カレー移民の謎
日本を制覇する「インネパ」
室橋 裕和
最近(といっても十年以上前から)急激に増えたインドカレー屋。インドカレー屋とはいいつつも、経営者や従業員の多くがネパール人だという。
そのインネパ(インド・ネパール料理店)を切り口に、インドカレー屋の特徴・歴史から、日本の移民政策の変化、ネパール人労働者増加に伴う問題、働き手が流出しているネパールの現状までを探るノンフィクション。
前半はカレー店の歴史などにページが割かれていて退屈だったが、中盤以降は様々な社会問題にスポットを当てていておもしろい。
ひとつの視点であれこれ調べていくうちに芋づる式にいろんな問題が見えてくる本。これぞ学問! という感じがする。佐藤 大介『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』もそんな感じの本だった。調べれば調べるほどわからないことが増えていく。それが楽しい。勉強や読書を課題解決の手段としかおもっていない人には理解できない姿勢だろう。
日本にやってくるネパール人が増えたのは、今世紀のはじめに法改正があったことが大きいようだ。
500万円出せば日本に会社を作れる。日本に会社を作れば「投資・経営」ビザをとれるし親戚を雇って「技能」ビザで働いてもらうこともしやすくなる。そして「家族滞在」で妻や子どもを日本に呼び寄せて……という形でどんどん増えていったのだそうだ。
そうして日本で働く外国人が増えたが、その中でもネパール人の伸びは大きかった。
国の平均所得が少ない上に、国内に観光以外の産業も少ない。まとまったお金を稼ごうとおもったら国外に出るしかない状況なのだそうだ。なんとネパールの労働人口の4分の1ほどが国外に働きに出ているのだという。出稼ぎ国家なのだ。
そして日本に来るネパール人は高い教育を受けていないことも多い(高学歴だったり貴重な技能があったりしたら他の国を選ぶほうがいいだろうしね)。じゃあカレー屋やるしかないな、となるわけだ。
かつてはインド料理店で働くのはもちろんインド人が多かったが、インド人にとってもネパール人のほうが雇うのに都合がよかったのだそうだ。なぜならインド人はカースト制度のせいで決まった仕事しかしようとしない人がいる(コックならコックの仕事だけ。掃除や接客は別のカーストの仕事)のに対し、ネパール人はなんでもしてくれる。またネパール人のほうが宗教の戒律が厳しくないので日本で生活しやすい。そんな事情もあって、人口の多いインド人よりも、ネパール人の方がずっと多く日本にやってきているのだそうだ。
そして日本が身近な国になったことでネパールからの留学生も増大。彼らもまた「インネパ」へと流れこんでいった。
こうして日本で働くネパール人が増えるにつれ、在日ネパール人を相手に商売をするネパール人もいる。同郷の人を助けたい気持ちでやっている人もいるだろうが、日本のことをよく知らないネパール人をカモにして儲けようと考えるやつも出てくる。
法律すれすれの手段でネパールから人を呼ぶ。本来在留資格がないような人まで呼ぶのだから、追い返されるネパール人もいる。だが呼んだ方は困らない。もう金はもらっているのだから。だまされたほうとしては、在留資格がない弱みもあるし、日本社会のことも日本語もよくわからないのだから法的な手段に訴えられない。泣き寝入りするしかない。
ビザ申請が下りなければ不法滞在する人も増える。不法滞在ではまともな仕事に就けないから犯罪に走りやすくなる……。
と、様々な問題が起こるわけだ。厳しく取り締まろうにも、一件一件はチンケな詐欺だし、国をまたいだ犯罪だし、被害者はなかなか名乗り出てくれないだろうし、日本語ができない人も多いだろうし……ということで、出稼ぎ斡旋ビジネスをきちんと取り締まるのはむずかしそうだ。
さらに、日本で働く親にネパールから連れてこられた子どもも、日本語がわからず学校の勉強についていけず、日本のコミュニティにも入れず、ネパール人同士が徒党を組んで非行に走る……なんてこともあるという。
これらはネパール人移民にかぎらず、海外からの移住者が増える今後どんどん増えていく問題だろう。
だからといって移民を受け入れなければ労働力不足でもっと大きな問題が起こることも目に見えている。摩擦なく移住できるようになるほうが日本人にとっても外国人移住者にとってもいいに決まっている。ネパール移民が引き起こした問題から学ぶことは多い。
移民が引き起こす問題は日本国内の話だけではない。当のネパールでも出稼ぎ者(日本だけではない)の増大は深刻な問題を引き起こしているらしい。
働き手、親世代がいなくなり、老人や子どもだけが取り残される。出稼ぎにより収入は増えるが、それが必ずしも豊かさには結びついていない。
これは……。ネパールの問題でもあるけど、日本の地方の問題でもあるよな。都会に労働人口を吸い取られて地方では働き手が減っているわけで。ここ数年の話ではなく、百年前から都市部に出稼ぎに行く労働者はたくさんいた。
都市への人口集中は古今東西変わらず起こっている問題で、これを個人の意識や行動で変えるのは不可能だろう。政府が省庁をごっそり移動させるとかやれば多少は緩和するだろうが、それでも抜本的な解決にはならない(たとえば首都ではないニューヨークや上海にあれだけ人口集中しているのを見れば明らかだ)。
人口集中を防ごうとおもったら、ポル・ポト政権のように人権を制限して強制的に郊外へ移住させる、みたいな乱暴な方法しかないんだろうな。
ということで、日本に来てカレー屋で働いているネパール人の本かとおもいきや、移民が生み出す様々な社会問題、都市への人口集中問題など、広く深い問題へと切り込む壮大な本だった。
いいルポルタージュでした。
その他の読書感想文はこちら



















