2021年12月16日木曜日

日清食品とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープの話

 日清食品 とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープ


 うまい。とにかくうまい。

帆立・昆布・鰹の三種の出汁に、豆乳で仕立てた優しい味わいのスープです。まろやか豆乳スープと相性ピッタリな「とろけるおぼろ豆腐」をお楽しみください。

だ、そうだ。

 あるときこれをコンビニで買って、食ったらめちゃくちゃうまくて、さらにここにご飯を投入したらもう劇的にうまくて、ほら旅館でカニ鍋とか食って最後に旅館の人が「雑炊にしますねー」ってご飯を投入してくれるんだけど、なんせディナーコースの終盤だからもう腹いっぱいで「あーこれ空腹の状態で食ったらめちゃくちゃうまいんだろうけどもう腹いっぱいだから食えないや。もったいないけど」って無念な気持ちになるじゃない、あのうまさ。つまり「食いたいけど腹いっぱいで食えないや」のうまさを、空腹状態で味わえるってわけ。最高。

 スープがうまいし、ゆず皮が香りの面でも触感的にもいいアクセントになっているし、豆腐との相性も抜群。そりゃあ豆乳スープと豆腐の相性が悪いはずないよね。


 そんでうまかったからまたそこのコンビニに行ったらもう売ってなくて、しかたなく他のメーカーの豆乳スープを買ってみたところ、それはそれで悪くないんだけど、やっぱり『日清食品 とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープ』には遠く及ばない。

 スーパーで見つけて欣喜雀躍として買ったんだけど、さすがに同じカップスープを大量に買うのはなんか恥ずかしくて五個だけ買って毎日食べた。あたりまえだけど五日でなくなった。
 『日清食品 とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープ』が切れると禁断症状が出て手がふるえるようになったのでまた買いたいんだけど、うーん、こればっかり買いに行くのは恥ずかしいし、かさばるし、レジ袋も有料になっちまったしな……とおもってネットで検索したら箱で売ってたので6個入り×4箱で24個をまとめ買い。しかもまとめ買いするとお得になる。
 ネット通販ありがたや。これで一ヶ月近く持つ。ようやく手のふるえも止まった。


 まだやったことないんだけど、これを冬山で食ったらもう涙が出るほどうまいだろうな。

 ぼくはときどき登山をするんだけど、その目的は三つある。
「山頂でカップラーメンを食うこと」
「下山後、銭湯に行くこと」
「下山後、銭湯に行った後、ビールを飲むこと」
 この三つの目的のために山に登る。

 山頂で食うカップラーメンはうまい。山頂はだいたい寒い。夏でも汗が冷えて少し寒い。
 そこでお湯を沸かして食うカップラーメンは最高だ。

 だが、次回からはカップラーメンではなく日清食品とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープになるだろう。コッヘルで湯を沸かし、日清食品とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープに注ぐ。豆腐をくずさないようにゆっくり混ぜ、湯気がたっているやつをふうふうと吹きながらすする。臓腑の奥から温まる。
 三割ほど食ったら、そこに塩おにぎりをぶちこんで食う。うはあ。たまらん。


2021年12月15日水曜日

いちぶんがく その10

ルール


■ 本の中から一文だけを抜き出す

■ 一文だけでも味わい深い文を選出。




「遊ぶのが下手っていうことは、生きるのが下手っていうことなんですよ」

(永 六輔『無名人名語録』より)




「あの人、貧乏が似合うのよね」

(永 六輔『普通人名語録』より)




畜生、通貨を玩具にして独占的利益を挙げていやがる。

(服部 正也『ルワンダ中央銀行総裁日記[増補版]』より)




エイモスと私は、私一人が大馬鹿者なのか、それともたくさんの大馬鹿の一人なのかを調べることにした。

(ダニエル・カーネマン(著) 村井 章子(訳)『ファスト&スロー』より)




せめて、痴漢ぐらいはイキイキしている世の中でないと、危険ですよ。

(永 六輔『一般人名語録』より)




「ぼくが志あれど金はなし、の男だってことは、それはおまえも先刻承知済みのことだろう?」

(西村 賢太『小銭をかぞえる』より)




以前小さな蛙をまちがってのみこんでしまった人がそれ以来腹の底からは決して笑えなくなってしまったような、そんなような妙につっかかった様子の笑いだった。

(川上 弘美『センセイの鞄』より)




羨ましいとおっしゃるなら人生をそっくり取り替えて差しあげよう。

(鷺沢 萠『私はそれを我慢できない』より)




「むうう、不動産屋は信用しない方がいいのですよ、うけけけけ」

(京極 夏彦ほか『小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所』より)




自分の台詞が、返し付きの釣り針並みに相手の心に食い込んだのさえ、はっきり見て取れた。

(吉永 南央『オリーブ』より)




 その他のいちぶんがく


2021年12月14日火曜日

死にたくない人間の「死にたい」出来事

 ネガティブ思考ではあるが自己愛は強いので、「死にたい」とおもったことは一度もない。

 ただ「ああ死にたくなる人の気持ちがちょっとわかる」とおもったことは二度ある。

 二度とも同じ時期だ。


 本屋を退職する少し前のこと。
 どブラック企業だったので、その日も朝四時半に起きて車で出勤。用事があって別の店舗に行くことになったので、はじめての道を通っていた。

 自動車専用道路。朝五時台なので道はガラガラ。
 当然どの車もすごいスピードで走っている。高速道路ではないが信号がないのでみんな80km/h以上は出していた。

 ふと気づくと、周囲の車がスピードを落としはじめた。
 ラッキー! おっさきー! とすいすい走っていると、目の前がピカっと光った。

 そう、オービス(速度違反自動取締装置)だ。

 あーくっそーそういうことかー! みんなこれを知っていたからスピードを落としていたのかー。


 というわけで後日。
 35km/hオーバーでめでたく一発免停の通知が届いた。

 ちょうどその少し前に本屋を退職していたので、車に乗る必要がなくなった。通勤で必要だから乗っていただけで、車の運転は好きじゃない。
 だから免停自体は問題じゃない。乗れなくたってかまわない。
 指定された日に裁判所に出頭すべしとの指示があったが、どうせ無職の身。時間はいくらでもある。いやー仕事やめてよかったーと鼻歌まじりだった。そのときは。

 出頭を命じられたのは平日の朝九時。
 通勤ラッシュの電車で裁判所の最寄り駅へ。
 電車を降りると、いっしょにスーツ姿の男女が大量に降りる。駅の真ん前に某大手生命保険会社のビルがあり、そこに向かう人たちだった。
 駅から歩く人たちの九割が大きなオフィスに吸い込まれていく。日本の未来を背負って立つ、優秀なビジネスマンたちだ。

 残りの一割が、ぼくたち裁判所出頭組。
 大企業で働くスーツ姿の人たちと、裁判所に呼びだされた無職。

 その対比がなんともみじめで、死にたくなる人の気持ちがちょっとわかった。


 さらにその一週間後。
 無職なのでヒマである。近くのレンタルビデオ屋で会員カードをつくることにした。

 なにか身分証を、と言われてはたと困った。
 免停中なので免許証がない。会社を辞めたので保険証も返納してしまった。身分証がないのだ(当時はマイナンバーカードも住民基本台帳カードもなかった)。

 なんかないかと鞄の中をさぐったら、出てきたのがハローワークで交付された「失業認定証」。失業保険をもらうために発行されたやつだ。
 まあこれも公的機関が発行してるし氏名住所が書いてあるもんな……ということでこいつを見せたら無事に会員証をつくれた。

 しかし何も言わなかったけど、あの店員さん、ぜったいに
「こいつ失業中のくせにレンタルビデオ屋の会員になろうとしてんのかよ……。仕事さがせよ……」
とおもってただろうな。

 あのときは一瞬「自殺」という言葉が頭をよぎったぜ。


2021年12月13日月曜日

デス・ゲーム運営会社の業務

 デス・ゲームの運営会社で勤務している。

 デス・ゲームってのはあれだ。
 参加者を強制的に一箇所に集めて、覆面の男からの
「みなさんにはこれからゲームをしてもらう。かんたんなゲームだ。クリアしたものには賞金が与えられる。ただし失敗した場合は、ちょっとした罰が待っている」
的なメッセージからはじまって、多少の戸惑いはあっても結局は素直に参加して、最初の犠牲者が出て、参加者が力を合わせて謎を解いていって、健闘むなしく次々に命を落としていって、ひとりかふたりだけがクリアして、最後に意外な人物が黒幕だったことが判明して……っていう例のあれだ。

 きっとみんな漫画や映画で一度や二度や三十度は観たことがあるだろう。中学生が大好きなストーリーだ。

 あのデス・ゲームをうちの会社が運営している。

 といっても、デス・ゲームの企画や進行はおれの仕事ではない。企画部や運営部は花形なので、おれのような冴えない社員は任せてもらえない。今の部署で頭角を表せば抜擢されることもあるが、そんな例は十年に一度あるかどうか。基本的には採用段階で決まっている。有名大学のクイズ研究会にいたやつとか、大手広告代理店出身者とかがそういった花形ポジションに就くことになる。
 ちなみに進行役(「君たちにはちょっとしたゲームをしてもらう」的なことを言う人)は、プロの声優に外注している。進行役には凄みがないとリアリティがないので、そこだけはプロに任せている。


進行役さんの衣裳(一例)


 おれがいる営業部がやっているのは、もっと地味な仕事だ。

 たとえば会場の確保。デスゲームは殺人や監禁など法に触れることをするので、証拠を残さないためにも同じ場所は二度と使えない。
 なので毎回会場を新たに探さないといけないのだが、これが大変だ。
 人里離れた場所で、十分なスペースが必要。できれば携帯の電波が入らないことが望ましい。
 かといってあまりにへんぴな場所だと電気が使えないので、それはそれでなにかと不便だ。
 なかなか国内にはちょうどいい場所がない。国外ならあるのかもしれないが、参加者を眠らせて海外の会場まで運ぶのはまず不可能。
 会場の確保は毎回苦労するところだ。山の中に小屋を建てたこともある。


 それから、設営、警備。
 必要な機材を搬入・搬出したり、人が近づかないように警備をしたり。参加者の叫び声を聞きつけて警察がやってくることもあるので、ダミーのために会場から少し離れたところにテントを張り「キャンプで酔っぱらってばか騒ぎをしている若者」を演じたりもする。

 コンサートなんかだとイベント会社が学生バイトを使ってやってくれるらしいが、情報が漏れるのを防ぐために外注はしない。最近の若いやつはすぐにSNSで拡散するから。

 リハーサルも何度もやる。参加者の役になって、本番さながらにゲームに挑戦するのだ。失敗しても殺されないこと以外は本番と同じだ。進行役の声優さんにも来てもらう。


 営業部なので、もちろん営業もやる。

 デス・ゲームは金持ちの出資によって成り立っている。
 みんなも見たことがあるだろう。「庶民の命を賭けた殺し合いを、モニター越しにワイン片手に楽しむ金持ち」を。

 ただあれはフィクションならではで、本当はちょっと違う。
 金持ちが見るのは事実だが、リアルタイムで視聴なんかしない。リアルタイムだと間延びして退屈で見ていられない。こっちが編集したり効果音をつけたりドラマチックにしたものを楽しむのだ。金持ちはそんなにヒマじゃない。

 サブスク型の有料チャンネルで配信している。無料版もあるので、よかったらぜひ検索してみてほしい。もちろん暴力や殺人などの描写は有料会員限定だ。

 デス・ゲームは、有料会員による月額利用料と広告料によって成り立っている。基本的には金持ちが楽しむコンテンツなので、広告出稿したい企業は多い。広告料金も高めに設定している。

 金持ちに営業をかけたり、広告をとってきたりするのもおれたちの仕事だ。
 証拠が残るとまずいので、営業は対面でやる。メールも電話もFAXも使わない。うちの会社はアナログだ。


 仕事がおもしろいかと訊かれると、首を振らざるをえない。
 ゲームやクイズを考案する部署はおもしろそうだが、彼らは彼らで遅くまで残っていてたいへんそうだ。やりがいはあるだろうが激務だ。

 その代わりというべきか、営業部のほうはほとんど残業がない。きちんと有給休暇もとれる。労働問題でトラブルになって目を付けられたくないから、そのへんは他の会社よりもきっちりしている。
 企画・進行の部署も繁忙期こそ毎日残業しているが、それ以外はまとまった休みをとっている。給料も高いらしいし、なんだかんだいいながらみんな辞めずに続けている。

 おもしろいかと言われると答えはノーだが、辞めるほど嫌かというとそんなこともない。みんなだいたいそんなもんだろう。

 聞くところによると、薄給・激務・劣悪な職場環境で働かせるブラック企業もあるそうだ。さっさと辞めればいいのに。
 身体を壊すまで辞められない、そんなデス・ゲームに好き好んで参加するやつの気が知れない。


2021年12月10日金曜日

【読書感想文】『それいけズッコケ三人組』『ぼくらはズッコケ探偵団』『ズッコケ㊙大作戦』

 ぼくが小学生のときにいちばん読んだ本は、まちがいなくズッコケ三人組シリーズだった。
 著者は那須正幹さん、挿絵は前川かずおさん(後に逝去により高橋信也さんに交代)。


 今でこそ児童向けの文庫を各出版社が出しているけど、ぼくが子どものころって中学年以上の子が読む小説ってあんまり多くなった気がする。江戸川乱歩とかホームズとかルパンとかの、いわゆる名作小説か、翻訳小説か、あとは伝記とか。中学年以上が読むに耐える、純粋におもしろい小説はあまり多くなかった(ぼくが知るかぎり)。

 だから本好きの子はみんな『ズッコケ』を読んでいた。ちなみにぼくは一年生から読んでいたのだが、今読むと漢字が多く、ルビも少なく、よく一年生でこれを読んでいたなあと感心する。なにしろぼくは二歳でひらがなを半分ぐらい読めた、幼稚園で挿絵のない本を読んでいた、二年生で宮沢賢治作品を読破したなど数々のエピソードを持つ神童だったからね。今じゃ見る影もないけど。

 そんなわけで、ズッコケシリーズは誰もが読んでいるとおもっていたのだが、意外や意外、同世代の人に訊いてみても
「まったく知らない」「名前だけは知ってるけどほとんど読んだことはない」
という人がけっこういて驚かされる。

 ぼくは読書好きの母の影響で本に囲まれた生活をしていたからそれがあたりまえだとおもっていたけど、本をぜんぜん読まない家庭も少なくないんだよな。
 こないだ「家に本が一冊もない」という人と話してたら、「あ、でもうちの奥さんはわりと本読みますよ」って言うんで、「へえ。奥さんはどんな本読むんですか」って訊いたら「あれ読んだって言ってました、ほら、『ハリー・ポッター』」と言われて仰天した。
 本を読まない人からすると、読書歴が『ハリー・ポッター』で止まっている人でも「わりと本読みますよ」になるのか……。


 閑話休題。

 上の娘が小学二年生になり、「小説が読みたい」と言いだしたので、そろそろいいかとズッコケ三人組シリーズを勧めてみた。
 おもしろいと言っていたが、いかんせん読むのが遅い。おまけに習っていない漢字や聞きなれない言葉が多いので、しょっちゅうぼくに読み方や意味を訊いてくる。
 もうまどろっこしいので、ぼくが読んで聞かせてあげている。

 ……というのは口実で、ほんとはぼくもいっしょに読みたいんだよね。

 改めて読むと、小学生のときとは感じるところも違う。以下、感想。


『それいけズッコケ三人組』(1978年)

 シリーズ第一作にして唯一の短篇集。
 トイレにいるハカセが泥棒とニアミスする『三人組登場』、万引き中学生をこらしめる『花山駅の決闘』、同級生の女の子を脅かすつもりが逆におそろしい目に遭う『怪談ヤナギ池』、ハチベエが防空壕跡に迷いこむ『立石山城探検記』、モーちゃんがテレビの公開収録に挑戦する『ゆめのゴールデンクイズ』の五篇からなる。


 小学生のとき、『ズッコケ三人組』シリーズの主人公はハチベエだとおもっていた。持ち前の行動力でストーリーをひっぱる役どころが多いからだ。じっさい、名作との呼び声高い『花のズッコケ児童会長』や『うわさのズッコケ株式会社』の主人公はまちがいなくハチベエだ。

 だが改めて読むと、シリーズ通しての主役はハカセなんじゃないかとおもう。活躍シーンは多くないが、ハカセの一言をきっかけに物語が転がることがよくある。また、第一話『三人組登場』の主人公がハカセであったり、続編にあたる『ズッコケ中年三人組』シリーズではハカセの恋愛模様が描かれることからも、やっぱり真の主役はハカセだ。

『それいけズッコケ三人組』はどれもスリルあふれていておもしろい作品。『三人組登場』はサスペンス&コメディ、『花山町の決闘』はバイオレンス、『階段ヤナギ池』はホラー、『ゆめのゴールデンクイズ』はヒューマンドラマ。だが『立石山城探検記』だけは小学生にとってはおもしろい話ではなかった。

 題材が難しいし、ハチベエがただ真っ暗な穴の中を歩くだけで盛りあがりどころは少ない。ピンチではあるけど、スピード感がない。
 でも大人になってから読むと、ちがう楽しみかたができる。そうか、この時代って防空壕とか戦争体験者とかがまだ身近な存在だったんだな。1978年に小学6年生ということは、三人組の生まれは1966年ぐらい。両親はギリギリ戦中生まれかな。ちょっと上の世代だともう戦争体験があるんだよな。ズッコケ三人組の担任の宅和先生なんか戦争経験者どころか出征していた世代だよな。



『ぼくらはズッコケ探偵団』(1979年)

 二作目、長編としては一作目。

 推理小説だが、小学生のときはあまりあまりおもしろくなかったな。野球のボールが飛んでいった屋敷で殺人事件に遭遇する、という展開まではおもしろかったんだけど、中盤からは小学生にとっては難しかった。今読むとかなり本格的なミステリだ。

 ガラスは二度割れた、トリックに使われた釣り竿のさりげない提示、目撃者を消すための第二の事件など、ちゃんとしたミステリをやっている。児童文学なのに、決してこどもだましでないのが初期ズッコケシリーズのすばらしいところ(後期の怪盗Xなんかはこどもだましだけど)。

 ただ、やっぱり本格的なミステリを子ども向けにやるのはむずかしい。うちの子は、ガラスが二度割れたトリックなんかは説明してやらないとわかっていなかった。
 作者もそれをわかっていたのか、中盤には「学級会でおこなわれる男子と女子の対決」が描かれる。ハカセが口先三寸で女子をやりこめるところは、しょっちゅう悪さをしては女子に告げ口されていたぼくとしては痛快だったなあ。

 しかもこの学級会のシーンも無駄に差しこまれるわけではない。学級会では敵だった安藤圭子が終盤で命を狙われて、三人組が助ける展開は胸が熱くなる。



『ズッコケ㊙大作戦』(1980年)

 タイトルに環境依存文字が使われている作品。読めない人のために説明しておくと、○の中に秘、でマルヒです。そういやマル秘っていつのまにか聞かなくなったな。

 これも小学生のときはあまり好きな作品じゃなかった。男子小学生にとっては、恋愛をテーマにした小説よりも手に汗にぎる冒険譚のほうが魅力的なんだよね。
 でも今読むとずいぶん印象がちがう。これはすごい小説だ。

 スキーに出かけたズッコケ三人組。そこで謎めいた美少女と出会う。
 その数ヶ月後。スキー場で出会った美少女・マコが、転校生として三人のクラスにやってきた。マコはお金持ちで、誰にでも優しく、知性あふれる少女だった。おまけに水難救助をおこなう勇敢な一面もある。
 たちまち三人はマコの虜に。はたしてヒロインは三人のうち誰にほほえむのか……とならないのがこの作品のすごいところ

 マコのまわりには怪しい男がうろつき、お嬢様であるはずのマコはボロアパートに住んでいることが明らかになる。おまけに水難救助は自作自演だった。
 彼女は「お父さんがスパイに追われている」と三人に説明する。三人はそれを信じるが、すぐにそれも嘘だと判明。マコは虚言癖のある少女だったのだ……。


 男子小学生向けのフィクションでは、美少女は完全無欠の存在として書かれがちだ。美しくおしとやかで家柄も良く、誰にでもわけへだてなく優しい。そう、しずかちゃんのような存在。
 だがこの作品のマコはそんなうすっぺらい存在ではない。家は貧乏、嘘つき、見栄っ張り、保身のためなら人を傷つけ騙すこともいとわない……。とんでもない悪女である。

 小学生のとき、ぼくは「マコはなんて悪い女だ」とおもったものだ。
 だが大人になって読み返すと、それもまた一面的な見方だったと気づかされる。貧しい家に生まれ、恵まれない境遇で育ったマコ。周囲は何の苦労もなくのほほんと育った子どもたちばかり。これで博愛精神を持って生きていけというほうが無茶だろう。そのへんの小学六年生男子に比べて圧倒的に精神年齢が高いのだ。

 三人組は、マコの嘘を知りながらも最後まで騙されたふりをしてマコの夜逃げに協力してあげる。そういやサンジも「女の嘘は許すのが男だ」と言っていた。これこそ愛。
 見た目が良くて、性格が良くて、素直で、自分のことを好きな女の子に惚れるのなんて、あたりまえ。そうじゃない女の子を好きになっちゃうからこそ恋愛はおもしろい。

 この作品にかぎらず、基本的にズッコケシリーズに出てくる女の子ってみんな強いんだよね。『ぼくらはズッコケ探偵団』で重要な役割を演じる安藤圭子もそうだけど、ヒロインである荒井陽子や榎本由美子も、基本的に男子を下に見ている。ほとんどサルと同じぐらいにしかおもっていない(まあこの年頃の女子ってそうだよね)。
 後の作品でも、『大当たりズッコケ占い百科』や『ズッコケTV本番中』など、三人組が女子にふりまわされる話がいくつもある。
 あたりまえだけど、男子だろうが女子だろうが、ずるくて意地悪な面を持っているものだ。それをきちんと書いている。単なる〝美少女〟という記号に終始していない。


 改めて読むと、三人組だけでなく、脇役たちもみんな活き活きとしていることに気づく。へたな小説だと主要人物以外は物語を進めるためだけに存在する平坦な人物だが、ズッコケシリーズでは脇役もみんな生きて息をしている。

 刊行から四十年たってもおもしろい。大人が読んでもおもしろい。すごい作品だね、ほんと。


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