それでも僕は歩き続ける
田中 陽希
『クレイジージャーニー』というテレビ番組がある。
他の人がしないようなめずらしいことをやりつづけている人に密着するドキュメンタリーだ。世界中の危険な場所に行く人、アリが大好きでとうとうアリと関わることを職業にしてしまった人、虫を食べることに情熱を燃やす人、高い所に登りたい人、洞窟探検を続けている人……。
いろんな“クレイジー”な人が出てくるが、中でもクレイジー度高めでぼくが好きなシリーズが「アドベンチャーレース」に挑戦する人たちの会だ。
アドベンチャーレースとは、何日もかけて、いくつかのチェックポイントを回りながら、走ったり自転車に乗ったり泳いだりカヤックを漕いだりしてゴールを目指すという競技だ。ざっくり言うとトライアスロンのすごい版というか。
『クレイジージャーニー』ではTeam EAST WINDというアドベンチャーレースのチームを追いかけているのだが、このチームのレースのしかたがえげつない。
まず、ほとんど寝ない。レースは一週間ほどかけておこなうのだが、まずスタートしてから五十時間ぐらいはまったく寝ない。その後は仮眠をとるが、それも一時間とか二時間とかの短時間で、一週間で合計十時間も寝ていないんじゃないだろうか。ただ寝ないだけじゃなく、その間ずっと走ったり自転車を漕いだりしているのだ。寝ていないからみんな思考力が落ちているのに、それでも走りつづける。それどころか流れの速い川を移動したり、崖を降りたり、一歩間違えれば死んでしまうような場所を移動したりもする。
またアドベンチャーレースは女性を含む四人一組のメンバーでやっているのだが、Team EAST WINDには田中正人さんという鬼軍曹がいて、この人が(一般人の感覚でいえば)パワハラをしまくる。メンバーを寝かさないし、ちょっとでもへたばったメンバーがいたら暴言を吐く。数十時間寝ていなくてふらふらになっている人に「ビンタしたげようか?」なんてことを言う(この「したげようか?」は嫌味でもなんでもなくて、本気で優しさのつもりで言っているのだ)。とはいえアドベンチャーレースに参加する人はもともとどっかおかしい上に何日もまともに睡眠をとらないせいでますますおかしくなっているので、他のメンバーもそれを当然のこととして受け入れている。
ハードな競技というレベルを超えて、ぼくから見たらほとんど拷問(強制されているか自主的にやっているかの違いしかない)でしかないのだが、そのクレイジーさがおもしろくて『クレイジージャーニー』のアドベンチャーレース回は毎回「ひええ」「頭おかしい」「ぜったいまちがってるって」と言いながら食い入るように見てしまう。
そんなTeam EAST WINDの主要メンバーである田中陽希さん(リーダーと同じ田中姓だがこれは偶然)のエッセイ集。
……ということでどんなクレイジーなことが書いてあるんだろうと期待して読んだのだが、まったくの期待外れ。
コロナ禍の刊行、編集者がインタビューをまとめただけ、子ども向けに書かれたもの、ということでとにかく薄味でつまらない。
「何かをはじめたら最後までやりとげることが大事だとおもいます」「挑戦をすることで周りの人への感謝の気持ちが自然に湧いてきました」みたいなことが延々と書かれている。つ、つまんねえ……。
ただのファンブックだった。
田中陽希さんという人はクレイジージャーニー以外のドキュメンタリー番組にも出ているそうで(ぼくは知らなかったが)、その番組のファン向けに書かれた本のようだ。それも浅いファン向けというか。
田中陽希さんの生い立ちだとか学生時代の話だとかにやたらとページを使っている。おもしろいエピソードでもあればいいんだけど、これがまた平凡な学生生活なんだ。田中さんの写真も多いし、「田中陽希さんという人間のファン」につくられた本という感じ。競技のファン向けではない。
レースの間の様々な感情の移り変わりだとか湧いてくる妄念だとかそういうところはまったく掘り下げられていない。小学三年生の道徳の教科書に載せるのにちょうどいいレベルのうわっつらの話しか書かれていない。
これはインタビューした人が悪いんだろうなあ。せっかくのめちゃくちゃおもしろい素材なのに、それをまったく活かしてない。最高級牛肉をハンバーグにしてカレーにしちゃうようなものだ。クレイジーな素材を大衆料理にすんじゃねえよ。
ぼくがノンフィクションの感想文を書くときは何か所かは引用してあれこれ書くようにしてるんだけど、この本に関しては内容が薄すぎて引用したいところが一か所もなかった。
わけのわからない活動をしている人なんだからイカれたところがあるはずなのに、そこをまったく見せず凡庸な人生訓に終始させているんだもの。
ということで田中陽希さんのファンだけど競技には関心ない、という人以外にはおすすめしません。『クレイジージャーニー』を観ましょう。
その他の読書感想文はこちら
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