会いたくても会えないアイドル
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会いに行けるアイドル
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日常的に会えるアイドル
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会いに来てくれるアイドル
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また会いに来るアイドル
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押しかけて来るアイドル
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なかなか帰らないアイドル
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居座るアイドル
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居つくアイドル
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出ていってほしいアイドル
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こうなったらもう消すしかないアイドル
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消されたアイドル
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失ってはじめて存在の大きさを感じるアイドル
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どれだけ嘆いてももう還ってこないアイドル
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会いたくても会えないアイドル
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会いたくても会えないアイドル
奄美大島でマングース根絶が完了した、というニュースを見た。
かつて沖縄でハブやノネズミの駆除のために海外から持ちこまれたマングース。だがマングースは昼行性、ハブは夜行性だったために期待していたような効果は得られず、それどころかマングースが貴重な固有種を捕食するようになり、害獣化していた。そのマングースが海を渡って奄美大島にもやってきて繁殖していたため、奄美大島では“マングースバスターズ”というチームを作り、猟、罠、猟犬などの手段を使いついに奄美大島からマングースを根絶させたという。
人間の都合で海外から連れてこられ、人間に害をなす外来種として目の敵にされ、そして人間の都合で滅ぼされる。
マングースにしたらなんとも理不尽な話だ。気の毒に。
だがそれは遠く離れたところにいるから言える話で、奄美大島に住んで被害を受けている人からしたら「マングースは何も悪くないから許してやろう」という気にはなれないだろう。
とにかく奄美大島のマングースは滅ぼされ、一件落着した、かのように見えたのだが……。
行き場を失ったのはマングース根絶のために結成されたマングースバスターズだった。狩るべき相手を失ったマングースバスターズたちは、マングースの代わりにべつの動物たちを狩りはじめた。困った島民たちはマングースバスターズに対抗するため武装して義勇軍を結成。血で血を洗う闘いが続き、ついに義勇軍はバスターズを壊滅させることに成功した。だが武力を持て余した義勇軍は……。
医療技術の発達により身体や脳が衰えることはなくなった。事故や他殺や自殺以外で死ぬことはなくなった。ほぼ不老不死だ。
問題は人口が増えることだ。ほとんど死なないのだから。
人が増える。困る。土地や食料や資源は有限なのだから。誰か死ねよ。じゃあおまえが死んだらどうだ。いや、おれはいやだよ。おれより先に死んだほうがいいやつがいるだろ。おれが死ぬとしても、それより後だろ。
誰も「私が死にますよ」と言わない。「自分以外の誰かが」とおもうだけだ。ゴールデンウイークに渋滞に巻き込まれて「なんでこんなに人が多いんだ!」と怒る人と同じだ。
しかたない、これ以上増えないようにしよう。厳しい産児制限。事故や自殺で死んだ分だけ産んでもいいことにする。
人口構成比はものすごくいびつになる。ほとんどが高齢者。それも元気な高齢者。若者はごくごくわずかだ。
富も権力も高齢者が独占している。あたりまえだ。なにしろ何百年も生きていて、頭も肉体も元気なのだ。稼ぐ方法、権力を手にする方法を熟知しているし、金は資産のある者のところにどんどん集まる。何百年もビジネスをしている資産家と新社会人がビジネスの場で勝負になるはずがない。
したがって、嫌な仕事はすべて若い連中にまわってくる。法律も制度も若い人に不利にできている。若いやつらは数が少ないので太刀打ちできない。産児制限されているから増えようもない。
形だけは民主主義が保たれている。だがあくまで形だけ。人口のほとんどが年寄りなのだから年寄りに支持されている政党が勝ち、年寄りに有利な法が作られる。政権交代は起こりようがない。世代交代も。
田中(仮名)は山下(仮名)を殴った。殴られた藤本(仮名)はかっとなって、杉浦(仮名)を殴りかえした。こうなるとあとは果てしない殴り合いだ。上田(仮名)の拳が上条(仮名)の顔面に当たり、お返しに上田(仮名)のキックが上条(仮名)の腰にヒットする。松井(仮名)のバットが秀喜(仮名)の背中に直撃した。
さらに斉藤(仮名)は齋藤(仮名)の髪をつかむと、斎藤(仮名)めがけて頭突きをくりだす。これには齊藤(仮名)も齋籐(仮名)もダメージを受けてひっくり返る。先に立ち上がったのは齎藤(仮名)だった。
亀井(仮名)と亀居(仮名)はふたりの喧嘩を呆然と見ていた。
千葉(仮名)は地面にひっくりかえったまま昔のことを思い返していた。
千葉(仮名)は山梨(仮名)出身だった。山梨(仮名)の奈良(仮名)という小さな港町で育ったのだった。幼い頃はよく岐阜(仮名)まで自転車を走らせて日が暮れるまで海を見ていた。群馬(仮名)の海はきれいだった。地元の少年たちにはモンゴル(仮名)の海のほうが人気だったが、千葉(仮名)はウズベキスタン(仮名)から見える海のほうが好きだった。
甲(仮名)は乙(仮名)のことが好きだった。申(仮名)にとってZ(仮名)はただの親戚ではなかった。だが由(仮名)は己(仮名)に思いを伝えぬまま郷里を出たのだった。
<つづく>
「麺の硬さ、かため、ふつう、やわらかめと選べますけど」
「かためで」
「あと接客態度もかため、ふつう、やわらかめの中から選べますけど」
「なにそれ。そんなのあんの。じゃあおもしろそうだから、かためで」
「本日は数ある飲食店の中から当店をご選択いただき誠にありがとうございます。お客様の一生の思い出になるべく、従業員一同……」
「かたいな! ラーメン屋とはおもえないかたさだ。やっぱりやわらかめにして」
「ちょっと山ちゃん、ずいぶんごぶさたじゃなーい。きれいな女の子がいる他のお店に浮気してたんじゃないのー?」
「うわ、いきつけのスナックの距離感! こういうの苦手だわ、やっぱりふつうで」
「うちの店は黙ってラーメンを食う店だ。おしゃべりは禁止、撮影も禁止、スマホは電源食ってくれ。おれのやりかたが気に入らないやつは今すぐ出てってくれ」
「それがふつうなのかよ。こんなのいやだ、やっぱりかために戻して!」
「……」
「すみませーん!」
「……」
「おーい! 聞こえてるでしょー!!」
「……」
「普通じゃなくて不通じゃないか!」
「お願いです。これ読んでいただけませんか」
「えっ、これなに……?」
「ぼくが書いた小説です。ぼくの命そのものです。ぜひ読んでいただきたい、そして出版していただきたい。そうおもってお持ちしました!」
「持ち込み……? いや困るよ、君」
「アポなしでやってきて失礼なことは重々承知しております。ですが、お願いです。一度でいいので読んでいただけないでしょうか!」
「アポとかの問題じゃなくて、そもそもうちはそういうのやってないから」
「そこをなんとか!」
「なに、君。作家デビューしたいの?」
「はい! 自信はあります。読んでいただければわかります!」
「それだったらまずは賞に応募して……」
「ぼくの作品は既存の賞のカテゴリに収まるようなものではないんです。それは読んでいただければわかります! 読んで、つまらなければ燃やしていただいてもけっこうです! ぜひ一度!」
「いやだって君……」
「はい!」
「うちは本屋だからね」
「……えっ?」
「……えっ?」
「それがなにか……」
「いやいや。原稿を読んで、おもしろいかどうかを判断して、出版するかどうかを決めるのはうちの仕事じゃないから」
「えっ!? こんなに本があるのに?」
「関係ないから。うちは出版社や取次から送られてきた本を並べて売ってるだけだから。出版にはかかわってないから」
「ええっ」
「本屋にやってきて原稿を本にしてくださいって。君がやってるのは、漁師にさせてくださいって魚屋にお願いするようなものだからね」
「えっ、漁師になるためには魚屋に行くんじゃないんですか……?」
「ああ、もう、とことん非常識だね! 学校の社会の授業で習ったでしょ。商品の流れとか」
「ぼく、学校に行かずにずっと原稿書いてたんで知らないんです。十五年かけてこの原稿を書いてたんで」
「うわ……」
「ここがちがうなら、どこに持ち込めばいいんでしょうか」
「そりゃあ出版社だろうけど、でも君の場合はまず一般常識を身につけてから……」
「シュッパンシャってとこに行けばいいんですね! わかりました! ありがとうございます!」
「あーあ、行っちゃったよ。ほんと非常識な子だな……。あれっ、原稿忘れていってんじゃん。命そのものじゃないのかよ。まったく、あんな変な子がいったいどんな小説を書くのか、ちょっと読んでみるか……」
「えっ、嘘だろ!? めちゃくちゃ平凡!」
ATMをだますための紙切れ、というのを考えたわけですよ。
ATMがどうやって紙幣を判別しているのか詳しくは知らないが、サイズ、磁気、紋章、すかしなどをチェックしているのだろう。それらはすべてクリアしている紙切れがあるとする。ただし見た目はまったくちがう。たとえば、でかでかとウンコの絵が描かれている。
要するに「人間にはとうてい紙幣に見えないけど、ATMは一万円札と誤認してしまう紙切れ」だ。
このウンコペーパーを製造して、ATMのチェックをかいくぐって入金することができたとして、直後に出金して本物の紙幣をせしめた場合、これは罪になるのだろうか?
刑法第148条には「通貨偽造及び行使等」としてこう書かれている。
はたして、でかでかとウンコが描かれた一万円札と同じサイズの紙切れは、「偽造した紙幣」となるのだろうか?
ま、なるだろう。まちがいなく。ウンコペーパーをATMにつっこんで、まんまと機械を騙してお金を手にしたのに、官憲が「あーこれはウンコペーパーですね。だったらセーフですね。銀行さんには災難だったとおもって諦めてもらうしかないですね」と許すとはおもえない。
というわけでまちがいなく捕まるだろうが、そうなると国家が「このウンコペーパーは一万円札を模したものである」と認めたことになる。通貨偽造の罪で問うためにはある程度似ていることが必要になるからね。ぜんぜん似ていないお金では罪に問えない(そうじゃないとお金のおもちゃを作っているメーカーがみんな処罰されてしまう)。
それはもう「このウンコは福沢諭吉先生のお顔によく似ていらっしゃる」と国が認めたことになるんじゃないの!?
そうなると慶応義塾大学の関係者もだまってはいない。「福沢諭吉先生がこんなウンコに似ているとは失礼千万。福沢先生はもっと凛々しいウンコ、いやお方にあられるぞ!」と怒鳴りこんでくるにちがいない。
国としても弱ってしまう。なにしろ慶応義塾大学OBは政財界のあちこちで大きな顔をしている。それがみんなウンコの子弟だったということになれば日本社会は大混乱だ。いくら天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずとはいえ、ウンコまで人と同等に扱うわけにはいかない。
こうなると刑法第148条の通貨偽造罪の適用はあきらめざるをえない。だがウンコペーパーをATMにつっこんで金をだましとったやつを見逃すわけにはいかない。ウンコは入れるものじゃなくて出すものだ。
なんかないか、なんかないか、と警察総出で見つけてきたのが昭和22年施行の「すき入紙製造取締法」である。この法律にはこうある。
要するに、紙幣とよく似たすかしを入れた紙を製造しただけで罪に問えるのだ。これなら、紙切れの表面が紙幣と似ているかどうかは問題にしなくていい。
ああよかった。これで慶応一門を敵にまわすことなくウンコペーパー犯をしょっぴけるぞ。
と胸をなでおろしたのもつかのま、「すき入紙製造取締法」の第3項にはこうあるではないか。
刑法第148条刑法の「無期又は三年以上の懲役」と比べて、ずいぶん量刑が軽い。うーんしかし、この際量刑のことについては目をつぶるしかあるまい。慶応派閥をウンコ派にするわけにはいかないんだし。なるべく大事にしたくないから五千円の罰金で許してやろう。
というわけで、ウンコペーパーをATMにつっこんで一万円をだましとった男は、五千円の罰金を払って解放されたのでした。とっぴんぱらりのぷう。
部下の退職報告を聞き怒鳴る課長がリピート「円満退職」
「甘い考えかもしれませんが」と保険を打つ その前置きが甘い考え
「人権侵害落書きはやめましょう」 そうでない落書きならいいのね
成長を約束している候補者の演説が生む交通渋滞
「不要物を便器の中に捨てないで」 待てよ小便は不要物では
「今度オペラのコンサートがあるんだけど、一緒に行かない?」
「オペラ? オペラってあのオペラ? 歌うやつ?」
「そう、そのオペラ。オペラって名前のチョコレート菓子もあるけど、そっちじゃなくて歌劇のほうのオペラ」
「オペラのチケットがあるの?」
「いや、まだない。おまえが行くんなら一緒に買ってあげるよ。S席でいい? 1枚19,000円」
「オペラってそんなにするの!? いや、いい。行かない行かない」
「じゃあA席にする? それともB席?」
「いや席の問題じゃなくて。オペラに行かない」
「えっ……。なんで?」
「オペラに興味がないから」
「なんで興味がないの?」
「そもそもちゃんと観たことがないから」
「なんで観たことがないの?」
「なんでって……。ええっと……。いや待て待て。オペラを観たことがないことに理由がいる?」
「いる」
「それはおかしいよ。何かをやることに理由を求めるのならまだわかるけど、やらないことに理由なんてないよ」
「そうかなあ」
「じゃあ聞くけどさ、おまえがポルトガルに行ったことないのはなんで? って聞かれても特に理由はないだろ。それと同じだよ」」
「おれポルトガル行ったことあるよ」
「あんのかい!」
「いいだろあったって」
「いやそれはいいけどさ。でも今は『行ったことないであろう場所』の例えとしてポルトガルを挙げたんだから、あったらダメなんだよ。じゃあウルグアイでもパラグアイでもいいけど、おまえが行ったことない場所に行かない理由を訊かれて……」
「ウルグアイもパラグアイも行ったよ」
「あんのかーい! なんであるんだよ。世界中放浪してる旅人かよ」
「世界中放浪してる旅人だったんだよ」
「もう! そういう話してるんじゃないんだよ! じゃあ、えっと……おまえはパラピレ共和国に行ったことないよな?」
「ない。それどこにあんの?」
「今おれが考えた架空の国! おまえはパラピレ共和国に行ったことがないな? でも行ったことないことに理由なんてないだろ? そういう話だよ」
「行ったことないことに理由はあるよ」
「は?」
「おまえが考えた架空の国だからだよ。ほら、正当な理由あるじゃん」
「声楽の練習してたから」
「声楽の練習してたから」
「じゃあおまえがクルージングをしない理由は?」
「そんな金があるならオペラ観にいきたいから」
「じゃあおまえが昨日おれの家に来なかった理由は?」
「オペラ観てたから」
「今おまえがマリファナ吸ってない理由は?」
「この後オペラ観るときに落ち着いた気持ちで楽しみたいから」
「全部即答できんのかよ! ていうかマリファナ吸わない理由はもっとあるだろ……。
しかも全部オペラが理由なんだな。なんでそんなにオペラ好きなの?」
「えっ……。改めて言われたら、なんでオペラ好きなんだろう。なんでオペラ観にいくんだろ。冷静に考えると、オペラの何がいいのか、よくわかんないな……」
「やらないことすべてに理由はあるのに、やることに理由ないのかよ!」
「将棋をやってみたいとおもうんだけどさ」
「いいじゃん」
「でもルールがなにひとつわかんないんだよね」
「あー。まあ最初はちょっとむずかしいかもな。でもすぐおぼえるよ」
「将棋のルールわかるの?」
「わかるよ」
「全部?」
「全部? ん、まあ、全部……わかるよ」
「じゃあ聞くけど、ごはんっていつ注文すんの?」
「ごはん?」
「ほら、棋士が対局するときってお昼ごはん食べたりするんでしょ。あれってどのタイミングで注文するの? 誰かが訊きに来るの? それともこっちから『そろそろ注文いいですか』って言うの?」
「えっ、えっ、ちょっと待って。プロ棋士の対局の話?」
「そうだよ」
「いや、将棋のルールっていうから、駒の動かし方とかそういうのかとおもったんだけど」
「そんなのは本読めばすぐわかるじゃん。今知りたいのはごはんの注文に関するルール」
「それはルールじゃないでしょ」
「じゃあルール無用で注文していいわけ? 板前呼んで十万円ぐらいする寿司のコースを握らせてもいいわけ? 対局やってる横でマグロの解体させてもいいわけ?」
「いやさすがにそれはだめでしょ」
「ほら、だったらルールがあるんだよ。将棋のルールは全部知ってるんでしょ。いつ注文するのか教えてよ」
「いやおれがおもってたのは盤上のルールだったんだけど……。まあ、十一時ぐらいに主催者が訊きに来るんじゃない? おひる何にしますかって」
「何頼んでもいいの?」
「いや……さすがにマグロの解体ショーやられたらまずいから……。あ、そうだ、メニューがあるんだよきっと。和食、洋食、中華それぞれのお店の。その中から選ぶんだ。だからいちばん高くてもうな重(上)の五千円とかだろうね」
「棋士はいつお金払うの? 注文するとき? それともごはんが届いてから?」
「えっと……どっちでもないとおもう。対局中に財布出してるの見たことないもん。トーナメントのときは主催者持ちかな。将棋以外のことに頭使わせたら悪いし」
「ふだんの対局のときは?」
「どうしてるんだろ。あれかな、将棋協会とかが立て替えておいて、給料払うときにその分差し引いて振りこんでるとかかな」
「でも労働基準法第二十四条に賃金の全額払いの原則があるから貸付金との相殺は禁じられてるんじゃなかったっけ」
「なんだよ妙にくわしいな。将棋のルールは知らないくせに」
「法学部だから」
「めんどくせえなあ。じゃあ対局が終わってから請求してるんじゃないの」
「あのさ、テレビで観たことあるんだけど、棋士って対局中におやつも食べるでしょ」
「ああ、食べてるね。ものすごく頭使うから、甘いものがほしくなるらしいよ」
「おやつを持ち込んで食べるんだってね」
「そうそう。誰が何食べたかとかもけっこう注目されてるよね」
「あれは何持ち込んでもいいの」
「まあだいたいいいんじゃない。そりゃパティシエを持ち込んで作らせるとかはだめだろうけど」
「たとえばお汁粉とか」
「ぜんぜんいいでしょ。甘いし、冬なんかはあったまるだろうし」
「お汁粉の湯気で対局相手のメガネが曇らせる作戦」
「そううまくいくかね。そんなの一瞬でしょ」
「いつまでもメガネが曇るように、煮えたぎったお汁粉を……」
「そんな熱いの自分も食えないじゃん」
「食うときははフーフーして冷ますから大丈夫。あ、待てよ。フーフーしたら二歩で反則負けか」
「くだらねえな。将棋のルールなにひとつ知らないって言ってたくせに、二歩は知ってんのかよ」
「おまえこそ将棋のルールぜんぶ知ってるっていってたくせにぜんぜん知らないじゃないか」
「おれが言ってるのは将棋のルール。さっきからおまえが訊いてきてるのは棋士のルールじゃないか」
「じゃあ将棋のルールについて質問するよ。新しい駒を考えたときはどこに申請したらいいの?」
「……は?」
「だからさ、おれが新しい駒を考えたとするでしょ」
「なに言ってんの?」
「たとえばね、土竜(もぐら)って駒を考案したとするよ。相手の駒や自分の駒の下をくぐって前に進めるやつ」
「だからさっきからなに言ってんの」
「これを正式に採用してもらいたいとおもったら、どういう手続きで日本将棋連盟に申請したらいいの? 決まった書式とかあるの? どこで申請書のPDFファイルをダウンロードしたらいいの? 採用された場合の権利関係はどうなるの? 発案者にはいくら入ってくるの?」
「ちょっ、ちょっと待って。ないから。新しい駒が採用されることなんかないから」
「ないの?」
「ないよ」
「えええ……。じゃあおれはなんのために三年もかけたんだ……」
「新しい駒考えてたのかよ」
「数百種類も考えたのに……」
「それもはや将棋じゃなくてポケモンバトルだろ」
「じゃあさ、また別の質問」
「もうやだよ。ぜんぜん将棋のルールの質問じゃないじゃない」
「次で最後だから。次こそちゃんとした質問」
「……わかったよ。最後な」
「ありがとう。じゃあ最後の質問。もしも将棋の駒が寿司ネタだとしたら、それぞれの駒はどの寿司ネタに該当するとおもいますか? また、どの順番で食べるのが正解だとおもいますか?」
「どこが将棋のルールなんだよ!!」
「やんのか」
「あ? やんのかコラ」
「おお、やったろやないか。先に言っとくけど、負けたらおまえらのメンバーからひとり差しだせよ」
「おうええぞ。その代わり、こっちが勝ったらひとり連れていくからな」
「誰連れていく気やねん」
「あいつじゃ」
「あいつって誰やねん」
「ちょっと待っとけ。こっちの仲間と話し合うから」
「おうええぞ」
「よっしゃ、決まった」
「おう、こっちも決まった」
「おまえ、こっちに来い」
「あ? おまえこそこっち来いや」
「勝負すんぞ」
~~~~~~~~~~~
「かーってうれしい はないちもんめ♪」
「まけーてくやしい はないちもんめ♪」
もちろん、おもしろくないですよ。
いや、もっと率直に言うと、不愉快ですね。
こないだは小さくなって宇宙戦争をしてましたよね。その前はタイムマシンで恐竜時代を冒険ですか。その前は、月世界の探検でしたっけ?
ええ、みんな観てますよ。劇場でね。
そうなんです。ぼくはいっつも後から知らされるんです。野比くんから。ぼくたちドラえもんといっしょにこんなすごい冒険をしてきたよ、って。
ぼくは誘ってもらえずに、後から聞かされるだけです。
この気持ちわかりますかね。
野比くんならちょっと考えれば容易に想像できるとおもうんですけどね。彼はいっつも骨川くんから自慢されて、そのたびに悔しい思いしてるんだから。でも彼にはドラえもんがいる。悔しいと言えば、その悔しさを解消してくれる道具を出してもらえる。だけどぼくはただただ悔しがるだけです。
ええと、『のび太の結婚前夜』でしたっけ。
あの作品の中で、しずかちゃんのパパが言ってましたよね。野比くんについて、「あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ」って。
ぼくに言わせれば、あんなの嘘っぱちですよ。ぼくが冒険に参加させてもらえずに悲しい思いをしているとき、野比くんがぼくの気持ちを想像して悲しんだことがありますか? 自分だけが世界中の不幸をしょいこんだみたいな顔をして、ぼくみたいな子の不幸については想像してみることすらしないんだ。
自分でいうのもなんですが、ぼくは人一倍知的好奇心の強い子どもだとおもいます。宇宙、過去の世界、海底、地底。どれもとても興味がある。ぜひドラえもんといっしょに探検してみたい。行けば、得るものもいっぱいあるとおもう。はっきりいって、野比くんたちよりずっと多くのことを学べると自負している。
なのにぼくは誘ってもらえない。
いや、いいんですよ。誰を誘おうと彼の自由ですから。
でもね、ぼくは都合のいいときだけ利用されるんです。宿題を見せてほしいとか、むずかしいことを教えてほしいとか。
『のび太の大魔境』観ました? あの映画で、謎の巨像がある場所はヘビー・スモーカーズ・フォレストだと気付いたのは誰だか知ってますか? そう、ぼくです。
『のび太の小宇宙戦争』観ました? 冒頭でジオラマ撮影をしますよね。あそこで知恵を出して映画のクオリティを高めたのは? そう、ぼくです。
決してぼくは貢献してないわけじゃない。それなのに、いざ冒険となるとぼくは誘ってもらえない。それが許せないんです。
そのくせ、連中ときたら映画ではすぐに「仲間は見捨てておけない!」とか「友だちを放ってはいけないよ!」とか口にするでしょ。ぼくのことは見捨てておいて。あれ、どの口が言うんでしょうね。連中にしたらぼくなんて友だちじゃないってことなんですかね。なーにが「あの青年は人の不幸を悲しむことができる人だ」なんですか。
ぼくが許せないのは、彼が己の非情さに気づいてすらいないことなんですよ。そうやって、利用できるときだけクラスメイトを利用しておいて、用が済んだら切り離して、それで勝手に地球代表を名乗るんじゃないよって話ですよ。
だいたいね。メンバー選出もどうかとおもいますよ。
しずかちゃんはわかりますよ。好きな女の子を誘いたいって気持ちは理解できます。
骨川くんもまあいいでしょう。なんといっても彼には財力がありますからね。実際、『小宇宙戦争』なんかは彼のラジコンがなければどうしようもなかったわけですし。
理解できないのは、剛田くんですよ。いっつも野比くんをいじめてるじゃないですか。それなのに冒険には誘ってもらえる。そして「映画のジャイアンは男気があっていいやつ」だなんて言ってもらえる。ヤンキーがたまにいいことをするとものすごく褒められて、ふだんから品行方正な人間は評価してもらえないのと同じですよ。みんな何もわかっちゃいない。
自分で言うのもなんですが、あんな粗野な男をメンバーに入れるぐらいならだんぜんぼくを入れたほうがいいですよ。ぼくが、このぼくが、剛田以下だっていうんですか!
「あげるよ」
「えっ。なにこのお金」
「なにって……。一万円だけど」
「いやそういうことじゃなくて……。えっと、おれおまえに金貸してたっけ?」
「借りてないけど」
「だよね。じゃあなんで」
「なんでって……。あれ、もしかしてお金嫌い?」
「嫌いじゃないけど。大好きだけど。嫌いな人なんていないだろ」
「じゃあいいじゃん。もらっとけば。かさばるものでもないし」
「いやいやいや。もらえないよ」
「なんでよ。お金好きなんでしょ」
「お金は好きだけど、こんなよくわかんないお金もらえないよ。怖いよ」
「あーたしかに福沢諭吉ってちょっといかめしい顔してるもんな」
「そういうことじゃなくて。この状況が怖いって言ってんの。いきなりこんな大金渡されたって受け取れないよ」
「じゃあいくらなら受け取ってくれるの」
「いくらとかじゃなくて、百円でも嫌だよ。理由なく渡されたら。まあ十円ぐらいなら受け取るかもしれないけど」
「じゃあとりあえず十円渡しとくわ」
「いやいいって。なんでそんなにお金渡したがるかがわかんないんだけど」
「なんでそんなにお金を受け取ろうとしないのかがわかんないんだけど」
「え、この状況でおかしいのおれのほう!?」
「そりゃそうだよ」
「なんでよ」
「だってさ、おまえはお金が好きなんでしょ。よく金ほしーとか今月金欠だわーとか言ってるじゃない」
「言ってるけど」
「だからどうぞって言ってるの。それで受け取らないほうがおかしいでしょ。定食屋でうどんくださいって言って、うどん運ばれて来たらいりませんって言うようなもんじゃない」
「いやそのたとえは違うくない? おれはおまえから金ほしいって言ってるわけじゃないから」
「じゃあ誰からほしいのよ」
「誰ならいいとかじゃなくて」
「あ、わかった。おまえ、おれが金貸そうとしてるとおもってる? だから嫌がってるんだろ。大丈夫、これは貸すわけじゃなくてあげる金だから。ぜったいに返せとか言わないから」
「だからそれが怖いんだって。借りるほうがまだいいよ」
「なんでよ。もらうより借金のほうがいいなんておまえ変わってるな」
「変わってるのはおまえのほうだよ」
「なんで怖いの。あ、もしかしてこの金と引き換えになにか要求されるとおもってるんでしょ。後からとんでもないお願いされるかも、って」
「あーそうかも。だから怖いのかも」
「大丈夫だって。ほんとにただあげるだけ。恩を売るつもりもないし。こうしよう、おれがおまえに一万円あげて、そのことをお互いに忘れよう。それならいいでしょ」
「忘れられるわけないだろ。こんな異常な事態」
「なんで受け取ってくれないかなあ」
「なんでそんなにおれにお金くれようとするわけ。あ、もしかして宝くじ当たったとか万馬券当てたとか? 幸せのおすそ分け的な?」
「いやべつに」
「こんなこと聞いちゃわるいかもしれないけど……。もしかして宗教の教えとか? 喜捨しなさい、みたいな」
「おれがそういう不合理なこと嫌いなこと知ってるだろ」
「だよなあ。でも、理由もないのに友だちにお金あげるほうが不合理じゃない?」
「おいおい。おれは不合理なことは嫌いでも、人としての情はあるの。
たとえば、おまえが十個入りのチョコレートを食べてるとするよな。そこにおれが来たとする。おまえはどうする?」
「一個どう? って訊くよ」
「そう。それがふつうの人間の感覚なんだよ。だからおれが十万円持ってたら、おまえに一枚どうぞって言うのが人としての常識なんだよ」
「なるほどな……。ん? いやいや、やっぱりおかしいって。その例でいうならさ、チョコレートどうぞって勧めて、いりませんって言われてるのに無理やり押しつけようとしてるようなもんじゃん。それはやっぱりおかしいよ」
「まったく、ああ言えばこう言う……。それは本心からチョコレートをいらないとおもってる場合でしょ? そこで無理に勧めるのはたしかにおかしいよ。だけどさ、おまえの場合はお金好きなわけじゃん。そしてお金ダイエットをしているわけでもない」
「なんだよお金ダイエットって。お金減量中です、なんて人いないだろ」
「つまりおまえは遠慮してるわけだよ」
「まあ遠慮といえば遠慮かな……」
「だったら無理やりにでも押しつけてあげるのが優しさだろ。さ、受け取れよ」
「嫌だってば。おまえから一万円渡されたって受け取れないよ」
「じゃあ誰ならいいわけ?」
「誰であっても知り合いからもらうのは嫌だよ」
「じゃあ知らない人ならいいわけ?」
「もっと嫌だよ。知らない人からいきなり一万円渡されるとか、怖すぎるだろ」
「知ってる人からもらうのは嫌、知らない人も嫌。なのにお金ほしいってどういうことだよ?」
「うーん……。わかった、理由がないのが嫌なんだ。貸してた金を返してもらうとか、労働の対価とか、理由があれば受け取るよ、ぜんぜん」
「こないだおまえ『あー、どっかの金持ちがぽんと十億円ぐらいくれないかなー』って言ってたじゃん」
「あれは冗談。実際にはもらうべき理由がないのにお金渡されたら怖いよ」
「そんなもんかねえ。でもさ、こないだミナモトさんが四国に旅行行ってきたからってお土産のお菓子買ってきたとき、おまえももらってたじゃん」
「もらってたよ」
「なんでよ。もらうべき理由がないじゃん」
「あれはお土産じゃん」
「だからなんでよ。ミナモトさんが休みの日に四国に行ったこととおまえにどんな関係があるの? おまえがミナモトさんの旅費出したの? だったらわかるけど」
「いやそうじゃないけど。でもほら、お土産ってそういうもんだから。特に理由なくてももらうもんだから」
「じゃあおれもこないだATMに行ってきたから、そのお土産としておまえに一万円あげるよ」
「だからそれはおかしいじゃん」
「なんで? お土産なら理由なくてももらうんでしょ」
「だからそれは……。
ああ、もういいや。この件で議論するの疲れたわ。もらう、もらうよ。その一万円もらうよ」
「もらってくれるのか」
「ああ」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして。で、おまえに折り入って頼みがあるんだけど……」
「やっぱり! やっぱりそうきた! でもちょっと安心した! ちゃんと理由のある金でよかったー!」
あたしはうがいができない。
ガラガラペッ、ってやつ。あたしがやるといつもゲボバボバゴボッ、とか、ゴボベバババッ、とかになる。
そんで、周囲がびちょびちょになる。なぜか。
だってやりかたがわかんないもん。
理屈はわかる。水をのどに入れて、そんでのどを震わせるんでしょ。でも理屈でわかるのとじっさいにできるのとは違う。ボールにタイミングよくバットをあわせて鋭くスイングすればボールをスタンドまで運べるとわかっているだけではホームランが打てないのとおんなじで。
考えてもみてほしい。のどは何のためにあるのか。ひとつ、水や食べ物を食道へと運ぶ器官。もうひとつは、空気を震わせて声を発するため。決して水を震わせるための器官ではない。その証拠に、人間以外のどの動物もうがいをしない。
わかる? のどの役割はふたつ。
「空気が出てきたときは震わせる、または吐き出す」
「水や食べ物が入ってきたときは飲みこむ」
AならばA'、BならばB'。ごくごくかんたんなプログラミング。
なのにうがいがやろうとしていることは、BならばA'。
なんじゃそりゃ。規則違反。Excelだと#NUM!とか出るやつ。
だからあたしがのどに水を入れたら自動的に飲みこんでしまうのも、飲みこまないようにぐっとこらえてのどを震わせようとしたらおぼれてしまうのも、しかたないとおもわない?
まあそれはいい。子どものときは「ちゃんとうがいしなさい」なんて言われたものだけど、大人になると人前でうがいをする機会なんかなくなる。もうあたしは一生うがいとは無縁の人生を送っていくのさ、さらばうがい、このうがいからの卒業。と、晴れ晴れした気分で日々の生活を送っていた。
ところがどうよ。このコロナ禍とかいうやつのせいで、またうがいが脚光を浴びるようになってきた。ちくしょううがいのやつ、あのとき確かに殺したはずなのに。まさか虎視眈々と再び脚光を浴びるチャンスを狙ってたとはね。
医者も、テレビのアナウンサーも、政治家も、教師も、サラリーマンも、何かと言えば「手洗いうがいを徹底しましょう」だ。ばかの一つ覚えみたいに、手洗いうがいを徹底させようとする。
そりゃああたしだって、うがいが防疫に有効だということは百も承知だ。だけどできないんだもん。しかたないじゃない。
「コロナウイルス予防には後方二回宙返り一回ひねりが効果的であることがわかりました」って言われても、体操選手以外にはどうしようもないじゃん。それといっしょよ。
まあテレビで言ってるだけなら聞き流せばいいんだけど、あろうことか、うちの会社の社長が「昼休み明けに全社員で手洗いうがいをすることにします」なんてことを言いだした。
ほらー。医者やアナウンサーや政治家が言うからー。真に受ける人が現れるじゃんかよー。
だいたいなんでみんな一斉にやるのよ。どう考えたって別々にやったほうが衛生的でしょうに。こうやってすぐ横並びでやりたがるのが地球人のよくないとこよね。あっちじゃ、もっと個々の意思を尊重してるってのに。
ってことで毎日昼休みの直後に同僚たちの目の前でおぼれてるのがこのあたし。あげくにはあたしがうがいができないせいでオフィスビルが全館停電になっちゃったわけだけど、その話をする時間はもうないや。ガバラベボボベッ。
「いや、見事なプレイでしたね」
「ありがとうございます!」
「今日はいつにも増して精彩を放っていたように見えましたが」
「そうですね、今日はぼくが支援している少年サッカーチームを客席に招待していたので、子どもたちにかっこ悪いところは見せられないとおもっていつもより気合が入りました!」
「なるほど、そうでしたか。子どもたちにもハナカミ選手のプレイはしっかり届いたとおもいますよ」
「ありがとうございます! おーい、ジュニアチームのみんなー! やったぞー!」
「特に前半二十四分のフリーキックにうまく頭をあわせたシーン」
「あれは自分でも会心のシュートでした」
「シュート直前に相手チームのユニフォームをがっしりつかんで離しませんでしたよね」
「えっ」
「ユニフォームの裾をひっぱることで相手がジャンプするのを見事に妨害していました」
「えっ、いや」
「あれはやはり日頃から練習を重ねていたんですか」
「いや、練習っていうか、とっさに」
「なるほど。とっさに手が出てしまったということですね。非常にラフなプレイでした」
「……」
「それから後半開始直後。相手のスライディングによって転倒したシーン」
「あれはヒヤッとしました」
「そうですね。でも当たらなくてよかったですね。スロー映像で確認したところ相手の足はまったく当たっていませんでした」
「えっ、そうでしたっけ」
「ですがその直後の大げさに痛がるシーン、あれは見事でした。まるで当たったかのように見えました(笑)」
「大げさにっていうか、実際に痛かったし……」
「ははあ、自分自身も騙されるほどの演技だったということですね。やはりああいった演技は普段からイメージしているのでしょうか」
「演技っていうとアレですけど、まあ誰しもやっていることですので」
「そうでしたか。『みんながやっていることだったらフェアじゃないプレイでもやってもかまわない』というハナカミ選手のメッセージ、しっかり子どもたちに届いたとおもいます!」
「いやそんな意識はないんですが……」
「そして最後にロスタイムに大きくボールを外に蹴りだしたシーン。あれは見事な時間稼ぎでした」
「時間稼ぎっていうとアレですけど、あれも戦術っていうか」
「最後まで手を抜かない、勝利のためならどんな手も使う、勝利への執着。ハナカミ選手のひたむきなプレイ、プロを目指す子どもたちにも刺激になったんじゃないでしょうか」
「ですかね……」
「では最後に、ハナカミ選手から、客席にいる少年サッカーチームの子どもたちにメッセージをお願いします!」
「ええと、あの、ぼくみたいな薄汚れた大人にならないでください……」
「いらっしゃいませ」
「あの、物件探してほしいんですけど。急ぎで」
「承知しました。ではまずご希望の条件をお伺いできますか」
「トイレのある部屋!」
「はっはっは。今はたいていの部屋にトイレがついてますよ。逆に共用トイレの部屋を探すほうがむずかしいぐらいで。ほかに条件は」
「いや特には」
「場所はどのあたりをご希望でしょうか」
「なるべく近くがいいです」
「駅からですか」
「いや、ここから」
「ここから? お勤め先がこの近くとかですか」
「いやそういうわけじゃないんですけど。ねえ、早く紹介してもらえませんか」
「他に条件は……」
「ないです。とにかくトイレのある部屋ならどこでもいいんで!」
「そう言われても、条件がゆるすぎて逆に見つからないんですよね……」
「ああ! 早く! 早く!」
「あのー。もしかしてですけど、お客様」
「なに?」
「ひょっとして、今トイレを我慢されてるんでしょうか」
「そうですよ! だから早くトイレのある部屋を探してって言ってるんです!」
「やっぱり……。あのお客様、でしたら物件探しではなく、『トイレ貸して』とおっしゃっていただければ事務所のお手洗いをお貸しできますんで」
「え? そうなの!? もっと早く言ってよ! あっ、あっ、あっ……」
「えっ」
「……」
「ひょっとしてお客様……」
「あの……。やっぱり、トイレとお風呂のある部屋探してもらえますか……」
「やっぱりもらしてるじゃないですか!」
おっ、目の前の席空いた。
右のおっさん座りたそうだな。左のねえちゃんも座りたそうだな。
だがダメだ! おれは立つ! だからおまえらも立て!
おれはダイエット中だから座らない。電車内で立っているだけダイエットだ。
でも、おれだけがつらい思いをするのは嫌だ。できるだけ多くの仲間がほしい。
だからおれは席には座らんが、その前に立ちはだかって他の人が座るのも妨げる!
よく見たら隣のねえちゃん、鞄にマタニティマークつけてるじゃないか。
さすがのおれも心が痛む。
だがここが我慢のしどころだ。おれは耐える。苦しいけど、座らない。苦しいけど、空いてる席の前に立って他の乗客の邪魔をする。
わかってる。おれが右か左にちょっと移動すれば他の人が座れる。
そうでなくても、おれが座ればその分スペースが空くからこのぎゅうぎゅう詰めがちょっとは緩和される。
周囲の誰もが「あいつ座らないんだったらどけよ。どかないんだったら座れよ」とおもっているにちがいない。それはわかっている。
でもおれは座らないし移動もしない。
なぜなら、ただただ空席の前に立ちつづけて他人が座るのを妨害することこそおれの悦びだからだ!
デス・ゲームの運営会社で勤務している。
デス・ゲームってのはあれだ。
参加者を強制的に一箇所に集めて、覆面の男からの
「みなさんにはこれからゲームをしてもらう。かんたんなゲームだ。クリアしたものには賞金が与えられる。ただし失敗した場合は、ちょっとした罰が待っている」
的なメッセージからはじまって、多少の戸惑いはあっても結局は素直に参加して、最初の犠牲者が出て、参加者が力を合わせて謎を解いていって、健闘むなしく次々に命を落としていって、ひとりかふたりだけがクリアして、最後に意外な人物が黒幕だったことが判明して……っていう例のあれだ。
きっとみんな漫画や映画で一度や二度や三十度は観たことがあるだろう。中学生が大好きなストーリーだ。
あのデス・ゲームをうちの会社が運営している。
といっても、デス・ゲームの企画や進行はおれの仕事ではない。企画部や運営部は花形なので、おれのような冴えない社員は任せてもらえない。今の部署で頭角を表せば抜擢されることもあるが、そんな例は十年に一度あるかどうか。基本的には採用段階で決まっている。有名大学のクイズ研究会にいたやつとか、大手広告代理店出身者とかがそういった花形ポジションに就くことになる。
ちなみに進行役(「君たちにはちょっとしたゲームをしてもらう」的なことを言う人)は、プロの声優に外注している。進行役には凄みがないとリアリティがないので、そこだけはプロに任せている。
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| 進行役さんの衣裳(一例) |
おれがいる営業部がやっているのは、もっと地味な仕事だ。
たとえば会場の確保。デスゲームは殺人や監禁など法に触れることをするので、証拠を残さないためにも同じ場所は二度と使えない。
なので毎回会場を新たに探さないといけないのだが、これが大変だ。
人里離れた場所で、十分なスペースが必要。できれば携帯の電波が入らないことが望ましい。
かといってあまりにへんぴな場所だと電気が使えないので、それはそれでなにかと不便だ。
なかなか国内にはちょうどいい場所がない。国外ならあるのかもしれないが、参加者を眠らせて海外の会場まで運ぶのはまず不可能。
会場の確保は毎回苦労するところだ。山の中に小屋を建てたこともある。
それから、設営、警備。
必要な機材を搬入・搬出したり、人が近づかないように警備をしたり。参加者の叫び声を聞きつけて警察がやってくることもあるので、ダミーのために会場から少し離れたところにテントを張り「キャンプで酔っぱらってばか騒ぎをしている若者」を演じたりもする。
コンサートなんかだとイベント会社が学生バイトを使ってやってくれるらしいが、情報が漏れるのを防ぐために外注はしない。最近の若いやつはすぐにSNSで拡散するから。
リハーサルも何度もやる。参加者の役になって、本番さながらにゲームに挑戦するのだ。失敗しても殺されないこと以外は本番と同じだ。進行役の声優さんにも来てもらう。
営業部なので、もちろん営業もやる。
デス・ゲームは金持ちの出資によって成り立っている。
みんなも見たことがあるだろう。「庶民の命を賭けた殺し合いを、モニター越しにワイン片手に楽しむ金持ち」を。
ただあれはフィクションならではで、本当はちょっと違う。
金持ちが見るのは事実だが、リアルタイムで視聴なんかしない。リアルタイムだと間延びして退屈で見ていられない。こっちが編集したり効果音をつけたりドラマチックにしたものを楽しむのだ。金持ちはそんなにヒマじゃない。
サブスク型の有料チャンネルで配信している。無料版もあるので、よかったらぜひ検索してみてほしい。もちろん暴力や殺人などの描写は有料会員限定だ。
デス・ゲームは、有料会員による月額利用料と広告料によって成り立っている。基本的には金持ちが楽しむコンテンツなので、広告出稿したい企業は多い。広告料金も高めに設定している。
金持ちに営業をかけたり、広告をとってきたりするのもおれたちの仕事だ。
証拠が残るとまずいので、営業は対面でやる。メールも電話もFAXも使わない。うちの会社はアナログだ。
仕事がおもしろいかと訊かれると、首を振らざるをえない。
ゲームやクイズを考案する部署はおもしろそうだが、彼らは彼らで遅くまで残っていてたいへんそうだ。やりがいはあるだろうが激務だ。
その代わりというべきか、営業部のほうはほとんど残業がない。きちんと有給休暇もとれる。労働問題でトラブルになって目を付けられたくないから、そのへんは他の会社よりもきっちりしている。
企画・進行の部署も繁忙期こそ毎日残業しているが、それ以外はまとまった休みをとっている。給料も高いらしいし、なんだかんだいいながらみんな辞めずに続けている。
おもしろいかと言われると答えはノーだが、辞めるほど嫌かというとそんなこともない。みんなだいたいそんなもんだろう。
聞くところによると、薄給・激務・劣悪な職場環境で働かせるブラック企業もあるそうだ。さっさと辞めればいいのに。
身体を壊すまで辞められない、そんなデス・ゲームに好き好んで参加するやつの気が知れない。
むかしむかし、あるところにミュージシャンがいました。
ミュージシャンは少年時代に他の生徒に対して加害行為をおこなっており、それを雑誌のインタビューで誇らしげに語っていました。
それを知ったうさぎは怒りました。
うさぎはミュージシャンとも被害者とも何の関係もありませんが、ぜったいにミュージシャンを許すわけにはいきません。
そこでうさぎはミュージシャンをオリンピック会場に誘いこむと、ミュージシャンの背負った柴に火打ち石で火を付けました。「ここはかちかちオリンピックだからかちかち音がするんだ」
ミュージシャンは大炎上。背中に大やけどを負いました。
うさぎはさらにミュージシャンの背中にとうがらしをすりこみ、泥船に乗せて沈めました。
沈んでゆくミュージシャンを見てうさぎはゲタゲタと大笑い。わるものをやっつけたのです。
めでたしめでたし。うさぎは次のわるものをさがしにいきました。