2016年8月30日火曜日
【ふまじめな考察】勝者の論理
そうだのう。
昔もいじめはあったが、わりとみんなあっけらかんとしていたなあ。
ガキ大将が堂々とぶん殴ってたから、いじめられた側も根に持ったりしなかった。
わしもいっぱい殴ったし、同じくらいいっぱい殴られた。
みんなそこから社会のありようを学んだりしていたもんだ。
殴るほうもちゃんと加減をしていたんだ。
でも今のいじめは、ほら、インターネットを使ったりして陰湿だろ?
外で遊ばなくなったことや、教師が体罰をしなくなったことが原因なんだろうな。
それから、昔の戦争は、今みたいに陰湿じゃなかった。
剣や銃で正々堂々と闘ったから、殺されたほうも恨んで幽霊になったりせずにあっけらかんとしていたものだ。
イギリスやアメリカみたいなガキ大将が力でねじ伏せる戦争をしてたからな。
みんなそこから国際社会のありようを学んだものだ。
でも最近はインターネットを使って情報収集をしたり、コンピュータを使って遠くから空爆したりして、やり方が陰険だろう?
だから兵士が帰国後に精神病になったりするんだ。
昔はちゃんと残党狩りをしたり敗戦国に無茶な講和条約を押しつけて力を削いだりしたから、復讐の連鎖なんてものも生まれなかった。
今は敗戦国を民主化しようとしたりするから、テロが生まれたりするんだ。
それも、子どもが外で遊ばなくなったことや体罰がなくなったことが原因なんだ。
昔の戦争はからっとしててよかったなあ。
2016年8月29日月曜日
【エッセイ】ぼくがヒーローじゃない理由
たとえばぼくが空を飛べるとして。
一撃で敵を倒す必殺のパンチをもっていたとして。
頭を切られても何のダメージも受けないぐらい頑強だったとして。
自分の頭がおいしいアンパンの味だったとして。
食べられた後は、工場長的な人が代わりの頭部を補修してくれるとして。
目の前におなかがすいた人がいたら、アンパンマンのように
「さあぼくの顔をお食べよ」
と微笑みながら言えるのか?
って考えてみたわけです。
うーん……。
無理だろうな……。
たとえノーリスクだとしても、できることなら自分の顔面は食べさせたくない。
痛みがなくても、なんか嫌だ。
相手のおなかのすきぐあいによるかもしれない。
「おなかすいたよー! えーん、えーん!」
ぐらいだったら、まちがいなく食べさせない。
「そうは言ってもまだ我慢できるよね?」
「つばとか飲み込んだらちょっとは気がまぎれない?」
「市役所とかに相談に行ってみた? 意外と公的なサービスって充実してるよ?」
と、口頭だけで解決をはかると思う。
スジャータが思わず乳粥を飲ませてしまったほどガリガリに痩せていた断食中の釈迦(手塚治虫『ブッダ』参照)。
あれぐらいになってはじめて、自分の顔面を食べさせることを検討する(あくまで検討ね)。
でも、もし食べさせるとしても、せいぜい眉毛とか、唇の皮とかだと思う。
頭からかじられたら「おいこら! ショートケーキでもイチゴは後半だろ!」って怒る。
だから、肉体的な理由だけじゃなく、精神的にも、ぼくはヒーローにはなれないなと思う。
あっ、でも相手がとびきり美人な女性だったら話は別ね。
それだったら、彼女がお昼過ぎに
「あーちょっと小腹がすいたなー」
って言ってただけで、すぐに
「ぼくの顔をお食べよ!」
って言う。
「どこからでも食べていいよ!」
って言う。
「あっ、でも耳だけは最後まで残しておいてよ。きみがぼくの顔を咀嚼する音を聴いていたいから」
って言う。
痛みもなく、美女の整った歯によって噛み砕かれてゆくワタクシの顔。
おお。ぞくぞくする。
これってヒーローの素質ですかね?
2016年8月28日日曜日
【読書感想文】福岡 伸一『生物と無生物のあいだ』

福岡 伸一『生物と無生物のあいだ』
分子生物学研究者による科学エッセイ。
数十万部発行という科学書としては異例のヒットとなった新書ですが、読んでみたがどうしてそんなに売れたのかがふしぎでしかたがない。
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2016年8月27日土曜日
【エッセイ】一休さんの水あめを食べた話
中学生のとき。
旅先のみやげ物屋で、「一休さんの水あめ」という商品を見つけました。
瓶にはアニメ版一休さんのイラスト。
すごくチープなデザインがかえって魅力的で、思わず買ってしまいました。
300円くらいだったと思います。
当時おこづかいとして月に1,500円もらっていましたから、月収の2割。
まあまあの額です。
一休さんの水あめといえば、もちろんあの有名な話に由来するものでしょう。
たしかこんなお話でした。
「このはし渡るべからず」「屏風の虎を捕まえろ」に次ぐ、一休さん界で三番目に有名な話(たぶん)です。
ところでみなさん。
水あめを食べたことがありますか?
ある、という方は少数派だと思います。
ぼくの周りの人に訊いてみましたが、食べたことないという人ばかりです。
Wikipediaには
ぼくが月収の2割もの大金をはたいてまで買ったのは、そんな水あめを食べてみたかったからです。
なにしろ、『一休さん』によれば、厳しい戒律を守って生きる徳のある僧侶(和尚さん)ですら独り占めしたくなるほどの食べ物なのです。
なにしろ、『一休さん』によれば、一休ひきいる小坊主たちが、師の大事な壺を割ってまでして食べようとしたほどの食べ物なのです。
おいしくないはずがありません。
和尚さんは、「これは毒だから食べてはいけないよ」と嘘をつきました。
山本 健治『現代語 地獄めぐり』(三五館)によれば、人を正しい道に導くべき立場にある僧侶が私腹を肥やすために妄言(ウソ)を口にすると、大叫喚第十六地獄【受無辺苦処】に落とされ、炎を吹き出す鋭い金属の口と歯を持った地獄の魚によって頭から噛み砕かれ、さらに腹の中で燃えさかる炎によって焼かれて苦しむという責めを味わうことになるそうです。
それだけのリスクを承知の上で、和尚さんは「これは毒だから......」と云ったのです。
どれほどおいしいのでしょう。
また、一休さんたちは水あめをなめる瞬間、こう考えたのではないでしょうか。
「和尚さんは『これは毒だ』と言った。私たちに食べさせないための嘘に違いない。でも万が一、ほんとに毒だったらどうしよう......」
一休さんは賢明な少年ですから、当然こんな思いが頭をよぎったはずです。
ふつうだったら、それだけで思いとどまるのに十分です。
知人から「この瓶の中身は毒だから絶対に食べたらだめだよ」と真顔で言われたら、たぶん冗談だろうと思ったとしても、万が一を考えて手はつけないでしょう。
ぼくだったらぜったいに食べません。
それでも一休さんは食べずにはいられなかった。
どれほどおいしいのでしょう。
......というようなことを考えて、ぼくは期待で胸をいっぱいにして水あめを口にしたのです。
え? おいしかったかって?
それは秘密です。
ぜひみなさんも一度食べてみてください。
そうすると、昭和40年頃までは食べられていたのに今では誰も食べない理由がよくわかると思います。
旅先のみやげ物屋で、「一休さんの水あめ」という商品を見つけました。
瓶にはアニメ版一休さんのイラスト。
すごくチープなデザインがかえって魅力的で、思わず買ってしまいました。
300円くらいだったと思います。
当時おこづかいとして月に1,500円もらっていましたから、月収の2割。
まあまあの額です。
一休さんの水あめといえば、もちろんあの有名な話に由来するものでしょう。
たしかこんなお話でした。
「このはし渡るべからず」「屏風の虎を捕まえろ」に次ぐ、一休さん界で三番目に有名な話(たぶん)です。
ところでみなさん。
水あめを食べたことがありますか?
ある、という方は少数派だと思います。
ぼくの周りの人に訊いてみましたが、食べたことないという人ばかりです。
Wikipediaには
昭和40年代頃まで盛んに行われていた街頭紙芝居には水飴が付き物で、子供たちが水飴を割り箸で攪拌して遊びながら、おやつとして食べていた。とありますから、今の60歳以上はわりとよく食べていたのかもしれませんが、今ではまず目にすることのないおやつです。
ぼくが月収の2割もの大金をはたいてまで買ったのは、そんな水あめを食べてみたかったからです。
なにしろ、『一休さん』によれば、厳しい戒律を守って生きる徳のある僧侶(和尚さん)ですら独り占めしたくなるほどの食べ物なのです。
なにしろ、『一休さん』によれば、一休ひきいる小坊主たちが、師の大事な壺を割ってまでして食べようとしたほどの食べ物なのです。
おいしくないはずがありません。
和尚さんは、「これは毒だから食べてはいけないよ」と嘘をつきました。
山本 健治『現代語 地獄めぐり』(三五館)によれば、人を正しい道に導くべき立場にある僧侶が私腹を肥やすために妄言(ウソ)を口にすると、大叫喚第十六地獄【受無辺苦処】に落とされ、炎を吹き出す鋭い金属の口と歯を持った地獄の魚によって頭から噛み砕かれ、さらに腹の中で燃えさかる炎によって焼かれて苦しむという責めを味わうことになるそうです。
それだけのリスクを承知の上で、和尚さんは「これは毒だから......」と云ったのです。
どれほどおいしいのでしょう。
また、一休さんたちは水あめをなめる瞬間、こう考えたのではないでしょうか。
「和尚さんは『これは毒だ』と言った。私たちに食べさせないための嘘に違いない。でも万が一、ほんとに毒だったらどうしよう......」
一休さんは賢明な少年ですから、当然こんな思いが頭をよぎったはずです。
ふつうだったら、それだけで思いとどまるのに十分です。
知人から「この瓶の中身は毒だから絶対に食べたらだめだよ」と真顔で言われたら、たぶん冗談だろうと思ったとしても、万が一を考えて手はつけないでしょう。
ぼくだったらぜったいに食べません。
それでも一休さんは食べずにはいられなかった。
どれほどおいしいのでしょう。
......というようなことを考えて、ぼくは期待で胸をいっぱいにして水あめを口にしたのです。
え? おいしかったかって?
それは秘密です。
ぜひみなさんも一度食べてみてください。
そうすると、昭和40年頃までは食べられていたのに今では誰も食べない理由がよくわかると思います。
【エッセイ】草食動物のとがったやつ
角が生えている動物は草食動物だけだと聞いた(一部の恐竜をのぞく)。
角は防御用のもので、攻撃には向かないからだそうだ。
なるほど。ということは鬼は草食動物か……。
たしかに『桃太郎』にしても『一寸法師』にしても『こぶとりじいさん』にしても、鬼の方から積極的に攻撃を仕掛けたりはしてないな。
攻撃してきた人間から身を守るために戦っているだけで。
金銀財宝を奪ったっていうのも、すみかを追われたイノシシやサルがたまに野に下りてきて畑を荒らす程度のもんなんだろうな……。
角は防御用のもので、攻撃には向かないからだそうだ。
なるほど。ということは鬼は草食動物か……。
たしかに『桃太郎』にしても『一寸法師』にしても『こぶとりじいさん』にしても、鬼の方から積極的に攻撃を仕掛けたりはしてないな。
攻撃してきた人間から身を守るために戦っているだけで。
金銀財宝を奪ったっていうのも、すみかを追われたイノシシやサルがたまに野に下りてきて畑を荒らす程度のもんなんだろうな……。
2016年8月24日水曜日
【読書感想文】川上 徹也 『1行バカ売れ 』

川上 徹也 『1行バカ売れ 』
コピーライターによる「ヒットを生みだす」コピーの作り方。
著者の体験談がつまらなかったり前著の宣伝が多かったりするのはちょっとアレですが、紹介されているエピソードはおもしろかったです。
有名なエピソードも多いのでしょう、コピーの本をほとんど読んだことのないぼくでも、耳にしたことのあるものがいくつかありました。
ぼくも広告の仕事をしているので、目を惹く文章を作ることには日々頭を悩ませています。
この本ではいくつものセオリーが紹介されていますが、やはりいちばん効果があるのは「常識の逆を言う」という手法です 。
北海道北見市にある「北の大地の水族館」が来場者数を大きく増やしたコピー。
たしかにこれは見にいきたくなりますよね。
弱点を、たった1行でひっくりかえしてアピールポイントに変えてしまう。
これぞ名コピー!
実際にはコピーだけではなく、水槽の改修などいろんな対策のおかげで効果を挙げたのでしょうが、これが「氷の下の魚が見られる水族館」とかだったらそこまでお客さんも詰めかけなかったでしょうね。
もうひとつ、弱点を見事に長所に変えたとされる名コピーの例。
アメリカのハインツというケチャップメーカーの話です。
このコピーによってハインツのケチャップは売上を大きく伸ばしたそうなのですが、人々がこの広告を見てハインツのケチャップを買ったのは「おいしさが濃いから」だけじゃないと思うんですよね。
不自由さを楽しむ気持ち、というものが人間にはあります。
ぼくの知人は、古い車に乗っていて、「これパワーウインドウじゃないんだよね」とうれしそうに手動で窓を開けたりしています。
ぼくはMacのコンピュータを使っています。
今でこそMacユーザーもめずらしくなくなりましたが、10年くらい前はまだMacはマイナーで、なにかと不便でした。
Windowsユーザーから送られたファイルが開けなかったり、IEじゃないと正常に表示されないサイトがあったりと。
でもそんな不便さがかえって愛おしかったところもあったんですよね。
もー不便だなー、と言いながらも、それがまた「Macの特別な感じ」を引き立たせていたのです。
そういうのってなかなか狙って生みだせる価値ではないんですが、だからこそ成功すると効果ははかりしれないですよね。
この本はコピーの本ですが、コピーにかぎらず「ものを売る方法」のヒントがたくさん転がっています。
スタンダードブックストアが一躍有名になったキャッチコピーや、ブラックサンダーがバレンタインデーに成功させたエピソードなんかは、コピーというよりマーケティング戦略の話です(詳しくは読んでみてください)。
最後に、いちばん印象に残ったエピソードをご紹介。
ジャパネットたかたがボイスレコーダーを販売したとき、高田社長は通販番組でこんな話をしたそうです。
このエピソードを聞いてぼくは、有名な「未開国に靴を売りにいった営業マン」の話を思い出しました。
「だめです、この国では誰も靴を履いていません」と売ることを諦めた営業マンと、「やりました、この国ではまだ誰も靴を履いていません!」と喜んだ営業マンの話です。
ジャパネットたかたの発想はまさに後者。
「お母さんやお年寄りはまだボイスレコーダーをほとんど使っていません!」という考えですよね。
宣伝によって、それまで需要のなかったところに需要を生みだす。
こんなにマーケティング担当者冥利に尽きることはないですよねー。
2016年8月23日火曜日
【エッセイ】過去最高の熱闘甲子園
高校野球が好きなのでここ20年ぐらい『熱闘甲子園』を見ているが、今年は良かった。
高校野球の世界では″10年に1人の逸材″と呼ばれる選手が2年に1人くらい現れるのだが、大げさな表現ではなく本当に10年に一度の熱闘甲子園だった。
(ついでに言うと走攻守そろったリードオフマンが甲子園に出るとすぐに″イチロー2世″と呼ばれる。ホームランバッターは″清原2世″と命名されるのも定番だったが、清原がああなった今となってはもう呼ばれることはあるまい)
10~5年ほど前の『熱闘甲子園』は最低の時代だった。特にキャスターである長島三奈が取材をするようになってからは地獄だった。
どんな試合展開だったのか、どんなプレーが生まれたのか、どういった戦術がとられたのか。
高校野球ファンが知りたいのはそこなのに、長島が取材する内容ときたら「この選手は誰と仲がいいか」「この選手の家族はどんな人か」といった愚にもつかないことばかりだった。
長島三奈は、高校球児の青春が好きなだけで高校野球自体に興味がないのだ。
いきおい、放映されるVTRは野球に対してまったく敬意が感じられない仕上がりになっていた。
特にうんざりしたのは、故人を使って安易に感動を誘おうとするVTR。
まだチームメイトが亡くなったとか監督が死んだとかならわかる。チームに対する影響も大きいだろう。彼らの死を抜きにはチームは語れないにちがいない。
でも「ある選手のお父さんが数年前に亡くなった」なんてのは、本人にとっては大きな出来事でも、そのチームにとってはほとんど関係のない話だ。
ひどいのになると「2年前に亡くなったおじいちゃんに捧げる勝利!」なんていってて、そこまでいくと感動どころか失笑しか出なかった。
高校生にもなったらおじいちゃんもいい歳だからわりと死ぬだろうよ。
部員全員の両親祖父母が健在、なんてチームのほうが少ないと思うぜ。
たぶん熱闘甲子園のスタッフが、むりやりネタをつくるために、選手たちに「身内に亡くなった人いないっすかね?」って聞いてたんでしょうね。
死人で商売する、墓場泥棒みたいなやり口だった。
そんなわけでぼくは、欠かさず観ていた熱闘甲子園から遠ざかるようになった。
高校野球自体は変わらず好きで毎年1度は甲子園まで足を運んでいるが、熱闘甲子園はときどきしか観ない番組になっていった。
しかし数年前に工藤公康がキャスターを務めるようになって、徐々に番組の内容は良くなっていった。
安易な感動狙いは相変わらずだったが、プロ野球解説者も務めていた工藤氏による解説はさすが着眼点が鋭くゲームの内容に深く切り込む内容が増えた。
そして 2014年をもってようやく憎き長島三奈が退いた(ぼくはまだ許してないぜ。だいたいなんであいつがキャスターやってたんだ。七光りなんだろうけど、長嶋茂雄だって長嶋一茂だって高校時代は甲子園に出てないから無関係じゃないか)。
そして古田敦也がメインキャスターとなり、『熱闘甲子園』は十数年ぶりに甲子園をメイン舞台にした番組に戻る。
番組の内容は格段におもしろくなった。
そうなんです。
べつに選手の宿泊先に押しかけて取材をしなくたって、ただ試合を丁寧に放送するだけでいい番組はできるんです。
どれだけ練習したかも、身内がいつ死んだかも関係ない。
甲子園での試合にこそドラマがあり、感動があるのです。
作曲家の苦労を知らなくたって、いい歌は胸を打つ。
役者の人柄を知らなくたって、芝居を観て人は感動する。
これだよ。
20年ほど前の『熱闘甲子園』はこうだった。
甲子園での試合の様子を丹念に、ありのままに伝えていた。
『熱闘甲子園』は甦った。高校球児の活躍をきちんと伝える番組になった。
だが2015年は、最後の最後で
「高校球児たちが未来への願いを込めた紙飛行機を飛ばす」
という、くそダサい演出をやらかして、すべてを台無しにした。
(気になる人はぜひYouTubeで「熱闘甲子園 2015 エンディング」で検索してほしい。ほんとダサいから。そして、明らかに高校球児の書いた文字じゃないから)
2016年の熱闘甲子園は、最後まで野球を中心にした番組だった。
ほんとに良かった!
(褒め称える記事のはずなのに、悪口のほうがずっと多いな……)
2016年8月21日日曜日
2016年8月19日金曜日
【考察】一(マイナス)を聞いて十(プラス)を知る
「思うんだけどね。
読解力が高い人って、人の話を集中して聴くのが苦手な傾向がある気がする。自分で読んだり考えたりして答えを導きだせるから、話を聴く必要がないんだろうね」
「なるほど。読解力と聴く力は反比例するってことか」
「いや、反比例はしない。読解力もなくて人の話も聴かないやつもいるから」
読解力が高い人って、人の話を集中して聴くのが苦手な傾向がある気がする。自分で読んだり考えたりして答えを導きだせるから、話を聴く必要がないんだろうね」
「なるほど。読解力と聴く力は反比例するってことか」
「いや、反比例はしない。読解力もなくて人の話も聴かないやつもいるから」
2016年8月18日木曜日
【読書感想文】『ネオ寄生獣』
岩明均の傑作漫画『寄生獣』のトリビュート漫画集。
いやあ、おもしろかった。
ぼくが『寄生獣』をはじめて読んだのは20年ほど前ですが、その後もくりかえし読んだので細かいところまでよく覚えています。
奇抜な設定、綿密に練られたストーリー、丁寧な伏線、泉新一、ミギー、田宮良子、後藤といった魅力的なキャラクター 、力が勝敗を分けるわけではない戦いなど、「こんなに完璧な漫画があるのか」と感心したことを覚えています。
強いて欠点を挙げるならあまり絵がうまくないことですが、絵がうまくないこともストーリーに貢献していて(ネタバレになるので伏せますが、広川が××だということにほとんどの読者が気づかなかったのは絵がうまくないおかげでしょう)、絵の拙さまで魅力に変わっています。
『寄生獣』の特にすばらしいところは、ちょうどいいところでスパッと完結しているところ。
やろうと思えば、ミギーを復活させることも新たな敵を出すこともできただろうに、そこまでした引き伸ばさなかったからこそ今でも『寄生獣』は名作だとの評価を受けているのでしょう(「○○編までは名作だった」と呼ばれている漫画がどれだけ多いことか)。
終盤に最高潮が来ているので、読み終わったあとに満足するとともに「もっと読みたい」という気になりました。
そしてそう思ったのはぼくだけではないようです。
多くの表現者も同じように感じたらしく、それがこのトリビュート『ネオ寄生獣』を生みだしたのでしょう。
『寄生獣』の世界や登場人物を使って、いろんな創作者の方々が独自のストーリーを展開しています。
ぼくがいちばん楽しめたのは、太田モアレ『今夜もEat It』。
上品なユーモアもハートフルでスリリングなストーリー展開も一級品で、「この人の『寄生獣』をもっと読みたい!」と思いました。
さらに絵柄をオリジナルに寄せていたり(岩明作品の人物って考え事をするときこんな口するよね!)、別の岩明均作品の登場人物が顔を出したりと、ほんとに『寄生獣』を敬愛する感じが伝わってきて、これぞトリビュート!って言いたくなる、完成度の高い小編でした。
ついでおもしろかったのは竹谷隆之『ババ後悔す』。
造形作家だそうで、海洋堂でフィギュア作ったりしてた人らしいですね。
造形もさることながら、「もし○○に寄生したら」というアイデアもすばらしい。
ま、田舎だったらこうなるよなあ。
熊倉隆敏『変わりもの』はショート・ショートのような不気味な後味の作品。
『今夜もEat It』といい、寄生獣といえば“健康”なのがおもしろい。
寄生生物にとっての最大の関心事が宿主の健康なのは、あたりまえといえばあたりまえなんだけど。
PEACH-PIT『教えて!田宮良子先生』もおもしろかったんだけど、これはトリビュートというよりはもはや同人誌……。
ひどかったのは平本アキラ『アゴなしゲンとオレは寄生獣』。
いやあ、これはひどい。
笑いましたけど。
もう、原作のキャラをむちゃくちゃにしてます(しかもあの人かよ……)。
でも、原作の台詞を忠実にパロったりして(忠実にパロったり、って変な表現だけど)、『寄生獣』に対する愛も存分に感じました。
ぼくは清水ミチコの、対象に対する悪意と愛情の両方を感じるものまねが好きなんだけど、なんとなくそれを思い出しました。
『ネオ寄生獣』、『寄生獣』ファンなら少なくともどれか一篇は楽しめる作品集だと思います。
でも全部気に入るのは難しいだろうな……。
2016年8月16日火曜日
【エッセイ】五山送り火のええとこ
京都人は遠回しなものの言い方をする。
「ぶぶ漬け食べていきなはれ」は有名だが、他にもいろいろある。
「おたくのお嬢ちゃん、ピアノ上手にならはりましたなあ」
は、
「ピアノうるさいですよ」
の意味。
「若い人は何を着ても似合わはりますなあ」
は、
「若いから場にふさわしい服も知らないのね」
の意味だそうだ。
学生時代、京都に住んでいた。
京都市内の中でも中心部、いわゆる“洛内”という場所だ(ちなみに京都人にとって中心部とは、市役所や繁華街がある場所ではない。御所に近い場所が中心部だ)。
ぼくの住んでいたアパートは大文字山のすぐ近くにあって、アパートの通路からは「大」の文字がよく見えた。
毎年8月16日は五山送り火。
大文字山の「大」の字には煌々と火が灯る。俗にいう大文字焼きだ。
友人が、一緒に大文字焼きを見ようぜとぼくの家にやってきた。
だがアパートの通路で見るのも興に欠ける。
いい場所はないかと探すと、アパートの屋上からだと大文字が真っ正面に見えることがわかった。
屋上へ通じるフェンスにはカギがかかっていたが、何でも許されると思っている学生のこと、フェンスをよじのぼって屋上に上がった。
上がってみるとじつによく見える。
人もいないし快適だ。
これは愉快愉快とビールを飲みながら大文字山に灯る送り火を眺めていると、アパートの大家さんがやってきた。
大家さんは70歳くらいのおばあちゃんで、いたって柔和な人柄だった。
ぼくらが勝手にフェンスを乗り越えて屋上で酒を飲んでいるのを見ても
「あらー、ええとこ見つけはったねえ」と微笑むだけだった。
ぼくらも
「そうでしょう。ここ穴場ですよ」
とへらへらしていた。
……という話をつい最近、知り合いの京都人にしたところ、
「『あらー、ええとこ見つけはったねえ』っていうの、それたぶん京都人特有のイヤミですよ」
と云われた。
あーそうかー。
よくよく考えたらそうかもしれーん!
でも当時はまったく通じなかったよ!
田舎者だと馬鹿にされてたんだろうなあ……。
「ぶぶ漬け食べていきなはれ」は有名だが、他にもいろいろある。
「おたくのお嬢ちゃん、ピアノ上手にならはりましたなあ」
は、
「ピアノうるさいですよ」
の意味。
「若い人は何を着ても似合わはりますなあ」
は、
「若いから場にふさわしい服も知らないのね」
の意味だそうだ。
学生時代、京都に住んでいた。
京都市内の中でも中心部、いわゆる“洛内”という場所だ(ちなみに京都人にとって中心部とは、市役所や繁華街がある場所ではない。御所に近い場所が中心部だ)。
ぼくの住んでいたアパートは大文字山のすぐ近くにあって、アパートの通路からは「大」の文字がよく見えた。
毎年8月16日は五山送り火。
大文字山の「大」の字には煌々と火が灯る。俗にいう大文字焼きだ。
友人が、一緒に大文字焼きを見ようぜとぼくの家にやってきた。
だがアパートの通路で見るのも興に欠ける。
いい場所はないかと探すと、アパートの屋上からだと大文字が真っ正面に見えることがわかった。
屋上へ通じるフェンスにはカギがかかっていたが、何でも許されると思っている学生のこと、フェンスをよじのぼって屋上に上がった。
上がってみるとじつによく見える。
人もいないし快適だ。
これは愉快愉快とビールを飲みながら大文字山に灯る送り火を眺めていると、アパートの大家さんがやってきた。
大家さんは70歳くらいのおばあちゃんで、いたって柔和な人柄だった。
ぼくらが勝手にフェンスを乗り越えて屋上で酒を飲んでいるのを見ても
「あらー、ええとこ見つけはったねえ」と微笑むだけだった。
ぼくらも
「そうでしょう。ここ穴場ですよ」
とへらへらしていた。
……という話をつい最近、知り合いの京都人にしたところ、
「『あらー、ええとこ見つけはったねえ』っていうの、それたぶん京都人特有のイヤミですよ」
と云われた。
あーそうかー。
よくよく考えたらそうかもしれーん!
でも当時はまったく通じなかったよ!
田舎者だと馬鹿にされてたんだろうなあ……。
2016年8月13日土曜日
【読書感想文】貴志 祐介 『新世界より』
いやあ、とんでもなくスケールの大きい小説でした。
これだけの話をたった一人の人間が書いたということに驚かされる。
これを実写映画化しようとしたら、『スター・ウォーズ』7部作ぐらいの予算と上映時間が必要になるだろうね。
緻密に考えられた世界観、魅力的な新生物、次から次にピンチに陥る怒濤の展開、そして巧みに仕掛けられた伏線。
どれをとっても一級品。
単行本で前後編あわせて1,000ページを超えるボリュームでありながら、ページをめくる手が止まらなくなり、一気に読んでしまった。
小説の世界にどっぷり浸かりたいときにおすすめ。
でも逆にいうと、どっぷり浸かりながら読まないと、ついていけなくなっておもしろみを感じられないかもしれない。
登場人物は特に多いわけじゃないけど、1,000年後の日本、超能力者が支配する世界を描いたSFなので新しい概念が次々に登場する。
呪力、攻撃抑制、愧死機構、悪鬼、業魔など。
これらの概念はちょっとややこしい上に少しずつしか明らかにならないので、前半は少しもどかしい。
その分、徐々に世界の謎が明らかになっていく瞬間には、カタルシスを感じる。
未知の分野を勉強するときって、はじめはぜんぜん理解できなくって苦痛なんだけど、ある瞬間から急に全体像が見渡せるようになって爽快感を味わえるじゃない。ちょうどあんな感じ。
「そうか、世界はこうなってたのか!」
勉強が嫌いな人ってこの悦びを知らない人が多いから、勉強嫌いな人にはこの小説はしんどいかもね。
あとホラー出身の作家だけあって恐ろしいストーリー展開やグロテスクな描写も多い。後味もすごく悪い。
ぼくは後味の悪い小説が好きなのでおもしろかったけどね。
特にラストの薄気味悪さは後を引いたな。バケネズミが実は×××だったというのは、まったく想像もしなかったし、言われてみればなるほど!という感じで、見事に騙された。
読み終わってから寝たら見事に悪夢を見たからね。それぐらいイヤなラスト。
SFとしてもミステリとしてもサスペンスとしてもホラーとしてもよくできた小説だ。
特にラストの薄気味悪さは後を引いたな。バケネズミが実は×××だったというのは、まったく想像もしなかったし、言われてみればなるほど!という感じで、見事に騙された。
読み終わってから寝たら見事に悪夢を見たからね。それぐらいイヤなラスト。
SFとしてもミステリとしてもサスペンスとしてもホラーとしてもよくできた小説だ。
ストーリーの本筋についてはネタバレにならないように書くのは難しいのでこれ以上触れないとして、
『新世界より』の魅力のひとつは、架空の動物たちの存在。
さらに、卵を食べにくる他のヘビを殺すため、毒や鋭い突起を仕込んだ偽卵を仕込むこともあるというしたたかさ。
あまりにも合理的な生存戦略なので、本当にいるのではないかと検索してしまったほど(だって自然界の生き物ってほんとに合理的なんだもの)。
いやほんと、1,000年後はないにしても、数万年後にはこんな生物も誕生してるんじゃないかな。検証しようがないけど。
願わくば、バケネズミだけは誕生していませんように......。その他の読書感想文はこちら
2016年8月12日金曜日
【おもいつき】ぼくらとオリーブの染色体
「人間の染色体は23対、他に23対の染色体を持つ生物はオリーブぐらいしかいないらしいよ」
「オリーブってポパイの恋人の?」
「あれは人間だろ。植物のオリーブだよ」
「へえ。じゃあチンパンジーなんかよりオリーブのほうが人間に近いってこと?」
「うーん……。染色体の数だけならそうだけど……」
「つまり腕が折れたときはオリーブの木で接ぎ木をしたら腕とくっつくってこと?」
「そんなことはない」
「つまり血が足りないときはオリーブオイルで輸血できるってこと?」
「そんなこともない」
「あのさあ。ほんとのこと言うとね」
「うん?」
「おれ、染色体って何かわかってないんだよね」
「だろうね!」
「オリーブってポパイの恋人の?」
「あれは人間だろ。植物のオリーブだよ」
「へえ。じゃあチンパンジーなんかよりオリーブのほうが人間に近いってこと?」
「うーん……。染色体の数だけならそうだけど……」
「つまり腕が折れたときはオリーブの木で接ぎ木をしたら腕とくっつくってこと?」
「そんなことはない」
「つまり血が足りないときはオリーブオイルで輸血できるってこと?」
「そんなこともない」
「あのさあ。ほんとのこと言うとね」
「うん?」
「おれ、染色体って何かわかってないんだよね」
「だろうね!」
2016年8月9日火曜日
【エッセイ】許すまじ巨悪
そろそろ国が本腰を入れて、「ふたりが出会えた奇跡」という歌詞を取り締まらなければならないと思う。
あまりに安易。
いったいどれほどの曲に使われているのだろうと思って調べてみた。
(歌詞検索サービス 歌ネットhttp://www.uta-net.com/)
「出会えた奇跡」の検索結果230件
「出逢えた奇跡」の検索結果は130件
「出会った奇跡」は34件
「出逢った奇跡」は22件
「出会えたこの奇跡」は15件
「出逢えたこの奇跡」は13件
手垢にまみれてクソみたいな色になってクソみたいな臭いを放っているこの表現。
「奇蹟」や「キセキ」も含めたらもっと多い。
これだけ氾濫してたらもう奇跡でもなんでもないよ!
あまりに安易。
いったいどれほどの曲に使われているのだろうと思って調べてみた。
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「出会えた奇跡」の検索結果230件
「出逢えた奇跡」の検索結果は130件
「出会った奇跡」は34件
「出逢った奇跡」は22件
「出会えたこの奇跡」は15件
「出逢えたこの奇跡」は13件
手垢にまみれてクソみたいな色になってクソみたいな臭いを放っているこの表現。
「奇蹟」や「キセキ」も含めたらもっと多い。
これだけ氾濫してたらもう奇跡でもなんでもないよ!
2016年8月7日日曜日
【知識】わかりにくい野球規則の話
わかりにくい野球のルール。
1.野球規則 3.03
同一イニングで投手が他の守備位置についたら、投手以外の他の守備位置につくことはできない。
また、同一イニングに2度投手として登板した際は、他の守備位置につくことができない。
× ピッチャー → ファースト → ライト
○ ピッチャー → ファースト → ピッチャー
× ピッチャー → ファースト → ピッチャー → ファースト
ってことですね。(同一イニングの話)
昔、阪神が同一イニングで遠山→葛西→遠山→葛西っていう継投をしてたけど、葛西が2回目に出てきたときには遠山はベンチに退かなくてはならないわけです。
時間短縮のための措置でしょうかね。
2.第3アウトの置き換え
1死満塁。
打球は外野へのライナー。ヒットと思った走者は一斉に走るが、センターの好捕でバッターアウト。
3人の走者はそれぞれ次の塁に到達していたので、センターからセカンドへとボールが送られ、飛び出していた2塁ランナーがアウト。
この場合、攻撃側に1点入ってしまうのだそうです。
2塁ランナーがアウトになるより早く3塁ランナーがホームインしていたから、というのがその理由。
得点を防ぐためには、3塁に送球するか、審判に対して「3塁走者が飛び出していた」とアピールして、3塁走者をアウトにしなければなりません(このアピールプレイによって第3アウトが2塁走者から3塁走者に置き換わる)。
アピールする前に守備側の選手が全員ベンチに引き上げて(正確にはファウルラインの外に出て)いたら得点が記録されちゃうとのこと。
高校野球センバツ大会でも起こった事例です。
3.見逃し振り逃げ
見逃しでも「振り逃げ」はできるのだとか。
振ってないじゃん、と思うかもしれませんが野球規則には「振り逃げ」という言葉は出てきません。
「第3ストライクの投球を捕手が正規に捕球しなかった場合は打者が走者になる」としか書かれていません。
というわけで、見逃し三振でも振り逃げは可能。
でもこれをやろうと思ったらストライクボールをキャッチャーが大きく逸らさないといけないわけで。
プロ野球や、甲子園に出るレベルのキャッチャーだとまずありえないプレーですよね(プロ野球では過去に1度だけ起こったそうです)。
1.野球規則 3.03
同一イニングで投手が他の守備位置についたら、投手以外の他の守備位置につくことはできない。
また、同一イニングに2度投手として登板した際は、他の守備位置につくことができない。
× ピッチャー → ファースト → ライト
○ ピッチャー → ファースト → ピッチャー
× ピッチャー → ファースト → ピッチャー → ファースト
ってことですね。(同一イニングの話)
昔、阪神が同一イニングで遠山→葛西→遠山→葛西っていう継投をしてたけど、葛西が2回目に出てきたときには遠山はベンチに退かなくてはならないわけです。
時間短縮のための措置でしょうかね。
2.第3アウトの置き換え
1死満塁。
打球は外野へのライナー。ヒットと思った走者は一斉に走るが、センターの好捕でバッターアウト。
3人の走者はそれぞれ次の塁に到達していたので、センターからセカンドへとボールが送られ、飛び出していた2塁ランナーがアウト。
この場合、攻撃側に1点入ってしまうのだそうです。
2塁ランナーがアウトになるより早く3塁ランナーがホームインしていたから、というのがその理由。
得点を防ぐためには、3塁に送球するか、審判に対して「3塁走者が飛び出していた」とアピールして、3塁走者をアウトにしなければなりません(このアピールプレイによって第3アウトが2塁走者から3塁走者に置き換わる)。
アピールする前に守備側の選手が全員ベンチに引き上げて(正確にはファウルラインの外に出て)いたら得点が記録されちゃうとのこと。
高校野球センバツ大会でも起こった事例です。
3.見逃し振り逃げ
見逃しでも「振り逃げ」はできるのだとか。
振ってないじゃん、と思うかもしれませんが野球規則には「振り逃げ」という言葉は出てきません。
「第3ストライクの投球を捕手が正規に捕球しなかった場合は打者が走者になる」としか書かれていません。
というわけで、見逃し三振でも振り逃げは可能。
でもこれをやろうと思ったらストライクボールをキャッチャーが大きく逸らさないといけないわけで。
プロ野球や、甲子園に出るレベルのキャッチャーだとまずありえないプレーですよね(プロ野球では過去に1度だけ起こったそうです)。
2016年8月5日金曜日
【エッセイ】そんなパーティー出たことないけど
「世の中には10種類の人間がいる。
二進数を理解できる人間と、そうでない人間だ」
ってのは、簡潔でウィットにとんでいる、よくできたジョークなんだけど、文章にしないと伝わらないのが残念だよなあ。
パーティーで披露できないじゃないか。
二進数を理解できる人間と、そうでない人間だ」
ってのは、簡潔でウィットにとんでいる、よくできたジョークなんだけど、文章にしないと伝わらないのが残念だよなあ。
パーティーで披露できないじゃないか。
2016年8月3日水曜日
【エッセイ】ハゲ・ハラスメント
「女に対して『太ったね』は、口が裂けても言っちゃだめ」
と女性から云われました。
男の立場からすると、べつに悪気はないんだけどな(あることもあるけど)。
男どうしだと「おうひさしぶり。おまえ太ったなー!」と挨拶代わりに言ったりするし。
しかし何を気にするかは人それぞれ。
言うなというのであれば、ぐっとこらえて、心のなかでこいつ太ったなーと思って、にやにやするだけにとどめておくことにしましょう(あんまりとどまってないな)。
その代わりといってはなんですが。
女性のみなさん、男に向かって「ハゲ」と言うのだけは、やめてください。
女が思っている50倍、男は「ハゲ」という言葉に傷つきます。
すべての男は、自分がハゲることに怯えています。
「おれは死ぬことなんて恐れちゃいないぜ」なんてうそぶく男ですら、ハゲることは恐れています。
死よりも怖いもの、それがハゲるということなのです。
薄毛の人はもちろん気にしています。
ふさふさの人も、近い将来ハゲだすんじゃないかとびくびくしています。
まして、現在進行形でハゲが進る人の心配たるや、いわずもがなです。
毛が1本でも残っているかぎり、毛髪問題に関して心休まる日は訪れません。
(もしかすると完全にハゲきった人ですら、また生えてこないかと気にかけているかもしれません)
男は女ほど占いを気にしませんが、自分がハゲるかどうかを占うことにかけては、たいへん関心があります。
やれ家系にどれだけハゲがいるかだとか、やれ頭皮が硬いのはあぶないとか、やれどのシャンプーは抜け毛を抑えるだとか。
それぐらい気にしていることですから、どうか女性のみなさんは、口が裂けても、男性に向かってハゲたとか抜けたとか薄くなったとか減ったとかスッキリしたとか軽量化に成功したとか言わないようにお願い申し上げます。
最後に、なぞかけをひとつ。
ハゲとかけまして
政党のメンバーとときます。
そのこころは、
抜けたり後退(交代)したりしますが、結局は不毛です。
と女性から云われました。
男の立場からすると、べつに悪気はないんだけどな(あることもあるけど)。
男どうしだと「おうひさしぶり。おまえ太ったなー!」と挨拶代わりに言ったりするし。
しかし何を気にするかは人それぞれ。
言うなというのであれば、ぐっとこらえて、心のなかでこいつ太ったなーと思って、にやにやするだけにとどめておくことにしましょう(あんまりとどまってないな)。
その代わりといってはなんですが。
女性のみなさん、男に向かって「ハゲ」と言うのだけは、やめてください。
女が思っている50倍、男は「ハゲ」という言葉に傷つきます。
すべての男は、自分がハゲることに怯えています。
「おれは死ぬことなんて恐れちゃいないぜ」なんてうそぶく男ですら、ハゲることは恐れています。
死よりも怖いもの、それがハゲるということなのです。
薄毛の人はもちろん気にしています。
ふさふさの人も、近い将来ハゲだすんじゃないかとびくびくしています。
まして、現在進行形でハゲが進る人の心配たるや、いわずもがなです。
毛が1本でも残っているかぎり、毛髪問題に関して心休まる日は訪れません。
(もしかすると完全にハゲきった人ですら、また生えてこないかと気にかけているかもしれません)
男は女ほど占いを気にしませんが、自分がハゲるかどうかを占うことにかけては、たいへん関心があります。
やれ家系にどれだけハゲがいるかだとか、やれ頭皮が硬いのはあぶないとか、やれどのシャンプーは抜け毛を抑えるだとか。
それぐらい気にしていることですから、どうか女性のみなさんは、口が裂けても、男性に向かってハゲたとか抜けたとか薄くなったとか減ったとかスッキリしたとか軽量化に成功したとか言わないようにお願い申し上げます。
最後に、なぞかけをひとつ。
ハゲとかけまして
政党のメンバーとときます。
そのこころは、
抜けたり後退(交代)したりしますが、結局は不毛です。
2016年8月1日月曜日
わたしの周囲の3人中3人が待ち望んだ金メダル
わたくしは、
日本人の父と日本人の母を持ち、
日本人としての戸籍を有し、
日本に生まれ、日本に育ち、日本に暮らす、
れっきとした日本人です。
そのわたくしですが、
今回のリオデジャネイロ・オリンピックにおける日本人選手の活躍には一切関心がありませんので、
日本人選手を一切応援せず、オリンピックも一切観戦しないことをここに宣言いたします。
ですから。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Webサイト他あらゆる報道機関のみなさん、今回のオリンピック報道に関して、
「日本中が待ち望んだ金メダル」
「日本中に感動を与えた」
といった虚偽にまみれた言葉を使わないようお願い申しあげます。
その代わり、
「日本中の少なくともひとりを除く多数が待ち望んだ金メダル」
「おれが個人的に想定する非実在日本人全員に感動を与えたプレー」
といった正確な表現を用いていただくよう要請する次第であります。
わたくしがオリンピックに無関心なばかりにご不便おかけして恐縮ですが、正確な報道のため、ご協力よろしくお願い申し上げます。
日本人の父と日本人の母を持ち、
日本人としての戸籍を有し、
日本に生まれ、日本に育ち、日本に暮らす、
れっきとした日本人です。
そのわたくしですが、
今回のリオデジャネイロ・オリンピックにおける日本人選手の活躍には一切関心がありませんので、
日本人選手を一切応援せず、オリンピックも一切観戦しないことをここに宣言いたします。
ですから。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Webサイト他あらゆる報道機関のみなさん、今回のオリンピック報道に関して、
「日本中が待ち望んだ金メダル」
「日本中に感動を与えた」
といった虚偽にまみれた言葉を使わないようお願い申しあげます。
その代わり、
「日本中の少なくともひとりを除く多数が待ち望んだ金メダル」
「おれが個人的に想定する非実在日本人全員に感動を与えたプレー」
といった正確な表現を用いていただくよう要請する次第であります。
わたくしがオリンピックに無関心なばかりにご不便おかけして恐縮ですが、正確な報道のため、ご協力よろしくお願い申し上げます。
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