2026年2月16日月曜日

【読書感想文】長岡 弘樹『教場』 / そうまでして警察官になりたいの

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教場

長岡 弘樹

内容(e-honより)
希望に燃え、警察学校初任科第九十八期短期過程に入校した生徒たち。彼らを待ち受けていたのは、冷厳な白髪教官・風間公親だった。半年にわたり続く過酷な訓練と授業、厳格な規律、外出不可という環境のなかで、わずかなミスもすべて見抜いてしまう風間に睨まれれば最後、即日退校という結果が待っている。必要な人材を育てる前に、不要な人材をはじきだすための篩。それが、警察学校だ。週刊文春「二〇一三年ミステリーベスト10」国内部門第一位に輝き、本屋大賞にもノミネートされた“既視感ゼロ”の警察小説、待望の文庫化!

 こないだ『教場』テレビドラマを放送していた。途中から観た。

「断片的にはけっこうおもしろいけど全体的によくわかんないドラマだな」とおもった。途中から観たせいだろうとおもって原作小説を読んでみた。

 ……うん、原作も同じだった。断片的なエピソードはおもしろいんだけど「全体的にどうだった?」と訊かれると答えに窮してしまう。神話とか聖書みたい。エピソードの詰め合わせで、全体を貫く芯のようなものがあまり見えてこない。

 いや、全体を貫く芯はあるにはある。教場(警察学校)の教官である風間だ。どんな些細な変化も嘘も見逃さない厳格な教官。この教官の観察眼がストーリーを動かしている。

 だが。この風間教官、ほとんど全智全能の神なんだよね。すべてを見透かしてしまう。あらゆる知識が頭に入っているし、どんな隠し事も風間教官の前では通用しない。弱点がまるでない。神といっしょだ。だから神話や聖書みたいな読後感になってしまう。『教場』を読んでいると、小説の登場人物を魅力的なものにするのは欠点なのだとつくづく感じる。

(ところでドラマ版ではこの風間教官をキムタクが演じていたのだが、実にぴったりの配役だとおもう。完璧すぎてつけいる隙のない人物として適役だった。人間的おもしろみのなさがぴったりハマっていた)

 どの短篇もミステリとしてよくできているのだけど、よくできすぎている気もする。


 風間教官がおもしろみのない人物であるのと対称的に、警察学校の生徒たちは実に人間くさい。悩み、迷い、疑い、失敗をし、嘘をつき、ごまかし、他人を陥れようとする。神の前で右往左往する哀れな人間、という感じだ。ぼくらが共感するのはこっち側だ。

 絶対的な神である風間教官は、決して生徒の嘘を見逃さない。だから『教場』には常に息苦しさが漂っている。生徒たちと同じように、「おまえらの行動はすべて見張られているんだぞ」と言われている気分だ。まるで囚人になったような気分だ。いや、囚人ですらもうちょっと自由があるのではないか。看守は神ではないのだから。

 このまとわりつくような息苦しさ、個人的には嫌いではない(フィクションとして楽しむ分には)。臭いとわかっていて汗の染みた靴下のにおいを嗅いでしまうように、ついつい引き寄せられてしまう不愉快さがある。



『教場』で書かれる警察学校の生活はとても厳しい。刑務所のほうがここよりずっと楽だろう、とおもえる。

 もちろん小説なので実際の警察学校とはちがうのだろうが、一部は現実に近い(あるいは現実のほうがもっと酷い)のだろうなと思わされる。

 徹頭徹尾管理され、理不尽な規則や暴力にも従わなければならない世界。生徒たちに人権はない。そんな場所にいる人間がまともな感覚を保てるはずがない。

 そう話すと尾崎は、分かってねえな、というように顔の前で手を振った。「集団の狂気ってのは怖いぜ。微妙なアリバイなんざ役に立たねえ」「どういうことですか」「学校側の締め付けが続くと、いずれはどんなことが起きると思う?
 学生のなかで犯人の燻り出しが始まるのよ。少しでも怪しいやつがいりゃあ、殴る蹴るのリンチまがいの手を使ってでもそいつに罪を認めさせ、出頭させる。いわゆるスケープゴートってやつだな。そうやって、できるだけ早いとこ一件落着を図るってわけだ。本当だぜ、おれが学生んときにも似たようなことがあったからな」
 すべては学校側の狙いどおりだよ。そうやって横並びの仲間より、縦の組織を大事にする人間を作るのさ──そう尾崎は付け足してから、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 校則の厳しい学校や強豪部活で往々にしてフラストレーションが集団内いじめに向かうように、理不尽な目に遭った者たちはさらに弱い者を攻撃するようになるのが世の常だ。(警察学校に限らず)警察内でハラスメントや暴力が問題になっているのをよく耳にする。


 ぼくが疑問におもうのは、なんでそこまでして警察官になりたいんだろうということだ。この屈辱的な仕打ちを耐え忍んだ先に強大な権力が手に入るというのであればまだわかる。

 だが理不尽な指導や暴力に耐えて耐えて警察学校を卒業したところで、その先に待つのはやはり上からの理不尽な指導に耐える日々だろう。公務員なのでものすごく給与が高いわけでもない。めちゃくちゃ出世して警視総監になったところで、己のために権力を使えるわけではない(まあそれなりの役得もあるだろうけど)。しょうもない政治家にぺこぺこしなきゃいけない。

 一部の国では警察組織が腐敗していて、警官が賄賂を受け取ったり身内の犯罪をもみ消したりするという。そういう国だったら警察官を目指すのはまだ理解できるんだけどね。

 ぼくのような怠惰な人間は、もっと楽で待遇のいい仕事はいくらでもあるのに、とおもってしまう。警察官を目指す人の気持ちはどうもよくわからない。



『教場』で書かれている警察学校の描写ってどこまで事実に基づいているのだろう。

 ずいぶん取材をして書いたらしいのでどれも本当のような気もするし、さすがにそれは厳しすぎるだろうとおもう面もある。


 たとえば生徒が毎日書いて提出しなければならない日記について。

 字面もそうだが、もちろん内容だって疎かにはできない。日記には事実しか書いてはいけないことになっている。もしも誤認した記述があったら、腕立てどころではない。一晩中、寮の廊下で正座していなければならなくなる。
 事実関係を勘違いしていないだろうか。水難救助は月曜の二時限目でよし。犯罪捜査も今日の四時限目で間違いない……。
 もっと恐ろしいのは、文章の中に実際にはなかったこと、つまり創作した内容を混ぜた場合だ。それが発覚したら退校処分となってしまう。
 たしかに書類は正確無比が第一だ。事実どおりの文章を書けない人間は、警察には必要ない。その理屈は分かる。
 とはいえ、いくらなんでもクビというのは厳しすぎないか。

 正確な報告を挙げなければならないという理念はわかるのだが、一発退校処分はあまりに厳しすぎる。ついついストーリーを捜索してしまうことなんてよくあることだし(ぼくなんかほら吹きなので初日で退校になるとおもう)。

 じゃあ警察官が正確な報告を挙げているかというと……。いやあ、警察組織ぐるみでの改竄や虚偽報告なんてしょっちゅう起こっているし、それがばれたときの処分もめちゃくちゃ甘いけどなあ。

 誤りや虚偽を許さない組織だからこそ、逆にミスを認めることができずに大事にしちゃうのかなあ。


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