をつくばかりだ。


2021年3月10日水曜日

【読書感想文】戦前に戻すのが保守じゃない / 中島 岳志『「リベラル保守」宣言』

「リベラル保守」宣言

中島 岳志

内容(e-honより)
リベラルと保守は対抗関係とみなされてきた。だが私は真の保守思想家こそ自由を擁護すべきだと考えている―。メディアでも積極的に発言してきた研究者が、自らの軸である保守思想をもとに、様々な社会問題に切り込んでゆく。脱原発主張の根源、政治家橋下徹氏への疑義、貧困問題への取り組み方、東日本大震災の教訓。わが国が選択すべき道とは何か。共生の新たな礎がここにある。

 中島岳志氏の『保守と立憲』も、『100分 de 名著 オルテガ 大衆の反逆』に寄せられた中島氏の文章もすばらしかった。

 だからこの本を手に取ったのだが、書かれていることは上記二冊と似たような内容で、ただし書かれているテーマにはまとまりがなく、時代性の強い文章もあったりして今読むと伝わりにくい箇所もある(特に橋下徹氏への批評はあの時代の空気の中で読まないとわかりづらい)。

 ということで、『保守と立憲』や『100分 de 名著 オルテガ 大衆の反逆』を読んでいる人はこっちはべつに読まなくていいかな。




 以前から政治的立場を表す「保守」という言葉に違和感があった。
「保守」と言いながら、憲法だったり政治制度だったり経済体制だったりをドラスティックに改革しようとしている。それのどこが保守なんだ? 戦前のやりかたに戻すのが保守なのか? 今ある制度や暮らしは保守しようとしないのか?

 中島岳志氏の著作を読んで、その疑問が氷解した気がした。
 そうか、保守を自称している連中(の大半)は保守ではないのだ。むしろリベラルこそが保守の立場に近いし、保守の精神を持つべきなのだ。

「選挙で勝ったんだから、どんなにラディカルな改革をおこなうのも自由だ」なんて考えは、保守の精神からもっとも遠いものなのだ、と。

 自由は、節度という「足枷」に制約されています。だからこそ、節度の拘束力が強くなればなるほど、自由の度合いは拡大してゆくのです。
 バークは、革新主義者たちの主張する反歴史的・抽象的自由に、寛大さが欠落していることを見抜きました。革命家が志向する「規制から解放された自由」は、人間の粗暴で冷酷な性格とたやすく結びつき、他者に対する不寛容な暴力となって現れることを見通していたのです。革命家たちは、様々な制約の破壊によってこそ、自由を獲得することができると考えました。彼らは歴史的に構築された制度を抜本的に覆し、長年にわたって共有されてきた固定観念を解体していきます。制約なき自由は、必ず他者の自由と衝突します。価値やモラルの基準を失った自由は暴走し、自己の自由を阻害する他者への剥き出しの暴力となって現れます。制約を失った自由こそが、人々から真の自由を奪い、世の中の秩序を破壊するのです。

 フランス革命によって寛大で誰もが生きやすい世の中が実現したかというとまったくの逆で、その後にやってきたのはナポレオンによる独裁専制時代だった。

 革命、改革、刷新、維新、ぶっ壊す、取り戻す……。
 耳あたりのいい言葉を並べて「私に任せてくれれば一気に事態をよくすることができます」と言う連中が弱者の声に耳を傾けたことが歴史上一度でもあっただろうか。

「自由」はウケのいい言葉だが、誰かの自由は必ず別の誰かの自由と衝突する。
「夜中にバイクで爆音を鳴らしながら走る自由」は「静かな環境で安眠する自由」と衝突する。

 規制緩和や自由化を訴える人がいる。自由化によって利益を得る人もいるけど、同時に別の誰かが不利益を被る。そしてそれはたいてい弱者だ。強者はうまく立ちまわって、誰かの首を差しだすことで逃げるからね。
「改革」「維新」といった言葉の目指す意味は結局、「弱者が持っている財産をおれたちによこせ!」なんだよね。




 中島さんが目指す「リベラル保守」はドラスティックな改変を好まない。かといって百年一日の停滞も良しとしない。時代の変化によって制度も変わる必要があるからだ。

 なぜ劇的な改革がだめなのかというと、不完全な存在である人間は必ずまちがえるからだ。

 保守は、このような左翼思想の根本の部分を疑っています。つまり「人間の理性によって理想社会を作ることなど不可能である」と保守思想家は考えるのです。
 保守の立場に立つものは人間の完成可能性というものを根源的に疑います。
 人間は、どうしても人を妬んだり僻んだりしてしまう生き物です。時に軽率な行動をとり、エゴイズムを捨てることができず、横暴な要素を持っています。
 保守は、このような人間の不完全性や能力の限界から目をそらすことなく、これを直視します。そして、不完全な人間が構成する社会は、不完全なまま推移せざるを得ないという諦念を共有します。
 保守は特定の人間によって構想された政治イデオロギーよりも、歴史の風雪に耐えた制度や良識に依拠し、理性を超えた宗教的価値を重視します。前者は人間の「知的不完全性」の認識に依拠し、後者は人間の「道徳的不完全性」に依拠していると言えるでしょう。

 フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー『超予測力』によると、多くの人の未来予測を検証した結果、「自分が間違っているかもしれない」という前提に立って絶えず再検証をくりかえす人ほど予測の的中率が高いのだそうだ。
 逆に「おれは正しい! まちがってるはずがない!」という思想の人間はまちがえる。現実をありのままに見ることができず、己の思想信条に合致した意見だけしか見えなくなる。

 つまり、政策立案者に適しているのは
「わたしは〇〇がいいとおもうが誤っているかもしれない。くりかえし検証・反省をして〇〇が本当に正しいのか考え、必要に応じて軌道修正していくことが必要だ」
という人だ。
 こういう人が「改革」「維新」なんて叫ぶはずがない。まちがえたらとりかえしがつかなくなるからだ。
「民意が○○だから」という理由で改革もしない。なぜなら民衆も当然まちがえるから。ヒトラーを選んだのも民意なのだ。

 民衆も政策立案者は必ずまちがえるという立場に立てば、完全に信用できるものは何もない。何もないが、昔から脈々と受け継がれているものは「そこそこうまくいく可能性が高い」と言える。特に教育や医療や政治などの制度は、一度壊されると取り返しがつかなくなることがあるので、慎重に扱う必要がある。とりあえずゆとり教育やってみたけどだめでした、というわけにはいかないのだ(そうなってしまったけど)。
 古いものにパッチワークをあてて使いこなしてゆく。これが理想的な保守のありかただ。

 

「保守」の名を騙っていろんなものをぶっこわしてきた連中のせいで、「保守」はすっかり悪い響きの言葉になってしまった。
 もはや「極右」とか「排他的」とほとんど同義だ。

「リベラル保守」もいいんだけど、伝わりやすさを考えるならまったく別の言葉を持ってきたほうがいいかもしれないな。


【関連記事】

【読書感想文】チンパンジーより賢くなる方法 / フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー『超予測力』

【読書感想文】リベラル保守におれはなる! / 中島 岳志『保守と立憲』



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2021年3月9日火曜日

迷子と酔っ払いとミルクボーイ

 以前、会社の人たちとバーベキューをした。バーベキュースペースのある大きめの公園で。

 何人かは子どもを連れてきていたのだが、子どもたちは早々にバーベキューに飽きて「公園で遊びたい!」と言いだした。

 ぼくは付き合いで参加したもののこういう集まりはあまり好きではないので、これ幸いと「ぼくが子どもを見ときますよ」と言い、子ども七~八人を連れてその場を離れた。
 付き合いのバーベキューより子どもと遊ぶほうが楽しい。親たちはビールを飲み、肉を食っていた。

 しばらく公園で遊んでいると、テレビ収録のスタッフと、当時M-1グランプリ優勝直後だったミルクボーイが現れた。ロケをしていたのだ。
 ロケスタッフがぼくらのもとに寄ってきた。ミルクボーイがカメラの前で子どもたちにいくつかのインタビューをした。子どもたちは元気よく答える。

 その後、スタッフから「今の映像をテレビで放送するかもしれません。お子さんの顔が映ってもよろしいでしょうか。よければこちらの用紙にサインお願いします」と訊かれた。
 だがぼくはこの子たちの親ではない。勝手に判断するわけにいかないので、親に電話をして事情を説明した。電話の向こうが色めき立ったのがわかった。

「えっ!? テレビ? 行く行く!」

 野次馬根性丸出しだ。酔っぱらった親たちがあわてて駆けつけたが、残念ながらテレビクルーは別の場所へ行ってしまった後だった。

 どんな番組か、番組はいつ放送されるのか、などと質問されて、答えているうちにふと気がついた。子どもが一人いない。三歳の子の姿が見当たらない。
 さっきインタビューに答えているときにはいた。その後、出演の許諾がどうとかやっているうちに一人でどこかに行ってしまったらしい。

 真っ青になった。三歳というと、けっこう遠くまで行けるし、おまけに「困ったら誰かに訊く」「訊かれたことに答える」なんてことはできない。迷子になるといちばんややこしい時期だ。

 大人たち総出で迷子をさがした。もちろんぼくも責任を感じて必死にさがす。

 だが、さっきまでさんざんビールを飲んでいたHという男は泥酔していてまったく使い物にならない。座りこんで「テレビ出たかったな〜」などと言っている。

 ぼくはちょっとキレて「子どもが迷子なんですよ。さがしてください!」とHを叱りつけた。ちなみにHも人の親だ。三歳の子が広い公園で迷子になるのがどれだけ危険なことかわからないはずはないだろうに。

 あちこちさがしまわった。公園の警備員のおじいちゃんを見つけて、園内放送をしてもらえないか訊いたが、彼はあからさまにめんどくさそうな顔をしている。
「私ではそういうことを判断できないんですよね……」
「だったら誰かに訊いてもらえないでしょうか。お願いします、事故に遭ったりしたら大変なので」
と頼んでいると、泥酔していたHが駆けよってきた。「いました! いました!」と叫びながら。

 えっ! いた!? でかした!

「すみません、もう大丈夫です、お騒がせしました」
と警備員に言いかけたそのとき、Hが言った。

「いました! 今トイレに行ったらミルクボーイがいました!」


……そっちかい!

「いやー。ミルクボーイいたんでうれしくて握手してもらいました!」
と語るH。

 いやみんな迷子さがしてるんだけど……。しかもトイレで握手求められるってミルクボーイも気の毒に……。


という出来事でした(迷子は無事に見つかりました)。


2021年3月8日月曜日

いちぶんがくその4

ルール


■ 本の中から一文だけを抜き出す

■ 一文だけでも味わい深い文を選出。



「化物といえば、お食事はどうなすっておいでですの」


(山本 周五郎『人情裏長屋』より)




「もしかして日本って、でたらめに運営されてんじゃねえのか」


(奥田 英朗『無理』より)




「めげない援交おじさんを見習って!」と。


(仁藤 夢乃『女子高生の裏社会~「関係性の貧困」に生きる少女たち~』より)




昔は文学部の建物って二階建てだったんですけど、その中になぜか四階建ての図書館があったんです。


(『もっと! 京大変人講座』より)




千佐都は一瞬、キリスト像と餓鬼とを同時に思い浮かべた。


(東野 圭吾『ラプラスの魔女』より)




その研究の中で興味深かったことのひとつは、検索窓に最も多く打ち込まれるのは、食材名でも調理法でもなく、「簡単」という言葉であったことです。


(石川 伸一『「食べること」の進化史 』より)




空気がストップしてその場で死んじゃうのと、放射能を吸ってでも、少しでも長く生きてんのと、どっちがいい。


(堀江 邦夫『原発労働記』より)




「まあ、単身赴任でニートしてるようなものです」


(石井 あらた『「山奥ニート」やってます。』より)




古代の物が、どれだけミミズによって保存されたかわからない。


(河合 雅雄『望猿鏡から見た世界』より)




「本当はインドの、毒を吸い取る黒い石があればいいのだが」


(前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』より)




 その他のいちぶんがく


2021年3月5日金曜日

性欲の衰えバンザイ

 三十代後半になって、急速に性欲が衰えた。

 生物としては衰えなんだろうが、文明人として生きていく上では圧倒的にいいことだ。性欲の衰えはメリットだらけだ。

 なんといっても、若いうちは性欲に振りまわされすぎた。
 男性諸氏ならわかるとおもうが、夜ごと性を求めて悶々とし、明るいうちも悶々とし、ことあるごとにやらしいことを考え、エッチな本やエッチなビデオを鑑賞するために多くのお金と時間を使い、西に女性との出会いがあると聞けばバイトを休んで駆けつけ、東にかわいい女の子がいると聞けば授業をサボり、その結果何を生みだしたかというと多くの使用済みのティッシュだけだ。地球環境にもよくない。

 万にひとつ合体に成功したとしても、後に得られるのは虚しさだけ。生殖に関わらない性行為など何の生産性もない(かといって望まないタイミングで妊娠することがプラスになるともかぎらない)。

 合体に成功した場合でさえ得られるものがないのだから、失敗して己を慰めることになったときは虚無の一言に尽きる。

 性交に成功しても虚しく、失敗しても虚しい。
 とかく過剰なる性欲は百害あって一利なしなのだ。


 だが三十代も半ばをすぎ、がくんと性欲が落ちた。
 もちろんエロを求める気持ちがなくなったわけではないが、「絶好の機会があればコトに至るにやぶさかではないが自分から積極的に求めるほどではない」という心境だ。
 ましてや、ぼくは結婚して子どももいるのでアバンチュールを求めるのはリスクが大きすぎるし、なにより「めんどくせえ」という気持ちのほうが性欲を凌駕する。かといって妻を相手に事をいたすのもまた面倒だ。なぜかは詳しく書かないけど。

 性欲の衰えは年齢のせいもあるが、子どもが生まれたという要因も大きい。
「遺伝子を残さねば!」という生物としての使命はすでに果たしたし、子どもをだっこしておんぶして、いっしょに風呂に入って、隣で寝ていると、スキンシップ欲も満たされる(人間には性欲だけじゃなくてスキンシップ欲もあるとぼくはおもう)。


 性欲が減衰した結果、ぐっと生きやすくなった。
 わずかな性交の機会を求めて東奔西走することがなくなった。性欲処理に使っていた時間を他のことに使えるようになった。
 いやほんと、医学部入試で(大学側の不正がなければ)女子のほうが合格率が高いという話を聞いたが、その差は男子が貴重な時間を性欲処理に費やしてしまうからだとおもう。


『伊勢物語』には

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

という歌が出てくる。

 世の中に桜がなければ春に心穏やかに暮らせるのに、という意味だ。
 この気持ち、よくわかる。

 ぼくは、

 世の中にたえて性欲のなかりせば男の心はのどけからまし

と詠みたい。

 人間も、桜が咲くシーズンだけ発情期を迎えるようになったらいいのに。そうなったらどれだけ世の中が平和になることか(その代わり花見の時期は修羅場だろうな)。