2050年1月1日土曜日

犬犬工作所について

読書感想文を書いたり、エッセイを書いたりしています(読書感想文 五段)。



読書感想文は随時追加中……

 読書感想文リスト



2025年10月23日木曜日

【読書感想文】室橋 裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』

カレー移民の謎

日本を制覇する「インネパ」

室橋 裕和

内容(e-honより)
いまや日本のいたるところで見かけるようになった、格安インドカレー店。そのほとんどがネパール人経営なのはなぜか?どの店もバターチキンカレー、ナン、タンドリーチキンといったメニューがコピペのように並ぶのはどうしてか?「インネパ」とも呼ばれるこれらの店は、どんな経緯で日本全国に増殖していったのか…その謎を追ううちに見えてきたのは、日本の外国人行政の盲点を突く移民たちのしたたかさと、海外出稼ぎが主要産業になっている国ならではの悲哀だった。おいしさのなかの真実に迫るノンフィクション。

 最近(といっても十年以上前から)急激に増えたインドカレー屋。インドカレー屋とはいいつつも、経営者や従業員の多くがネパール人だという。

 そのインネパ(インド・ネパール料理店)を切り口に、インドカレー屋の特徴・歴史から、日本の移民政策の変化、ネパール人労働者増加に伴う問題、働き手が流出しているネパールの現状までを探るノンフィクション。


 前半はカレー店の歴史などにページが割かれていて退屈だったが、中盤以降は様々な社会問題にスポットを当てていておもしろい。

 ひとつの視点であれこれ調べていくうちに芋づる式にいろんな問題が見えてくる本。これぞ学問! という感じがする。佐藤 大介『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』もそんな感じの本だった。調べれば調べるほどわからないことが増えていく。それが楽しい。勉強や読書を課題解決の手段としかおもっていない人には理解できない姿勢だろう。



 日本にやってくるネパール人が増えたのは、今世紀のはじめに法改正があったことが大きいようだ。

 で、2000年に駐日韓国大使館からの提言を受ける形で、日本の「上陸審査基準」なるものが見直された。それまで外国人が日本で法人をつくって「投資・経営」ビザを取得するには「2人以上の常勤職員」(日本に住居していて在留資格保持者は除くとあるので、日本人のことだろう)の雇用が必要だったのだが、韓国やアメリカの基準を参考に「500万円以上の投資で良し」と改められたのだ。
 (中略)
 2人の日本人を正社員として雇用するのは外国人にとってかなりたいへんだが、500万円を用意するならなんとかなる……そう考えて起業にトライする外国人の小規模な会社が、21世紀に入ってから増えていったのだ。
 とくに積極的に動いたのがネパール人だった。「500万円」はけっこうな額ではあるが、仮に5人でワリカンすれば1人100万円だ。家族親族みんなでかき集め、ネパールにいる人も中東やマレーシアで働いている人も力を合わせて出資した。そして代表者が「投資・経営」の在留資格を取って社長となり、あとは家族の中で調理経験のある者を呼び(インドをはじめ各国の飲食店で働いているネパール人は多い)、「技能」の在留資格を取ってコックとして雇う......。そんな一家がどんどん増えたのだ。そして新しくやってきたコックも、いずれ「投資・経営」を取って、独立していく。このムーブメントが起きたのは2005年前後のことではないかと多くの在日ネパール人が言う。

 500万円出せば日本に会社を作れる。日本に会社を作れば「投資・経営」ビザをとれるし親戚を雇って「技能」ビザで働いてもらうこともしやすくなる。そして「家族滞在」で妻や子どもを日本に呼び寄せて……という形でどんどん増えていったのだそうだ。


 そうして日本で働く外国人が増えたが、その中でもネパール人の伸びは大きかった。

 国の平均所得が少ない上に、国内に観光以外の産業も少ない。まとまったお金を稼ごうとおもったら国外に出るしかない状況なのだそうだ。なんとネパールの労働人口の4分の1ほどが国外に働きに出ているのだという。出稼ぎ国家なのだ。

 そして日本に来るネパール人は高い教育を受けていないことも多い(高学歴だったり貴重な技能があったりしたら他の国を選ぶほうがいいだろうしね)。じゃあカレー屋やるしかないな、となるわけだ。

 かつてはインド料理店で働くのはもちろんインド人が多かったが、インド人にとってもネパール人のほうが雇うのに都合がよかったのだそうだ。なぜならインド人はカースト制度のせいで決まった仕事しかしようとしない人がいる(コックならコックの仕事だけ。掃除や接客は別のカーストの仕事)のに対し、ネパール人はなんでもしてくれる。またネパール人のほうが宗教の戒律が厳しくないので日本で生活しやすい。そんな事情もあって、人口の多いインド人よりも、ネパール人の方がずっと多く日本にやってきているのだそうだ。


 そして日本が身近な国になったことでネパールからの留学生も増大。彼らもまた「インネパ」へと流れこんでいった。

 そのためか30万人計画は目標より1年早く2019年に達成されたが、ネパール人留学生のうちけっこうな人数が卒業後、カレー業界に参入したといわれる。というのも、日本の一般企業に就職するのはなかなかたいへんだからだ。ビジネスレベルの日本語をマスターして、日本人と同じ土俵で会社員として勝負するのはやっぱり難しい。かといって、先の見えない母国ではなく日本に留まりたい。そこで、自分で開業しようということになる。日本はいまやどこでも、コックから経営者になったネパール人のカレー屋が大増殖している。それなら自分もやってみっか……そんな発想だ。
 そしてこの留学生たちに「ハコ」を用意したのもまた、先達のネパール人だった。前出のBさんが言う。
 「日本語学校や大学の卒業が近づいているのに就職できない、でもネパールには帰りたくないそんな子たちがたくさんいたんです。彼らに会社設立とビザ取得のノウハウを教え、店舗を用意して、譲渡する。そういう仕事をする人もいましたね」
 それだけではない。ビザ取得に必要な500万円のほか、店舗の確保や内装工事などにかかる費用を貸しつける業者もいたそうだ。返済にはもちろん利子がかかってくるが、それでも帰国せずに日本でのカレー屋を選ぶ留学生もまた多かった。母国ではヒマラヤ観光と農業以外の産業が育たず、国外に希望を見出すしかない若者たちが、借金を背負いながら「インネパ」に流れ込んでくる……。

 こうして日本で働くネパール人が増えるにつれ、在日ネパール人を相手に商売をするネパール人もいる。同郷の人を助けたい気持ちでやっている人もいるだろうが、日本のことをよく知らないネパール人をカモにして儲けようと考えるやつも出てくる。

 やがて、カレー屋ではなく人を呼ぶほうが本業になってしまう経営者も現れた。多店舗展開し、そこで働くコックをたくさん集めてきて、もはや会社設立の500万円とは関係なく、1人100万円、200万円といった代金を徴収する。
「なんで自分の店でこれから働く人にお金を払わせるのか。おかしな話なんですよ」
 それでも海外で稼げると思った人たちは、どうにかお金を算段して志願する。彼らを呼べば呼ぶほど儲かるわけだから、誰だっていいとばかりに調理経験のない人もコックに仕立て上げた。本来、調理の分野で「技能」の在留資格を取得するには10年以上の実務経験が必要となる。しかし一部のカレー屋オーナーは日本の入管に提出する在職証明などの書類を偽造し、新しくやってくるコックのビザを取得していたのだ。カレーとナンのつくり方なんか自分が教えればそれでOKという経営者たちが、次から次へと母国から人を呼んだ。
 だから現場にはスパイスのこともよく知らなければ玉ねぎの皮も剥けないコックがあふれてしまった。「インネパ」の中にはぜんぜんおいしくない店もちらほらあるのはそのあたりに理由がある。

 法律すれすれの手段でネパールから人を呼ぶ。本来在留資格がないような人まで呼ぶのだから、追い返されるネパール人もいる。だが呼んだ方は困らない。もう金はもらっているのだから。だまされたほうとしては、在留資格がない弱みもあるし、日本社会のことも日本語もよくわからないのだから法的な手段に訴えられない。泣き寝入りするしかない。

 ビザ申請が下りなければ不法滞在する人も増える。不法滞在ではまともな仕事に就けないから犯罪に走りやすくなる……。

 と、様々な問題が起こるわけだ。厳しく取り締まろうにも、一件一件はチンケな詐欺だし、国をまたいだ犯罪だし、被害者はなかなか名乗り出てくれないだろうし、日本語ができない人も多いだろうし……ということで、出稼ぎ斡旋ビジネスをきちんと取り締まるのはむずかしそうだ。

 さらに、日本で働く親にネパールから連れてこられた子どもも、日本語がわからず学校の勉強についていけず、日本のコミュニティにも入れず、ネパール人同士が徒党を組んで非行に走る……なんてこともあるという。

 これらはネパール人移民にかぎらず、海外からの移住者が増える今後どんどん増えていく問題だろう。

 だからといって移民を受け入れなければ労働力不足でもっと大きな問題が起こることも目に見えている。摩擦なく移住できるようになるほうが日本人にとっても外国人移住者にとってもいいに決まっている。ネパール移民が引き起こした問題から学ぶことは多い。




 移民が引き起こす問題は日本国内の話だけではない。当のネパールでも出稼ぎ者(日本だけではない)の増大は深刻な問題を引き起こしているらしい。

「留学生だけじゃないんです。工場や、それにカレー屋で働くために、バグルンからたくさんの人たちが日本に行っています。だから小さな村はもう、働き手がいなくなって、年寄りばかりなんです。おじいちゃんおばあちゃんたちが、日本に行った子供の代わりに孫の面倒を見ている。親の愛情を知らずに育つ子供がどんどん増えている」
 村の若者が丸ごと日本に行ってしまったような集落まであるのだという。だから畑は荒れ、打ち捨てられた家屋が残され、老人ばかりでは不便な山間部で暮らせなくなってしまったため、ここバグルン・バザールに降りてくるケースが増えている。
「村では野菜や米くらいは自分たちで育てられたから、お金があまりなくても生活ができたんです。でもバザールでは違います。なんでもお金を出して買わなきゃならない。現金が必要です。だからまた若者たちが出稼ぎに行く」
 海外出稼ぎがあまりに増えすぎたため、伝統的な自給自足の社会が崩壊しつつあるのだ。そして取り残された子供たちがなにより心配なのだとクリシュナさんは言う。
 「年寄りだけではケアしきれません。親の愛をもらえていないんです。だから悪いほうに行ってしまう子が増えている。ドラッグとか、アルコール依存症とか。地域で大きな問題になっているんです」
 

 働き手、親世代がいなくなり、老人や子どもだけが取り残される。出稼ぎにより収入は増えるが、それが必ずしも豊かさには結びついていない。

 これは……。ネパールの問題でもあるけど、日本の地方の問題でもあるよな。都会に労働人口を吸い取られて地方では働き手が減っているわけで。ここ数年の話ではなく、百年前から都市部に出稼ぎに行く労働者はたくさんいた。


 都市への人口集中は古今東西変わらず起こっている問題で、これを個人の意識や行動で変えるのは不可能だろう。政府が省庁をごっそり移動させるとかやれば多少は緩和するだろうが、それでも抜本的な解決にはならない(たとえば首都ではないニューヨークや上海にあれだけ人口集中しているのを見れば明らかだ)。

 人口集中を防ごうとおもったら、ポル・ポト政権のように人権を制限して強制的に郊外へ移住させる、みたいな乱暴な方法しかないんだろうな。




 ということで、日本に来てカレー屋で働いているネパール人の本かとおもいきや、移民が生み出す様々な社会問題、都市への人口集中問題など、広く深い問題へと切り込む壮大な本だった。

 いいルポルタージュでした。


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カレーにふさわしいナン



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2025年10月20日月曜日

【読書感想文】橘 玲『DD論 「解決できない問題」には理由がある』 / あえて水をぶっかけるような本

DD(どっちもどっち)論

「解決できない問題」には理由がある

橘 玲

内容(e-honより)
世界を善と悪に分ける「正義」の誘惑から距離をとれ。「善悪二元論」が世界を見る目を曇らせる。ゆたかで幸福な社会と「下級国民」のテロ。女性が活躍する未来は「残酷な世界」?インフルエンサーと「集団の狂気」。日本の「リベラル」は民族主義の変種?国際社会の「正義」と泥沼化する戦争。

 週刊誌に連載しているコラムをまとめた内容ということで、一篇あたりの内容は薄く、おまけに時事ネタを多く扱っているのでわかりづらいところもある。

 おもしろかったのがPart0の『DDと善悪二元論 ウクライナ、ガザ、ヒロシマ』の章。Part0とあるから序文的な扱いかとおもったら、これがいちばん読みごたえがあるじゃないか。


 日本の報道だと「ウクライナに対して一方的に武力行使をしたロシアが悪で、それに立ち向かうウクライナがんばれ!」という論調がほとんどだ。

 ところがそう単純な話でもないと著者は書く。例えばクリミア半島がウクライナ領になったのは1954年のこと。

 ロシア系住民が多数派を占めるクリミアでは、マイダン革命の翌3月に住民投票が行なわれ、96.8%が「ロシアに連邦構成主体として参加」を支持し、それを受けてプーチンがクリミアをロシアに併合しました。

 住民の96.8%がロシアに入りたいと望んでいるんだったら、もうロシアのものになったほうがいいんじゃないの、と思ってしまう。こういう事情を知ったらロシアのクリミア併合も悪とは言い切れない部分がある。

 おまけにウクライナも平和で暮らしやすい国だったわけではなく、ロシア系住民の自治を求める市民たちが銃撃されるなど、ロシア系住民たちにとっては生きづらい国だったようだ。


 ふーむ。ぼくも多くの日本人と同じように報道を見て「ロシアは悪い国だ。プーチンは悪いやつだ」とおもっていたけど、そんな単純な話でもないんだなあ。

 また、日本人やヨーロッパの人々はウクライナの勝利(ロシアの撤退)を望んでいるが、それもむずかしいと著者は書く。

 DD的状況だったウクライナ問題はプーチンの失態によって善悪二元論の原理主義的状況に変わりましたが、戦況が膠着したことでふたたびDD化しはじめています。それには先に挙げたような理由があるわけですが、もうひとつ、欧米の望みどおりウクライナが勝利し、ドンバスやクリミアを奪還したとしても、戦後処理の方途がないという問題があります。
 これほど血みどろの殺し合いをしたあとで、ウクライナがロシア語系住民を「包摂」し、ともにひとつの国をつくっていくために信頼し合うのはほぼ不可能でしょう(松里さんも「十年戦争とおびただしい流血で独特の政治空間となった両人民共和国を、どうやって同化するのか、ちょっと想像がつかない」と書いています)。
 さらに国際社会(リベラル)が求めるように、「加害国」であるロシアが「被害国」であるウクライナに謝罪し、民間人の生命やインフラ・生産設備に与えた莫大な損害を賠償するとなると、その見込みは絶望的というしかありません。仮にプーチンが死んだとしても、ロシアに「悪」のレッテルを貼り、戦争責任と巨額の賠償を求めるかぎり、代わりに登場するのはより民族主義的な極右政治家でしょう。そうなれば、ウクライナに平和が訪れるのではなく、新たな戦争のリスクが高まってしまいます。
 だとしたら、ドンバス地方についてもクリミアと同じく、ロシアの実効支配を事実上容認するかたちで休戦にもちこむしかなさそうです。いわば朝鮮戦争方式で、両国が名目上は戦争を継続したまま、現状を国境として棲み分けるのです。
(ここに出てくる松里さんとは政治学者の松里公孝さん)

 仮にウクライナが勝ったとしても、めでたしめでたし、これからは仲良くやっていきましょう、となるはずがない。両国に怨念は残り、そうすると「ウクライナ国内のロシア系住民」は安心して暮らせない。

 結局、誰もが納得のいく結末なんてない。遠く離れた日本に住んでいる者からすると「あっちが悪でこっちが正義。がんばれ正義!」と単純に旗を振っていればいいだけなのだが。

 そして、こんな泥沼的状況になった原因が、そんな部外者の正義感にあると著者は厳しく指摘する。

 なぜこんなことになってしまったのか。これについて松里さんは、「国境線を変えられては困る欧米や国際機関が、援助を梃子にウクライナを「励まして」、強硬姿勢に戻したと思う」と書いています。世界には紛争を抱えている地域が数多くあり、武力によって国境を変える前例をひとつでもつくれば、国際秩序が崩壊すると恐れているというのです。国際社会の「正義」によって、戦争は終わりの見えない泥沼にはまりこんでしまったのです。

 両者が100%満足する決着などない。「だったらお互い60%ぐらい納得できるところで手を打ちましょうか」と現実的な幕引きを図ることもできたはず。

 だが、部外国の正義感がそれを許さない。「悪いのは100%ロシアなんだからウクライナ100%納得のいく形になるまで戦うべきだ!」と争いを煽る。


 個人の喧嘩でもこういうのあるよね。喧嘩しているうちに部外者がどんどん争いに加わって勝手にセコンドにつき、当事者たちが「もういいや」とおもっても周りが許さない。

 今年の高校野球である学校の生徒がいじめにあっていたという報道が出たが、あれも本来なら当事者だけの話でいいはず。生徒、保護者、学校で話せばいい。納得できないなら警察か裁判所に行けばいい。なのに関係のない野次馬がどんどん群がってきて、デマが飛び交い、個人情報がさらされ、無駄に大事になってしまった。野次馬たちは自分たちが被害者にも迷惑をかけたなんて少しもおもっちゃいない(というかもうそんな事件があったことも忘れているだろう)。

 正義はおそろしい。



 世代間格差について。

 日本社会のさらなる大きな格差は、高齢者/現役世代の「世代間差別」です。人口推計では、2040年には国民の3分の1が年金受給者(65歳以上)になり、社会保障費の支出は約200兆円で、現役世代を5000万人とするならば、その負担は1人1年当たり400万円です。
「世代会計」は国民の受益と負担を世代ごとに算出しますが、2023年度の内閣府「経済財政白書」では、年金などの受益と、税・保険料などの負担の差額は、21年末時点で80歳以上の世代がプラス6499万円、40歳未満がマイナス5223万円で、その差は約1億2000万円とされました。――この数字があまりに不都合だったからか、その後、政府による試算は行なわれていません。
 人類史上未曽有の超高齢社会が到来したことで、いまの若者たちは「高齢者に押しつぶされてしまう」という恐怖感を抱えています。その結果、政治家がネットで「あなたたちのために政治に何ができますか?」と訊くと、「安心して自殺できるようにしてほしい」と〝自殺の権利〟を求める声が殺到する国になってしまいました。

 社会保障費を、80歳以上は払った分より平均して6499万円多くもらっており、40歳未満は逆にもらう分より平均5223万円多く払うことになる。

 少なくともこういう数字はちゃんと出すべきだよね。政府も報道機関も。

 数字を出した上で、「このまま若者の生活よりも老人の生活を優先させていくべきか」「老人の生活が今より苦しくなったとしても現役世代、将来世代に金をまわすべきか」という議論をするのが正しい政治だとおもうんだけど、今はその議論すらしちゃいけない空気になっている。新聞もテレビも「老人の権利をちょっとでも減らすなんてとんでもない! 若者が苦しんでいるらしいけど、まあそれはそれ」みたいな論調だ。


 橘玲さんって極端な意見が多いので(たぶん意識的に過激なことを言っている)賛同できないことも多いんだけど、少なくともこういう「耳に痛いからみんなが言わないこと」をちゃんと書いてくれる点に関してはすごく信用できる人だとおもっている。

 ある物事について「こうに決まっている」という先入観を捨てて冷静に判断するのってしんどいことだから、みんなやりたくないんだよね。「ロシアが悪いに決まってる」「高齢者福祉を削るなんてとんでもない」と思っていたらそれ以上何も考えなくてよくて楽だからね。

 だからこそ、あえて水をぶっかけるようなことを書いてくれる橘玲さんのような人は貴重だ。


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2025年10月15日水曜日

キングオブコント2025の感想

 




ロングコートダディ

 地底人モグドンと少年の交流。


 いいねえ。メルヘンな設定に、中盤からロングコートダディらしい底意地の悪さがふんだんにちりばめられている。ロングコートダディのコントって堂前さんの「どうやったら兎さんを悪く見せられるか」という熱い思いが根底にあるよね。

 前半部分をたっぷりとフリにつかう贅沢な構成にうならされる。そしてその長いフリに耐えられるパワフルなボケ。観客にじんわりと浸透させていたモグドンへの違和感を、心地よく浮き彫りにしてくれる。

 モグドンへ痛切な言葉をぶつけながらも、モグドンとの友情は持ち続けている少年のスタンスが絶妙。「モグドンかわいそう」という意識が薄れて笑いやすくなるし、同時に悪気がないからこその残酷さが際立つ。

 実際、いじめってこんな感じなんだよね。フィクションのいじめは「何もしてないのに悪意あるやつに標的にされる」描かれ方をすることが多いけど、現実には「みんなとうまくやっていける人間が、みんなから嫌われる人間を排除する」パターンが多い。大人になるほど。「あいつは会話に否定から入る不愉快なやつだから排除してもいい」という理屈をつけて。誰しも人を不愉快にさせる存在を受け入れたくないので、きっぱりとモグドンを拒絶する少年の姿に溜飲を下げる。これは正当な理由のある排除であっていじめではない、と自分に言い聞かせて。

 ロングコートダディのラジオを聴いていると兎さんは否定から入ることが多くて、これは堂前さんの日頃の不満をぶつけたコントだったのかなー。

 品位を保ちながらも風刺性も隠しもった上質なコントだった。



や団

 中華料理屋での駆け引き。


 餃子の値段交渉で場を支配する男の鮮やかな駆け引きを見せておいて、後半は落ちた餃子を食べたり服に吸わせたラーメンをすすったり、だんだんとイカれた展開へ。計算高さとバカバカしさのバランスがいい。綿密な構成なのにそう感じさせないのがや団の魅力。

 どんな展開になっても力技で笑いに変える本間キッドさんの剛腕がすごい。

 惜しむらくは中嶋さんがただのエキストラになってしまったことで、これまでのや団コントにあった「伊藤さんとは別方向のヤバさ」を見せてほしかったところ。


ファイヤーサンダー

 不祥事芸人の復帰明けバラエティ番組。


 ファイアーサンダーらしい細かい切り口のコント。「復帰明けのバラエティでの立ち振る舞い」という、誰もがうっすらと居心地の悪さを感じるシチュエーションを題材にするセンスがすばらしい。

 殺人はアウト、自動車事故はセーフ、じゃあどこからがアウトなのか、過失致死ならどうなのか……、そこには明確な基準などなくて「空気」がルールを決めているのではないかという社会への問題提起にも感じられる(ウソ)。

 ただ殺人犯であったことが明らかになるところが最大のピークになってしまったのが残念。一昨年の「日本代表」、昨年の「毒舌散歩」のネタでは種明かし後にもさらなる裏切りが用意されていただけに、過去のファイアーサンダーと比べて見劣りしてしまったのも事実。常連の苦しさ。

「もしものときのためにプロレスラーが配置されている」のセリフは、終盤まで取っておいたほうがよかったんじゃないのかなあ。


青色1号

 会社の休憩室でのゴシップ話。


 いやあ、よかった。トリオで噂話のネタをしたら「当事者に聞かれている」というわかりやすい展開に持っていきそうなものだけど、そうせずに「聞き手のリアクション」にスポットを当てるのがすごい。

 きっちり芝居で魅せてくれた。3人とも現実にいるぐらいのリアリティ(審査員が「あのネタをやるには若すぎる」って言ってたけど、ああいうゴシップで盛り上がるのは若い社員だよ!)。誰も変なことはしていない。なのにコントとして成立している。

 水やふるふるジュースなど小道具の使い方も絶妙。「こんなの買うやついるのかよ」みたいなどうでもいい会話がすごくリアリティがあっていい。

 オチも上品。このコントを東京03がカバーしたバージョンも観たいなあ!


レインボー

 女芸人とのコンパ。


 単独ライブだとウケそうなネタ。レインボーのファンにはめちゃくちゃウケるんだろうなあ。

 もちろん女芸人の形態模写はうまいけど(モデルは少し前にコンビ名を変えたあの人だよね?)、どこまでいってもモノマネであって、個人的にはあまり見所を感じなかった。まあこれは好みの問題であって、ぼくが人物の描き方よりもストーリー展開に重きをおいているだけなんだけど。

 こういう人間観察系の芸ってわりと女芸人が得意とするところだよね。友近、柳原可奈子、横澤夏子などの系譜。女装コントをやり続けた結果として着眼点までもが女芸人に近づいたのか、それとももともとそっちのセンスの持ち主だから女装がしっくりくるのか。

 たぶん各コンビのネタから10秒間だけ切り取ってSNSに上げたらこのコントがいちばんバズるとおもう。前後の文脈無しでも笑えるはず。この人たちの主戦場はショート動画なんだろうな。



元祖いちごちゃん

 スーパーの試飲。


 バイオレンスなボケで一気に引きこみ、そこからたっぷりと間をとったやりとりで味わい深い世界を表現してくれた。あの間のとり方、スリムクラブを思い出したのはぼくだけではあるまい。

 センスは抜群だったが、技術には課題。単純にセリフが聴きとりづらいとか、ツッコミの植村さんが芝居に入りこんでいないとか(ああいうコントをするなら「わかりやすく客席に届けようとする」姿勢はいらないのでは)。その粗さこそが魅力でもあるのだが。ところで「ブリーチ」って言われてみんなすぐわかるもん? うちの家では「漂白剤」って呼んでるんだけど。そしてブリーチじゃなくてハイター派だし。

 時間で解決させようとするくだりはかなり好き。ただ店員のクレイジーさが強烈なインパクトを与えていただけに、組織的な犯行という着地はかえってスケールが縮んでしまったような印象を受けた。



うるとらブギーズ

 医者にさせたい父親とミュージシャンになりたい息子。


 緊張してセリフを言い間違えている……と心配させる導入から、それを逆手に取った言い間違えコント。まんまと騙された。

 技術はナンバーワンだね。ものすごくむずかしいことをしている(指摘されていたように八木さんの痛恨のミスがなければなあ)。それでいてやってることは実にくだらないので考えずに笑える。うちの12歳と7歳の娘はこのコントでいちばん笑ってました。

 ベタベタな設定も生きている。ストーリーを聞かせたいわけじゃないから、とにかくわかりやすければそれでいいもんね。よく考えられている。

 とんでもなく高度なことをしているからこそ、後半がわざとらしく聞こえてしまったのが残念。笑いの量をとりにいったんだろうけど、英文和訳みたいな話し方になったり白衣を着たりするのはもう間違えじゃくて明確にボケてるもんなあ。

 個人的には言い間違えのまま突っ走ってほしかったけど、笑いを取りにいくことを考えるとそれもむずかしいかなあ……。



しずる

 LOVE PHANTOM。


 若手がワンアイデア勝負で挑むのはよくあるけど、しずるがいろんなパターンのコントをちゃんと20年以上続けてきた結果たどりついたのがこのコントという背景がまずおもしろい。

 ただ、別の番組でこのコントを観たことあったんだよなあ(ここまで長い尺ではなかったが)。インパクト勝負のアホらしいネタなので、やっぱり初見のおもしろさにはかなわない。

 どっちみち大会で優勝しそうなタイプのネタではないので(DVDに音源収録できないしね)、このネタ(曲?)を一本丸々観られただけで満足。



トム・ブラウン

 コント・エリザベスカラー


 最初の「コント・エリザベスカラー」のどなりで一気に心をつかまれた。あれを言うのが古いだけじゃなくて、言い方もいいんだよね。「言い方でウケてやるぞ」って感じの声の出し方。最もセンスのない笑いの取り方。そしてそれが逆にかっこいい。

 ビジュアル的なインパクトもさることながら、ヒデキというネーミングや犬とおできの主導権争いなど見た目だけに頼らないディティールにも工夫が感じられる。や団と同じく計算を計算と感じさせないバカさがいい。

 ふたりのキャラクターが十分強烈なのでVTRを使わなくてもよかった(回想シーンを舞台上で演じるとか)でもよかったんじゃないかな、ともおもう。

 オチの「はぁ?」は大好き。おもわず「こっちがはぁ?だよ!」とテレビに向かって言ってしまった。



ベルナルド

 カメラ男(マン)。


 まず気になるのが、「写真撮影前は客とカメラマンはどう接していたのか?」ってこと。カメラマンが暗幕から出てこないことに引っかかるのは、撮影後じゃなくて絶対に撮影前のはず。芝居なんだからこういうところをうやむやにせずにちゃんと処理してほしい。

 そのへんの「コントで描かれていないところ」がおろそかになっているので、奥行きを感じない。カメラ男のこれまでの人生だとか今後の展開に興味がいかない。小道具を見せたくて、そのためにコントを作った、そのためにキャラクターを作ったって感じがする。それならR-1グランプリでやっていたような「小道具を見せるためだけの最小限の設定」のほうがいっそ潔くて良かったな。

 小道具のおもしろさはさすがで、写真を吹きだすところは見ていて楽しいし、二重三重の仕掛けも鮮やか。

 トム・ブラウンの直後だったのでビジュアルのインパクトも狂気性も見劣りしてしまったのはかわいそうだったな。



 以下、最終決戦の感想。


レインボー

 六本木の何やってるかわからない社長と何やってるかわからないタレントの女。


 キャラクターのおもしろさ重視だった1本目よりも、ストーリーで引っ張っていくこちらのほうが個人的には好み。

 腕時計と金歯の値段、女がギャンブラーであることなどを前半でうまく明かし、きっちり後半の展開へつなげる。よくできた脚本だ。女の自信たっぷりの態度がブラフだったことが明らかになる裏切りも見事。笑いどころが社長のキャラから女のキャラにシフトしたのはちょっと引っかかった。

 気になったのは、「勝てないギャンブラー」という人間像と、序盤で見せていた「嫌々社長との飲み会に参加させられる」姿がどうもしっくりこないところ。こういう女性だったら、嫌いなタイプの社長なんてむしろ絶好のターゲットなんじゃないだろうか。



や団

 口の悪い居酒屋店主。


 導入の「口が悪いけど愛のあるタイプっぽいな」的なセリフのせいで、もうその先の展開が読めてしまう。とはいえ予想通りの展開をたどりながらも、毒をエスカレートさせていき、しょぼいマジックなどのアクセントも効かせて飽きさせない話運びはさすが。

 ただ個人的には薬物を扱うボケは好きじゃない。お手軽に異常性を出せる上に、どんな異常行動も「薬のせい」にできてしまうオールマイティカードので。薬物というわかりやすい材料に頼らずに異常な空間を表現してほしかったな。



ロングコートダディ

 泣いている警察官とシゴデキ女。


 正直さほど笑えたわけではないが、計算高さに感心した。優勝を獲りにいくためのコントって感じだ。

 毎年のことなんだけど、終盤ってちょっとダレるんだよね。ほとんどのコンビは1本目に強いネタを持ってくるし、観客も疲れてくる。それに会話で世界を組み立てていく漫才と違って、はじめから設定がしっかりできているコントでは序盤の「種明かし」がピークになることも多い(今回でいうとファイヤーサンダーとかベルナルドとか)。

 キングオブコントは採点式だが、最終決戦では点数以上に「どこを優勝させたいか」を考えるはず。だとしたら平均的に笑いをとるコントよりも、前半が弱くても終盤に強いインパクトを残すコントのほうが強い印象に残るだろう。

 ……そんな計算があったかどうかは知らないが、とにかく前半を抑えた構成にすることで後半の爆発力は大きくなり、見事に優勝をかっさらった。シソンヌじろうさんが高得点をつけていたが、そういえばシソンヌが優勝したときもこんな感じだったなあ。

 それはさておき、ちょっと塩梅をまちがえたら顰蹙を買いそうなコントなのに、そう見せないロングコートダディの味付けは見事。だってさ、男の警察官が、何の罪もない女性を撃つんだよ(下着は公然わいせつ罪にならないだろう)。ふつうならひかれるところだ。なのにあのシーンで笑いを起こさせるのがすごい。たっぷり時間を使って言語化女の鼻につく感じを浸透させたことと、兎さんのふてぶてしいキャラクターのおかげで、かわいそうな感じを与えない。丁寧に作りこまれたコントだ。



 ということで、実力、経験、人気すべてをかねそなえた円熟ロングコートダディが念願の優勝。順当に見えるけど、きっちり大会にあわせたネタを持ってきて、それでいて自分たちの持ち味も存分に発揮した納得の優勝でした。おめでとう!


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2025年10月10日金曜日

『THE Wakey Show』の地方ソングを考える

 Eテレで朝7時から放送している子ども向け番組『THE Wakey Show』で『地方ソング』という歌が流れている。

 都道府県の位置関係を語呂合わせでおぼえるための歌だ(位置をおぼえるのが目的だからだろう、北海道と沖縄だけない)。



 とりあえず一個だけ貼っておく。他の動画も公式チャンネルに上がっているので興味ある人は自分で調べて。

(数十年前の動画っぽい画質と横幅だが、この番組のために作られたものだそうだ。なんで古く見せかけているのかは知らない)


 どれもなかなかよくできている。歌詞だけここに書く。

(東北)

青岩でメヤギが吹くよ 山の秋

※ 青(青森)岩(岩手)でメヤギ(宮城)が吹く(福島)よ 山(山形)の秋(秋田)

(関東)

 土地いばら 一番かなとサイの群れ

※ 土地(栃木)いばら(茨城) 一番(千葉)かな(神奈川)と(東京)サイ(埼玉)の群れ(群馬)

(中部1)

福、医師と山に

※ 福(福井)、医師(石川)と山(富山)に

(中部2)

長梨静かに 愛ギフト

※ 長(長野)梨(山梨)静か(静岡)に 愛(愛知)ギフト(岐阜)

(近畿)

教師が見えたなら 和歌を評価

※ 教(京都)師が(滋賀)見え(三重県)たなら(奈良) 和歌(和歌山)を(大阪)評価(兵庫)

(中国)

山はねっとり 広い丘

※ 山(山口)はねっ(島根)とり(鳥取) 広い(広島)丘(岡山)

(四国)

姫香る こっちが徳

※ 姫(愛媛)香る(香川) こっち(高知)が徳(徳島)

(九州)

長さで服分ける お宮さんの鹿と熊

※ 長さ(長崎)で服(福岡)分ける(大分) お宮(宮崎)さんの鹿(鹿児島)と熊(熊本)

 よくできている。東京、大阪がどちらも助詞の「と」「を」の1文字で処理されているのは気になるけど、まあ東京や大阪の場所をまちがえる人はそんなに多くないだろうから目をつぶろう。

 だが改善すべき点はある。


 まずは順番。ほとんどのエリアで、時計回りに都道府県名を歌っている。おかげで位置をおぼえやすい。

 が、中国と四国だけは時計回りじゃない。

「山はねっとり 広い丘」を「山はねっとり 丘広い」に、
「姫香る こっちが徳」を「姫香る 徳はこっち」に変えれば、時計回りで歌える。メロディーもくずさなくて済む。

 なんでここだけ時計回りにしなかったんだろう。


 そしてもうひとつ。省略するのはそっちじゃない、というところがある。

 たとえば中国地方の「山はねっとり 広い丘」の「山」は山口県のことだが、「山」がつく都道府県は、他にも山形県、山梨県、富山県、和歌山県がある。同じ中国地方の岡山県にも「山」は入っている。

 だったら「山はねっとり」じゃなくて「口はねっとり」にしたほうがいい。「口」がつく都道府県は山口県だけなのだから。

「口はねっとり」だと気持ち悪いから、歌詞の美しさを優先させたのかなあ。でも「口はねっとり」のほうがインパクトあって忘れないけどなあ。

口はねっとり 丘広い