とあるテレビ番組でおじさんたちが「最近のアイドルの名前がわからない」といった話に興じていた。「若い人の出す話題がわからないことが増えた」と。
古来よりさんざん語られてきた話なのでぼんやり聞いていたのだが、その中のひとりが口にした言葉にはっとさせられた。
「若い人たちが口にする話題がわからないときに『なんでおれのわかる話をしないんだ』と思う自分がいる」
ぞっとしてしまった。
ぼくも四十代なので、とっくに最近のアイドルはわからない(というか昔からあんまりわからない)。会社でも、若い人同士の話を聞いていると「それの何がおもしろいんだ」と思うことが増えた。
ただそれでいいと思っている。若い人たちの話題に詳しいおじさんなんてかえって気持ちが悪い。自分が若いときのことを思いだすと「若い人の話題にがんばって入ってこようとする中高年」がいちばん不愉快だった。
中年が若い人の流行についていけないことはかまわない。むしろ健全なことだ。
ただ「なんでおれのわかる話をしないんだ」と考えだしたら、それはもう100%“老害”というやつだろう。自分が流行についていけないことを棚に上げて、世間を自分にあわせようとしているのだから。
幸いにしてぼくはまだ「なんでおれのわかる話をしないんだ」と思ったことはない。でもそのうち思うかもしれない。そのときは首を掻っ切ってくれ。
「なんでおれのわかる話をしないんだ」と考える中高年の末路が新語・流行語大賞の審査員(平均年齢50歳以上)だが、ああはなりたくないものだ。
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