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2025年3月5日水曜日

【映画感想】『映画ドラえもん のび太の地球交響曲』


『映画ドラえもん
のび太の地球交響曲(シンフォニー)』

内容(映画.comより)
国民的アニメ「ドラえもん」の長編映画43作目で、原作者である藤子・F・不二雄の生誕90周年記念作品。「音楽」をテーマに、ドラえもんとのび太たちが地球を救うための壮大な冒険を繰り広げる。 学校の音楽会に向けて、苦手なリコーダーの練習をしているのび太の前に、不思議な少女ミッカが現れる。のび太の奏でるのんびりとした音色が気に入ったミッカは、音楽がエネルギーになる惑星でつくられた「音楽(ファーレ)の殿堂」にドラえもんやのび太たちを招待する。ミッカはファーレの殿堂を復活させるために必要な音楽を一緒に演奏する、音楽の達人を探していたのだ。ドラえもんたちはひみつ道具「音楽家ライセンス」を使って殿堂の復活のため音楽を奏でるが、そこへ世界から音楽を消してしまう不気味な生命体が迫ってくる。

 Amazon Primeにて視聴。


 うーん、前々作『のび太の宇宙小戦争 2021』(コロナ感染拡大のため公開は2022年)や前作『のび太と空の理想郷』が良かっただけに、今作はがっかりな出来だった。

 細かいことはいろいろあれど、ドラえもんの映画である必要性がないんだよね。「子どもたちが音楽の力で災厄をふっとばすストーリー」なので、ドラえもんらしさがない。ドラえもん映画としてこれは致命的だ。


ドラえもん映画なのに『ドラえもん』じゃない

 まずやっぱり気になるのはジャイアンの存在。ドラえもんで音楽といえば、グレート音痴・ジャイアンの存在は避けては語れないだろう。なのにこの作品ではそこを華麗にスルーしている。ジャイアンがふつうにうまい演奏をしている。おいおい。「ジャイアンは映画のときだけいいやつになる」はもうお約束化してるからいい(原作でもいいやつになるときもあるし)として、ジャイアンがリズムや音程をちゃんととれたらだめだろ。

 もっとダメなのがのび太の造形。前半こそ「練習せずにリコーダーが上手になる道具出して~!」といつもののび太なのだが、中盤からは目標に向かってひたむきに努力を重ねる努力家の少年になっている。

 脚本家はなーんにもわかってない。のび太は何をやってもダメで、努力もせず、でも欲だけは人並みにあって、そんなダメダメなところをも愛をもって描いたのが『ドラえもん』という作品なんじゃないか。誰もが持っている、ずるくてめんどくさがりで身勝手な部分を、完全にはつきはなさずに愛するのがドラえもんという存在なんだよ。

 ほんのちょっと勇気をふりしぼったり、弱い者に対する優しさを見せたり、ごくまれに努力することはあるものの、のび太が継続的な努力をしたらそれはもうのび太じゃない(『のび太の新恐竜』でもこの失敗をやらかしていた)。

 前作『のび太と空の理想郷』ではちゃんと『ドラえもん』の通底にあるスタンスを理解して、「ダメな部分を愛そう」というメッセージを発していただけに、今作の「ダメな部分をがんばって克服せよ」というメッセージには失望した。『ドラえもん』をわかってないやつに脚本を書かせちゃだめだよ。

 ジャイアンものび太もへただけど、へたでもいいじゃない、へたでも音楽は楽しいよ、という方向こそがドラえもんの精神じゃないか?


 そして異なる者への愛の欠落。

 本作でノイズを殲滅するためにのび太たちはがんばっていたけど、むしろノイズを認め、ノイズと共存する道を探るのがのび太の生き方じゃないのか。ノイズはノイズで生きてるだけなのに、自分たちに都合が悪いからって殺しちゃっていいの? そういう人間の傲慢な姿勢にずっと警鐘を鳴らしてきたのが『ドラえもん』の漫画であり、映画であったはずなのに。

 そもそもノイズを倒すのがのび太の「の」の音ってなんじゃそりゃ。それこそノイズじゃねえか。


音楽というテーマに縛られている

『ドラえもん』なのに『ドラえもん』の世界じゃないという致命的な失敗以外にも、いろいろと粗さが目立つ作品だった。

 “音楽”というテーマを意識しすぎて、すごく窮屈な作品になっている。「音楽の力で危機を乗り越える」ことが最優先になっている。

 こっちはミュージカルを観たいんじゃないんだよ! すばらしい交響曲じゃなくてドラえもんの道具を楽しみに観てるんだよ!

 ドラえもんの道具+ちょっぴりのひらめきや勇気で危機を脱するのがドラえもん映画の醍醐味なのに、本作の勝利の決め手は、みんなで一生懸命演奏した音楽+ちょっぴりのひみつ道具である。そういうのは別の作品でやってくれ。


ひたすら雑

 ストーリーもなかなか粗雑だった。

 いきなり届く「今夜音楽室に来てください」という雑な招待状(時刻の指定すらなし!)。別々に招待状が届いたのになぜかあたりまえのように集まって、なんの疑いもなく夜の学校に集まる五人。のび太たちを招待したのも「言い伝えと同じく五人で演奏していたから」というめちゃくちゃ雑な理由。五人組なら誰でもよかったわけ? 言い伝えも完全なご都合主義。『のび太の大魔境』では言い伝えの謎がきちんと後半に解き明かされていたのと対照的だ。

 ドラえもんの映画といえばとにもかくにも「冒険!」なのだが、今作は冒険ではない。ただ巻き込まれただけだ。だから『月面探査機』や『宇宙小戦争2021』で描かれたような「怖い、でも行かなくちゃ」といった逡巡もない。

 そしてへたくそきわまりない伏線。リコーダーを忘れたのび太のために、とりよせバッグでもどこでもドアでもなく、時空間チェンジャーという大がかりな道具でリコーダーを取りにいくドラえもん。あらかじめ日記に「みんなでおふろに入った」とめちゃくちゃ不自然なことを書くのび太。

「さあ、ここが伏線ですよ! 後から回収しますよ!」と言わんばかりの白々しい伏線。

「約4万年前の世界最古の楽器」のくだりは「おおっ、それがキーアイテムとなってストーリーにつながるのか!」とわくわくしたのに、「キーアイテムを真似て作られたのが世界最古の楽器」と、なんとも微妙なつながり。肩透かしを食らった。

 ついでにいうと、細かいことだけど、作中で「4万年前のドイツで作られた」と明らかにおかしいセリフが出てくる。は? 4万年前にドイツがあったのか? よそから持ち込まれたのではなくそこで作られたものだとどうしてわかる? 科学に敬意のない人が書いたセリフなんだろうなあ。藤子・F・不二雄氏ならこんなバカなミスはしなかっただろうな。


魅力のないキャラクター

 今作の主要ゲストキャラクターはミッカだが、この少女がまたおもしろみに欠ける。思想がないのだ。故郷の星の住民たちが死滅したという過去を背負っているが、それはミッカが赤ん坊のときなので記憶がない。記憶がないのだから思想もない。迷ったり悩んだりしない。

 ミッカの隣にいるチャペックもただの説明役。過去のドラえもん映画では「ゲストキャラクターの隣にいるちょっと抜けたところのあるパートナー」が登場したものだが、そんなユーモラスな部分がチャペックにはない。

 また、ヴェントー、モーツェル、タキレンといったロボットたちも、実在の作曲家たちをモデルにしているからか、造詣に冒険心が感じられない。ただただストーリーを進めるためのキャラクターたちだった。


よそでやってよね

……とまあ、悪口雑言を書き連ねたけど、すごくつまんない映画だったかというとそうでもない。

 音楽以外には特に褒めるところもないけど、途中で観るのをやめるほどつまらなかったわけでもない。

 最大の失敗は、さっきも書いたように、ドラえもんの映画ではなかったということだけだ。『ドラえもん』のキャラクターが道具を使って活躍する映画を観たいとおもっていた期待を裏切ったこと。

 まったく別のキャラクターを作ってやったのならまあまあの映画になったのではないだろうか。

 いるんだよね。人気シリーズに乗っかって己のクリエイティビティ(笑止!)を見せつけてやろうとする出しゃばりが。『トイ・ストーリー4』とかさ。

 自分らしさを発揮したいのなら自分の作った世界でやりなよ。ドラえもんの世界を利用して表現しないでくれよ。

 それならこっちも何も言わないからさ。なぜなら観ないから。


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2025年1月2日木曜日

M-1グランプリにおいて個人的に重要だとおもうネタ10選

 M-1グランプリでこれまで披露されたネタは、決勝だけでも200本以上。

 その中で、個人的に重要だとおもうネタ10選。おもしろいかどうかというより、後のコンビに影響を与えたかどうかで選出。なので昔のネタが多めです。また、記憶をたどって書いているので細かいところで間違っているかも。



1.第1回(2001年)大会
  麒麟「小説の要素」

 M-1グランプリという大会においてこのネタが重要なのは、ネタの内容そのものよりも、この漫才に対して“松本人志が与えた評価”による。

 まったくの無名だった麒麟(超若手が集まるような関西ローカルの番組にすら出ていなかった)が全国ネットのゴールデンタイムで漫才を披露し、それに対して天下の松本人志が「ぼくは今まででいちばんおもしろかったですね」と評価を与える。当時を知らない人にはイメージしにくいだろうが、2001年の松本人志という存在は「唯一無二の天才」であり「自分以外の芸人は認めない傲慢な天才」であった(そしてそれが許される存在でもあった)。

 その松本人志審査員による「今まででいちばんおもしろかったですね」は最上級の褒め言葉であった。

 これは多くの若手芸人に「M-1グランプリに出場すれば松本人志から評価される」という夢を与えた。ある意味当時破格だった1000万円という賞金よりも価値のあるものだったかもしれない。


2.第2回(2002年)大会
  フットボールアワー「ファミレス」

 ポーカーフェイス&ローテンションで淡々とくりひろげられるボケに感情を乗せた強めのツッコミ、という典型的なダウンタウンフォロワースタイルのコント漫才。今でこそ多種多様な漫才スタイルがあるが、90年代~2000年代初頭はこのスタイルが本当に多かった。

 その中でも群を抜いて完成度の高い漫才を披露したのがフットボールアワー。このスタイルの完成形であり、かつオリジナリティもあった。フットボールアワーが優勝したのは2003年だが、凄みを見せつけたのは2002年のほうだった。

 これにより他のコンビは新たの道を探るしかなくなり、これ以降さまざまなスタイルが花開くことになる。


3.第3回(2003年)大会
  笑い飯「奈良県立歴史民俗博物館」

 M-1デビュー作である2002年の『パン』、究極バカスタイル『ハッピーバースデー』(2005年)、そして空前絶後の100点をたたき出した2009年『鳥人』など数多くの衝撃を生みだした笑い飯のネタの中でも、特に衝撃的だったのがこのネタ。テレビで観ていても会場が揺れるのが伝わるほどのビッグインパクトだった。

 歴史博物館というテーマの斬新さ(漫才史上、後にも先にもこれだけだろう)、見た目・音楽・動き・ナレーションすべてがおもしろかった最初の「ぱーぱーぱーぱぱーぱぱー」のシーン、くだらないのに何度見ても笑ってしまう「ええ土」の応酬、鮮やかなオチ、すべてが完璧だった。

 これ以降M-1予選には大量のWボケスタイルの笑い飯フォロワーが生まれたそうだが、他にも、間を詰めてボケ数を増やす漫才が評価されるようになるきっかけを作ったのもこの漫才だったかもしれない。


4.第5回(2005年)大会
 変ホ長調「芸能界」

 大会初(であり現時点で唯一)のアマチュア決勝進出者。

 正直ネタの内容については特に言うことはないが、(たとえ話題作りの要素が多分にあったとしても)プロでないコンビでも決勝に進めるという功績を作ったことは大きい。

 結果、多くのプロアマが予選にエントリーすることになり、大会の盛り上がりに貢献した。このコンビがいなければおいでやすこがのようなユニットコンビが生まれていなかった可能性がある。


5.第5回(2005年)大会
 ブラックマヨネーズ「ボーリング」

 発想力重視のコント漫才が主流だった前期M-1に王道しゃべくり漫才で登場して、そのしゃべりのうまさとパワー、そして人間味で優勝をかっさらったブラックマヨネーズ。奇をてらったことをしなくても会話だけでこんなにおもしろくなるんだと、漫才という話芸の底力を改めて突きつけた漫才。

 細かいネタの羅列ではなく会話を組み立てて笑いを積み上げていく漫才として、その後のオズワルドやさや香に影響を与えたのではないだろうか。


6.第10回(2010年)大会
スリムクラブ「塔」

 2007年~2009年頃のM-1は、キングコング、トータルテンボス、ナイツ、NON STYLE、オードリー、パンクブーブーのようにテンポを上げて細かいボケを詰めこむタイプの漫才が好成績を収めた。M-1グランプリで勝つにはフリを短くしてボケを詰めこんで笑いの量を増やす、後半にいくにしたがってテンポを上げて盛り上がり所で終わらせる……という必勝法ができかけていた。大会が最も競技化していたのがこの時代だった。

 もしかすると漫才にはこれ以上大きく発展する可能性はないんじゃないだろうか。なんとなくそんな諦めに近い空気が漂っていた。M-1グランプリという大会が2010年で終了することになったのも、もしかするとそれが一因だったかもしれない。

 そんな時代に風穴をあけたのがスリムクラブだった。信じられないほど長いフリ、脈略のないボケ、ツッコミを入れずに困惑するだけの相方……。すべてがセオリーの真逆だった。なのに爆発的にウケた。無言でも笑いをとれる。衝撃的な漫才だった。

 それ以前のM-1にも、おぎやはぎ、千鳥、東京ダイナマイト、POISON GIRL BANDのようなローテンション、スローテンポなシュール系漫才はあったが、軒並み点数につながらなかった。M-1でこういう系統はダメなんだと誰もが諦めかけていた時代にスリムクラブが定石を破った功績は大きい。

 2015年に復活後のM-1で多種多様な漫才スタイルが花開いたのには、スリムクラブの影響も見逃せない。


7.14回(2018年)大会
  トム・ブラウン(ナカジマックス)

 中島くんを五人集めてナカジマックスを作りたいという奇天烈な導入、徐々に加速してゆく異常な展開、どこまでもズレたツッコミ。無茶苦茶なのに、なぜだか論理を感じる。作り物ではない、本物の狂気を感じさせる漫才だった。

 その後もランジャタイやヨネダ2000のような奇天烈漫才が決勝に登場するが、その先鞭をつけたのがトム・ブラウンだった。ここでトム・ブラウンがある程度受け入れられなければ、その後の決勝の顔ぶれも変わっていたかもしれない。



8.14回(2018年)大会
  和牛「オレオレ詐欺」

 本来なら楽しいだけの漫才に「嫌な感情」を持ちこんで成功させたのが和牛。その集大成ともいえるのが「オレオレ詐欺」だった。

 嘘をついて老親を騙して、あげく騙された母親に向かってネチネチと説教する。ふつうならただただ嫌な気持ちになるはずなのに、なぜか笑える漫才にしてしまう和牛の技術はすごい。漫才におけるコントは「これは漫才中のお芝居ですよ」とあえてわざとらしい芝居をするものだが、和牛は声のトーンや表情など、全力で芝居に没入してみせた。

 極めつきがラストの「無言でにらみ合うシーン」。漫才は言葉に頼らずとも表現できることを示し、その枠組みを大きく広げてくれたネタだった。



9.15回(2019年)大会
 ミルクボーイ「コーンフレーク」

 強固なシステムを作り上げ、何年にもわたって研ぎ澄ませ、老若男女を笑わせることに成功したミルクボーイ。あのシステム自体はその数年前から完成されていたが、ひとつのシステムをつきつめるとここまで到達できると見せてくれたのは大きい。

 同じシステムを続けていたら飽きられそうなものだが、M-1優勝後もさらに同じシステムを進化させてウケ続けているのを見ると、本物はそんなにやわなものではないことを教えてくれる。

 漫才の中にはまだまだ金鉱脈が眠っていることを示したネタ。



10.16回(2020年)大会
  マヂカルラブリー「吊り革」

 このネタははたして漫才か否かという論争を巻き起こした問題作。冒頭とラストをのぞいて野田さんがほとんど言葉を発しない奇抜な設定ながら、ばかばかしさと身体性のみで爆笑を巻き起こした。

 細かいテクニックも構成も話術も吹き飛ばすようなダイナミックな動き。実際はしっかり考えられた漫才なのだが、尿をまきちらしながら転がる動きで計算だと感じさせないばかばかしさ。

 この18年前にテツandトモが決勝に進んだときには「おまえらここに出てくるやつじゃない」とまで言われたが、マヂカルラブリーは審査員にも観客にも受け入れられた。M-1グランプリという大会が大きく成長したことを体現したネタだった。おそらく今後はさらに誰も見たことのない形の漫才が出てくることだろう。



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2025年1月1日水曜日

M-1グランプリ2024の感想


 M-1グランプリ2024の感想。

 いつもは早めに書くんだけど、今年はあまり書く気がおきなかった。つまらなかったわけではなく、むしろ逆で、「いいものを観たー!」と満足してしまって、何かをつけたしたいという気にならなかったんだよね。

 それぐらいいい大会でした。


敗者復活戦

 個人的におもしろかったのは、

・顔だけで蝶の羽化を表現したダンビラムーチョ(深夜だったら優勝だったかも)

・強いフレーズで舞妓の世界を描いたマユリカ

・人の性と理性というテーマで漫才をした男性ブランコ

・大したことを言ってないのになぜだかずっとおもしろかったシシガシラの浜中クイズ

 ドンデコルテはまだまだ良くなりそうな気がした。いいフォーマットを見つけたね。二年後ぐらいに決勝行くかもねえ。

 敗者復活戦ではしっかり作りこまれたネタよりもばかばかしい漫才の方が映えるね。



■1st Round


令和ロマン (理想の苗字)

 「どんな苗字がいい?」という導入ではなく、「子どもにどんな名前をつけるか」という話から広げていく構成がうまい。令和ロマンの漫才って、唐突なところがまったくないんだよね。すべてが流れるように進んでいく。相当練りこまれているのを感じる。

 全体の流れがスムーズだから、ちょっと難しめのボケでもパワーで押し切ってしまう。ふつうさ、ビャンビャン麵、幼卒、刀Yなんて文字にしないと伝わらないじゃない。それで笑わせる力がすごい。

ビャンビャン麺のビャン

 令和ロマンのうまいところは、難解なボケとわかりやすいあるあるを混ぜてくるところだよね。ほけんだよりの風船とかね。テレビで観てたら「保護者会で漫才したいだろ」でなんで拍手笑いが起こるのかわからないんだけど(本来ならジャブ程度だよね)、そこにいたるまでの雰囲気や口調でねじ伏せてしまう。きっと生で観たらもっとおもしろいんだろうな。


ヤーレンズ (おにぎり屋さん)

 なんかちょっと間が悪かったな。本人たちも感じていたのか、ちょっと言葉に詰まっていた箇所が。ヤーレンズのようなテンポが命のコンビがリズムをくずされたら致命的だよなあ。

 テンポとネタがあってないように感じた。石川啄木、石川さゆり、KAT-TUNなどのこみいったボケはもうちょっと時間をかけてくれないと処理しきれない。

 緩急を少なくしてボケを詰めこんだことが去年の躍進の原因だったが、今年はそれが裏目に出てしまったなあ。疲れてきた時間帯に出てきたらもっとよかったんだろうけどね。


真空ジェシカ (商店街ロケ)

 毎度感心するのが導入の鮮やかさ。「子育て支援だろ、おまえがちゃんと否定しろこういうときは」と、導入でもきっちり強いパンチを叩きつけてくる。

 一個一個ボケの強度もすごいんだけど、真空ジェシカのすごいところはそれを単発にしないところ。

 ジャンプみたいな商店街→「ジャンプは最後までおもしろいんですけど」→「出口が近そうだな」の鮮やかさ(「迷走してる店が増えた!」と明言しないところがオシャレ)。

 武田よく寝た→もらい画像→ゆうじという人、「偏った政党のポスター」偏った政党大喜利→「今年の都知事選みたい」のように二つ三つ追撃を入れてくるのがすごい。

 都知事選もそうだが、「TVer?」や薬指を立てるボケのようなあぶなっかしさも魅力。いやあ、真空ジェシカってずっとクオリティ高いんだけどそれがさらにレベル上げてくるんだからすごいねえ。

 ネタもすごかったけど、ネタ後の「優勝するかもしれませんからね」に対する即座の「それみんなそうですから」も見事だった。天才だ。


マユリカ (同窓会)

 令和ロマンや真空ジェシカの緻密で隙の無いネタを観た後だったので、いろいろ粗さが目立ってしまった。同窓会という設定なのに女の子が校歌をはじめて聞いた設定とか。

 あとツッコミのセリフもいろいろ間違えてなかった?「どんな顔して明石海峡大橋渡ったん?」とか、最後の「なんでゆで卵担当せなあかんの」に「あんたらモーニングセットの」をつけたしたところとか。それがベストではないのでは、という気がした。

 ネタのうまさで魅せるコンビではなく、関西の漫才師に多いしゃべりのうまさで勝負するタイプなので、その分パワーのあるネタを持ってきてほしかった(その点敗者復活戦ではこの二人が舞妓を演じているだけでおもしろかったのでよかった)。

 去年もネタ後のトークがおもしろかったけど、今年も「大急ぎで負けに来たんですか?」「うんこサンドイッチの顔」などしっかり強い印象を残してくれた。


ダイタク (ヒーローインタビュー)

 ずっとストロングなしゃべくり双子漫才をやってきたダイタクが、ラストイヤーでM-1グランプリに合わせたこじんまりした枠に収める漫才をしているのを見てちょっと寂しくなってしまった。枠がある分笑いやすいけど、広がりを感じなかった。

 でも地元のショッピングモールに営業に来ていちばん笑うのはダイタクなんだろうな。とにかくわかりやすいし、どこを切り取ってもおもしろい。

 M-1の場にはちょっと合わなかったけど、THE SECONDにはあってるとおもうので、来年以降のダイタクが楽しみ。


ジョックロック (医療ドラマ)

 最初の「やっぱりちょっとカードつくるの怖いなー」がめちゃくちゃ良くて、次の「あんまぴんとこない人は健康な人生で良かったですねー」も良かっただけに、後半がしりすぼみになってしまった。あれだけたっぷり間をとってツッコむんなら、相当パワーがないとね。

 間が長いので、野外ステージとかでやったらすごくウケそう。

 とはいえ、システムが明るみになったここからは大変だろうね。余計な心配かもしれないが、南海キャンディーズが最初のインパクトを超えられなかったのを思い出してしまう。


バッテリィズ (偉人の名言)

 アホ漫才と言われていたが、とんでもない。すごく精密に練られた漫才だった。「悩んだことない」「名前書き忘れて落ちた」「毎日楽しいぞ」でしっかりエースのアホさを伝えておいて、徐々に名言に対するピュアなツッコミを聞かせてゆく。

 ただのアホにならないよう、楽しませたるわ、謝れるのはえらい、生きるのに意味なんかいらんねんなどポジティブな言葉でエースの魅力を伝えていく。たぶんほとんどのお客さんはバッテリィズは初見だったとおもうのだが、この数分間でみんなエースを好きになったんじゃないだろうか(だからこそ最後に頭を叩くツッコミをしたのは余計だったかな)。

 コントラストを利かすために寺家さんが落ち着いた口調で引き立て役に徹していたのも見事。こういうコンビで、相方が目立った時に負けじと前に出てくるツッコミも多いのだが、ネタ中もネタ後も寺家さんは後ろに引いていてすばらしい立ち居振る舞いだった。名捕手だなあ。


ママタルト (銭湯)

 ママタルトの漫才の魅力は檜原さんの長ツッコミにあるとおもうんだけど、初めて見る人はやっぱり大鶴肥満さんの巨躯に目を奪われてしまうのでこんな感じになっちゃうよなあ。もっとわかりやすいネタがあったとおもうんだけど。

 みんなの桶が、とか、子どもが車道に、とかは絵が浮かんできておもしろかったんだけどね。あんな感じのファンシーなネタを期待しちゃったな。「こんなにシャンプー丁寧やのに」とか、長々と待ったわりには伝わりにくかったな。

 審査員の点数が出るたびに顔を作っていたのがおもしろかったよ。


エバース (桜の樹の下で待ち合わせ)

 ツカミもなく、丁寧にフってからのボソッと「さすがに末締めだろ」はしびれる。声を張りたくなるとこだとおもうけど。勇気あるなあ。

 強靭なストーリーもさることながら「土地開発か」「女の子って空間把握能力ほとんどないもんね」「女町田」など、フレーズも言い方もおもしろい。強面のツッコミなのに優しさがにじみ出ていてどんどん引き込まれている。

 エバースはどのネタもすばらしいし二人の魅力も優れているし、完璧なコンビだよね。

 ぼくはエバースを大好きなんだけど、今回負けたことでちょっと安心した。ああよかった、これで来年以降もエバースの漫才をM-1で観られる。まだまだいいネタいっぱいあるし、キャラクターが知れ渡っても不利になるタイプじゃないし。一回で優勝しちゃうのはもったいない。それぐらいいいコンビ。


トム・ブラウン (ホストクラブに通う女の子の肝臓を守りたい)

 ふはははは。客にぜんぜんハマってないのが余計におもしろかった。ずっと何やってんのかわかんねえんだもん。

 二発撃つことにまったくツッコまないとか、「『Night of Fire』アラームにすんなよ!」のツッコむところそこじゃねえだろ感とか。コンテストの場じゃなくて、みんなで「何やってんだよ!」とか言いながら見るのにふさわしいネタだよなあ。

 いやあ、トム・ブラウンが世に認められる世界でよかったなあ。


■最終決戦


真空ジェシカ (ピアノがでかすぎるアンジェラ・アキのコンサート)

 いやあ、すばらしかった。これまでにM-1で観た二百本以上のネタの中でもトップクラスのおもしろさだった。

 ピアノがでかすぎることや歌詞がめちゃくちゃであることやぶちぎれるアンジェラ・アキが怖すぎることの説明が一切ないのがいい。わからないのにわかる。震えているガクさんの姿だけでも似合いすぎてずっとおもしろい。

 むちゃくちゃな設定なのに「信じる神によるけど」や「静かすぎて隣の長渕がうっすら聞こえてくる」といった深いボケが真空ジェシカらしい。ボケのためのボケじゃなくて、ちゃんとその世界に入りこんでいるからこそ出てくる発想だよね。

 トム・ブラウンのばかばかしさと、令和ロマンの緻密さの両方を兼ね備えたすばらしいネタだった。


令和ロマン (タイムスリップ)

 あの短時間で一人何役もこなしているのにスムーズに見られる表現力がすごい。

 一本目の席替えのネタとはうってかわって、なぜか固い、無言の乗馬、じじいの知ったか、泣く子には勝てないなど重めのボケが連なる。そして2.5次元、バトルシーン、歌で後半に盛り上がり所をつくる。憎らしいほど隙のない構成。

 所作のひとつひとつまでじっくり計算されているんだろうなあ、と感じた。


バッテリィズ(世界遺産)

 うーん、構成がしっかりしすぎてるな。お墓の畳みかけとか、芝居がかった言い回しとか。客がバッテリィズに求めていたのはこういうんじゃなかったんじゃないかなあ。もっとシンプルなつくりでエースの魅力が全面に出てくるような。

 まず最初に「世界遺産ってのがあるらしいねんけど」とエースが振るのがちがうんじゃない?

 とはいえ、お餅焼いてるとこが楽しいとか、公園や鍵穴にわくわくするとことか、エースのピュアさを伝えるのには十分すぎるネタ。



 いやあ、すばらしい大会だったね。

 2009年大会もそうだったけど、優勝候補とされているコンビが前半に出てくると、お客さんが後のことを気にせずめいっぱい笑える感じがある。後半のコンビへの期待が高まりすぎないのもいいしね。


 どのコンビもおもしろかったけど、やっぱり令和ロマンと真空ジェシカが頭ひとつ抜けていたように感じる。1本目の1位はバッテリィズだったけど、そこは出番順次第で変わってただろう。でも令和ロマンと真空ジェシカはどの出番順でも高確率で最終決戦に進めたんじゃないだろうか。それぐらい完成度が図抜けてた。

 もう来年の大会が楽しみ。真空ジェシカやエバースはまだまだいいネタあるだろうしなあ。


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2024年11月6日水曜日

【芸能鑑賞】『最強新コンビ決定戦 THEゴールデンコンビ』

最強新コンビ決定戦
THEゴールデンコンビ

(Amazon Prime)

内容(Amazon Primeより)
MC千鳥!即興コントで一番面白い新コンビが決まる最強新コンビ決定戦開幕! M-1王者/KOCチャンピオンなど、人気・実力を兼ね備えた16名の芸人が、この番組でしか見られない8組のオリジナルコンビを結成。 挑むのは、地下から迫り上がってくるダイナミックなステージと難攻不落のお題!さらには、容赦ないムチャぶりで追い込む超豪華タレントの刺客が! 全8ステージで、200人の観客が「最も面白くないコンビ」に投票。各ステージ1組が脱落していく超過酷な最強新コンビ決定戦! 即興コントが最も面白い新コンビ、”ゴールデンコンビ”に輝き、賞金1000万円を手にするのは!?

 

(勝敗に関するネタバレを含みます。ネタの内容についてはなるべく具体的に書かないようにしています)


2024年10月23日水曜日

【映画感想】『ふれる。』

 ふれる。

内容(公式HPより)
同じ島で育った幼馴染、秋と諒と優太。東京・高田馬場で共同生活を始めた三人は20歳になった現在でも親友同士。それは島から連れてきた不思議な生き物「ふれる」が持つテレパシーにも似た力で趣味も性格も違う彼らを結び付けていたからだ。お互いの身体に触れ合えば心の声が聴こえてくる- それは誰にも知られていない三人だけの秘密。しかし、ある事件がきっかけとなり、秋、諒、優太は、「ふれる」の力を通じて伝えたはずの心の声が聴こえないことに気づく。「ふれる」に隠されたもう一つの力が徐々に明らかになるにつれ、三人の友情は大きく揺れ動いていく-


 YOASOBIのファンである娘が、「YOASOBIが主題歌を歌っている映画を観てみたい」と言うので、主題歌以外前情報はまったくない状態で鑑賞。


 以下、ネタバレを含みます。

 謎の生物“ふれる”と出会った三人の少年。“ふれる”が近くにいると、身体を触れ合わせることで言葉を交わさずとも互いの心の中を伝えあえるようになる。この能力のおかげで三人は隠し事のない親友となり、やがて青年となった三人は“ふれる”とともに東京で同居生活を送ることになる。順調な三人暮らしだったが、女性の同居人を迎えたことでお互いの考えていることがうまく伝わらないことが増え……。


 うーん、最近よくあるアニメ映画って感じだなあ。ファンタジー設定はいいとして、後半は世界が崩れて主人公が内面世界へ吸い込まれる。で、変な世界で変な冒険をして、心情を叫んで、収束。

 なんで最近のオリジナルアニメ映画作品ってみんなこんな感じなんだ。何匹目のドジョウを狙ってるんだろう。


 それでも登場人物やストーリーが魅力的ならいいんだけど、『ふれる。』に関しては、登場人物のほとんどに共感できなかった。嫌なやつばっかり。

 他人とうまく話せなくて、もどかしくなるといきなり暴力に訴える主人公。

 女の子とキスをして、それをすぐ誇らしげに友人に語り、さらに交際記念サプライズパーティーとやらを勝手に開く男と、女のほうに付き合う気はないとわかると女を責めたてるその友人。

 ストーカーに追われているからといって、住人の一人が露骨に嫌がっているにも関わらずシェアハウスに強引に住みつき、さらに「この時間帯は洗面所に入らないように!」と身勝手ルールを作る女たち(個人的にはこれがいちばん嫌だった。ぼくだったらこんなことされたらどんな美人でも嫌いになる)。

 営業時間外の店(飲み物だけのバー)に入ってきて、店員のまかない飯を勝手に食う老人(それがなんと有名レストランのオーナーという無茶苦茶な設定)。

 全員嫌なヤツ。まともなのはバーのオーナーと島の先生ぐらい。“ふれる”はべつにかわいくないし、不気味さもないし、中途半端な造形だったな。

 まあ嫌なヤツが嫌なヤツと惚れたはれたをやってるのはお似合いだからいいんだけど、勝手にしろという以上の感想は出てこない。うまくいこうがフラれようがどうでもいい。

 で、ストーカーにつきまとわれているという理由で転がりこんできたくせに、女がひとりで夜道を歩いて案の定ストーカーに遭遇する。まあそうだろうね。あまりに予定調和的で、ストーリーを進めるために襲われただけにしか見えない。


 で、そのへんからいざこざがあって、“ふれる”が単に心を伝えるだけでなく悪意やいさかいの種をフィルタリングしていることが判明。このへんはちょっとおもしろくなりそうだったのに、主人公たちは内面世界へ連れていかれてしまう。あーあ、現実世界でうまく解決する方法を思いつかなくて内面世界へと逃げちゃったんだな。はっきり言って手抜きだよなあ、こういう演出。困ったら異次元をさまよわせとけばいいとおもってるんだろうな。

 そして伝えられるメッセージが「軋轢を恐れずにちゃんと言葉にして伝えるのが大事だよね」なんだけど、安易に登場人物たちを内面世界に飛ばしといてそれを言うのかよ。制作者が観客との対話から逃げてるじゃん。

 終盤は、登場人物たちがべらべら内面を吐露しはじめる。ダサいことこの上ない。打算なく己の心の中を素直にぶちまけるやつを見たことあるか? 行動や表情で感情を表現することができないから、内面の吐露をやらせちゃうんだろうな。人間はみんな正直な感情を言葉に出して伝えることができないからこそ、“ふれる”が価値を持つんじゃないの?


 ……と悪口ばかり書いてしまったけど、本当のところはそこまで悪い映画ではなかった(登場人物がみんな嫌なやつなのは本当だけど)。

 細かいところがいろいろ気になっただけで、大筋としては悪くない。ただ、ほんとに「悪くない」というレベルで、この映画にしかない要素は特になかった。


 ただやっぱり細部が雑なんだよなあ。

 二十歳ぐらいの男三人がいて、エロいことに関する考えがまったくないこと。考えていることがそのまま伝わってしまうなら、エロばっかりになってしまいそうなもんだけど。それも“ふれる。”のフィルター? “ふれる。”は争いの種とエロをフィルタリングするのか? YouTubeかよ。

 離島とはいえそこそこ人口がいたし、同年代の女の子も描かれている。島でも恋愛はあっただろうに、そこで“ふれる。”フィルターは発動しなかったのか? 発動していたらそれでフィルターの存在に気づきそうなもんだけどな。

 これまで十数年心を通わせてきた三人なのに、フィルターの存在にまったく気づかなかったってのはだいぶ無理がある設定だ。

あらすじに“三人は20歳になった現在でも親友同士。それは島から連れてきた不思議な生き物「ふれる」が持つテレパシーにも似た力で趣味も性格も違う彼らを結び付けていたからだ。”とあるけれど、ほんとにこれがすべてなんだろうな。映画内では省略したっていいけれど、制作側は「十数年の背景」を考えておく必要がある。けれどそれをしていない。だからあちこちほころびが生じる。


 表面上はそれなりにうまくまとまっているけれど、骨のない作品だった。


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2024年10月21日月曜日

キングオブコント2024の感想


ロングコートダディ (花屋)

 花屋に花束を買いに来た客。「花のことはよくわからないのでおまかせします」と言いながら、できあがった花束にケチばかりつけて……。

 花屋という設定、花束だけの必要最小限のセット、芝居の枠を出ない抑えめかつ辛辣なツッコミと、とにかくおしゃれなコント。おしゃれでありながらトップバッターで大きな笑いをとるパワーも隠し持っている。そして平気で人の神経を逆なでしそうなことを言いそうな兎さん、弱気そうな見た目でずばっときついことを言う堂前さんという当人たちのキャラクターにもあっているすばらしいコント。審査員をうならせるセンスと観客受けするベタさを兼ね備えている。

 とことんうざい客(でも現実にいそうなちょうどいいライン)の言動に対して、花屋の店員という立場を守ったまま花言葉で返す店員。それにもひるむことなく「こっちが譲ってやる」とばかりに偉そうな立場を崩さない客。目に見えない火花が飛び交うようなせめぎあいが見事。この客のような人間はどこにでもいて、誰しも「明確な指示を出せないくせにアウトプットにだけとにかくケチをつけるクライアント(あるいは上司)」に辟易した経験があるからこそ、花屋の店員の反撃に溜飲が下がる。不快でありながら胸がすっとする。

 終盤でドラマチックな展開を用意しながらも安易なハッピーエンドに持っていかず「まだマイナスです」と赤裸々かつ婉曲的な表現のオチ。一から十まですばらしいコントだった。


ダンビラムーチョ (四発太鼓)

 一曲で四発しか打ってはいけないという謎のルールのある伝統芸「富安四発太鼓」を披露する中年男性とそれを見物する若い男。

 四発しか打てないという謎設定もばかばかしければ、早々に三発打ってしまうのもばかばかしい。カッカッカッで使ってしまうのもばかばかしいし、うっかりバチが当たってしまうのもくだらない。とにかくばかばかしいコントでありながら音響スタッフに対して厳しい、そのせいで仲間が減っているなど背景が見えてくる細かい設定もニクい(審査員の山内さんが指摘していたけどイヤな腕時計もいい)。二人の顔や体形が田舎の祭りにいるおじさんと純朴な学生っぽい感じなのも高ポイント。

 終盤の観客が参加するあたりからは予定調和的な流れだったかな。本当は五発以上叩きたかったという心情を吐露するあたりは好きだった。

 ロバートの秋山さんが高得点をつけていたのが印象的。たしかにロバートのコントっぽい設定だよなあ。

 あまり頭を使わずに観られるネタだったので、序盤じゃなくて10本目とかの疲れてきた時間帯に見たかったな。


シティホテル3号室 (テレビショッピング)

 テレビショッピングで、商品メーカーの社長が止めるのも聞かずに司会の芸人が暴走してむりやり値下げをさせてしまう。とおもいきや、それすらも社長の書いた筋書きであることが明らかになり……。

 うーん。最近よく見る「開始1分ぐらいで意外な設定が明らかになるコント」だけど、その意外性のレベルが低かったな。正直、予想の範疇だった。「実はシナリオ通りでした」はキングオブコントの舞台だけでも、しずるやザ・マミィも披露しているし。

 本当の設定が明らかになった後の展開も「この設定だったらこれぐらいやるだろう」と観ている側が想像する範囲。審査員には芝居がうまいと言われていたが、種明かしが中心なので言動がすべて説明的でまったくうまいとおもえなかったなあ。

 劇中劇のシナリオについて言及するネタって、よく考えられている風に見せられる反面、台本の余白が少なくなっちゃうんだよな。


や団 (一万円札)

 職場の休憩スペースで、財布から一万円札がなくなっていることが発覚。正義感の強い同僚が犯人探しをはじめるが、正義感の強さゆえに海外の麻薬捜査官のような厳しい取り調べをしだして……。

 おもしろい。かなり無理のある設定なのだが、熱量とディティールの細かさで押し切ってしまう。つくづく力のあるトリオだ。三人のキャラクターも浸透してきて、受け入れられやすくなった。

 しかし、どうしてもや団がキングオブコント初登場時に披露した「キャンプ」のネタを想起してしまう。ネタの構造がほとんど一緒なんだよな。そしてキャンプでは伊藤さんの狂気にくわえて「埋められそうになっているのにネタばらしをしようとしない」中嶋さんの異常さも光っていたが、このネタでは捜査に協力的な中嶋さんはそんなに異常ではない。「自分の潔白を証明したい」という動機が理解できるから。このネタもいいネタなんだけど、「キャンプ」が印象的だったがゆえにどうしても比べてしまう。

 本筋だけでなく、子どもの描いた絵、誕生日といったディティールもうまく使い、ラストで真犯人が明らかになることでもう一度見え方がひっくりかえるという隙のない構成。トリオでしか表現できないコントだった。


コットン (人形遊び)

 公園で人形遊びをしている子ども。その演技があまりにも真に迫っているため、隣で聞いていた老人もだんだん引き込まれていき……。

 まず、今こういうネタをやるのか、と驚いてしまった。悪い意味で。人形劇ネタといえば、二十年以上前にFUJIWARAや次長課長がよくやっていた印象で、つまり「古い」。お医者さんコントと一緒で手垢にまみれているので、よほど新しい切り口がないと厳しい。それもいろんな人形劇コントを見てきた歴戦の芸人審査員の前で。

 で、新しい切り口があったかというと……。何もなかった。観ている人が劇中に入り込んでしまうのも予想通り(逆にそれをしない人形劇コントのほうがめずらしいのでは)。

 たしかに西村さんの芝居はうまい。が、劇中劇のシナリオのほうが目も当てられないほど平凡。幼なじみの男女、悪くてかっこいい先輩、実は女たらしで人の心のない最低なやつ、それに迎合する舎弟、何から何まで「どっかで何度も見たことある」ストーリーだ。みゆき、というヒロインの名前も含めてまるで知恵を絞った形跡がない(どうでもいいけどコントに出てくる女性の名前はみゆきが圧倒的に多いのはなんでだろう。ネルソンズとか毎回みゆきだ)。そして観客が人形劇の世界に入り込んでしまうという設定も、人形劇コントの定番。

 これは教養の問題だろうな。明るくて、見た目もよくて、芸達者で、周囲から愛されるコットンというコンビの最大の弱点といっていいかもしれない。

 よく知らないけど、たぶん彼らは努力家で、たくさん他の芸人のコントも見てきたのだろう。ただコント以外の教養が感じられない。たくさん映画を観たり、いろんな小説を読んだり、成功しなかった人と会って話をしたり、あるいは孤独の中で妄想を膨らませたり、そういうバックボーンが感じられないんだよな。だから「どこかで見聞きしたような話」しか展開できない。題材はテレビの世界の中にあるものだけ。

 一般審査だったらこのコントのウケはかなり上位だったんじゃないかとおもう。ただ「どうやったらこんな発想思いつくんだ」とうならされれるようなものをぼくはひとつも感じなかった。演者としてはすごい二人なんだけど。


ニッポンの社長 (野球部)

 強豪野球部に入ってきた新入生。守備もバッティングもピッチングも言うことなしだが、声が小さいという理由で監督にしごかれる……。

 上に書いた説明がストーリーのすべて。なのだが、めちゃくちゃおもしろい。むちゃくちゃだし、最初の「声小さいねん」以降は基本的に同じことのくりかえしで大きな裏切りもないのだが、なぜか笑いが増幅してゆく。

 声を張らない辻さんのツッコミ、風貌に似合わない野球センスとどれだけひどい目に遭ってもかわいそうに見えないという摩訶不思議な能力を持ったケツさんのパワーが存分に発揮されていた。いちばんゲラゲラ笑えるコントだった。

 そして風刺も感じる。野球部ってこういうとこあるもんな。どれだけいいプレーをしても、見せかけの元気がなかったら評価されない。勝利よりもフェアプレーよりも選手の成長よりも、監督や先輩の満足感のほうが優先される。ぼくがいた高校でも「バントのサインを無視して打ちにいって長打になったのに監督から叱られてスタメンを外された」部員がいた。うーん、野球部。


ファイヤーサンダー (毒舌ツッコミ)

 『毒舌散歩』という番組で待ちゆく人々に口汚いツッコミを浴びせた芸人のもとに刑事が訪ねてきて「警察に来てほしい」と告げる。刑事によると、芸人が番組内で口にしたツッコミがことごとく的中していて……。

 こちらも「開始1分ぐらいで意外な設定が明らかになるコント」。ただ、この手のコントを数多く手がけているファイヤーサンダーだけあって演出が見事。「警察に来てほしい」というミスリードでしっかりと緊張感を高めて「毒舌が過ぎて起訴されたのかな」と思わせておいて、「本当にそうでした」の一言で見事に裏切る。スカウトだったことを明かした後も「あの日の阿佐ヶ谷」「巡回」「たとえすぎた」などのフレーズでしっかりと笑いを重ね、刑事の裏の顔に迫る展開でファーストインパクト頼りにしない。とはいえ、それだけやってもこの手の種明かし系コントはどうしても尻すぼみになってしまうんだけど。

 構成がよくできてはいるが、惜しむらくはこてつさんの芝居。わかりやすさ重視のコントの芝居って感じで、どう考えても毒舌芸人として人気が出るタイプじゃない。

 ファイヤーサンダーの脚本をコットンが演じたら最強かもしれんな。


cacao

 部員二人しかないためグラウンドが使えない弱小野球部。しかたなく狭い部室内でキャッチボールをするがどんどん上達してゆき……。


 フレッシュで動きがあって見ていて楽しいんだけど、これはコントというより創作ダンスだよなあ。上手で楽しいダンスでした。


隣人 (チンパンジーと同居)

 チンパンジーと同居しているおじいさん。どんどん知恵をつけていって機械音声を使って人間くさい会話までできるようになったチンパンジーに恐怖を感じるようになったおじいさんが、チンパンジーに出ていくように命じるが……。

 ん-、どうも中途半端。じっさい賢いチンパンジーは人間とコミュニケーションとれるしなあ。機械音声を使ったら、チンパンジーがすごいのか機械音声のほうがすごいのかわかりにくくなるし。異常な世界でもなければ、すごくリアルでもない。

 そして、おじいさんが冷淡すぎる。長年いっしょに住んだチンパンジーをいきなりあんな感じで追いだすだろうか。目も合わせずに今から出ていってください、ってひどすぎない? 別れがつらいからわざと冷淡にふるまってる設定なのかとおもいきや、そういうわけでもなさそうだし。

 十年一緒に生きてきてはずの背景がまるで感じられない。誰もが認めるチンパンジーコントの第一人者にしてはちょっと細部をおろそかにしすぎてないか。


ラブレターズ (どんぐり)

 息子が引きこもって家から一歩も出ようとしないことを嘆く両親。だが息子の服のポケットからどんぐりが出てきたのを見つけ、息子が外に出ているのでは? と希望を持ちはじめる……。

 よくできた脚本だとはおもう。スリリングな展開に似つかわしくないどんぐりという小道具がいい味を出している。どんぐりは腐るかどうかで時間を使う必要はなかったんじゃないかとおもうが、ぶちまけられるどんぐりは見ごたえがあった。

 でもなあ。芝居がよくない。昨年の『結婚の挨拶』のネタもそうだったが、いきなりピークに達しちゃうんだよな、ラブレターズとジャングルポケットは。突然声を張り上げちゃう。0からすぐ100のテンションに達しちゃう。

 息子が聞いているかもしれない状況であんな大声を張り上げるわけないじゃない。疑惑が確信に変わったところでおもわず大きな声が漏れてしまって妻にたしなめられる、ぐらいにしてほしい。

 悪い意味で熱量がすごくて、何を言っているのか聞き取りづらい部分もしばしば。あの夫婦が背負ってきたはずの年月が感じられなかった。




 以下、最終決戦の感想。


ラブレターズ (海辺)

 海辺にいる女性に外国人男性が声をかけたところ、女性がスキンヘッドであること、ジュビロ磐田の熱狂的すぎるサポーターであることが判明し……。

 海岸、流木、スキンヘッドの女性、日本語がうまいことを鼻にかける外国人、ジュビロ磐田のサポーター、願掛けのバリカン、釣りで大物がかかる……と、とにかく要素詰め込みすぎなコント。たぶん意識的にやっているのであろう。

 あえてコントのセオリーからはみだすことで狂気的な世界を表現したかったのだろうけど、伝わってくるのは「狂気的なものを表現しようとしている姿勢」だけ。内面からにじみ出てくるような異常さはまるで感じない。

 昔、付き合いで大学生の小劇団の演劇を観にいったことがあるが、ちょうどこんな感じだった。わけのわからないものが次々に現れ、常識の埒外にある登場人物がわかりやすく己の非常識さを説明してくれる。「ああ、シュールレアリスムをやりたいんだな」とはっきりわかる演劇だった。


ロングコートダディ (ウィザード)

 呪いを解くために、石の魔物に宝玉を捧げる冒険者。だが魔物の腕にかけるのではなく、台座に置くのが正解。そのことを伝えようとする魔物だが、冒険者に言葉が通じず悪戦苦闘……。

 言葉が通じなくてもどかしい、という一点で勝負したネタ。魔物語が日本語と真逆の意味になる、日本語の音に近いなどの変化をつけてはいるが、どうしても単調な印象はいなめない。モニターを使うだけならいいが、観客がモニターを見て笑う形になってしまうのは、ロングコートダディの魅力を失わせてしまっている。

 一本目のネタが「シンプルなセットで表層に表れない複雑なコミュニケーション」を描いていたからこそ余計に、「大がかりなセットで単純なディスコミュニケーション」を笑いにしたこのコントが軽く感じられてしまった。せめて魔物が顔を出して表情を伝えてくれていたらなあ。


ファイヤーサンダー (全裸マラソン)

 九人しかいない野球部が甲子園を目指していることをバカにする不良生徒。「おまえらが甲子園に出られたら全裸でフルマラソン走ってやるよ」と笑う不良生徒だが、翌日から全裸マラソンに向けての練習をはじめる……。

 これまた「開始1分で設定が割れる」系コント。設定判明後も全裸マラソン用のフォーム、校長にかけあうなどの展開を用意してはいるが、ファーストインパクトよりは見劣りした。右肩下がりの印象。終盤の不良生徒がチームに加わる展開も、すでにいいやつであることが判明しているので驚きはない。

 一本目がサスペンス展開だった分、こちらは平坦なまま終わってしまった印象。




 審査に関しては……。まあ言いたいことはいろいろあるけれど、言ってもしかたのないことなので書かない。

 人間が審査してる以上、好みで結果が決まるのはしょうがない。

 初期のキングオブコントに比べれば、明らかに全体のレベルは上がっている。「わかりやすく変なやつが出てきて変な言動をする」みたいなコントはほとんど見られないし、うならせるアイディアを二つも三つも放りこむネタが増えている。

 上位に関してはもうほとんど差はない。ネタ順とかその日の客層とかでぜんぜんちがう結果になっていただろう。百点満点でシビアに点をつけることに意味があるのか、という気もする。各審査員が三組ずつ選ぶ、とかでもいいんじゃなかろうか。


 だから。もう勝敗はどうでもいいからネタ数を増やしてくれ。結局好みの問題でしかないんだから審査員コメントの時間を削ってネタ時間を増やしてくれ。

 特に今年は審査員コメントパートがひどかった。「コメント二周目」のやりとりを何回やるんだ。松本さんがいない分、浜田さんがボケなきゃと気負っていたのかなあ。

 あんなに時間があまってるならその分ネタ数を増やしてほしい。できれば初期キングオブコントのように全組二本ずつ。絶対に二本できる確証があれば冒険的なネタもできるし、強いネタを後半に置いとくこともできる。

 M-1のように競技性を高めるんじゃなくてお祭り感を強めるほうに向かってほしいな。二本目のためにセットを作っている大道具担当がかわいそうだし。二本目に用意していたのに披露できなかったネタ、芸人は他の場で披露すればいいけど、セットは日の目を浴びることなく壊されるわけでしょ。エコじゃない。


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2024年7月17日水曜日

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第45回ABCお笑いグランプリ(2024.7.7)の感想。


■Aブロック

ぐろう

 相方から自転車を借りたところ、職務質問をされた。なんと自転車を貸してくれた相方が被害届を出していた……。

 というすばらしい導入の漫才。が、そこがピークで、中盤の示談金をせしめようとしてくるあたりでスケールダウンしてしまう。「何のために!?」という得体の知れなさが、金銭目的といういちばんつまらない形で処理されてしまったのが残念。

 とはいえこれまでにいくつか見たぐろうの漫才は、家村さんが一方的に持論を展開する形だったので、相方が反撃を見せるという点で進歩の兆しを感じた。


天才ピアニスト

 タクシーの車内で上司に対して遅刻の言い訳をしていたら、運転手が嘘につきあってくれる……というコント。

 審査員に指摘されていたように窮地を救ってくれた運転手への感謝が足りないし、そもそもあの状況で噓に付き合ってくれる運転手って感謝だけでなく同時に気持ち悪さも感じるだろうに、そのへんの心理描写はカットしてただ「ありがとうございます」で済ませてしまうのはちょっと平板すぎる気もする。

 しかし声帯模写の達者さに、まだこんな引き出しがあったのかと奥の深さを感じた。次々と新しい設定のコントを考えてくる竹内さんと、それを最高の形で表現するますみさん。つくづくいいコンビだとおもう。


ダウ90000

 とにかくシチュエーションが自然で鮮やか。「家飲みの最中にそのテンションに疲れてしまってベランダに出てしんみりしゃべっているシーン」をコントにできる人はそう多くないだろう。それを缶ひとつと短いやりとりだけで伝えてしまえる芝居のうまさよ。

 さらにあの短い時間で、八人の登場人物を自然に登場させてそれぞれに持ち味を発揮させ、楽しさ、滑稽さ、驚き、失恋の悲しみ、同情、それに対する感謝の気持ちと切なさなどを表現して、それでいて詰め込みすぎに感じさせない自然さ。見事なドラマを見せ、それと同時にギャグやペーソスを散りばめてしっかりコントの形に落とし込む。

 つくづく見事。完成されすぎて逆に新人賞にふさわしくないとさえ感じてしまう。それにしても、まるで祭りに参加するように楽しそうな感じで毎年参加している姿は見ていて心温まる。


金魚番長

 オーケストラをテーマにした漫才。すごく達者なのだしネタもおもしろいし腕もある。だが、どうもスタイルそのものに目新しさを感じないというか。

「ひとりが次々に不可解な行動をとり、それに対して(コント世界の)外側にいる相方がツッコミを入れることで行動の謎が解ける」というスタイルの漫才は霜降り明星以降めずらしいものではなくなり、よほどの新奇性がないと「おもしろいんだけどどこかで見たことがあるような感じ」に映ってしまう。

 とはいえまだまだ若いコンビなのでこれから自分たちの強固なスタイルを築いてくれるのだろう。


 最終決戦に進出したのはダウ90000。


Bブロック

エバース

 車を持ってないのにドライブデートをすると約束をしてしまったので、相方に車になってほしいと頼むという漫才。

 突拍子もない設定でありながら、妙にディティールが詰められていて論理と非論理のはざまを揺れ動くようなエバースらしいネタ。ルンバで進むあたりはわりとベタな発想だったが、「やっと追いついた」「陰性、ヤバっ」「陰性のルンバ車」など次々に他の追随を許さない発想が飛び出し、怒涛の盛り上がりを見せた。

 その分、前半で佐々木さんがガッチガチに緊張していて、その緊張が映ったのかコンビ両方何度か言い間違いをしてしまうミスがあったのが残念。ああいうわかりやすいミスがあると、審査に迷ったときの判断材料になっちゃうだろうねえ。


やました

 一方的にしゃべりすぎる女性が恋人から別れを切り出されるひとりコント。

 おもしろい人、達者な人とはおもいますが、いかんせんこのタイプのコントは既視感がぬぐえないな……。なぜか女性芸人ばかりなんだよな。「人の話を聞かずにずっとしゃべってる男」「しょうもないだじゃれを連発する男」はめずらしくないから、男が演じてもおかしくないのかな。


フランスピアノ

 パントマイムを題材にしたコント。軽いものを重く見せるのではなく、重いものを軽く見せるおかしさ一辺倒で進んでしまったのが残念。そもそも軽いものを重く見せるパントマイム自体がそれほどなじみがないものなんじゃないか。


青色1号

 アナウンサー採用面接を舞台にしたコント。失敗をくりかえしている応募者が自分の置かれた実況をはじめ、それに呼応するようにアナウンス部長も熱の入った実況をはじめてしまう……。

 後半にいくにつれて盛り上がる展開、ミスの許されない脚本と熱の入った演技、たまにさしこまれる解説者のようなアクセントも効いてソツのないコント。

 ただ個人的には三人とも熱量の高いコントが好きじゃないんだよね。三人ともが熱いと喧嘩みたいになっちゃう。おかしさって盛り上がった後の冷静になった瞬間に訪れるとおもっているので。


 勝ち上がりは青色1号。まあいちばん失点が少なかったもんなあ。個人的にはエバースが勝てなかったのが残念。


Cブロック


令和ロマン

 猫ノ島という怪しい島を題材にした漫才。

 M-1優勝により知名度が高くなったおかげでお客さんもすんなり世界に入ってくれる。世界に引き込む形の漫才をするこのコンビにとっては大きなアドバンテージだろう。

 話があっちこっちに行くし漫画的なぶっとんだボケが随所に入るのだが、どんなに乱暴に揺さぶっても堂々たるたたずまいを見せる松井ケムリさんのおかげで軸が揺るがないのがすごい。どんな目に遭ってもケムリはケムリでいられるもんな。


かが屋

 始業前の教室を舞台にしたコント。定期券を落とした生徒と、それを拾ってあげた友人が織りなすドタバタ。

 いやあ、良かった。これまで観たかが屋史上もっともおもしろかった。ちょっとした冗談のつもりだったのに本気で友人を怒らせてしまって傷つく生徒の気持ちも、自分の勘違いで友人にひどい言葉をぶつけてしまって悔やむも引っ込みがつかなくなって素直に謝れない生徒の気持ちも、よくわかる。切ないドラマなんだけど、優しい方言で包みこんでいるのと、「地獄の空気」というちょうど学生らしいワード、「同窓会で大スター」や「五分経ってないんや」など急に俯瞰で見るような視点の切り替えによってアクセントをつけている。

 特に「五分経ってないんや」は屈指の名セリフで、何がすごいって、絶妙のあるあるでありながら、観ている側の気持ちとぴったり一致しているところ。あの濃密なドラマが五分もかかっていないなんて。


フースーヤ

 えー、ぜんぜんおぼえてないです。フースーヤってそんなもんだからね。

 いちばんおもしろかったのは、大会オープニングのVTRでピン芸人やコント師が「ピン芸でかきまわしてやる!」「コントがいちばん強い!」みたいなコメントを言った後にフースーヤが「漫才をなめるなよ」ってコメントを出してたところ。

 誰が言うてんねん。


ぎょねこ

 円周率の暗記をテーマにしたコント。

 審査員が「知的なネタ」とコメントしていたが、そういうコメントが出るってことはそんなにおもしろくなかったってことなんだよね。個人的にはこういうロジカルなネタは好きなんだけど、台本のおもしろさだけでは勝てないよなあ。

 昔のABCグランプリでジグザグジギーが毎回勝てなかったのをおもいだした。


 勝ち上がったのは令和ロマン。うーん、かが屋が良かっただけに残念。



ファイナルステージ


令和ロマン

 実家に帰ったら、HUNTER×HUNTERのゾルディック家みたいになっていた、という漫才コント。

 一本目のネタが漫画的だったのでちがうのを観たいとおもっていたのだが、輪をかけて漫画チックだったのでなんだか萎えてしまった。

 さんざんあれこれやってきて、最後が「妹ちっちゃい」というシンプルすぎるボケだったのが妙におもしろかった。


青色1号

 三人で英語禁止ゲームをしたら、二人が異常に弱すぎてどんどん金を出してゆく……というコント。

「英語禁止ゲームすぐに英語を言っちゃう」という弱めの笑いがずっとくりかえされていたので大きな仕掛けがあるのかとおもったら、誕生日祝いというこれまた弱めの仕掛け……。

 ぐろうの「真相がわかったことで得体の知れなさがなくなってしまう」のと同じように、これも誕生日祝いであることがわかったことで一気に狂気性が薄れてしまった。


ダウ90000

 浮気相手と喫茶店にいたら、偶然彼女がやってきて、会社の同僚のふりをするコント。

 別人のふりをするドタバタコント、ってのはちょっとダウにしてはベタすぎる気もする。とはいえ「芸能人の誕生日めっちゃおぼえてる人」「仕事のできる坂下さん」など絶妙なリアリティを織り交ぜてくるあたりはさすが。

 八人がでてきて、それぞれが別人のふりをする……となるとさすがに話が混みいりすぎて、この短時間で表現するのは難しかったかな。


 ということで優勝は令和ロマン。大会当初からあった「誰が令和ロマンを倒すんだ?」の雰囲気通りの展開になったけど、最後に青色1号もダウ90000も失速しちゃったもんなあ。



 ABCお笑いグランプリの魅力は、ネタもさることながら、それ以外のトーク部分。毎年、ネタ以外の部分で大きな笑いが起きるのが特徴。審査員が笑わせてくれるし、去年の「彼は声優の専門学校に行ってました」はコント以上のコントだった。

 今年は一本目ネタ終わりのダウ「二本目はミュージカルやります」→金魚番長「ワンピース歌舞伎やります」で、エンディングでのまさかのワンピース歌舞伎。あの度胸、実行力、そして急遽用意したにしては高すぎるクオリティ。「こりゃあ金魚番長は売れるな」とおもわせてくれた。

 令和ロマン高比良さんのヒール立ち回りも大会の盛り上がりに大きく貢献していたし、やっぱり番組全体のおもしろさでいうといちばん好きな大会だなあ。


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2024年5月21日火曜日

THE SECOND(2024.5.18放送)の感想


 THE SECOND(第2回大会)の感想。


 渋い渋いと言われていた前回大会でも、テレビタレントとしておなじみの三四郎やスピードワゴンがいたり、テンダラーや超新塾といった華やかな人たちがいたりしていたのだが、今大会でテレビでよく見るのはタイムマシーン3号とななまがりぐらい。どっちも見た目人気はまるでなさそうなコンビだし、他のコンビにいたっては知名度もなければビジュアルもアレな感じで、見た目に華があるのはラフ次元ぐらいか。2022年までのM-1グランプリの人気投票、じゃなかった視聴者投票システムの敗者復活戦だったらどんなにおもしろくてもぜったいに勝ち上がれなかったであろうコンビたち。最高。とにかく『THE SECOND』らしいくすんだ色のメンバーが集まっていてすばらしい。


 優勝はガクテンソク。これまでの彼らの漫才のいろんなくだりを詰め込んだ、3枚組ベストアルバムといった感じの圧巻のパフォーマンス。短い時間に6分×3本のネタをぶつけるこのシステムだと、やっぱり正統派しゃべくり漫才が強いね。というかインパクト勝負のネタだと、1日2本が限界。


  個人的にいちばん良かったのはザ・パンチ。16年ぶりのファイナリストだそうだが、ほぼ16年ぶりにネタを観た人も多いのでは。ぼくもそのひとり。「あのザ・パンチが16年の紆余曲折を経てこうなったかー」と感慨深いものがあった。昔の「死んで~」はやっぱりどぎつかった(だって死ななきゃいけないほどのことをしてないんだもん)、年を取っていい感じに丸みを帯びてすごく見やすくなった。ずっと楽しそうに漫才をしていた。

 ずーっと隙間なくしゃべっていて、そこが最高におもしろいんだけど、さすがに18分も聴いていると疲れてしまう。そして後半は明らかにネタが弱くなっていて、キャラクターのおもしろさも新鮮さを失い、3本目の序盤ぐらいで魔法が解けたようにすーっとお客さんが離れていくのがテレビ越しにも伝わった。そこもまたおもしろかったな。去年のマシンガンズのように。


 ハンジロウ。元嫁カフェはすごくいいネタなんだけど、着想のおもしろさで勝つには6分という時間はちょっと長すぎたかな。

 元嫁、という設定がおじさんにちょうどマッチしていて、THE SECONDという大会の一本目にふさわしいネタだった。


 金属バットは、去年もそうだったけど、意外にきっちり作りこんだネタで勝ちにくるんだよね。ガラの悪いラーメンズ、って感じだった。「あかんポリおる」みたいなシンプルなワードからはじまって、徐々にストーリー性を持たせる、1行ずつ切ってきっちりオチをつける、とずいぶんしっかりと作りこまれた構成。これはこれでいいんだけど、金属バットには「どこまでがネタでどこまでがアドリブかわからない」ネタを期待しちゃうんだよな。それだけの話術があるコンビだからこそ。


 ラフ次元。華やかさがあって、見た目も悪くなくて、ポップで、どうして若いときに人気が出てこなかったんだろうとおもわせるコンビだった。関西の番組ですらほとんど目にすることがなかった。

 これまたよく考えられたいいネタだったんだけど、THE SECONDで求められるのはこういう前半をフリに使って後半回収するタイプの漫才じゃないよな、という気もする。ラフ次元というコンビを知ってもらうのにちょうどいい名刺のような漫才だった。


 ななまがり。おもしろさはわかるけど、これを6分はさすがにちょっと飽きるかな。まして12分見たいとはおもえなかった。おもしろワードの羅列で、ストーリーなんてあってないようなものだからな。1点票が多いのは、このコンビにとっては名誉みたいなもんでしょう。


 タモンズ。ネタは弱かったが、演者の人間性だけで魅せるTHE SECONDらしい漫才。深く考えずにぼんやり聴いているだけでけっこう楽しい。それはそうとレイクのツカミ、さすがにこの時代にはもう古くない? 


 タイムマシーン3号は安定のおもしろさ。ただその安定感ゆえに負けてしまったのかな。安定しているがゆえに、ここで勝たせてあげたい、という気にならない。今回の出場者の中では圧倒的に売れてるし。売れているコンビがこの大会で勝つためには、去年の三四郎のようになりふりかまわぬあぶなっかしさが必要だね。


 ということで、レッドカーペットなどで活躍していたコンビがひさしぶりに表舞台に帰ってきた新鮮さが受けて決勝に進むけど最後で新鮮さが薄れてネタ切れも起こし、結局はさんざん舞台に立ってきた正統派しゃべくり漫才師が地肩の強さを見せて圧倒的大差で勝つ、という、昨年大会と同じような流れになりましたね。この感じでいうと、次回の優勝は2丁拳銃あたりか。

 やっぱり1日3ネタは多いよね。勝てるコンビが限られてしまう。演じる側の消耗も激しいだろうし、観ているほうも疲れる。このへんは改善の余地がありそう。あと先攻の1勝6敗(昨年は2勝5敗)という後攻有利な採点システムと。


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2024年3月13日水曜日

R-1グランプリ2024の感想

R-1グランプリ2024の感想。


真輝志 (入学初日)

 おもしろかった。個人的には優勝でもいいぐらい。

 青春アニメの第一話のような導入から、ナレーションによって微妙な未来を提示される。そのくりかえしから、執拗な軟式ラグビー部、女子生徒、英語、天の声が壊れる、女子生徒の人生との交錯など様々な変化をつけて飽きさせない。

 変化はあれど、ちゃんと最初の設定は壊さない。このバランス感が見事。寿司屋に行ったらいろんな種類の寿司を食べたいけど、だからってハンバーグおにぎりとかはちがうもんね。いくらおいしかろうと寿司の枠は壊さないでほしい。


ルシファー吉岡 (婚活パーティー)

 今までは見たルシファー吉岡のネタってたいていルシファーがヤバい人だったけど、このネタに関してはルシファーはツッコミ役。ちょっといい人すぎて変ではあるけど、でもまあ常識人の範囲にはおさまっている。これはこれでいい、というか、R-1グランプリという大会ではこっちのほうがいいんだろうな。

「ヤバい人」より「ヤバい人にふりまわされる人」のほうが安心して笑えるもんね。ベルの音や「私以前、私以後」といったフレーズの使い方も見事。

 でも個人的には、ずっとやってきた下ネタを捨てて、大会にあわせにきたルシファーさんを見るのはちょっと寂しい気もしたな。


街裏ぴんく (温水プール)

 前評判がよかったので楽しみにしていたのだが、期待外れだったな。やろうとしていることはわかるんだけどそれだったらもっとうまいやり方があったんじゃないの?

 だって「温水プールに行ったら石川啄木がいた」って嘘がすぎるじゃない。嘘のおもしろさってさ、「嘘かほんとかわからないけど自分にはギリギリ嘘だとわかる」ぐらいのラインを突くのがいちばんおもしろいわけじゃない。「おつむの弱い人はわからないけど自分にはわかる」ぐらいが。

 なんかさ、最初はもっと絶妙な嘘をついて(嘘っぽいけどありえなくもないぐらいの)、そこからちょこちょこ嘘を発展させて、でもときどき真実性の高いことも混ぜて……みたいな構成のネタを見てみたかったな。ハライチのラジオで岩井さんがやっているような。

 石川川石とか言ったときは一部の客が「へえー」とか言ってて、そうそうこういう嘘! とおもったんだけど、その後もまた真っ赤な嘘に終始してしまった。


kento fukaya (マッチングアプリ)

 んー。どこかで見たことのあるようなフォーマットを集めたネタだったな。

 おもしろくないわけじゃないんだけど、新鮮味がなかった。R-1って何をやるのも自由だから、新しい試みが感じられるものが見たいな。何をやるのも自由なんだけど、さすがに昨年優勝者の風味が感じられたのは、それはどうなのとおもってしまったな……。

 映像にツッコミを入れるネタって、よほどうまくやらないと「自分で用意したものに自分で文句をつけてる人」になっちゃうんだけど(もちろん実際はその通りなんだけど)、そこをうまく見せられるかどうかは「映像の中に第三者の人間味が感じられるか」にかかっている。昨年の田津原理音さんのネタはカードの開封という演出を入れることでうまく偶発性を演出していた。

 このネタに関してはkento fukayaさん以外の人の体温が感じられなかった。


寺田寛明 (国語辞典のコメント欄)

 昨年の「言葉のレビューサイト」に似たネタ。去年のほうがおもしろかった。

「この言葉にはこういうコメントがつくだろうな」という想像を、そこまで大きくは超えてこなかった。そして毎年のことだけど、この人のネタには「誰が演じても大して変わらない(というかもっとうまく演じられる人がいそう)」という問題が。なんならデイリーポータルZの記事でもいいんんだよな。


サツマカワRPG (不審者対策講習)

 なんか、R-1に何度も出ていたころの友近を思いだしたというか、もう優勝とか関係なく好きなことをやってやるぜ!という開き直りを感じた。ふつうはだんだんえぐみがとれていくものなのに、この人の場合は年々理解されなくなっていくのがおもしろい。

 一人コントだけど、防犯ブザーの音を効果的に使っていて、セリフはないけど子どもたちの表情が見えるよう。丁寧につくりこまれたいいコントだった(ラストのオカルト展開は個人的にはいらなかったようにおもうけど)。

 ところでハガキ職人をネタにしてたけど、そこまで伝わるのだろうか。劇場に足を運ぶようなお笑いファンならラジオを聴いている人も多いだろうから伝わるだろうけど、一般的にはそこまで伝わる題材じゃないとおもうな。ウエストランド井口がもう手をつけているところだしパワー面でも勝っているようにはおもえないので、流れ的に入れる必要あったのかなとおもってしまった。


吉住 (結婚の挨拶)

 結婚の挨拶に来た女性が武闘派のデモ活動家、というひとりコント。サツマカワRPGに続いて狂気性を扱ったコントだけど、どこか嘘くささが終始漂っていた。

 コンビだったら楽なんだけどね。ヤバい人に対してツッコミを入れる人がいれば、異常さが際立って笑いになる。

 ひとりだと、自分で説明をして、観客に心の中でツッコミを入れさせなくてはならない。でも「説明」という行為と「異常な人」は相性が悪い。異常な人は、自分がなぜその行為をするに至ったかを他人にわかりやすく説明しないから。

 異常な人というのはよくわからないから異常なのであって、丁寧に説明をしてくれたら狂気性が薄れてしまう。そこのジレンマをうまくクリアできていなかったかなあ。


トンツカタンお抹茶 (かりんとうの車)

 サツマカワRPG、吉住と不快さをまとわりつかせたコントが続いた後で、ばかみたいに平和なネタ。これこれ、今はこういうのが見たいんだよ! 最高の出番順だった。

 何にも残らない最高にアホみたいなネタ(褒めてます)だったけど、だからこそ点数は低くなってしまったのかな。同じように意味のない歌ネタ『井戸』で優勝を勝ち取った佐久間一行さんはすごかったなあ。

 くぐもった声のコーラスのせいで聞き取りづらい箇所があったのが残念。からっぽなネタ(くりかえし書くけど褒めてます)だからこそ、ノーストレスで見たかったなあ。


どくさいスイッチ企画 (ツチノコ発見者の一生)

 作品の完成度は今大会ピカイチだとおもう。起承転結、ストーリーの寓話性、そして表現の巧みさ。ベテラン落語家のように完成された芸だった。

 アマチュアだというから発想のおもしろさで一点突破したのかとおもいきや、そんなことはなく、いちばん技術が高かった。

 技術を評価するタイプの審査員が少なかったのが残念だなあ。




【最終決戦】


吉住 (鑑識)

 女性鑑識官が来たのが彼氏の職場だった、という発想はおもしろいが、その設定だったらこういう展開だろうな、と予想される流れから大きく裏切りがなかったのが残念。

「1番にしちゃった」などのよくわからないデレ方はおもしろかった。女性芸人の「かわいい部分と怖い部分の使い分けで笑いをとりにいく手法」はさすがにもううんざり。


街裏ぴんく (モーニング娘。の結成秘話)

 一本目よりは絵がイメージしやすかった。「スマートボール」などのあってもなくてもいい題材が飛び出してくるのもおもしろい。

 とはいえ虚構全開で「嘘かほんとかわからないおもしろさ」がないのは相変わらず。二本目はみんな「この人の言うことは嘘だ」とわかっているわけだから、もっと虚実の境界ぎりぎりをえぐるようなネタでもよかったとおもうけどな。


ルシファー吉岡 (隣人)

 なんとなく中途半端な印象。隣室の会話を聞きすぎているルシファー吉岡の異常さを見せたいネタなのか、隣室の人間関係を見せたいのか。そしてひとり語りで説明するには隣室の“五人”という人数は多すぎやしないか。しかもその五人はどう考えても始終一室に集まる取り合わせじゃないだろ。「いっつも部屋に集まって遊んでる五人組」だったらもっと性格とか似てるとおもうんだよね。くそマジメタイプの女の子がこの部屋に入り浸るか?

 芝居がうまいからこそそのへんのリアリティの欠如が気になってしまった。




 SNSなんかを見ると「街裏ぴんくは何がおもしろいかわからなかった」「どくさいスイッチ企画はおもしろかったのに不当に点数が低かった」という声がとにかく多かった。

 まあこういう大会のたびに「優勝者は何がおもしろいのかわからない」「〇〇のほうがおもしろかったのに!」という声はあるんだけど(異論がない人はあまり声を上げないしね)、それにしても今回のR-1はその声が例年にないぐらい多くて、たぶん視聴者投票したら街裏ぴんくさんは下位に沈むだろう。ひょっとしたら「審査員票では優勝だけど一般投票なら最下位」もあるかもしれない。逆ならかっこいいんだけど。

 それぐらい会場と視聴者の乖離が大きかった。

 ぼく自身も同じように感じて、個人的に三人選ぶなら、真輝志、ルシファー吉岡、どくさいスイッチ企画になる。彼らのネタはおもしろいだけでなく「ひとりである必然性」があったからね。ひとりでしか表現できないネタ。吉住さんはツッコミがいたほうがおもしろかったんじゃないかな。

 でもまあやらせだとか陰謀論を唱えるつもりはない。たぶん会場のウケとテレビ視聴者のウケはちがうだろうし(大声、歌、勢い系のネタはテレビよりも会場の評価が高くなりがち)、審査員(特に野田クリスタルさんとザコシさん)の好みが偏っていただけで審査に良からぬ意図がはたらいていたとはおもわない。審査員を変えたって、それはそれでべつの問題が起きるだろうし(昔のR-1は芸人というよりタレントに近い人たちが審査員をやっていて、大衆の感性には近かったけどマニアックなものは拾われにくかったし、あと出番順に大きく左右されていた)。

 ということで「いや大衆から何と言われようとR-1グランプリが次の時代を切り拓いていくんだ!」ぐらいの信念があって今の審査員体制を貫くのであればそれはそれでいいんだけど、大会方針の二転三転っぷりを見ているととてもそんな信念や覚悟があるようには見えないんだよなあ……。


 ま、ちょっともやもやの残る結果にはなったけど、芸歴制限を撤廃したり、ネタ時間が増えたり、観ている側としては特に必要性も感じない敗者復活戦をやめたり、大会がいい方向に向かっていることはまちがいない。このままの方向性で進んでいってくれよ!!


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2024年1月23日火曜日

【芸能鑑賞】『ロビンフッド』


ロビンフッド
(1973)

内容(e-honより)
イギリス、シャーウッドの森に住むおたずね者のロビンフッド。でも本当は、重い税金で人々を苦しめるプリンス・ジョンや悪い貴族をこらしめる、心やさしい正義の味方!囚われた仲間を助け出し、平和な森をふたたび取り戻すため、剣を自由に操り、得意の弓矢で敵を射ち、時には賢く変装をして大活躍。美しいマリアン姫や力持ちの相棒、リトル・ジョンなど、個性あふれるキャラクターたちも楽しく生き生きと描かれています。愛と勇気の冒険物語『ロビンフッド』は、世界中で親しまれてきた伝説を鮮やかに甦らせたディズニー・アニメーションの傑作です。

 今から五十年以上前の作品。

 ぼくが子どもの頃、家にディズニー映画のビデオテープが何本もあった。ミッキーマウス、ピーターパン、くまのプーさん……。いろいろあったが、いちばん好きだったのは『ロビンフッド』だった。何度も何度も巻き戻して、五十回は観たんじゃないだろうか。


 そんな『ロビンフッド』がAmazonプライムにあったのでレンタルして子どもに見せたところたいへんなおもしろがりよう。「またみたい!」と言うので、それじゃあということで購入した。

 特に下の子(五歳)がハマって、毎日のように観ている。五十回以上は観ている。ぼくもいっしょに観ることも多いので、通算百回は観ていることになる。




 今のディズニー映画(というより今の映画作品)に慣れた身からすると、『ロビンフッド』は昔の映画だなあという気がする。強くてかっこよくて正義感の強い主人公がいて、わかりやすい悪役がいて、かわいくて優しくて一心に主人公のことを想うヒロインがいて、気のいい仲間たちがいる。主人公は正義のために闘い、ピンチもあるけど知恵と勇気で切り抜け、悪いやつをやっつけて街には平和が訪れてお姫様と結婚してめでたしめでたし……。なんてありがちな話なんだろう。

 でも、それがいい。特に五歳の子にとっては。

 なんかさ、今のアニメって複雑だよね。ディズニー映画とかドラえもんとかの子ども向け作品であっても、二転三転、ピンチ、ピンチ、またピンチ。優しいとおもってた人物が実は悪いやつで、一見とっつきにくそうなやつが実はいい人で、悪いやつにもそれなりの同情すべき事情があって……とかなり複雑な構成になっていることが多い。

 もちろんそれはそれでおもしろいんだけど、子どもからすると、もっとシンプルに「いいやつが悪いやつをやっつけました。めでたしめでたし」って話が観たいんじゃないだろうか。大人だってたまにはそんなのが観たい。むずかしいことは考えずに「いけいけー!」と正義のヒーローを応援するような作品も観たい。

『ロビンフッド』はそんな期待に応えてくれる。いいやつはどこまでもいいやつで、悪いやつはとことん悪くて愚か。

 シンプルなストーリーが多いからこそひねった設定が光るのに、最近は猫も杓子もひねってくるんだもん。かえってシンプルなストーリーのほうが新鮮に見えてしまう。




 『ロビンフッド』の筋書きはわかりやすいが、だからといって退屈ではない。それはキャラクター造形がとにかく優れているから。

 勇敢で洒脱なロビンフッドはもちろん、包容力があって頼りになるリトル・ジョン、とにかくチャーミングなマリアン姫、最強の女官レディ・クラック、聖職者なのに実は武闘派のタック神父、ロビンフッドにあこがれる少年スキッピー坊や。

 どのキャラクターもいいが、特筆すべきは悪役もみんな魅力的なところ。マザコンで泣き虫のプリンス・ジョン、知恵者なのに冷遇されがちな参謀ヒス、冷酷だが小悪党意識の抜けないノッティンガムのシェリフ、凸凹コンビの早撃ちとトンマ、どの悪役もどこか抜けていて愛らしい(まあ早撃ちとトンマは職務をまっとうしているだけなので敵ではあるが悪くはないのだが)。


 うちの五歳児はロビンフッドだけでなく、プリンス・ジョンやシェリフのことも好きになってよく「ノッティンガムのシェリフが徴税するときにうたう歌」を口ずさんだりしている。たぶん今この歌をうたえるのはうちの子だけだぜ。シェリフ役の声優でももう忘れているだろう。




 重税に苦しむ民の様子など陰鬱な場面もあるのに『ロビンフッド』がずっとユーモラスなのは、それぞれのキャラクターを動物が演じているからだろう。

 最近だと『ズートピア』でもこの手法をとっていたが(おじさんにとって八年前は最近)、もっとやったらいいのにね。『ズートピア』も人種差別問題をそのまま描くと生々しすぎるから動物にして成功だった。

 これは邪推かもしれないけど、本当の『ロビンフッド』ってイングランドで悪政を敷いたジョン王に義賊・ロビンフッドが立ち向かう話で、仮にもイングランド王家の人を茶化すのはよくないってことで動物キャラクターにしたのかも。

 いい手法だよね。言いにくいことはどんどん動物に言わせて寓話にしたらいい。オーウェルの『動物農場』みたいにさ。


 ディズニーの長い歴史ではほとんど無視に近い扱いをされている不遇の作品だけど、今観ても十分おもしろいとおもうのでぜひ多くの人に観てほしい。

 ……とおもっていたらリメイクの話があるそうだ。

米ディズニー、アニメ版「ロビン・フッド」をリメイク Disney+向けに開発中

 リメイクされたらDisney+に加入しようかな……。


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政治はこうして腐敗する/ジョージ・オーウェル『動物農場』【読書感想】



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2023年12月27日水曜日

M-1グランプリ2023の感想

 M-1グランプリ2023の感想です。小学生の娘といっしょに敗者復活戦~決勝までほぼ通しで鑑賞。敗者復活の途中じゃなくて終わった後にニュースをはさんでほしいな。




敗者復活戦

 好きだったのは、Aブロックはロングコートダディの「真逆」。
 大喜利力の強さと構成の巧みさを見事に両立させていて、これは決勝で披露していたとしても相当いい順位だったとおもう。ボケを詰めているが、すべて説明しないところがロングコートダディらしくておしゃれ。オチの「もうええわ」をなかなか言わないとこまで隙のない構成。

 Bブロックはエバース「ケンタウロス」。ケンタウロスって、お笑いの世界ではまあまあ手垢にまみれた題材だとおもうんだけど、通りいっぺんのなぞりかたで終わらせず、とことんまで掘り下げたからこその斬新な切り口で魅せてくれた。まったく予期しないところからボケが飛んでくる。特に「上座」はすばらしい!

 Cブロックはシシガシラ「カラオケ」。実はハゲをいじっているのは一回だけなのに、後は表情とお客さんの想像力にゆだねてなぜかずっとハゲいじりをしている気にさせる。観客を共犯者にする計算高さ!

 あえて一組選ぶならロングコートダディだけど、シシガシラもすごいことをやっていたので納得の結果。

 倫理観むちゃくちゃなニッポンの社長「女」、奇抜な設定なのになぜかドラマ性のあった20世紀「怪人居酒屋」、中盤以降ほとんど擬音語しか言っていないトム・ブラウン「スナック」も笑った。

 審査の順当さもあいまって今年の敗者復活戦は過去最高クラスだった。マヂカルラブリー野田さんも言ってたけど、ほんと去年までの審査はなんだったんだ。

 これまでこのブログでもさんざん敗者復活のシステムについて悪態をついていたので、制度変更してくれてよかった。去年までの人気投票システムだったらシシガシラは勝てなかっただろうなあ。

 人気投票だったから、人気では勝てないことがわかっているコンビはハナから勝負を捨ててたもんな(それはそれでオールザッツみたいでおもしろかったけど)。制度変更したことで今年はほとんどのコンビがちゃんとネタで勝ちに来ていて、見ごたえのある敗者復活戦だった。決勝戦よりもおもしろかったかも。




 ここから決勝ネタの感想。


令和ロマン(転校生)

 漫画でよくある(とされる)、投稿中に角でぶつかった男が実は転校生だったという展開はほんとに起こりうるのか……。というあるあるにツッコミを入れる導入。

 前半は共感性の高いツッコミを入れながらお客さんをノせていくのだか、それっぽい答えを提示しておいてから「これはおもしろくない」と自分たちが築いた世界をぶっ壊してしまう剛腕っぷり。下手するとここで客が冷めてしまいかねないのだが、ちゃんと観ている人の心をつかんだまま後半の「そんなわけないゾーン」へと連れていったのが見事。

 空気の作り方、お客さんの巻き込み方がとにかくうまい。「日体大の集団行動」なんて本来そこまで伝わるボケじゃないとおもうんだけど、空気をつかんでいるから無理やり受け入れさせてしまう。

 テレビで観る漫才と生で観る漫才は違う。師匠と呼ばれるようなベテラン漫才師ってテレビではそこまで笑えなくても、生で観るとめちゃくちゃおもしろいんだよね。あっという間に会場を自分たちの空気にしてしまう。以前、大木こだま・ひびきの漫才を生で観る機会があったんだけど、あっという間に場を支配して観客を惹きつけてしまった。

 令和ロマンは若いのにこの「なんかいい空気」を作り出すのがめちゃくちゃうまい。たぶん生で観たらもっといいんだろうなあ。令和ロマンなら、たぶん他の漫才師のネタをカバーしてもちゃんとおもしろくできるとおもう。


シシガシラ(合コン)

「看護婦さん」「スチュワーデスさん」と古い職業名で呼んでしまい、相方から時代にあってないとたしなめられる。だが看護婦やスチュワーデスはダメなのにハゲはいいのかと疑問を持つ……。

 去年か一昨年のM-1予選動画で観たことのあったネタ。そのときはウケていたしぼくも大笑いしたのだが、今回はどうもウケず。

 これは場の違いかなあ。劇場だとハゲいじりがぜんぜん許されるから「ハゲはいいのー!?」が活きるけど、テレビだと最初のハゲいじりの時点で「それ良くないんじゃない?」の空気になってしまう。最初のハゲいじりがウケて客との共犯関係が築けないと、後半が厳しいね。

 願わくば敗者復活戦でやったカラオケのネタを決勝でも観たかったけど、あれも準決勝のお客さんは漫才を見慣れているからすぐにその構造を呑みこんでくれたけど、決勝だとどうだったろうなあ。でもキャラクターが浸透すれば、マヂカルラブリーのようにM-1決勝の舞台で受け入れられる日が来るかもしれない。

 敗者復活戦を観ていない人は「なんでここが勝ちあがったんだ?」とおもうかもしれないけど、敗者復活戦では場の空気にばちっとハマっていてめちゃくちゃおもしろかったんだよ。


さや香(ホームステイ)

 ブラジルからの留学生をホームステイ先として受け入れることになったのだが、日が近づくうちになんとなく気後れしてきたのでこっそり引っ越そうとおもうと打ち明ける……。

「なんも言わんと引っ越そうとおもってる」という導入はよかったのだが、その後の論理がかなり甘く感じた。「むちゃくちゃ言ってる」ではなく「甘い」。

 たとえばコンビニバイトの例え。「バイト初日に行ったら店がなくなってるようなもんや!」と言っていたが、実際のところ、バイト初日に店がなくなっていることなんて「ホームステイに行ったらホストファミリーの家がない」に比べたらぜんぜん大したことない。「おまえがやってるのはこんなにひどいことなんだぞ!」と言いたいのに、例えのほうが弱かったらだめだろ。

 また「留学生が五十代だった」はそこまでの意外性がないし、五十代だったら逃げたくなるという論調にもまったく共感できない。片方がむちゃくちゃ言ってもう一方がたしなめるなら笑えるが、ふたりそろって留学生を見捨てて逃げようとするのは救いがなくて笑えない。だってエンゾは何も悪いことしてないもの。

 むちゃくちゃな主張を強引な論理で押し通す作りはかつてかまいたちがM-1で披露した「タイムマシン」や「となりのトトロ」のネタに通じる部分もあるが、かまいたちは無茶を貫き通すためにそれ以外の部分は強靭な論理でがっちり固めていた。主張も無茶、それを補強するはずの論理も穴だらけ、ふたりとも道徳観が欠如、ではね……。その話には乗れませんぜ。


カベポスター(おまじない)

 小学校のときにおまじないが叶ったという話。だがよくよく聞いてみると、校長と音楽教師の不倫をネタにゆすっているだけで……。

 あいかわらずストーリー運びが見事。ハートフルな展開だった昨年の「大声大会」のネタよりも、底意地の悪さを感じられ、後半サスペンス展開になるこちらのネタのほうがM-1向きかもね。「ずっゼリ」のようなパンチラインもちゃんと用意しているし。脚本のうまさでいえば「大声大会」のほうが上だけど。

 カベポスターはコントに力入れてもいいんじゃないかな、となんとなくおもった。


マユリカ(倦怠期)

 倦怠期の夫婦をやってみるという設定。

 ボケもツッコミもおもしろいんだけど、ずいぶん冗長に感じた。フリが長すぎるというか。フリ→フリ→ボケ、ぐらいのテンポを期待して見ているのに、フリ→フリ→フリ→ボケ、みたいな。あれ? まだボケないの?

 昨年の敗者復活でやっていたドライブデートのネタとかのほうが濃度が高く感じたけどな。

 しかしここは漫才よりもその後のキモダチトークが盛り上がってたから、ある意味いちばん得をしたコンビかもしれない。バラエティとかに呼ばれそう。


ヤーレンズ(大家さんに挨拶)

 引越しの挨拶を大家さんにしにいくというコント形式の漫才。

 おもしろいし、特にツッコミのうまさが光る。おもしろいんだけど、どうしても2008~2009年頃のM-1がよぎってしまう。ノンスタイルやパンクブーブーが優勝してた頃の手数重視時代。そして、パンクブーブーに比べると、ちょっとボケの精度が粗く感じる。パンチの数は多いけどちょいちょい外してる。それだったら打たないほうがいいのでは、というパンチがいくつか。

 うちの子はいちばん笑ってた。


真空ジェシカ(Z画館)

 えいがかんより安いB画館があるという話から、まずはZ画館に行ってみたらいいという流れになり……。

 いやあ、よかったね。手数が多い上に、一発一発のパンチが重たい。おまけにボケが後の展開につながっていてコンボが決まっている。Z画館→Z務しょ→刑務所→税務署の流れとか、エンジン式のスマホ→電話の声が聞こえない→検索エンジンとか。ボケの数は多いけど脈略のない羅列ではなく、映画泥棒の勝利とか、ラジオネームのような映画監督名とか、どれも映画というメインテーマにつながっている。ただえいがかんより安いB画館、というだけでなく、「下っていうとまたアレなんだけど」と謎にリアルな配慮をしてみせることで、一見突飛な世界観を強固なものにしてみせている。

 これはすばらしい! とおもったので、あの結果(最終順位7位)には驚いた。この出来で!?

 ううむ、パンチが重いわりにスピードが速すぎてついていけない人がいたのかなあ。また「Z画館」という設定が突飛すぎたのかなあ。


ダンビラムーチョ(カラオケ)

 口だけでカラオケの伴奏をする、という漫才。

 んー、まったく笑えなかったなあ。そもそも狙いがよくわからなかった。

 歌ネタは盛り上がりやすいけど、ベストなタイミングでツッコめないのが弱点だよね。歌にあわせなくちゃいけないから。溜めて溜めてよほど切れ味の鋭いツッコミがくるのかなとおもっていたら、期待を下回っていた。おいでやすこがのように「わかっていてもツッコミそれ自体で笑わされる」ぐらいのパワーがあればまたちがうんだろうけど。


くらげ(ど忘れ)

 サーティーワンアイスクリームの種類を忘れてしまったので思いだしたいという設定。

 ここ数年、毎年一組ぐらいは「準決勝の審査員はなんでここを決勝に上げたんだろう」とおもう組がいるよね。去年でいうとダイヤモンド。

 いや、おもしろいんだけど。ダイヤモンドもくらげも個人的には好きなんだけど。でも、決勝の舞台で、会場を盛り上げて、プロの審査員に漫才技術を評価されて、点数をつけられるという状況で、ここが勝つ可能性があるとおもったの? ビジュアルに頼っているネタでもあるし。

 たとえば、ダンビラムーチョなんかは、ぼくはぜんぜん好きじゃなかったけど、客層とかタイミングとかがちがえばめちゃくちゃウケることもあるのかもな、とおもえる。でもダイヤモンドが昨年披露した「レトロニム」のネタとか、くらげのこのネタとかは、お客さんを変えて出番順を変えて100回やってもトップ3位以内に入ることはほぼないんじゃないの、とおもっちゃうんだよなあ。おもしろくないわけじゃなくてM-1決勝戦の舞台にあわないというか。盛り上がりようがないネタだから。これが勝つとしたら、相当他がスベりまくったときだけだよ。

 何度も書くけど、個人的にはぜんぜん悪いネタじゃないとおもう。準決勝の審査員が悪い。


モグライダー(空に太陽があるかぎり)

 錦野旦の『空に太陽がある限り』はめんどくさい女にからまれている歌詞だ……という暴論からはじまり、歌いながらめんどくさい女をかわす練習をする。

 構造は一昨年の決勝で披露していた「さそり座の女」と一緒だが、こっちのほうがずっと見やすくなっている。最初の説明が丁寧になっているし、芝さんがお手本を見せるところ親切だ。

 とてもわかりやすくなっている……が、その反面「こいつらは何をやってるんだ」というおかしさが薄れてしまったようにも感じる。むずかしいな。

 アドリブ性の強いネタなのでしかたがないのだが、調子が良くなかったように感じる。たぶんまったく同じネタでももっともっとおもしろくなるときもあるんだろうなあ、という印象。

 そしてこれまた歌ネタの宿命で、「途中のくだりを省略できない」というのもマイナスポイント。もうそこはいいから次のくだりに行ってくれよ、と観ている側はおもうのだが、歌だと飛ばせないからねえ。




令和ロマン(ドラマ)

 ドラマを人力で演じたい、という漫才。

 ダンビラムーチョ、くらげ、モグライダーとボケのテンポが速くない漫才が続いた後だったこともあって、見やすいボケがポンポンと飛び出してくるのは楽しくて見ごたえがあった。たくさん用意していたネタの中から状況に応じたものを選んでいたらしいので、そのあたりも考えていたのかなあ。策士!

 クッキーに未来はない、まだライバルじゃない、トヨタにそんな人はいないなど次々に上質なボケが並ぶ。

 気になったのは、終わり方が唐突に感じたところ。しっかりとドラマの世界に引き込まれたからこそ、ドラマの冒頭部分だけで終わってしまったことに物足りなさを感じてしまった。もっと見たかった!


ヤーレンズ(ラーメン屋)

 変な店主のラーメン屋に行くコント漫才。

 昨年の敗者復活で披露したネタのブラッシュアップ版だが、そのときよりもボケ数が増えた分、ハズレも増えた印象。それでも数を入れながら、メンジャミン・バトン~スープな人生~のような重めのボケを織り交ぜてくる構成は見事。渡されたネギをずっと持っているような細かい描写も光った。唐突に終わってしまった印象のある令和ロマンとは違い、ラーメン屋に入店するところから出ていくところまでを描いているのでこっちのほうがまとまりの良さは感じる。

 余韻や広がりを感じさせた令和ロマンと、一本の作品としてきれいにまとまっていたヤーレンズ。いい勝負だった。


さや香(見せ算)

 加減乗除にプラスして、これからは「見せ算」が大切だと説きはじめる……。

 やりたいことはわかるけど、ぜんぜんおもしろくなかった。攻めたというよりただ奇をてらっただけのように見えてしまって。

 一言でいうなら「さや香にはシュールをやれる器がない」。数年前の敗者復活でやってた「からあげ」のときも同じことをおもったんだけど、シュールネタをやるには嘘くさすぎる。

 なんでかっていったら、さや香はちゃんとやれることをみんな知っているから。過去にM-1決勝に2回も出て、ボケツッコミを入れ替えて、王道しゃべくり漫才で準優勝までして、またチャレンジして、バラエティ番組でもちゃんとトークができることを見せつけて、その間に血のにじむような努力があったことは誰にでも容易に想像がついて、そんな人が本気で見せ算を提唱したいとおもってないことはわかってしまう。だから嘘くさい。「おれ、今からシュールをやるで!」って自分で言っちゃうような痛々しい感じ。

 こういうタイプのネタって片手間でやれるもんじゃないんだよね。天竺鼠とかランジャタイみたいに、ずっと奇抜なネタやってて、普段のトークでも奇天烈なことばっかり言って、はじめて説得力が出る。それぐらい人生を捧げてやっと、「この人なら本気でこんなこと考えてるかも」と思わせることができる。

 さや香が演じるには無理のあるネタだし、そもそもネタとしての出来がよくなかった。「どういうこと?」「何言ってんの?」と観客がおもうことを言い、「どういうこと?」「何言ってんの?」とツッコむ。なんら意外性がない。目新しさもない。

 今回の予選でいえばデルマパンゲや豆鉄砲や空前メテオがこういう「ぶっとんだ持論を展開する」系統のネタをやっていたが、そのどれもがさや香の「見せ算」よりもずっとよくできていた。めちゃくちゃを言いながらも、観客の中にも20%ぐらいは「たしかにそうかも」とおもわせるふしぎな説得力があった。

 かけあいの強さというさや香の持ち味も失われていたし、観客からも求められていなかったし、そもそもネタ自体の出来がいいとはおもえないんだけど、そんなにこのネタをやりたかったのかねえ。「勝てなかったけどこれをできたから満足です!」と言えるようなネタなのかなあ。




 ということで優勝は令和ロマン。おめでとう。

 来年も出たいと言っていたけど、ぜひチャレンジしてほしい。まだまだ伸びるコンビだとおもうので(だからここで優勝してしまったことにちょっと寂しさも感じる)。

 テレビで観ていて、オープニングは盛り上がっていたのに、途中で出てきた野球監督&選手あたりで急に会場の熱が冷めたように感じた。彼らがあまりに緊張してるからその緊張が観客席にも伝染したのか? もし今大会の盛り上がりが例年に比べてイマイチだったと感じたなら、犯人は彼らをキャスティングしたやつだ。

 敗者復活がやっとまともな制度に戻ったり、出番順の組が損をする風潮がほんのちょっとだけマシになったり(とはいえ相変わらず損だけど)、ちょっとずついい大会にはなってきている。あとはあの「誰も求めていない、アスリートにくじを引かせる時間」さえなくせばもっと良くなるね!


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2023年12月6日水曜日

【芸能観賞】ダウ90000単独ライブ『20000』


ダウ90000第2回単独公演
『20000』

概要
ダウ90000単独ライブ「20000」
日程:2023年11月7日(火)~11月19日(日)
会場:東京・ザ・スズナリ

 配信にて視聴。

 8本のコントに幕間映像を加え、2時間を超える大ボリューム。コントは8本とも8人全員が出演。


(観た人向け。ネタバレを含みます)




1. 服の記憶

 序盤は「仕事の話をしているときに出てくる例えが、すべて車の運転に関する比喩」という会話劇だが、中盤からは「さっき会ったばかりの人の服装をどれだけおぼえているか」というクイズのような展開に……。


 ぼくは人の服装をまったくおぼえられない人間なので(それどころか自分の服もおぼえていない)、観ていてまったく参加できなかった。

 まず「野球とクリスマスツリー」のあの服があって、そこからつくっていったコントなのかなーと想像。



2. トロイメライの声

『トロイメライの声』という漫画に関する話。熱心なファン、今はじめて読む人、読もうとはおもわないが話だけ人、アニメだけ観ている人、アニメ監督のインタビューだけ読んだ人が『トロイメライの声』について語り合うが話が一致せず……。


『トロイメライの声』は架空の漫画なので、当然ながら観ている人には漫画の中身はわからない(ただ雨が降っていることだけがわかる)。そこでAとBの主張が完全に食い違っている場合、観客はAとBの語り口によってその信憑性を判断するしかない。

 一方は落ち着いた口調で理路整然と語り、もう一方は感情的であり、必死であり、不明瞭であり、いちいち鼻につくオタク口調であり、かつ冴えない風采の男である。あたりまえのように聞き手は前者の言い分が正しそうだという判断を下すわけだが、やがて後者のほうが正しいらしいことが明らかになる……。

 我々が「どうやらこの人が言っていることは正しそうだ」と判断する際に、話の内容ではなく、いかに口調や外見に引きずられているかを気づかされるコント。ぜんぜん市民にとってプラスとなる主張をしていないのに、ビジュアルや語り口の良い政治家や評論家が人気を博している、なんてのもよくある話だ。我々は自分がおもっているよりもずっと論理的ではない。

 おもしろい試みをしているとおもうのだが、いかんせん会話劇を進める上で八人という人数は多すぎる。もちろん人数が多いからこそ表現できることもあるわけだけど、少なくともこのコントに関してはもっと少ないほうがすんなり伝わったんじゃないかなー。



3. 手術前

 重い病気になり、手術を控えた女性。そこへ彼女に好意を寄せる男がやってくるが、彼の語る「手術が終わったらふたりで〇〇をしよう」があまりに微妙。次々に彼女に言い寄る男たちが現れるが、それぞれどこかずれている……。


 ん-これはあまりピンとこず。これまた「八人を出すためにがんばった」感のある設定だった。

 これまであまり言語化されてこなかった細かいあるあるを並べ立てていくのは蓮見さんらしいけど。



4. 幼なじみとFAX

 男の家に、結婚する予定の彼女が引っ越してくることになり、彼女の幼なじみの男が引越しを手伝いにきてくれる。彼女と幼なじみは仲がいいが、お互いに恋愛感情は持ったことがないという。だが彼女と幼なじみが十年以上も毎日FAXをしていることが明らかになり、彼氏は二人が愛しあっているのではないかと疑う……。


 今作でいちばん好きだったコント。

 幼い頃から毎日FAXを送りあう仲。電話やメールやLINEではなく、あえて不便なFAXで、好きな人の話をしたり、それぞれ恋人ができたことを報告したり、似顔絵を送りあったり……。これは恋人や夫婦よりも深い仲だよなあ。

 令和の今、デジタルネイティブ世代の若者が、FAXで届けあう気持ちを描けるのがすごい。文学だ。岩井俊二監督の『Love Letter』を思いだした。

 しかしそこで感傷的な展開にはもっていかず、二人の関係に嫉妬する彼氏もまた、幼なじみの女性と電報でのやりとりを続けていることがわかる……という展開で急にコントらしくなる。

 いいコントだったが、彼女と幼なじみが本当の気持ちに気づいてそれぞれ恋人と別れてくっつく、というのはちょっと安易に感じたな。急に平べったい人物になっちゃった。オチの回覧板につなげるためにはしかたないんだけど、設定に説得力があっただけに雑さが目立ってしまったな。



5. サプライズ

 もうすぐ誕生日の友人を驚かせようと、サプライズパーティーをするために集まった七人。だが主役はバイトでなかなか帰ってこず、七人は待たされることと空腹でイライラして場は険悪な空気に。些細なことで言い争いがはじまるが、怒りながらも友人を大切におもう気持ちがにじみ出てしまう……。


 険悪な雰囲気で怒鳴り散らしてるのに、出てくるのは相手を慮る言葉ばかり……。日本語がわからない人が見たらただただおっかないコントだろう(実際、うちの五歳児は怖がっていた)。

「あたし今日誕生日なんだけど」は笑った。自分の誕生日に「誕生日が近い友人のサプライズパーティー(しかも失敗)」に参加させられる気持ちたるや。

 おもしろかったけど、どうしても天竺鼠がABCお笑いグランプリやキングオブコントでやっていた「口の悪いサラリーマン」のネタを思いうかべてしまったな。



(幕間映像)コンピレーションアルバム

 音楽プレイヤーを手に、思い出の曲を語り合う男女の音声コント。

 幕間映像にちょうどいい、ワンアイディアものコント。


6. 旅館バイト

 旅館の新人バイト。先輩バイトたちから、客室の清掃の際に「部屋に残っていた食べ物は見つけた人のものになる」というルールを教えられる。そのルールは微に入り細を穿っていて……。


 バイト先のローカルルールが細かくて絶妙にゲーム性に満ちている。あるあるとありえなさのちょうど間にあるおかしさ。どっかにはこんなことやってるバイトもあるかもな、というちょうどいいライン。

 楽しい職場なのに、場を読めないバイトのせいで雰囲気が壊れてしまう感じもリアリティがあっていい。

 しかし旅館の客室ってそんなに食べ物を置いて帰るものなのか? ほぼ置いて帰ったことないぞ。



(幕間映像)展開予想

 ソファに座って、ここまでのコントを観ていたカップル。そろそろラストのコントなので伏線を回収するようなハートフルな展開が待っていると予想を語る……。


 おまえらの思い通りにはさせねえぞ、という挑戦状のようなコント。誰への挑戦状かって? そりゃあオークラ氏やその周囲かな……。


7. 芝居の表現

 ドラマ撮影現場で、女優を本気で殴るように命じられた俳優が「表現のためだからって何をしてもいいわけじゃない」と難色を示す。だが女優、演出家、脚本家には彼の主張がまったく理解されず……。


 これもいいコント。どちらの言い分もわからなくはない。たとえ相手の同意があったとしても暴力はいけないのか、その同意は本当に自由意志の発露なのか……と考えさせておいてからの、まさかのキスシーンNG。

 正義と正義の衝突かとおもったら、単にこの俳優が嫌われているだけなんかい。

 好きなセリフは「わたしが女だからですか」。



8. 講演会

「恋を応援する」というセミナーを開催する女性。ファンたちは熱心に聞いているが、その話の薄っぺらさに、聞いていたスタッフがおもわずツッコミを入れてしまう。聞きとがめた講演者が「言いたいことがあるなら前に出てどうぞ」と言うと、本当にスタッフが登壇してしまい……。


 後味悪いコントだなあ。これを最後に持ってきたのは「ハートフルなコントで締めないぞ」という意気込みの表れなのか。にしても、ただただ嫌な気持ちになるコントだった。

『また点滅に戻るだけ』を見たときもおもったけど、蓮見さんはディベートで相手を徹底的にやりこめるのが好きなのかねえ。観ていて気持ちのいいものじゃないんだけど。ウエストランドのようにある種露悪的に「論理に隙のある相手をやりこめる嫌なオレ」としてやるんならいいけど、蓮見さんの場合はそれをかっこいいとおもってやってる節がある。ダサいんだけどなあ。

 しかも、ただ相手を言い負かすだけじゃなく、周囲の人に「あいつすげえ」的なことを言わせる。言い負かされた相手が、言い負かしたやつに好感を持ったりする。観ていて恥ずかしくなるぐらいダサい。キムタクのドラマか。



 ということで、ラストの後味が悪いせいで全体としても「なーんか嫌なもの観ちゃったなー」という印象。最後って大事だね。ラストのハートフルコントはぼくもいらないとおもうけど。

『また点滅に戻るだけ』が無駄のない完璧に近い作品だっただけに、『20000』のほうはちょっと粗さが目立ってしまった。展開に無理があるな、とか、無理に八人全員使わなくていいのにな、とか。おもしろかったけどね。『また点滅に戻るだけ』が良すぎたのかも。

 FAXのコントとドラマのコントが好きでした。


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2023年10月24日火曜日

キングオブコント2023の感想

 キングオブコント2023



カゲヤマ(謝罪)

 手を変え品を変えお尻を出すコント。まずお尻を見せてインパクトを与え、その後は「どう見せるか」大喜利状態。両側で見せる、上半身はスーツ、立ち上がって見えそう、クロス引き、と様々なパターンで尻を見せて飽きさせない展開。

 非常にばかばかしくて、うちの五歳児は大笑いしていた。五歳児が審査員だったらまちがいなく優勝。

 気になったのは、ツッコミ役である部下がどう見ても若手には見えないところ。顔も体型も重役だもの。

 尻を出して笑いを取るのはずるいよなあとおもいつつ、でもトップバッターでドカンとウケるにはこれぐらいしなきゃだめだよなあ。トップでファイヤーサンダーみたいなスマートなコントをやっても通過できないもの。

 これ、今の時代だから「そんなわけねえだろ」と笑えるけど、三十年前だったら「これをやらされてる会社もあるんだよなあ」で笑えなかったかも。


ニッポンの社長(喧嘩)

 海外に旅立ってしまう女性をめぐって、友人でもある男同士が殴り合う、という手垢ベタベタなシチュエーションでスタート。後半のシュールさを際立たせるためにあえてベタな設定にしたのだろうが、それにしてももうちょっと真面目にドラマを作ってほしいとはおもう。

 片方があくまで拳で語り合おうとしているのに、もう一方がナイフを持ち出したところで空気が一変。ここでしっかりウケたのはカゲヤマが場をめちゃくちゃに壊してくれたおかげだろうね。そうじゃなかったらいきなり刺すところでヒかれてたんじゃないかな。

「友だち同士の喧嘩なのに凶器を持ち出す」「どれだけ攻撃されてもまったく致命傷を負わない」というだけのコントなのに、「もっと本気で来いよ!」などの挑発的なセリフで飽きさせない。ただし凶器を持ち出すことへの笑いはピストルぐらいまでで、それで死ななければあとは手榴弾だろうと地雷だろうと同じだよなあ。武器をエスカレートさせていくのではなく、セリフやストーリーでさらに盛り上げてほしかった。あるいは手榴弾よりもさすまたみたいなシンプルな道具のほうがおもしろい。


や団(灰皿)

 灰皿を投げつけて厳しく指導する舞台演出家(蜷川幸雄が灰皿を投げて指導していた、というエピソードはどこまで知られているのだろう?)。だがサスペンスドラマの凶器に使われるガラス製の重たい灰皿を置かれたことで役者側にも演出家側にも緊張感が増し……。

 なんだか前半がごちゃごちゃしていたな。後半で「ああこれは灰皿を投げるかどうかの葛藤を描いたコントなんだな」とわかるが、前半に「演出家が難解で不条理な言葉を並び立てる」という小さなボケを入れたことで、本筋がぼやけてしまった。演出家のキャラで押していくコントかとおもって見てしまったんだよね。

 灰皿がカタカタ音を立てながら回る瞬間の緊張感はすばらしかった。机の端っこで落ちそうで落ちなかったのもまた。


蛙亭(お寿司)

 急に彼氏にフラれて泣いている女性の前で、キックボードに乗った男が転倒し、大好きなお寿司がつぶれたと泣きはじめる……。

 中野くん(こんなにもくん付けで呼びたくなる人はそういない)の魅力と「慣れない交通手段」「ぼくのために」「でもつぶれたわけじゃないですよね」などの切れ味鋭いセリフで、前半は大好きな展開だった。

 ただ中盤で、中野くんが「そういうところなんじゃないですかぁ!?」と女性を責めはじめるところで急に心が離れてしまった。

 中野くんの魅力ってにじみ出る圧倒的な善性、無邪気さだとおもうんだよね。敵意、悪意、嫉妬などをまったく感じさせないぐらいの善性。善すぎて気持ち悪いという稀有なキャラクター。だからおもしろい。純粋に善なるものって気持ちわるいもんね。

 なのに「ただただ純粋にお寿司が大好きな人」が「他人に説教をしはじめる人」になっちゃって、その魅力が急速に損なわれてしまったなー。


ジグザグジギー(市長記者会見)

 芸人だったという経歴の新市長。その記者会見での市長のプレゼンが妙に大喜利っぽくて……。

 今回いちばん笑ったコント。特にあのフリップの出し方、間、姿勢、表情、完璧に大喜利得意な芸人のそれだった。

 ただ、飯塚さんの審査員コメントがすべて物語っていたように、当初は「大喜利得意な芸人っぽいふるまい」だったのに、途中からは完全に松本人志さんのものまね&IPPONグランプリのパロディになってしまったことと、IPPONグランプリのナレーション、笑点お題と現実離れした安いコントになってしまったのが残念。序盤は丁寧に市長を演じていたのに。

 前半の風力がすごかっただけに後半の失速が残念。IPPONグランプリのあたりをラストに持ってきていたら……とおもってしまうなあ。


ゼンモンキー(縁結び神社)

 縁結び神社の前で、ひとりの女性をめぐって喧嘩をはじめる二人の男。そこへ学生が願掛けにやってくるが、どうやら彼もその女性のことを好きらしく……。

 いやあ、若いなあという印象。筋書きはきっちりしているが、精緻すぎるというか。つまり遊びがない。誰がやってもそんなに変わらないようなコント。がんばっていいお芝居をしましたね、という感じがしてしまう。学生役の荻野くん(これまたくん付けで呼びたくなる)のキャラクターはあんまり替えが効かないだろうけど。

 これで三人のキャラクターが世間に浸透して、人間自体のおもしろさが出てきたらすごいトリオになるんだろうな。


隣人(チンパンジーに落語)

 チンパンジーに落語を教えることになった落語家。毎日動物園に通ううちに徐々にコミュニケーションがとれるようになっていき……。

 ううむ。話はおもしろいんだけど(特に落語家がチンパンジー語を話し出すところは秀逸)、微妙な間やトーンのせいだろうか、「もっとウケてもいいのにな」とおもうところがいくつかあった。最初の「チンパンジーに落語を教える仕事」とか、BGMがチンパンジー語だったとことか、場によってはもっとウケるんだろうなあ。

 隣人というコンビを知っていて、さらに隣人のチンパンジーネタをいくつか観たことがあったら(隣人はチンパンジーのネタを何本も持っている)、より笑えるとおもう。


ファイヤーサンダー(日本代表)

 サッカー日本代表のメンバー発表を観ているふたり。代表選出されずに落胆するが、選手本人ではなく選手のモノマネ一本でやっているモノマネ芸人であることが明らかになる……。

 以前にも観たことがあったネタだけど、やっぱりおもしろい。脚本の美しさは随一。無駄がない。前半でモノマネ芸人であることが明らかになり、中盤で隣の男が監督のモノマネをする芸人であることが明らかになるところが実にうまい。「なんで自宅のテレビで観ているんだろう」「この隣の男はどういう関係なんだろう」という観客の違和感を、ちょうどいいタイミングで笑いで吹き飛ばしてくれる。

「なんで日本代表より層熱いねん」「決定力不足」みたいな強いツッコミワードもあって、コントとしての完成度はいちばんだとおもう。


サルゴリラ(マジック)

 テレビ番組出演前にマジックを披露するマジシャン。だが披露するマジックがわかりづらいものばかりで……。

 んー。個人的にはまったくといっていいほど刺さらなかった。「マジックで入れ替えるものがわかりにくい」ってわりとベタなボケだとおもうんだけど(マギー司郎さんがやってなかったっけ?)。

 あのマジシャンがマジック特番に抜擢された理由もわからないし、あの音楽が効いてくるのかとおもったらそうでもないし、脚本が甘く感じた。ゼンモンキーとは逆に、人間味でもっていった感じかな。


ラブレターズ(彼女の実家)

 彼女の実家に結婚のあいさつに行った男。彼女のお母さんが「マンションでシベリアンハスキー放し飼いにしてるのどうかしてるとおもった?」と言い出し、隣人トラブルを抱えていることが明らかになり……。

 やろうとしてることはわかるけどどうも弱さを感じるというか。これはあれだな、少し前に『水曜日のダウンタウン』でやっていた「プロポーズした彼女の実家がどんなにヤバくてももう引き返せない説」がすごすぎたせいだな。あの「説」では静かな狂気をすごく丁寧に描いていたので、それに比べるとラブレターズのコントは雑で、つくりものっぽさが目立ってしまった。

 ほんとに隣人トラブルを表現しようとしたらあんなわかりやすく大きい音を出しちゃだめだし、かといってぶっとんだ世界を表現するにしては弱すぎるし。




 最終決戦。


ニッポンの社長(手術)

 外科手術をおこなっている医師と患者。臓器が次々に摘出され……。

 ごっつええ感じっぽいな、とおもった。ああいう視覚的にグロテスクなコント、よくやってたよね。ただ強くツッコまないのがニッポンの社長らしい。ちゃんと手術室でツッコむときの音量なんだよね(手術室でのツッコミを聞いたことないけど)。おしゃれ。

 黄色いコードはニッポンの社長にしてはベタだと感じた。大喜利とかでよく使われる題材なので。

 想像を超えてくる展開はなかったけど、ラストの「あるやつですわ」「ないやつやろ」は好き。


カゲヤマ(デスクにウンチ)

 オフィスで上司のデスクにウンチが置いてあった事件の犯人が信頼できる部下だったことがわかる、というコント。

 冒頭を観たときは安易な下ネタコントかとおもったが、いやはやとんでもない、人間の心理の複雑さを鋭く描いたヒューマンドラマだった。

 部下が犯人であることが明らかになったときのセリフが、言い逃れでもなく、開き直りでもなく、動機の独白でもなく、「私はこれからどうしたらいいでしょう」。この妙なリアリティ!

 さらに部下が話せば話すほど、彼の常識人ぶりが明らかになり、だからこそ「上司のデスクにウンチをする」という異常さが際立つ。謎は解明されるどころか深まるばかり。

 こういう脚本を書くのって勇気がいるとおもうんだよね。人間には謎を解明したいという欲求があるから。でも謎を謎として残しておくことで観ている側の想像は膨らんでゆく。今、この瞬間だけでなく、これまでのことやこれからのことにまで想像が膨らむ。

 ただ「娘さんをぼくにください!」は早急すぎた(「娘さんとお付き合いさせていただいています!」まではいい)。あそこだけが少し雑だったな。


サルゴリラ(魚)

 引退することになった野球部の三年生主将に向かって監督がいい話をはじめるのだが、なんでもかんでも魚にたとえるのでまったく伝わらない……。

 やっぱりぴんと来なかった。設定が雑すぎないか。

 とても学生には見えない見た目なのは百歩譲るとして、あの監督は今日突然魚の話をはじめたの? それとも普段からなんでもかんでも魚に例える人なの?

 前者だとしたら「どうして今日はそんなに魚に例えるんですか」みたいなセリフになるだろうし、後者だとしたら「前々から言ってますけど」とか「もう最後だから言いますけど、ずっとおもってたんです」みたいなセリフになるのが自然だろう。

 でもサルゴリラの芝居はどっちでもない。まるで、今日はじめて会った人から話を聞いたようなリアクションだ。「昨日までこのふたりがどんな会話をしていたか」がまったく見えてこない。

 また、他の部員の姿も一切感じられない。野球部の引退にあたっての監督のスピーチなんだからあの場には数十人がいるはずなのに、まるでその気配がない。

 コントのためだけの空間で、コントのためだけの存在なんだよね。ニッポンの社長みたいなコントだったらそれでもいいんだけど、「小さな違和感」系のコントで設定の薄っぺらさは致命的じゃないか?




 個人的な好みでいえば、ジグザグジギー、ファイヤーサンダー、カゲヤマ(2本目)がトップ3。

 審査結果は個人的な好みとはちがったけど、ま、そんなときもあるさ。今回はいつもにも増してシナリオよりもパワー重視の審査だったね。


 ぼくが今大会でいちばんよかったとおもったのは、出番順が早い組が上位に入ったこと。トップバッターのカゲヤマが1stラウンド2位、2番手のニッポンの社長が1stラウンド3位。

 早い出番の組がこんなに上位になったのは近年の賞レースではなかったことだ。それだけトップのカゲヤマがよかったんだろうね。


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2023年6月14日水曜日

【芸能観賞】ダウ90000第5回公演 『また点滅に戻るだけ』

ダウ90000第5回公演
『また点滅に戻るだけ』

キャスト
劇作・脚本:蓮見 翔
演出:蓮見 翔
出演:園田 祥太
   飯原 僚也
   上原 佑太
   道上 珠妃
   中島 百依子
   忽那 文香
   吉原 怜那
   蓮見 翔

 配信にて視聴。


 すばらしかった。おもしろいというより、すごさに圧倒されたといったほうがいいかもしれない。はじめてラーメンズの公演を観たときにも同じような衝撃を受けた。


 とんでもなくいい舞台だったんだけど、同時にちょっと悔しさというか悲しさも感じて、というのはこれまでクリエイティブの分野で尊敬する人って年上ばっかりだったんだよね。

 ところがぼくよりずっと年下で、それなのにぼくよりずっとずっとずっとおもしろいことを考えて、いいところに目をつけて、それを上手に表現する人が現れた。くそう、くやしいけど、こんなの尊敬するしかない。


 以下、ネタバレ含みます。


2023年5月22日月曜日

THE SECOND(2023.5.21放送)の感想


 おもしろかったね。

 トーナメント形式とか、観客審査とか、後攻が超有利な予選(不戦勝を除いて先攻の4勝19敗はさすがに偶然では片づけられないだろ)とか、いろいろ不安要素があった大会だったけど、ふたをあけてみると陵南戦の湘北のように不安要素がいい方に転んでいい大会となりました。

 決勝トーナメントでは先攻の2勝5敗で後攻有利な状況は変わってなかったんだけど、うち1敗は同点での敗退だったことを考えればまあくじ運の妙と言える範囲。なによりM-1グランプリやキングオブコントのようなトップバッター超不利という大会に比べるとはるかに良かった。

 予選では1組ごとに点数をつけていたのを、2組終えてからの採点にしたことでよくなったんだろうね。失敗を認めて軌道修正できる人はえらい。手さぐり状態の第1回大会だった、ということを考えれば大成功といっていいだろうね。

 これを機に、比類なき大会として君臨していたM-1グランプリが、長年不公平だと言われているのにいっこうに改善しようとしない「トップバッター超不利なシステム」や「単なる人気投票となり下がった視聴者投票敗者復活システム」を改めてくれるといいなあ。


 なにがよかったって観客がよかったよね。

 対戦後に審査員コメントを訊いていたけど、みんな的確だった。「〇〇のファンだから〇〇に3点入れましたー」「うるさくて嫌いだったんで1点です」みたいなアホ客がいなかった(少しはいたのかもしれないけど)。

 どうやって審査員を集めたのか知らないけど、審査員のほうもぜったいに選考されてるよね。ふつうに「審査してくれるお笑いファン募集!」ってやったらこんないい観客にはならないもんね。M-1やR-1で審査員をやってた××さんとかよりずっとまともだったね。



 まず優勝したギャロップについてだけど、いやあ、よかったね。1本目のカツラ、3本目のフレンチシェフのネタは6分にぴったりの内容。2本目の電車のネタも後半に盛り上がりどころがあって、ちゃんと勝つためのネタを3本用意してきたって感じだったね。

 ただいくつかアラもあって、導入が少し雑というか、毛利さん側の論理にかなり乱暴なところがあって、そこが処理されていないところが気になった。それがM-1の4分間だったらマイナスになってたのかもしれないけど、6分もあったのと、3段階評価だったので、多少のアラには目をつぶってもらえたのかもね。

 また、3本目のフレンチシェフのネタは笑うポイントが少なかったけど、それが3時間以上やって笑い疲れている客にはちょうどよかったのかもしれない。あの時間帯にカツラネタみたいな頭を使うネタをやってたらついていけないもんね。

 いろんな意味で大会にぴったりマッチしたコンビだったので納得の優勝。



 逆に大会のルールにあってなかったのがテンダラー。

 彼らの持ち味はなんといっても音楽に乗せたコミカルな動きだけど、歌いながらキレのある動きをしつづけるのは相当体力を使うはず。あのダンスパートは1分ぐらいしかできないんじゃなかろうか。6分のネタ、しかも最大3本披露するかもしれないとなれば、どうしても序盤は力をセーブしなくちゃいけない。4分ネタだったらテンダラーがギャロップに勝ってたかもねえ。

 テンダラーのネタは、いかにも劇場や営業に立ちつづけているコンビのネタって感じだったね。細かいネタの組み合わせで、何分にも調整できる。前のコンビが長引いたり、あるいは欠場が出たりしても調節できるネタ。それが今回はマイナスに響いたのかもね。

 先攻だったことも大きく不利になったかもね。テーマが散漫だったので、後で思いかえしたときに何のネタだったのか思い出しにくい。



 準優勝のマシンガンズもよかったなあ。1本目や2本目は正直あんまり好きじゃなかったけど(2本目なんか相当古いネタだよね?)、大会中最低得点となった3本目が個人的にはいちばん好きだった。

 今までM-1とかでも「もうネタがない」って言ってるコンビはあったけど、まさかほんとにないとは。まるで並みいるプロの中に一組だけセミプロがいるかのようで、そこが勝ち進んじゃうハプニングっぽい感じも含めていちばん笑った。

 客席とのグルーブ感もあったようにおもえたけど、妙に冷静な審査結果で派手に散る。その散り方も含めて見事。

 いちばん好感度を上げたのはこのコンビだろうね。自分たちの売り込みには成功した。来年はもう出なくていいよね。あ、ネタがないから出られないか。



 金属バットは6分ネタに向いているかとおもって期待してたんだけど、やや期待外れだった。たたずまいとかフレーズとかが語られることが多いコンビだけど、ぼくが好きなところは金属バットのネタのストーリー性なんだよね。昔やってた谷町線のネタとかプリクラのネタとか、立ち話からとんでもないところまで話を展開していて、そのストーリーテラーとしての才能に感服してたんだけど、今回のネタは大喜利の羅列みたいで話がふくらまなかった。



 スピードワゴンは、昔からやっていることがずっと変わんないね。良くも悪くも。

 さすがに50歳のおじさんに「四季折々の恋」というテーマで漫才をやられると見ていてキツい。それが小沢さんの魅力でもあるんだけど。あと井戸田さんが安達祐実と結婚していたことをネタにするには鮮度が落ちすぎじゃないか。

 でも「するりと小沢の世界に入ってしまう潤」のくだりは笑った。



 三四郎のネタはM-1の予選でしか観たことなかったので、M-1から解放されたらこういうネタをやるんだ、と新鮮だった。

 固有名詞満載でふつうの大会ならあんまり評価されないネタだけど、テレビやラジオでおなじみになった三四郎のキャラクターや、観客審査ということをうまく利用して許されていた。「彼らにしかできない漫才」って熟練の味が出ていてよかった。

 でもやっぱり「こういう大会では売れてない人に勝ってほしい」という気持ちが湧いてしまうので、素直に応援しづらい。



 超新塾。現行体制になってからネタを見るのははじめて。

 盛り上がるんだけど、5人だったらこういうネタだろうな、外国人を使うならこういうネタをやるだろうな、という想定を超えてはこなかったな。あとツッコミの声質がちょっと弱いというか。4人に対してツッコミを入れるなら相当声量がないとバランスがとれない。プラン9の漫才にも同じことを感じたけど。

 ネタ以外の部分でもいろいろボケを用意していたのがよかった。



 囲碁将棋。優勝候補の一角として挙げられていたけど、下馬評に劣らぬ漫才だった。

 ほとんど動きを使わず会話だけでじっくり聞かせる漫才で、同じく話術で魅せるタイプのギャロップとの東西しゃべくり漫才対決はほんとに見ごたえがあった。

 ちなみに9歳の娘といっしょに観ていたのだが、娘は囲碁将棋の漫才を観て「ぜんぜんおもしろくない」と言っていた。そうだよえ。囲碁将棋のやっていることってかなり前提知識を必要とするもんね。あるあるをそのままネタにするんじゃなくて、「あるあるを知っている前提でその上にネタを乗せる」漫才というか。

 ものまねのネタでいうと「もしも五木ひろしがロボットだったら」「受け答えがたまたまあいうえお作文になってしまった児玉清」みたいなネタを知らないと、囲碁将棋の漫才は理解できない。副業のネタにしても「強豪校近くのパン屋」「学校指定の制服屋」みたいなものを実体験として知っていないと理解できないので、囲碁将棋で笑うためには人生経験が必要だ。

 だからこそポップなネタ番組にはあんまり呼ばれないんだろうけど、大人向けの漫才をやるコンビがこうして評価される場ができたことはほんとにいいことだ。



 総じておもしろい大会だったんだけど、おもしろすぎて疲れてしまった。贅沢な悩みだけど。

 途中で松本人志さんが「このへんで歌を聞きたい」と言っていたけど、あれは半分本音だったとおもう。6分のおもしろい漫才を14本ぶっつづけに聴くのはしんどいよ。寄席だったら途中でマジックショーとか大道芸とかを挟むけど、ああいう色物の重要性がよく理解できた。



 予選はともかく、決勝はそんなに厳密に順位つけなくてもいいんじゃないかとおもった。

 とにかく上質な漫才が見られればいいので、昔のキングオブコントみたいにみんなが2本ずつネタをやっていちばんおもしろかったコンビ3組に投票、みたいな感じでもいいんじゃないかな。

 やっぱり3本は多いし、1本だとものたりないし。



2023年4月10日月曜日

【映画感想】『映画ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)』

『映画ドラえもん
のび太と空の理想郷(ユートピア)』

内容(映画.comより)
国民的アニメ「ドラえもん」の長編映画42作目。「リーガルハイ」「コンフィデンスマンJP」シリーズなど数々のヒット作や、2023年放送の大河ドラマ「どうする家康」などで知られる人気脚本家の古沢良太が、映画「ドラえもん」の脚本を初めて手がけた。空に浮かぶ理想郷を舞台に、ドラえもんとのび太たちが繰り広げる冒険を描く。
空に浮かぶ謎の三日月型の島を見つけたのび太は、ドラえもんたちと一緒にひみつ道具の飛行船「タイムツェッペリン」で、その島を目指して旅立つ。やがてたどり着いたその場所は、誰もがパーフェクトになれる夢のような楽園「パラダピア」だった。ドラえもんとのび太たちは、そこで何もかも完璧なパーフェクトネコ型ロボットのソーニャと出会い、仲良くなる。しかし、その夢のような楽園には、大きな秘密が隠されていた。

 九歳の娘といっしょに映画館で鑑賞。

 古沢良太氏脚本ということで期待して観にいった。『リーガルハイ』『コンフィデンスマンJP』もすばらしかったからね(しかし今年の大河『どうする家康』もやってて、仕事しすぎじゃないすかね)。

 期待通り、どころか期待を上回るすばらしい出来だった。ドラえもんの映画はだいたい観てるけど(主にテレビやAmazonプライムでだけど)、その中でも個人的ナンバーワンかもしれない。


(一部ネタバレあり)


グレート・マンネリズム

 ちょっと前に「ドラえもんの映画はだいたい同じ展開でワンパターンだ」っていう批判的な記事を読んだんだけどさ。

 わかってないなー! だいたい同じでいいんだよ。ドラえもんの映画のメインターゲットは何十年も映画を観つづけている大人じゃなくて(ぼくもそうだけど)、数年たったら劇場から足が遠のく子どもなんだから。わくわくする新しい世界を見せてくれて、異世界の住人との間に友情が芽生えて、敵が現れて窮地に立たされて、知恵と勇気と友情で強大な敵に立ち向かって、敵を倒して平和を取り戻してのび太たちは日常に戻る……でいいんだよ。むしろある程度はお約束通りに進むからこそいい。グレート・マンネリズムというやつだ。

 大枠が決まっているからこそ、「どんなきっかけで冒険をスタートさせるのか」「どんな新しい世界を見せてくれるのか」「理想的とおもえたその世界にどんな不都合が起こるのか」「どうやって敵の強大さを見せつけるのか」「その敵に各人がどう個性を活かしながら立ち向かい、どんな戦いをするのか」「どうやって収束させるのか」といった細部の設定で出来不出来が大きく変わる。

 そして、今作『のび太と空の理想郷』は細かい設定がどれも効果的だった。


ほら話

 おもしろいドラえもんの映画にはおもしろいほら話がある。

「いつも霧がかかっていて航空写真を撮れない〝ヘビー・スモーカーズ・フォレスト〟という森がある」「バミューダトライアングルは古代帝国が仕掛けた自動防衛システムだった」「アラビアンナイトは創作だが元になった話は事実だった」なんて、もっともらしいほら話を聞かせてくれる。

『空の理想郷』では、理想郷・パラトピアが時代や空間を超えて移動をくりかえしていることから、世界各地に伝わる空中都市伝説や竜宮城の伝説はパラトピアの目撃談だったのだというほら話が語られる。

 こういうの大好き!


道具をいかに封じるか

 ドラえもんの映画において最も重要なタスクが「ドラえもんの道具の力をいかに封じるか」である。

 ドラえもんの道具はうまく使えばほとんど無敵だ。時間も空間も飛び越えられるので、どんな困難な問題でもあっさり解決させてしまえる。それでは緊張感ある冒険にならない。

 だからほぼすべての映画で、「道具が故障して使えない」「ドラえもんが故障する」「四次元ポケットが失われる」「あえて道具を置いてくる」「道具の使えない世界を用意する」「ドラえもんの道具より優れた道具を敵が持っている」といったギミックをかますことで、道具の力を封じてきた。

 だがドラえもんをドラえもんたらしめているのは未来の道具であるので、封じすぎてもつまらない。

 この「どうやって道具を封じるか」「どこまで封じるか」が映画の成否を決めるといってもいい。

 『のび太と空の理想郷』はちょうどいい塩梅だった。序盤に「どこでもドアが壊れて四次元ごみ袋に入れてリサイクルする」という設定が提示されるが、それ以外の道具はほぼ使用可能。

 ほぼすべての道具が使用可能であるにもかかわらず、敵の策略によって知らぬ間に追い詰められていくドラえもんたち。このシナリオが絶妙だった。

 しかも、この「四次元ごみ袋」が終盤でキーアイテムとなるという周到さ。うーむ、隙が無い。


ほどよい伏線

 ドラえもんに限った話ではないのだが、最近のドラマや映画はどうも「伏線回収」が重視されすぎているきらいがある。

 もちろん伏線は物語をおもしろくしてくれるスパイスではあるが、それはあくまで調味料であってメイン食材にはなりえない。だから「あなたはラストであっと驚く!」「もう一度はじめから見直したくなる!」「映像化不可能と言われたトリックを初映像化!」などの伏線回収をメインに据えた物語はほぼ確実に失敗する。ほら、アレとかアレとかつまらなかったでしょ?

 古沢良太氏の脚本は、いつもうまく視聴者をだましてくれる。あっと驚く仕掛けを用意しているが、それは決してストーリーの中核にはならない。ストーリー自体は水戸黄門のように王道で、その中にほどよい伏線をピリリと効かせているからおもしろいのだ。

『のび太と空の理想郷』では、冒頭の「カナブン」「天気雨」などうまい伏線が用いられているが、観客である小さい子どもには理解できないかもしれない。だが、理解できなくてもちっとも問題ない。気づかなくても物語は十分に楽しめる。気づけばよりおもしろくなる(ところで種明かしの仕方は『コンフィデンスマンJP』っぽいよね)。

「小さい頃はわからなかったけど、数年後に観返してみたらこういうことかと気づく」と、二度楽しむこともできるかもしれない。


強すぎる敵、怖すぎる展開

 いっしょに観ていた娘は二度泣いていた。後で聞くと、「一回は怖くて泣いちゃった。二回目は感動して泣いた」とのこと。それぐらいおそろしい敵だった。

 なにがおそろしいって、すごく賢いのだ。『月面探査機』のようにとにかく物理的に強い敵ではなく、『空の理想郷』の敵は賢すぎておそろしい。のび太たちはほとんど戦う間もなく、知らぬ間に敵の罠にはまってしまう。

「住民みんなが勤勉で優しくてにこにこしているユートピア」が出てきた時点で、ある程度フィクションに触れた大人であれば「ああこれは裏で悪いやつが統制してるやつね」とわかるけど、たぶんほとんどの子どもはわからないだろう。で、ユートピアに見えたものが一枚めくると人間性を奪う管理社会だとわかったところで、途方もない恐怖におそわれるはずだ。

 さらに追い打ちをかけるようにジャイアンとスネ夫としずかの感情が奪われ、ドラえもんが自由を奪われた上に退場させられ、残ったのび太までも感情を支配される。絶体絶命のピンチ。これまでのドラえもん映画の中でも一、二を争うほどのピンチだったかもしれない。これまで「ドラえもんが機能不全」や「五人中四人が捕まる」なんてことはあったが、全員戦意喪失させられるとは。

 そしてピンチの度合いが大きいほど、切り抜けたときのカタルシスも大きい。のび太たちが感情を取り戻して立ち上がる瞬間は大人のぼくでもわくわくしたし、敵との戦闘の後にもさらなるピンチが訪れて最後まで息をつかせない。

 手に汗握る、一級品の活劇映画だった。


出木杉問題

 映画ドラえもんでは恒例となっている「序盤は登場する出木杉が冒険には連れていってもらえない」問題。

 出木杉ファンのぼくは、毎度悔しいおもいをしている。

 今回なんかは連れていってもよかったとおもうけどなあ。出木杉までが感情を支配されてしまったほうが怖さが増したとおもうし。元々いい子だから洗脳されていることに気づきにくいのも、うまく使えばプラスに働いたんじゃないかな。

 ま、前作『のび太の宇宙小戦争 2021』に比べればぜんぜんマシだけど。前回なんか、序盤は出木杉もみんなといっしょに映画をつくってたのに途中で「塾の合宿」という名目で退場させられて、いない間に他のみんなが冒険したどころか映画まで完成しちゃってたからね。ひどすぎる。だいたい出木杉って塾(しかも四年生から合宿するってことは相当な進学塾)に行くキャラじゃないとおもうんだけど。

 今回は「ただ誘われなかっただけ」だからまあいいや。前回は「途中からのけ者にされた」だからかわいそうすぎた。


お約束のあれやこれや

 映画ドラえもんではぜったいにやらなきゃいけない「ぼくはタヌキじゃない!」と「しずかちゃんの入浴シーン」。

 前者はどうでもいいとして、後者に関しては時世を考慮して、入浴シーンがあるものの「鎖骨から上あたりがちらっと映るだけ」である。

 ……やる意味ある?

 元々やる意味ないんだけど。まあ当初はファンサービス的なシーンだったんだろうけど(原作漫画だとけっこう大胆に裸が描かれていたりする)、エロくもなんともなくて、もはや何のためにやっているのかさっぱりわからない。そこまでして入れないといけないシーンなのか? とおもう。

 最初に「グレート・マンネリズム」って書いたけど、これは単に何も考えてないただのマンネリだよね。


メッセージ

 ぼくは「ドラえもん映画にしゃらくさいメッセージはいらない」と考えている。一時、ドラえもんの映画の中で環境保全だとか他の生物との共存だとかを訴えていたが、ああいうのはいらない。大事なのは一におもしろさ、二におもしさ、三、四がなくて五におもしろさ。

 おもしくするために必要であればメッセージがあってもいい。メッセージ性なんてしょせんその程度だ。

『空の理想郷』にもメッセージはある。「完璧な人間なんていない。欠点こそがその人らしさを作っている」といったことだろうか。「桃源郷であるパラトピアの住人と欠点だらけののび太」「パーフェクトネコ型ロボットであるソーニャとポンコツロボットのドラえもん」という対比を示し、後者は欠点があるからこそ愛おしいというメッセージを伝えている。

 これがとってつけたような説教ではなく、ストーリーに深く結びついている。このメッセージが背骨となることで、シナリオが頑強なものになっている。おもしろさのために必要不可欠なメッセージだ。


 そしてこのメッセージってさ、今作だけの話じゃなくて『ドラえもん』すべてに通底するメッセージじゃないかな。

 のび太ってまったくもって成長しないじゃない。話の中で気づきを得たり決心したり反省したりすることはあるけど、次の話ではまた元の怠惰な小学生に戻っている。いつまでたっても成長しない。

 そんなダメなのび太を、ドラえもんは決して見捨てない。バカな子なのに、いやバカな子だからこそ愛する。のび太に対するドラえもんの視点は友情ではなくほとんど母性だ(逆にママはあまりのび太を愛しているように見えない)。

 バカでもダメでもなまけものでも成長しなくても、それでも愛してくれる人がいる。『ドラえもん』で描かれているのはそういう物語だ。

『空の理想郷』は、それを二時間足らずで表現した映画だった。藤子・F・不二雄先生の遺志が今の脚本家や監督にもきちんと受け継がれていることを感じて、ぼくはうれしくなった。


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出木杉の苦悩

2023年3月6日月曜日

R-1グランプリ2023の感想

 

 M-1やキングオブコントに関してはほぼ毎回感想を書いてるんだけど、R-1はあんまり書く気がしなくて2017年以来ずっと書いてなかった。でも今年はひさしぶりに書く気になった。

 リニューアルしてからちょっとずつだけどいい大会になってきてる気がする。芸歴制限には賛成しないけど。



1. Yes!アキト (プロポーズ)

 ギャグの羅列なのにおもしろい、というのがYes!アキトさんに対する評価だったのだけど、今回はストーリー仕立て。緊張して「結婚してください」が言えない男が、ついギャグを言ってしまうという設定。

 なるほどね、「け」ではじまるギャグを次々に言っていくのね、これはわかりやすいし自ら制約を課している分乗り越えたときはおもしろくなるはず! と期待しながら観ていたのだが……。

 あれ。あれあれ。「け」ではじまるギャグ、という設定を早々に捨ててしまって、あとは好き勝手なギャグ連発になってしまった。当初の設定はなんだったんだ。「け」ではじまるギャグか、プロポーズにちなんだギャグにしてくれよ。

 こうなるとプロポーズできない男という設定が単なる時間の無駄でしかなく、これだったら潔くギャグだけを多く見せてくれたほうがよかったな。


2. 寺田寛明 (言葉のレビューサイト)

 ネタの内容がいちばんおもしろかったのはここ。よくできている。

 が、芸として見たときにどうなんだという疑問も生じる。フリップの内容自体が完成されていて、演者ははっきりいって誰でもいい。ちゃんと文章を読める人でさえあれば寺田寛明さんである必要がない。アナウンサーでもいい(そして寺田さんは何度か噛んでいたので実際そのほうがよかった)。このネタ、テキストで読んでも同じくらいおもしろいとおもうんだよね。

 ネタは高評価。でも芸の達者さ、という点で見るとな……。


3. ラパルフェ 都留 (恐竜と戦う阿部寛)

 阿部寛一本でいくにしては阿部寛ネタが弱かったなあ。大きいとかホームページが軽いとか、独創性がないもんね。ホームページネタなんて、知らない人にはさっぱりわからないだろうし、知ってる人からすると「それネタにされるの何十回目だよ」って感じでまったく目新しさがない。

 博多華丸やじゅんいちダビッドソンが「モノマネだけどネタとしてもしっかりおもしろい」ネタを見せた大会で披露するには、あまりに浅かったな。


4. サツマカワRPG (数珠つなぎショートコント)

 ひとりショートコントの羅列、でありながらそれぞれのネタが有機的につながっているという凝った構成(その中でひとつだけつながっていない冒頭の和田アキ子はなんだったんだ)。

 決してわかりやすくないし、無駄も多かった気がするけど、新しいことをやってやろうという意欲は買いたい。というより、今大会は他の人にチャレンジ精神をあまり感じなかったんだよなあ。


5. カベポスター 永見 (世界でひとりは言ってるかもしれないこと)

 寺田寛明さんの感想のとこで「テキストで読んでもおもしろい」と書いたけど、こっちはそれどころか「テキストで読んだほうがおもしろい」。じっさいぼくは永見さんのTwitterアカウントをフォローして「世界でひとりは言ってるかもしれないこと」を読んでいるが、そっちのほうが味わい深い。

 こういう一言ネタって、咀嚼する時間が必要なんだよね。すごくいい肉をわんこそばのスピードで提供されても味わえない。


6.  こたけ正義感 (変な法律)

 これまたフリップネタ。が、このネタの場合は「演者がこの人である必然性」がある。弁護士が言うからこそ説得力があるし、怒ったり嘆いたり表現も多彩。

 ただ、これ以外のネタを見たいとはおもわなかったな(ABCお笑いグランプリの2本目はぐっとレベルが下がってたし)。



7. 田津原理音 (カード開封)

 おもしろかった。カードの開封動画、というのがほどほどに新しくて、ほどほどになじみがなくて。

 何がいいって「触れないカード」があることだよね。せっかくつくったカードだから全部を見せたいだろうに、ちらっと見せるだけで特に触れないカードがたくさんある。あれで一気に引き込まれる。わからないからこそ見入ってしまう。

 映像を使うのではなく、スライドを使用するのもよかった。映像だとどうしても対象との間に空間/時間的距離が生まれてしまうけど、スライドだと距離がなくて対象に触れられるからね。このネタにぴったり。

 そして凝った仕掛けではあるけど中身はあるあるネタなのでわかりやすい。すべてがちょうどいいバランス。


8. コットン きょん (警視庁カツ丼課)

 順番が良かったんだろうね。ギャグ、フリップ、モノマネコント、ショートコント、一言、フリップ、スライド、ときて、最後にしてやっと本格的なストーリーコント。こういうのを見たかった! という空気になってたもんね。

 とはいえ、個人的にはイマイチだった。一杯目のカツ丼がピークで、あとは右肩下がり。特にラストはひどかった。「容疑者の罪状にちなんだカツ丼を提供することで自白に持ちこむ」という設定でやってきたのに、最後は「外国人だから」という理由でつくったハンバーガー。罪状関係ないし。なんじゃそりゃ。それで済むならカツ丼課なんていらないじゃない。

 本格的な芝居をするならこのへんの論理が強固でないといけないよ。設定の根幹をぶち壊してしまう雑な展開だった。



 8人中、7番目と8番目にネタを披露した人が最終決戦進出。たまたまかもしれないけど、なんだかなあ。順番次第じゃん、という印象になってしまう。



最終決戦1.  田津原理音 (カード開封)

 ネタを見ながら、そういやこの素材は陣内智則さんのネタっぽいなあ、とふとおもった。ツッコミどころだらけの変な対象で笑いをとるという構成。ただしアプローチはまったくちがう。陣内さんがずばずばと切れ味鋭いツッコミを入れていくのに対し、田津原さんはあくまで愛でる。ずっとその立場を崩さない。変なものを切り捨てて笑いに変えるネタと、変なものを愛でて受け入れていくことで笑いを生むネタ。なんとなく時代の変化を映している感じがするよね。知らんけど。


最終決戦2.  コットン きょん (リモート会議ツール)

 これまた楽しめなかった。ZoomとGoogle Meetを使って別れそうになってるカップルの中を取り持つ、という設定。この設定であればこういう筋書きになるだろうな……と予想した通りの展開。意外性がまるでなかった。リモート会議が一気に普及した2020年頃ならともかく、2023年の今やるには題材としての新しさもないし。



 ネタの力よりも表現者として魅力的だったふたりが勝ち残って、その中でネタの強さが勝っていた田津原理音さんが優勝、という大会でした。

 はじめにも書いたけど、R-1は数年前に比べたらいい大会になってきてるとおもう。審査員が現役の芸人たち、ってのもいいんだろうな。

 あとはあれだな。「そのときの話題の人や他の賞レースのファイナリストだからといって安易に決勝に上げる」ところさえ直してくれたらな(去年はそういう感じじゃなかったのにまた戻ってしまった)。

 せっかく芸歴10年以内という縛りを課したんだから、人気の人を使うんじゃなくて、人気者を生みだしてやるぞという気概を見せてほしいな。結果的にはお見送り芸人しんいち、田津原理音という新しい才能の発掘ができているからいいけど。


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ABCお笑いグランプリ(2022年)の感想


2022年12月19日月曜日

M-1グランプリ2022の感想

 


 イタいと言われようと、書くのが楽しいんだから書かせてくれ。

 まず決勝メンバーについて。各コンビそれぞれで見るとなんの不満はないんだけど、敗者復活以外の9組を並べてみると、準決勝審査員の「俺たちのセンスを見せてやる」感が鼻につく。

 いやわかるよ。新しい角度の笑いを生みだしているコンビを評価したいことは。M-1グランプリってそういう大会だしね。ただ単に笑いをとればいいわけじゃなくて、唯一無二のチャレンジングなことをしているコンビを評価する大会。麒麟とか笑い飯とか千鳥とかPOISON GIRL BANDとかスリムクラブとかトム・ブラウンとかに光を当ててきた功績は大きい。うまくいかないこともあったけど。

 でもそれはあくまで、大きな笑いをとるコンビがいるから光り輝くのであって「単純な笑いの量だけでは評価できないおもしろさ」のコンビばかりをそろえるとくすんでしまう。

「笑いの量が多い」系のコンビをもっと増やしてほしかったなあ。


敗者復活戦

 THIS IS パン(恐竜映画)、ヤーレンズ(ラーメン屋)、令和ロマン(ドラえもん)に投票。森山直太朗を熱唱したダンビラムーチョもおもしろかった。

 THIS IS パンは去年の予選動画がすごくおもしろかったんだよなあ。どんなネタか忘れちゃったけど。今年もおもしろかった。いちばんおもしろい男女コンビだとおもう。声質もいいし。男女コンビで女がツッコミってめずらしいよね。

 THIS IS パンとかヤーレンズみたいに「斬新なことをしてるわけじゃないけどただただ笑える」系のコンビが今回の決勝に行ったらかきまわしてくれたんじゃないかなあ。


1.カベポスター(大声大会)

 ABCお笑いグランプリの優勝ネタ。観るのは二度目だが、改めてよくできたネタだとおもう。ネタの美しさではダントツ一位だよね。歴代トップクラスかもしれない。まったく無駄もない。さりげなく挟まれた「そのときもトップバッターやって」もかっこいい。

 特に好きだったのは「盛り下がらんように大会側がテコ入れしてきてるやん」の部分。大声大会の主催者もテコ入れしてるんだから、M-1主催者もいいかげんにトップバッターが不利になりすぎないようにテコ入れしてよ。敗者復活組をトップにするとかさ。

 落ち着いて聞かせる漫才をするコンビなのでコンテスト向きではないかもしれないけど、こうして決勝に進んでくれただけでもうれしい。採点方式ではなくゴングショー形式(つまらないとおもった人が手を上げ、それが一定数を超えたら脱落する)だったら、カベポスターが最強かもしれない。


2.真空ジェシカ(シルバー人材センター)

 共演者の信頼 → 高齢者の人材 というダジャレボケからシルバー人材センターコントにつなげる導入はすばらしい。

 内容もおもしろかったが、カベポスターの見事な構成の作品を観た後なので、その「大喜利回答の寄せ集めっぽさ」が目立った。とはいえやっぱり一発一発のボケは力強かった。


3.敗者復活組 オズワルド(明晰夢)

 悪いネタではないのだけど、どうしても、一昨年や昨年のオズワルドと比べると見劣りしてしまう。それほどまでに「改名」や「友だちがほしい」のネタが良かったから。四年連続の決勝進出、そして敗者復活からの勝ち上がりとなるわけだから、新しいものが見たかったなあ。個人的にはぜんぜん好きじゃなかったけど、去年の敗者復活組・ハライチはその点でよかったな。新しいことにチャレンジしていた、という一点で。

 しかし敗者復活戦のシステムもテコ入れしてほしいなあ。完全に人気投票だもんな。知名度ランキングとほとんど変わらない。ミキなんて、同級生の名前を挙げていくだけで三位だぜ。そんな中、そこまで知名度もないのに二位に食い込んだ令和ロマンはすごい。実質一位だよね。

「決勝に進出したことのある組は敗者復活戦に出場できない」ってルールにしてほしいなあ。


4.ロングコートダディ(マラソンの全国大会)

 中盤は完全にコント、ツッコミ不在、ずっと走りっぱなしという変則的なスタイルでありながら、ちゃんとウケてちゃんと評価されていた。三年ぐらい前のM-1だったら評価されていなかったんじゃないだろうか。いろんな型を破ってくれた先人たちに感謝しないといかんね。

 去年もそうだったけど、客がとりわけロングコートダディには温かい気がする。ふたりのギラギラしていない風貌がそうさせるのかな。

 ワンシチュエーションで次々にボケを出すスタイルだとどんどん奇想天外な方向に進みそうなものだけど、エスカレートするだけでなく唐突に「太っている人」のようなシンプルなものを持ってくる緩急のつけかたがほんとに見事。


5.さや香(免許証の返納)

 三十代で免許証を返納する。それ自体はささやかなボケだが、そこから大きく広げられる話術が見事。昨年の準決勝の感想で「ボケとツッコミを入れ替えたりして迷走している」と書いたが、迷走期を経て、ボケツッコミの枠にとらわれない伸びやかな漫才になっている。晩年のハリガネロックもこういうことをやりたかったのかなあ。

 ただ、ふたりの表現力の高さには感心したものの、個人的にはあまりおもしろいネタとはおもわなかった。特に後半の地方いじりが古すぎてねえ。

 しかしまだまだ進化しそうなコンビ。


6.男性ブランコ(音符運び)

 音符を運ぶ仕事をしたい、というシュールな導入。どうしてもバカリズムの名作『地理バカ先生(都道府県の持ち方)』を思い出してしまうが、音符を運ぶところだけでなく、その後の展開でもきちんと笑いをとっていた。平井さんはいかにも運べなさそうな体格だしね。

 死亡事故に着地する展開は少年向けギャグマンガ的で「男性ブランコにしてはずいぶんベタな着地だな」とおもったけど(インポッシブルとかバッファロー吾郎のコントみたい)、よくよく考えるとあのわかりやすさがいいのかもしれない。設定がシュールで展開も複雑だとついていけないもんね。


7.ダイヤモンド(レトロニム)

 男女兼用車両、有銭飲食、農薬野菜などのレトロニム(新しい概念が生まれたことで元々あった概念を指すために作られた言葉)を生みだす。つっこまれると、全身浴、裸眼などもそうだと反論する……。

 この視点は好きだ。ぼく自身も、数年前に レトロニム というエッセイを書いている。

 とはいえやっぱりレトロニムを羅列しても漫才としてはそこまでおもしろくない。3回戦の予選動画でこの動画を観たことがあったのだが、そのときですら「3回戦ならギリギリ通過できるかな」という印象だった。まさかそれを決勝に持ってくるとは(だいぶ改良されているとはいえ)。文字で読んだらおもしろいだろうけど、耳で聞いて処理できる内容じゃないんだよね。

 久々に「M-1の会場で静まりかえっている雰囲気」を感じた。準決勝の審査員が悪い。


8.ヨネダ2000(イギリスで餅つき)

 イギリスで餅をついて儲けたいという導入から、餅つきのリズムに乗せて広がってゆくネタ。個人的にはぜんぜん好きじゃない。

 でも左脳的なダイヤモンドのネタの直後だったから余計に、理屈じゃなく直感に訴えるこのネタがハマったんだろうなあ。

 ランジャタイと比べられていたけど、「徹頭徹尾意味のないことをやる」という点ではジャルジャルの『ピンポンパンゲーム』や『国名わけっこ』に近いものを感じた(ランジャタイはわかりにくいだけで一応意味がある)。ジャルジャルは無意味なりに、一応ルールを設けてわからせようとはしてくれていた。今思うとあれでだいぶ受け入れられやすくはなってた。場数の差だな。


9.キュウ(ぜんぜんちがうもの)

 ぜんぜんちがうもの → なぞかけ → まったく同じもの。いつものキュウ、って感じだった。

 審査員からは「順番に恵まれなかった」とか「他のネタをやっていれば」とか言われてたけど、何番だろうと、どのネタだろうと、キュウが上位になることはなかったとおもうけどなあ。


10.ウエストランド(あるなしクイズ)

 いいフォーマットを見つけたねえ。これまでウエストランドはド直球で偏見や悪口を放りこんでいくネタしか見たことなかったけど、「クイズに対する答え」という形式にすることですごく笑いやすくなった。

 毒舌は好きだけど、毒舌漫才ってやっぱりちょっと距離をとっちゃうんだよね。必然的に攻撃的になるから。「笑っていいのかな」と一瞬おもってしまう。でもクイズに対する回答形式にすることで、悪口を言う理由が(一応)あるし、どんなに罵詈雑言を並べても「クイズに答えようとしてまちがえた」という形をとっているからストレートに受け取られにくい。安心して笑える。いやあ、すばらしい発明だね。「警察につかまりかけている」という名誉棄損になるかならないかギリギリの悪口もいい。

 特に今大会は練りに練った隙の無いネタをするコンビがほとんどだったので、ウエストランドの「ウケるまで同じ言葉を何度もしつこくくりかえす」パワースタイルはかえって新鮮だった。「多くは説明しませんからわかる人だけ笑ってください」みたいなおしゃれコンビばかりの中ではウエストランドの「何が何でも笑わせてやるぞ」の泥臭さは逆に光り輝く。

 おっと。分析するお笑いファンはうざいんだった。



 最終決戦進出は、1位さや香、2位ロングコートダディ、3位ウエストランド。

 この時点でぼくは「ロングコートダディはパンチが弱そうだしウエストランドは芸風的に優勝させてもらえなさそうだからさや香かな」とおもっていた。



最終決戦1 ウエストランド(あるなしクイズ)

 2019年にぺこぱが10組目で3位→最終決戦1組目になったときは、連続してネタをやったことで「またこのパターンか」と飽きてしまった。ところがウエストランドの場合は凝ったことをしていないので、連続してネタをやることがマイナスどころかかえってプラスになったんじゃないだろうか。客がアツアツの状態でネタをやれるアドバンテージ。

 さらに一本目は路上ミュージシャンだのYouTuberだの、比較的安全圏から悪口を言っていたのに、二本目ではコント師、お笑いファン、R-1グランプリ、M-1アナザーストーリーなど身の周りまで次々にぶった切ってゆく。敵陣に乗りこんでいって、自分が傷つくこともかえりみずに刀を振りまわす。ぼくには井口さんの姿が一瞬『バガボンド』で吉岡一門七十名を相手にする宮本武蔵に重なって見えた。そういや武蔵も岡山県出身だった。

 毒舌漫才師は数いれど、ここまで身近な関係者を斬りまくった人はそういまい。欲をいえば、ついでに審査員にまで斬りかかってほしかった。立川志らくさんあたりに。

 ラストにほっこり系長尺コントを入れることにうんざりすることについては、ぼくも同感だ。あれは特定の芸人というよりオークライズムだろう。ぼくが知るかぎりでは、ラーメンズやバナナマンあたりがやりだした(どっちもオークラ氏がかかわっている。ぼくが知らないだけでシティーボーイズなんかもやってるのかもしれないけど)。で、その流れを組んで東京03もラストはしっとり系長尺コントをやり(これまたオークラさんだ)。それに影響されたのか、猫も杓子もラストにしっとり系長尺コントをやっている。たしかにラーメンズの『鯨』のオーラスコント『器用で不器用な男と不器用で器用な男』はすばらしかったしその時点では新しかったのだが、誰もがやるようになるとすっかり陳腐化してしまった。

 ちなみに偶然にもこの後ネタを披露したロングコートダディもほっこり系長尺コントをやっている。やめてほしい。

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最終決戦2 ロングコートダディ(タイムマシン)

 2021年あるあるを散りばめた、今しかできないネタ。古いネタを焼きまわして使うのではなく、今年できた新鮮なネタを持ってくるところに勢いを感じる。

 ダーツの旅の曲がたまらない。絶妙にチープだもんなあ。もっともっと長尺で観たいネタ。


最終決戦3 さや香(男女の関係)

 新ネタを持ってきたロングコートダディとは逆に、去年の準決勝ネタを持ってきてしまったさや香。守りに入っちゃったなあ。

 3回戦動画で観た『まずいウニ』のネタはすごくよかったんだけどなあ。「ヒザでするんかい」はめちゃくちゃ笑った。あっちを観たかったなあ。



 ということで優勝はウエストランド。おめでとう。タイプ的に優勝するとおもってなかったからびっくりした。革新的なスタイルのコンビが多かったからこそ、「新しいスタイルじゃなくてもとにかく笑いをとれば勝てる」ってのを見せつけてくれたね。

 ちなみにウエストランド井口さんは東野幸治のお気に入りの玩具として、関西テレビの『マルコポロリ!』でいつもおもちゃにされている。R-1グランプリ(関西テレビ)をこきおろしたウエストランドが『マルコポロリ!』でどんな扱いを受けるのか、今から楽しみだ。


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2022年11月14日月曜日

【感想】まほうのレシピ(Just Add Magic)

まほうのレシピ(Just Add Magic)

内容(Amazon Prime より)
ケリーと彼女の親友2人は不思議な料理本を見つけ、その中のレシピには魔法がかけられていることを知る。ケリーのおばあちゃんにかけられた呪いを解くために3人は次々と料理を作っていく。そして魔法の料理を作る者はその効果の代わりに特別なことが起きることを知る。過去に起きた事件と料理本に隠されたナゾが明かされるとき、さらなる大きな秘密が暴かれる!


 Amazon Prime にて鑑賞。

 おもしろかった。Amazon Prime では「キッズ」カテゴリに入っているが、大人でも楽しめる。というか、子どもにはこの複雑なストーリーを理解するのはなかなかむずかしいとおもうぜ。

 シーズン1からシーズン3までを家族で観た。ドラマをはじめて観る長女(9歳)もおもしろがって、1話観るたびに「もういっこ観よう!」と言っていた。毎回気になるところで終わるんだよなあ。


 主人公は仲良し三人組の女の子、ケリー・ハンナ・ダービー。中一ぐらい。

 あるときから、ケリーのおばあちゃんが会話をできなくなる。おばあちゃんを大好きなケリーは心配するが、どうすることもできない。

 そんなとき、三人の前に奇妙のレシピが載った本が現れる。本に載っていた「おだまりケーキ」をつくったところ、食べた者が口を聞けなくなり、その副作用でつくった者のおしゃべりが止まらなくなる。なんと本は魔法の本だったのだ。

 しっかり者だが融通の利かないケリー、良くも悪くも慎重派のハンナ、だらしないが他人にも寛容なダービーと性格の異なる三人が、ときに助け合い、ときに喧嘩をしながら様々な問題を解決する物語。


 ということで、以下感想。ネタバレがんがん含みます



■シーズン1

「はいはい、女の子たちが魔法の料理を使っていろんな問題を解決する1話完結のお話ね」とおもって観はじめたのだが、そんな単純なものではなかった。

 たしかに基本は1話完結で、
問題発生 → 魔法の料理を作る → 魔法の失敗、魔法が効きすぎる、魔法の副作用などで新たな問題発生 → 試行錯誤して解決
という流れが多い。だが、すべての問題が解決するわけではない。

 あれこれ魔法の料理を作っても、おばあちゃんの具合はいっこうに良くならない。魔法は悩みを解決してくれるが、ひとつ解決するたびに新たな悩みが生まれる。

 さらにはシルバーズさん、ママPという謎を秘めたキャラクターたちも魔法について何かを知っている様子。はたして彼女たちは何を知っているのか、そしておばあちゃんに何が起こったのか……。

 このシーズン1を観ると、もう止まらなくなる。

 特におもしろかったのが登場人物に対する評価が二転三転するところ。

「あ、ママPって意外といい人なんだ」「シルバーズさんは怖い人と見せかけて意外といい人、と見せかけて何か企んでいる?」「ママPもシルバーズさんも呪いをかけあっていたのなら、もしかしておばあちゃんも?」
と、あれこれ推理しながら楽しめた。

 終盤、ママPがサフランフォールズのみんなに毒づくシーンは最高。ママP役俳優の怪演が光る。よくこんな嫌いな町で客商売やってたな。逆に感心する。

 主人公だし、しっかり者だとおもっていたケリーが暴走してしまう展開もおもしろい。いちばんヤベーやつじゃねえか。逆に、だらしないダービーにいちばん好感が持てる。友だちにするならだんぜんダービーだな。まあいちばんいい奴なのはジェイクなんだけど。優しいし、勤勉だし、向上心も強いし、料理はうまいし、なんでジェイクがモテないのかがわからん!


■シーズン2-1

 シーズン1で一応おばあちゃん問題は解決したが、新たな問題が発生。それが過去から来た少年・チャック。

 どうやらチャックは悪いやつらしいが、彼がどこから来たのか、何を狙っているのかは不明。主人公たちのそばをうろついて、何やら機をうかがっている様子なのがいかにも不気味。

 このシーズンでは、チャック問題に加えて、ケリーの母親の市長選出馬、ダービーの父親の再婚、ハンナの転校といったサイドストーリーも充実。

 意外とかわいいシルバーズさん、相変わらず口は悪いけどジェイクの前では意外と素直なママPなど、主人公たちに加え、OC(おばあちゃんたち)のキャラも光ってくる。

 終わりが唐突な印象だったのが残念。あわてて風呂敷を畳んだような。チャックの心情があまり見えないまま過去に帰っちゃったもんね(また後で出てくるけど)。もう少し心境の変化が語られてもよかったのに。結局、旅人が誰だったのか最後までわからないままだったし(シーズン3まで観てもよくわかんない)。

 ぼくがいちばん好きだったシーンは、ここでもやっぱりママP。OCたちがチャックに呪いをかけてラベンダーハイツに閉じこめるんだけど、そのときのママPのうれしそうな顔! 自分に何十年もかけられてた呪いを他人にかけるのがうれしくてたまらないという顔をしている。

 ところで、テリー(ケリーの母親)もそうだけど、サフランフォールズの住人はラベンダーハイツを嫌いすぎじゃない? 何があったんだ?


■シーズン2-2

 2-1から出ていたRJやノエル・ジャスパーといった新キャラが活躍。「間の者たち」との新旧「本を守る者」の対決構図。

 昔の恋人に嫌がらせをしていたRJはともかく、魔法を使って店を繁盛させていたノエル・ジャスパーはそんなに悪いやつか? なんかすごい悪者みたいに描かれてたけど、主人公たちだって序盤はけっこう私利私欲のために魔法を使ってたじゃん!


 主要な登場人物たちが次々に魔法に関する記憶を失ってゆく。はたして記憶を奪っているのは誰なのか、そしてその人物の目的は……。

「姿の見えない敵」ということで、最もサスペンス色の強いシリーズかもしれない。次々に敵が現れては、消されてゆく。まるで『ジョジョの奇妙な冒険』のようなスリリングな展開だった。

 ぼくはずっとモリス先生が怪しいとおもっていたので「ほら!予想通り!」と喜んでいたのだが、まさかモリス先生じゃなかったとは……。

 個人的には、このシーズンの黒幕であるジルの思想には共感する。「この世から魔法を消す」ってのがジルの望みだったけど、いやほんと、魔法の記憶を失った方が幸せだよ。魔法は災いをもたらしてばっかりだもん。ケリーたちがやってることって全部魔法のしりぬぐいだし。魔法を使っているというより魔法に使われている。この後のシーズン3の展開を考えても、ジルの思い通りになっていたほうが幸せだったんじゃないの?

 それにしてもジルは学生時代と現在で性格変わりすぎじゃない? だらしなくて怠惰なキャラだったのに、選挙の参謀になれる?


■シーズン3

 ママPの店、シルバーズさんの庭、ケリーのトレーラーから魔法のスパイスが盗まれる。まったく犯人の目的が見えない中で三人は魔法を使って対抗しようとするが、三人の間に亀裂が生じ……。

 ここまでさんざん「意外な犯人」にだまされてきたのでもうだまされないぞと警戒しながら観ていたのだが、やっぱりだまされた。まさかあの人とは……。最も意外な黒幕かもしれない。

 最後の料理がジェイクリトー(ジェイクのオリジナルレシピ)だというのが胸が熱くなる。

 ストーリー自体は相変わらずおもしろいが、元々は自分たちの蒔いた種だということで、観ていて徒労感が強い。ほら、やっぱりジルの言う通り魔法の記憶をなくしといたほうがよかったじゃん、とおもっちゃうんだよね。無駄にトラブルを引き起こして、がんばってマイナスをゼロにしただけだもんな。

 最終話で未来の三人組が出てくるのもわくわくする。あまりに似ていたから、あれはCGなのかな?

 ママPとジェイクがつかずはなれずのラブコメみたいな関係になっていたことや、ママPとシルバーズさんが一緒にニューヨークに行くことに不安しかない(喧嘩しないわけがない)のとか、丸く収まりながらお余白を残した終わり方もおしゃれ。


■総括

 おもしろかった。子ども向けとはおもえない重厚なストーリー。ただ、後半はやや蛇足感もある。いや後半は後半でおもしろかったんだけど。でもシーズン2-1か2-2ぐらいで終わっててもよかったともおもう。

 美人やイケメンが出てくるわけでなく、登場人物たちがみんなふつうの見た目の人たちなのもいい。日本でもこういうドラマや映画をつくってほしいなあ。隙あらば美男美女をねじこんでくるからなあ。

 アメリカの文化が垣間見えるのもおもしろかった。向こうの学校の昼休みはこんな感じなんだ、授業は高度なことやってるなあ、陰湿ないじめはどこにもあるんだなあ、スマホを使いこなしているのはさすが現代っ子だなあ、と本筋とは関係のないところでもいろいろ得るものがあった。


 さて、次の〝本を守る者〟であるゾーイたちに本を引き渡して、続編である『まほうのレシピ ~ミステリー・シティ~』に続くわけだけど、そっちも観ているが今のところは1作目のほうが好き。まあたいてい続編は劣るものだけど。

『まほうのレシピ』の魅力は、主人公三人組よりも、OCやジェイク、パパやママといった魅力的なわき役たちにあったのだが、続編『ミステリー・シティ』のほうは主人公たちと適役以外の出番が少ない。

 漫画でも小説でも、脇役が魅力的なのがいいドラマだよね。