2025年10月23日木曜日

【読書感想文】室橋 裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』

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カレー移民の謎

日本を制覇する「インネパ」

室橋 裕和

内容(e-honより)
いまや日本のいたるところで見かけるようになった、格安インドカレー店。そのほとんどがネパール人経営なのはなぜか?どの店もバターチキンカレー、ナン、タンドリーチキンといったメニューがコピペのように並ぶのはどうしてか?「インネパ」とも呼ばれるこれらの店は、どんな経緯で日本全国に増殖していったのか…その謎を追ううちに見えてきたのは、日本の外国人行政の盲点を突く移民たちのしたたかさと、海外出稼ぎが主要産業になっている国ならではの悲哀だった。おいしさのなかの真実に迫るノンフィクション。

 最近(といっても十年以上前から)急激に増えたインドカレー屋。インドカレー屋とはいいつつも、経営者や従業員の多くがネパール人だという。

 そのインネパ(インド・ネパール料理店)を切り口に、インドカレー屋の特徴・歴史から、日本の移民政策の変化、ネパール人労働者増加に伴う問題、働き手が流出しているネパールの現状までを探るノンフィクション。


 前半はカレー店の歴史などにページが割かれていて退屈だったが、中盤以降は様々な社会問題にスポットを当てていておもしろい。

 ひとつの視点であれこれ調べていくうちに芋づる式にいろんな問題が見えてくる本。これぞ学問! という感じがする。佐藤 大介『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』もそんな感じの本だった。調べれば調べるほどわからないことが増えていく。それが楽しい。勉強や読書を課題解決の手段としかおもっていない人には理解できない姿勢だろう。



 日本にやってくるネパール人が増えたのは、今世紀のはじめに法改正があったことが大きいようだ。

 で、2000年に駐日韓国大使館からの提言を受ける形で、日本の「上陸審査基準」なるものが見直された。それまで外国人が日本で法人をつくって「投資・経営」ビザを取得するには「2人以上の常勤職員」(日本に住居していて在留資格保持者は除くとあるので、日本人のことだろう)の雇用が必要だったのだが、韓国やアメリカの基準を参考に「500万円以上の投資で良し」と改められたのだ。
 (中略)
 2人の日本人を正社員として雇用するのは外国人にとってかなりたいへんだが、500万円を用意するならなんとかなる……そう考えて起業にトライする外国人の小規模な会社が、21世紀に入ってから増えていったのだ。
 とくに積極的に動いたのがネパール人だった。「500万円」はけっこうな額ではあるが、仮に5人でワリカンすれば1人100万円だ。家族親族みんなでかき集め、ネパールにいる人も中東やマレーシアで働いている人も力を合わせて出資した。そして代表者が「投資・経営」の在留資格を取って社長となり、あとは家族の中で調理経験のある者を呼び(インドをはじめ各国の飲食店で働いているネパール人は多い)、「技能」の在留資格を取ってコックとして雇う......。そんな一家がどんどん増えたのだ。そして新しくやってきたコックも、いずれ「投資・経営」を取って、独立していく。このムーブメントが起きたのは2005年前後のことではないかと多くの在日ネパール人が言う。

 500万円出せば日本に会社を作れる。日本に会社を作れば「投資・経営」ビザをとれるし親戚を雇って「技能」ビザで働いてもらうこともしやすくなる。そして「家族滞在」で妻や子どもを日本に呼び寄せて……という形でどんどん増えていったのだそうだ。


 そうして日本で働く外国人が増えたが、その中でもネパール人の伸びは大きかった。

 国の平均所得が少ない上に、国内に観光以外の産業も少ない。まとまったお金を稼ごうとおもったら国外に出るしかない状況なのだそうだ。なんとネパールの労働人口の4分の1ほどが国外に働きに出ているのだという。出稼ぎ国家なのだ。

 そして日本に来るネパール人は高い教育を受けていないことも多い(高学歴だったり貴重な技能があったりしたら他の国を選ぶほうがいいだろうしね)。じゃあカレー屋やるしかないな、となるわけだ。

 かつてはインド料理店で働くのはもちろんインド人が多かったが、インド人にとってもネパール人のほうが雇うのに都合がよかったのだそうだ。なぜならインド人はカースト制度のせいで決まった仕事しかしようとしない人がいる(コックならコックの仕事だけ。掃除や接客は別のカーストの仕事)のに対し、ネパール人はなんでもしてくれる。またネパール人のほうが宗教の戒律が厳しくないので日本で生活しやすい。そんな事情もあって、人口の多いインド人よりも、ネパール人の方がずっと多く日本にやってきているのだそうだ。


 そして日本が身近な国になったことでネパールからの留学生も増大。彼らもまた「インネパ」へと流れこんでいった。

 そのためか30万人計画は目標より1年早く2019年に達成されたが、ネパール人留学生のうちけっこうな人数が卒業後、カレー業界に参入したといわれる。というのも、日本の一般企業に就職するのはなかなかたいへんだからだ。ビジネスレベルの日本語をマスターして、日本人と同じ土俵で会社員として勝負するのはやっぱり難しい。かといって、先の見えない母国ではなく日本に留まりたい。そこで、自分で開業しようということになる。日本はいまやどこでも、コックから経営者になったネパール人のカレー屋が大増殖している。それなら自分もやってみっか……そんな発想だ。
 そしてこの留学生たちに「ハコ」を用意したのもまた、先達のネパール人だった。前出のBさんが言う。
 「日本語学校や大学の卒業が近づいているのに就職できない、でもネパールには帰りたくないそんな子たちがたくさんいたんです。彼らに会社設立とビザ取得のノウハウを教え、店舗を用意して、譲渡する。そういう仕事をする人もいましたね」
 それだけではない。ビザ取得に必要な500万円のほか、店舗の確保や内装工事などにかかる費用を貸しつける業者もいたそうだ。返済にはもちろん利子がかかってくるが、それでも帰国せずに日本でのカレー屋を選ぶ留学生もまた多かった。母国ではヒマラヤ観光と農業以外の産業が育たず、国外に希望を見出すしかない若者たちが、借金を背負いながら「インネパ」に流れ込んでくる……。

 こうして日本で働くネパール人が増えるにつれ、在日ネパール人を相手に商売をするネパール人もいる。同郷の人を助けたい気持ちでやっている人もいるだろうが、日本のことをよく知らないネパール人をカモにして儲けようと考えるやつも出てくる。

 やがて、カレー屋ではなく人を呼ぶほうが本業になってしまう経営者も現れた。多店舗展開し、そこで働くコックをたくさん集めてきて、もはや会社設立の500万円とは関係なく、1人100万円、200万円といった代金を徴収する。
「なんで自分の店でこれから働く人にお金を払わせるのか。おかしな話なんですよ」
 それでも海外で稼げると思った人たちは、どうにかお金を算段して志願する。彼らを呼べば呼ぶほど儲かるわけだから、誰だっていいとばかりに調理経験のない人もコックに仕立て上げた。本来、調理の分野で「技能」の在留資格を取得するには10年以上の実務経験が必要となる。しかし一部のカレー屋オーナーは日本の入管に提出する在職証明などの書類を偽造し、新しくやってくるコックのビザを取得していたのだ。カレーとナンのつくり方なんか自分が教えればそれでOKという経営者たちが、次から次へと母国から人を呼んだ。
 だから現場にはスパイスのこともよく知らなければ玉ねぎの皮も剥けないコックがあふれてしまった。「インネパ」の中にはぜんぜんおいしくない店もちらほらあるのはそのあたりに理由がある。

 法律すれすれの手段でネパールから人を呼ぶ。本来在留資格がないような人まで呼ぶのだから、追い返されるネパール人もいる。だが呼んだ方は困らない。もう金はもらっているのだから。だまされたほうとしては、在留資格がない弱みもあるし、日本社会のことも日本語もよくわからないのだから法的な手段に訴えられない。泣き寝入りするしかない。

 ビザ申請が下りなければ不法滞在する人も増える。不法滞在ではまともな仕事に就けないから犯罪に走りやすくなる……。

 と、様々な問題が起こるわけだ。厳しく取り締まろうにも、一件一件はチンケな詐欺だし、国をまたいだ犯罪だし、被害者はなかなか名乗り出てくれないだろうし、日本語ができない人も多いだろうし……ということで、出稼ぎ斡旋ビジネスをきちんと取り締まるのはむずかしそうだ。

 さらに、日本で働く親にネパールから連れてこられた子どもも、日本語がわからず学校の勉強についていけず、日本のコミュニティにも入れず、ネパール人同士が徒党を組んで非行に走る……なんてこともあるという。

 これらはネパール人移民にかぎらず、海外からの移住者が増える今後どんどん増えていく問題だろう。

 だからといって移民を受け入れなければ労働力不足でもっと大きな問題が起こることも目に見えている。摩擦なく移住できるようになるほうが日本人にとっても外国人移住者にとってもいいに決まっている。ネパール移民が引き起こした問題から学ぶことは多い。




 移民が引き起こす問題は日本国内の話だけではない。当のネパールでも出稼ぎ者(日本だけではない)の増大は深刻な問題を引き起こしているらしい。

「留学生だけじゃないんです。工場や、それにカレー屋で働くために、バグルンからたくさんの人たちが日本に行っています。だから小さな村はもう、働き手がいなくなって、年寄りばかりなんです。おじいちゃんおばあちゃんたちが、日本に行った子供の代わりに孫の面倒を見ている。親の愛情を知らずに育つ子供がどんどん増えている」
 村の若者が丸ごと日本に行ってしまったような集落まであるのだという。だから畑は荒れ、打ち捨てられた家屋が残され、老人ばかりでは不便な山間部で暮らせなくなってしまったため、ここバグルン・バザールに降りてくるケースが増えている。
「村では野菜や米くらいは自分たちで育てられたから、お金があまりなくても生活ができたんです。でもバザールでは違います。なんでもお金を出して買わなきゃならない。現金が必要です。だからまた若者たちが出稼ぎに行く」
 海外出稼ぎがあまりに増えすぎたため、伝統的な自給自足の社会が崩壊しつつあるのだ。そして取り残された子供たちがなにより心配なのだとクリシュナさんは言う。
 「年寄りだけではケアしきれません。親の愛をもらえていないんです。だから悪いほうに行ってしまう子が増えている。ドラッグとか、アルコール依存症とか。地域で大きな問題になっているんです」
 

 働き手、親世代がいなくなり、老人や子どもだけが取り残される。出稼ぎにより収入は増えるが、それが必ずしも豊かさには結びついていない。

 これは……。ネパールの問題でもあるけど、日本の地方の問題でもあるよな。都会に労働人口を吸い取られて地方では働き手が減っているわけで。ここ数年の話ではなく、百年前から都市部に出稼ぎに行く労働者はたくさんいた。


 都市への人口集中は古今東西変わらず起こっている問題で、これを個人の意識や行動で変えるのは不可能だろう。政府が省庁をごっそり移動させるとかやれば多少は緩和するだろうが、それでも抜本的な解決にはならない(たとえば首都ではないニューヨークや上海にあれだけ人口集中しているのを見れば明らかだ)。

 人口集中を防ごうとおもったら、ポル・ポト政権のように人権を制限して強制的に郊外へ移住させる、みたいな乱暴な方法しかないんだろうな。




 ということで、日本に来てカレー屋で働いているネパール人の本かとおもいきや、移民が生み出す様々な社会問題、都市への人口集中問題など、広く深い問題へと切り込む壮大な本だった。

 いいルポルタージュでした。


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