2026年2月13日金曜日

【読書感想文】筑摩書房編集部『藤子・F・不二雄 「ドラえもん」はこうして生まれた』 / 評伝はきれいなだけじゃつまらない

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藤子・F・不二雄

「ドラえもん」はこうして生まれた

筑摩書房編集部

内容(Amazonより)
富山の朴とつな少年が、一生の親友と出会い、プロの漫画家を目指す。SF(すこし・ふしぎ)漫画「ドラえもん」の誕生と日本漫画界の青春時代。

『ドラえもん』『パーマン』『キテレツ大百科』『エスパー魔美』『21エモン』などのヒット作で知られる漫画家・藤子・F・不二雄の評伝。青少年向け。


 独自に調べた内容はほとんどなく、藤子不二雄Ⓐの自伝や他の評伝の内容をまとめて再構成した本、という感じなので書いている内容に新鮮味はない。おまけに青少年向けなので内容もマイルドで、「こんなに漫画を愛した人だったんです」「こんな風に努力しました」といった記述ばかりで、はっきり言ってつまらない。

 伝記って、いい面と悪い面の両方があるからこそ書かれている人が人間として立ち上がってくるんだよね。かつて読んだ伝記でも「エジソンは学校では落第生だった、おまけに家の横に作った研究室を爆発でふっとばした」「野口英世は渡米費用を借りたが、その金を遊郭で使い果たしてしまった」とかのエピソードのほうが記憶に残っている。そういう人間くさいエピソードこそ伝記の醍醐味だとおもうぜ。

「エジソンは一生懸命研究して様々な発明品を残しました」だけだったらこんなに我々の印象に残ってなかったはず。



 まあつまらない評伝になってしまうのも無理はないというか、藤子・F・不二雄さんという人は偉大な漫画家ではあるが、人間としてはあまり面白味のある人物ではなかったようだ。

 アシスタントを抱えるまでになっていた藤本は、仕事においても一定のペースで仕事をしました。
 仕事場のある新宿に着くと喫茶店に立ち寄り、キャラクターやセリフを大まかに描くネームを作ります。さらに藤本は、一ページをいつも決まった時間で描いていたと言います。藤本が描くのは一ページ二時間。それ以上でもそれ以下でもなく、きっちり二時間でしたので、自ずと一日に描けるページ数は決まってきます。
 仕事を終えた後は、藤本はたいていまっすぐ家に帰り、仕事と家庭の時間をきっちり分けて淡々と規則正しい日常を送っていました。
 行動は時計のように正確で、品行方正そのもの。破天荒と称されるマンガ家が多いなか、周囲は藤本を「マンガ家にしては珍しい人格者」と呼びました。
 しかし藤本には、プロのマンガ家として一つの考えがありました。人気マンガを描くためには、「普通の人」でなければならないというものです。
 プロのマンガ家であるということは、マンガ作品を出版物にして、何万人もの読者に届けることです。それはつまり、大勢の人が共感を持つマンガを描くということで、そのためには普通の人であるべきだと藤本は考えていました。
 職業はマンガ家であっても、電車に乗って通勤し、仕事が終わって家に帰ると家族団らんの時間を過ごす。休日には部屋の掃除をして、映画を観に出かけたり、家族と食事をする。こうした日常の繰り返しが、プロのマンガ家には必要だと思っていたのです。

 特に仕事が安定してきてからの藤子・F・不二雄氏は、とにかくサラリーマンのような生活を送っていたようだ。

 だからこそ『ドラえもん』『パーマン』『エスパー魔美』『チンプイ』のような日常の中に非日常が混ざる作品を安定して供給できたのだろう。

 ぼくの家には藤子・F・不二雄作品がたくさんあるけど、読んでいておもうのは、とにかく絵が安定しているということ。ムラがないんだよね。「ああこの時期は忙しかったんだろうな」とか「このページを描いているときは筆が乗ってたんだろうな」とか感じることがまるでない。常に安定した品質の漫画を供給している(アシスタントたちの管理が上手だったおかげでもあるのだろう)。

 なるほど、あの安定した品質の作品はこうした安定した生活によって生み出されていたんだろうな。

 こうした姿勢にはプロとしての矜持を感じるが、評伝を書く立場からするとつらいだろうな。おもしろみがなさすぎて。赤塚不二夫氏みたいな人だったらエピソードにも事欠かないんだろうけど。




 ぼくがもっと知りたかったのは、数少ない合作漫画家としての「藤子不二雄」としての面だ。成功した合作漫画家は数いれど、そのほとんどが原案と作画に分かれている。

 藤子不二雄のように「二人とも案を出し、二人で描く」というスタイルで成功した漫画家はほとんどいないんじゃないだろうか(もっとも中期以降は同じペンネームを使ってはいたが別々に描いていたそうだが)。

「天使の玉ちゃん」でもらった稿料二千四百円のほかにも、二人は時おり、マンガの投稿で賞金をもらっていました。
 気づけばそのお金もだんだん増えてきたため、二人は郵便貯金に共通の口座を作り、稿料はすべてそこに貯金することに決めます。二人は貯まったお金を「公金」と称し、ともに相談しながら画材を買ったり、映画を見るための資金として使いました。
 とてもユニークなこのシステムは、後年、二人がマンガ家としてのコンビを解消するまで続けられることになり、共同名義で描いたマンガの稿料はすべて二分割していました。
 通帳は藤本が管理し、毎月月末には「公金」から二人の給料を支払います。どちらが何ページ描いたかなどは関係なく、お金があるときも無いときも、すべて二人で分かち合うのです。
 二人でアイデアを考え、二人でマンガを描き、お金も半分ずつ分ける。二人で一人のマンガ家「藤子不二雄」の誕生です。

 こんなシステムをとりながら、ふたりは喧嘩らしい喧嘩もしたことがなかったという。すげえなあ。絶対に揉めそうなものなのに。

 以前、コンビ作家だった井上 夢人『おかしな二人 ~岡嶋二人盛衰記~』という自伝エッセイを読んだことがある。そこには、はじめはうまくいっていたが、徐々に考え方や仕事の仕方に関して溝が深まり、やがてコンビ解消を決めるふたりの姿が書かれていた。それを読んで「まあそうだよなあ。友だち同士でクリエイティブな仕事をしていたらいつかはこうなるよなあ」とおもったものだ。

「ひとりでは漫才ができない漫才師」や「ひとりではバンド演奏ができないミュージシャン」ならまだしも、「ひとりで作話も作画もできる漫画家」となるとどうしてもコンビを続けなきゃいけない理由もないわけで。そんな状況で、40年近くも(少なくとも名義上は)コンビを続けた藤子不二雄はほんとに奇跡のコンビだとおもう。

 この本では、中期以降のコンビ間の関係がほとんど書かれていなかった。コンビ活動していなかったのだから当然かもしれないけど、もっとコンビの関係を掘り下げてほしかったな。


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