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2018年3月28日水曜日

本当の怪物は我々人間のほうかもしれませんね


「やっかいな事件だったが、ひとまずオオアリクイたちは退治した。これで一件落着だな」

 「はい。ただ……」

「ただ……?」

 「もしかすると、本当の怪物は我々人間のほうかもしれませんね」

「……」

 「……」

「……というと?」

 「え?」

「いや、『本当の怪物は我々人間のほうかもしれません』ってどういう意味?」

 「え? わかりません? 今の流れで」

「うん、わかんない。えーっと、つまり、事件は解決してないってこと?」

 「いえ、そういうことではないです。アリクイも怖いですけど、人間も怖いですよね、って話です」

「怖いの?」

 「全員ではないですけど。でも怖い人間もいるじゃないですか」

「あー、ヤンキーとか?」

 「いやそういうんじゃなくて、もっとなんかこう……。たとえば快楽のために人を殺すような人間とか」

「うーん。そういう人は怖いけど、でもそれってただの『怖い人間』でしょ。『怪物』ではないじゃん」

 「うーん、人間そのものっていうより、人間の中に潜む悪い心、ですかね。それを『怪物』と表現したというか」

「でも悪い心って誰にでもあるもんじゃない? おれにもあるし、おまえにもあるでしょ」

 「まあありますね」

「誰もが持ってる普遍的なものなら、それを『怪物』と表現するのっておかしくない? 怪物って特異なものを指す言葉でしょ。たとえば超でかいヘネオロス星人が地球にやってきたら『怪物』だけど、そいつだってヘネオロス星にいるときは『怪物』とは呼ばれないでしょ」

 「ヘネオロス星ってどこですか」

「今適当につくった星だけど。でもとにかく、誰もが持ってる心ならそれを『怪物』と呼ぶのはおかしいと思うよ」

 「たしかにそうかもしれませんね……。じゃあこういうのはどうでしょう。たとえば核兵器。あれは恐ろしいものですし、誰もが作れるものじゃないですよね。だからああいう恐ろしい兵器を開発してしまう知能を『怪物』と呼んだ、これでどうでしょう」

「ふうん。でもさあ、おまえさっき『本当の怪物は我々人間のほう』って言ったじゃん。核兵器を開発できるぐらい頭いい人たちと、ぜんぜん勉強してこなかった自分をひっくるめて『我々』って言っちゃうの、ちょっと恥ずかしくない?」

 「……」

「いやべつにいいんだけどさ。世界の舞台で大活躍している日本人を見て『日本人ってすげー!』と思って何かを成し遂げた気になるのはその人の自由だけどさ。でもやっぱり核兵器を開発した人たちにしたら、開発に何の貢献もしていないおまえに『核兵器を開発した我々』とか言われたら、イラッとくるんじゃないかな。いやいいんだよ。何も持たない人間が、何かを成し遂げた人と自分を重ね合わせて自尊心を保ったって。だめじゃないんだよ。だけどちょっとダサいっていうか……」

 「もうやめてください……! すみません。『本当の怪物は我々人間のほうかもしれませんね』って言ったのは、ちょっとかっこつけたかっただけなんです……。深い考えがあったわけじゃないんです……」

「わかってくれたか……。それを言ったら物語が締められると思ったら大間違いだぞ」


2018年3月26日月曜日

創作落語『仕立屋銀次』


えー、昔は電車に乗っていると「スリにご注意ください」なんてアナウンスがよく流れていたんですが、最近ではまず聞かれませんな。
あれ、べつにスリがいなくなったからやないんだそうで。
なんでも、車内アナウンスで「スリにご注意ください」とやると、乗客のみなさん、自分は大丈夫かな? とポケットやら鞄やらに入ってる財布をさわるんですな。で、ああよかったちゃんとある、と安心する。
ところがスリのほうはその様子を見ているんやそうです。他の乗客が財布をさわるのを見て「ははあ、あいつはコートのポケットに財布を入れてるな」と財布のありかを知るんやそうです。
スリにご注意を、というアナウンスがかえってスリ被害を増やす、ということで今では電車で言わなくなったそうです。

それはそうと、たまに寄席にもスリが出ますからな。みなさん、ご注意を。

……ははあ、あそこか。


最近あんまりスリの話は聞きませんな。
振り込め詐欺だのフィッシング詐欺だのといったニュースはよく耳にしますが。まあなんでも文明の利器ってのは便利な反面、悪いことにも使われます。結局使うのは人間ですからな。
最近は犯罪まで顔もあわせずに完結してしまうので、どうも寂しい世の中になったもんです。その点スリは人と人とが直接ふれあうからあたたかみがあってよろしい……なんてことはございませんが。


さてさて、ここにおりますのは仕立屋銀次という男。昔は界隈ではちょっと名の知れた有名スリでしたが、結婚したのを機に今では足を洗って洋服屋で働いております。

テツ「ごめんよ」

銀「はい、いらっしゃい。なんやテツかい」

テツ「銀の兄貴、ちょっと仕事を頼みたいんですけどな」

銀「おっ、めずらしいな。いつも着たきり雀のおまえがスーツ仕立てんのかいな。よっしゃ、まかせろ。ちょうどええ生地が入ったんや」

テツ「ちゃうちゃう、スーツやない。べつの仕事を頼みたいんや。こっちのほうを(人差し指を曲げる)」

銀「あかんあかん、スリはもうやらん」

テツ「一回だけですわ」

銀「一回でもあかんもんはあかん。おれはなあ、結婚するときみっちゃんと約束したんや。もうぜったいスリはやらんって。だから帰れ帰れ」

テツ「そんな冷たいこと言わんといてやあ、兄貴。
   昔の弟分が困っとるんや、話だけでも聞いてんか」

銀「……話だけやで」

テツ「まあ兄貴が心を入れ替えるのもわかりますわ。みっちゃん、めちゃくちゃいい女性ですもんね」

銀「せやろ。おまえも早くええ嫁さん見つけろよ」

テツ「せやからこうしてお願いに来てるんですよ」

銀「なんや、女を紹介してほしいんかいな」

テツ「ちゃうんです、女はもう決まってるんです」

銀「ほんまかいな。よっしゃ、応援したるで。相手は誰や」

テツ「ほら、そこの喫茶店でバイトしてる女子大生のユリちゃん」

銀「ユリちゃん? あの看板娘のかいな。やめときやめとき、あれはあかん」

テツ「さっき応援したるって言うたやないですか」

銀「せやけどユリちゃんやろ。町内一の小町娘と評判やないか」

テツ「そうそう」

銀「しかもかわいいだけやのうて愛嬌もある。誰にでもにこにこと接してくれるし、頭もよくて冗談も言える。めちゃくちゃええ子やないか」

テツ「よう知ってますね。もしかして銀の兄貴もユリちゃんのことを……」

銀「あほか。おれにはみっちゃんがおるんや。
  せやけど、いろんな男がユリちゃんに声かけてるけどことごとく玉砕してるって話やで。連絡先すら教えてくれへんって。うわさでは、テレビに出てる人気の俳優が店に来たときにナンパしたけど、それも軽くあしらったって。そないな女の子が、おまえのことなんか相手にするかい」

テツ「おれもそう思って一度も誘ったことなかったんですけどね。
   ところが、今度おれとユリちゃん、デートすることになったんですわ」

銀「ええーっ。そんなわけあるかい」

テツ「それがほんまなんなんですわ。昨日コーヒー飲みに行ったら、テツさん、私もうすぐ大学卒業するから今日でアルバイト最後なんですって云うんや。そうか、それは寂しくなるなあ、良かったら卒業祝いに飯でもどうやって云ったら、いいですね連れてってくださいと、こない云うんや」

銀「どうせ社交辞令やろ」

テツ「おれもそう思ったんやけど、じゃあ電話番号教えてよって云ってみたらほんまに教えてくれたんですわ!」

銀「はー。女心っちゅうもんはわからんもんやな。さんざんいろんな男が口説いてもあかんかったのに、おまえみたいなしょうもない男が何気なく誘ったらあっさりいけるなんて」

テツ「ほんまにわからんもんですわ。でへへ」

銀「だらしない顔すなや。
  しかしわからんな。デートすることになったんやろ。何が困っとんねん。
  まさか何を着ていったらわからんとか、そんなしょうもない話やないやろな」

テツ「話はこっからですわいな。
   ユリちゃんが電話番号を教えてくれたんですが、こういうときにかぎって携帯電話の電源が切れとる。しゃあないから手近な紙にメモをして、また連絡するわといって店を出た。
   店を出たところでタケオの野郎に会ったんですわ。シュレッダーのタケオですわ」

銀「誰やそいつは」

テツ「ケチで有名な男です。
   おれ、タケオに一万円を借りとったんですわ。こりゃまずいと思って逃げようとしたがばっちり目があってしもうた。
   するとタケオの野郎、貸した金を返してくれとこないむちゃくちゃなことを云うんや」

銀「むちゃくちゃはどっちや。借りた金、返すのがあたりまえやないか」

テツ「まあいつもなら金はないと云って逃げるとこやけども、そのときはたまたま持ち合わせがあった。おまけにユリちゃんの件があってこっちも上機嫌やったからな、ほら一万円じゃと渡してやった。どやっ」

銀「借りた金を返しただけで何をえらそうにしとんねんな、この男は」

テツ「ほんで家に帰って、さあユリちゃんに電話をしようと思って気がついた。
   おれ、ユリちゃんの電話番号を訊いたとき、手元にメモがなかったから財布にあった一万円札に番号をメモしたんですわ」

銀「まさかおまえ……」

テツ「そう、タケオに渡してしまったんですわ」

銀「おまえはほんまにどんくさいやつやな」

テツ「せやから銀の兄貴、タケオの財布からこそっと一万円をスってきてほしいんですわ」

銀「待て待て。そんなことせんでもタケオに会って、事情を説明してさっきの一万円を返してもろたら済む話やないか」

テツ「兄貴はタケオのことを知らんからそんなこと云うんですわ。
   あいつは、一度財布にしまった金は死んでも出しませんのや。
   タケオの財布とシュレッダーは、一度入れたら二度と出ません」

銀「それでシュレッダーのタケオかいな。
  せやけどおまえは電話番号のメモさえわかればええんやから、金を見せてもらうだけでええんやで。渡さんでええから見せてくれ、とこない言うたらどないや」

テツ「それでもあかんねん。じつはタケオ、ユリちゃんにぞっこんなんや」

銀「それはまた話がややこしくなってきたな」

テツ「昨日もなんで店の前でテツオに会ったかというたら、テツオがいっつもユリちゃんに会いにくるからですわ。そやなかったらあんなドケチが喫茶店なんかに来るわけあれへん。あいつ、いっつもいちばん安いコーヒー頼んで、ちょっとでも元をとろうと砂糖とミルクをカップにひたひたになるまで入れて、ほんでちょっと飲んではまたミルクたして、ちょっと飲んではミルクたして、しまいには真っ白になったコーヒー飲んどるんでっせ」

銀「それはもうただのミルクやがな」

テツ「そこまでして通いつめるだけやないで、こないだなんかユリちゃんにチョコレートをプレゼントしとったんや。これは、タケオにしたら清水の舞台から飛び降りるぐらいの一世一代のプレゼントやで」

銀「どんだけケチやねんな」

テツ「なにしろあの男、ティッシュで鼻かむんでも、表でかんで、裏でかんで、二枚ばらばらにして内と外をひっくりかえしてまたかんで、それを天日干しにしてまた表でかんで、裏でかんで……」

銀「相当なしみったれやな」

テツ「そうでっしゃろ。おれに金貸すときでも、一万円貸してくれって云ったら、利息二千円やとこない云うんや。わかったから貸してくれというと、八千円渡してくる。あらかじめ利息の二千円は引いとんのや」

銀「利息二割かいな。なかなかえぐい商売しよるな」

テツ「そんな男が金払ってコーヒー飲みにくんのやから、ユリちゃんに対しては相当な入れ込みようでっせ。せやから一万円札にユリちゃんの電話番号が書いてあるなんて知られたら、どんなじゃまされるかわからん」

銀「それもそやな」

テツ「そこで兄貴にお願いですわ、なんとかタケオから電話番号の書いた一万円札をスってきてほしいんですわ」

銀「うーん、しかしもう盗みはやらんとみっちゃんと約束したしなあ……」

テツ「今回だけ!」

銀「わかった。やったろう」

テツ「ほんまでっか!」

銀「ただし条件がある。おまえの財布を貸せ」

テツ「へっ? どういうことですかい」

銀「タケオの財布をスって、電話番号の書いた一万円札を回収する。
  その後でべつの一万円をタケオの財布に入れて、タケオに返すんや」

テツ「ははあ、なるほど。それやったら盗みやないな」

銀「そう。無断で拝借するだけや。ちゃんと返すからタケオも気づかんやろ」

テツ「さすがは銀の兄貴や。ほな、それでお願いしますわ。
   じゃあさっそくおれの財布を……。あれ、財布がない」

銀「もう預かった」

テツ「いつのまに」

銀「どや、腕は落ちてへんやろ」

というわけで銀の兄貴とテツのふたり、タケオの家の前までやってきます。

銀「しかしよう考えたら、おまえがタケオに金を返したのは昨日やろ。
  もう持ってへんかもしらんで」

テツ「なんでですかい」

銀「タケオがもう使ってもうた、ってこともあるやろ。
  それやったら取り返すのは不可能やで」

テツ「ああ、それやったら大丈夫ですわ。
   タケオが一万円札を使うなんてことありません。
   貸した金の利息と拾った小銭だけで生活しとるといううわさですわ。あいつが札を出すところなんて、誰ひとり見たことありませんで」

銀「そうか。それやったら安心やな」

テツ「あっ、銀の兄貴。タケオが家から出てきましたよ。なんやふらふらっと歩いてるな。あれやったらおれでもスれそうやで。兄貴の手を煩わすまでもなさそうや、おれがちょっと行ってきますわ」

銀「あほか。素人がそんなうまくいくわけ……あーあ、いってしもた。あいつは後先考えんと行動するのが悪いとこや。そんなんやから大事な電話番号を一万円札に書いてしもたりするんやろな。
  おっ、帰ってきた。どやった、スれてかい」

テツ「家のカギ落とした」

銀「あべこべに落としてどないすんねん。ほら、そこにカギ落ちてるで。しっかり持っとかんかい。
  ……待てよ、この手は使えるな。
  よっしゃおまえ、タケオの前に行って立ち話してこい。少ししたらおれがタケオの後ろから通りかかる。おまえは知らん顔しとけよ。ほんでおれがこうやって合図をしたら、おまえはわざとカギをタケオの前に落とすんや」

テツ「へ? カギを落とすんですかい?」

銀「せや。そしたらタケオがそれを拾うやろ。その隙におれが財布をさっと抜く。
  人間っちゅうのはな、何かをとろうとしてるときが一番無防備なんや。せやからおまえのカギに注意を引きつけといて、その間に財布を拝借するという寸法や」

テツ「はー、えらいもんでんなあ。さすがは兄貴。ほなちょっと行ってきますわ」

言うなり早く、タケオの前に走っていきました。

テツ「おう、タケオ、ひさしぶりやな」

タケオ「なんやテツか。昨日も会ったとこで、何がひさしぶりやねんな

テツ「よっしゃ、今やな。
   おっと、カギを落としてもうた」

タケオ「……」

テツ「カギを落としてもうた」

タケオ「そうか」

テツ「はよ拾わんかい」

タケオ「おまえがおまえのカギをおまえの足元に落としたのに、なんでおれが拾わなあかんねんな」

テツ「ええから拾ってくれや。おまえが拾わな話が進まんのや」

タケオ「おまえ、手が空いとるやないか。おまえが拾わんかい」

と、わあわあ言い争いになりました。それを見ていた銀次の兄貴、

銀「なんやあいつ、何をやっとるんや。落とし方がへたすぎるで。
  ……しかしこれはチャンスやな。喧嘩をしてる人間なんか隙だらけや」

と、タケオに近づくと、さあっとポケットから財布を抜いてしまいます。そのまま物陰に隠れると、くだんの一万円札を抜き取って、代わりのお札を入れ、喧嘩を続けているタケオに近づきます。

銀「ちょっとちょっと兄ちゃん」

タケオ「なんやねん。今こっちは取り込み中や。やんのか、おまえ」

銀「そこに財布落ちてたんやけど、これ兄ちゃんのとちがうか」

タケオ「なんやと、おまえ。
    おっ、おお、おれのや……。おおきに、おまえ……」

と、タケオが財布をふところにしまっているうちに、銀の兄貴とテツはその場を離れます。

銀「ほら、預かっといたおまえの財布や。そこから金抜いて、タケオの財布に返しといたで」

テツ「さすが兄貴やな。あっという間やな。これこれ、たしかにおれが渡した一万円札や。電話番号も書いてあるし、福沢諭吉も書いてある」

銀「あたりまえや。諭吉のおらん万札があるかい」

テツ「……あれ。おかしいな」

銀「どないしたんや」

テツ「おれ、財布に一万五千円入れてましたんやで。せやのに三千円しか残ってへん。一万二千円なくなってる」

銀「利息分、二千円多く返しといた」


2018年3月16日金曜日

非協力的殺人事件


さてみなさんに集まっていただいたのは、他でもありません。今回の事件の真犯人がわかったからです。

我々はたいへんな勘違いをしておりました。というのはじつは……ん? なんですか、菊川さん。

警察?
いやいや、その前にわかっちゃったんですよ、犯人が。私の推理によってね。

んー、たしかにそうかもしれません。警察が科学捜査をすればいずれは犯人もわかるでしょう。
でもそれを待たずして犯人がわかっちゃったんですよ。私の推理で。

まあね。たしかに一日二日の違いでしょう。でも少しでも早めに犯人わかったほうがスッキリするじゃないですか。気持ちの問題って言われたらそれまでですけど。

じゃあいいですね。説明しますよ。
あのとき現場に落ちていたロケットえんぴつ、そして被害者が握っていたMDウォークマン。あれらが現場にあったのは偶然ではないのです。私がそれに違和感を持ったのは事件発覚後にみんなでマリオカートをやっていたときのことでした……なんですか、笹山さん。

なぜ私が捜査をするのか、ですか。今さらそれ聞きます? 二日ぐらい前に言ったでしょ、高校生探偵だって。知らない? あ、そうか。あのとき笹山さんだけトイレ行ってたんでしたっけ。
じゃあ他の人にとってはくりかえしになりますけど、説明しましょう。

私、高校生探偵なんですよ。ほら、ちょっと前に世間を賑わせた「平成狸合戦ぽんぽこ殺人事件」ってあったでしょ。『平成狸合戦ぽんぽこ』のストーリーに沿って人が殺されていくっていうやつ。知らない? なんで? 新聞とか見ない人? テレビは見るでしょ、夕方のニュースでもちょっと映ったんだけどな。8チャン。テレビも見ないの? だめだよヤフーニュースばっかりじゃ。情報が偏るよ。

まあいいや、えーっと何の話だったっけ。
そうそう真犯人の話でしたね。
最大の謎は、なぜ楠木さんは三十歳なのに合コンでは二十八歳と言っていたのか、ということでしたね。それもすべて説明が……なんでしょうか、梅沢さん。

は? この中に犯人がいるかもしれないから俺は自分の部屋に帰る?
あのねえ、梅沢さん。そうゆうのは一人目の殺人が起こった後ぐらいにやるやつなんですよ、ふつう。もうそういう段階は終わったんです。
いいですか、状況を理解してください。もう十九人も死んでるんですよ。今さらそんなこと言う人、あなただけですよ。

はいじゃあ続けますよ。私にはついにわかったんです。真犯人はこの五十四人の中にいるということが。

はい? どうしました、竹下さん。
なんで全員を集めて謎解きをするのかって、それぼくの口から言わないといけませんか。そりゃあ警察の到着を待ってもいいんですけど、素人探偵が謎解きをするほうがおもしろいでしょ。

あっ、いや、事件自体をおもしろがってるわけじゃなく、推理の過程がおもしろいでしょってことです。いやいやそんなつもりはないですよ。おもしろ半分じゃないです。めっちゃ祈ってますってば、冥福を。

あーもうぜんぜん話が進まないな。
いきますよ、推理。お願いですから静かに聞いといてください。そこ、携帯電話の電源は切っとけってさっき言っただろ!
あなたのせいでみんなが迷惑するんですよ。ほらそこ、赤ちゃんを連れてくるな! 泣くのわかってるんだから、推理に赤ちゃんを連れてくるなんて非常識でしょ。

今なんて言いました、杉田さん。
はあ? どういうことですか、素人のくせに探偵ぶるなって。
関係ないでしょ、私に彼女がいないのと探偵やることは。彼女がいなかったら探偵やっちゃだめだって言うんですか。
だったら言わせてもらいますけどね、あなた浮気してるでしょ。事件とは関係ないけど。
見たんですよ、松村さんと抱き合ってるとこ。いいんですか、彼女いるのに。そういうの私、許せないんですよ。今回の事件とは関係ありませんけど。
正直言うと、十七人殺した犯人よりもかわいい彼女がいるのに浮気するやつのほうが許せませんよ、私個人的には。なに? 十七人じゃなくて十九人? そんなのどっちでも一緒でしょうが!
もういいや。杉田さんの話は後で聞きます。

じゃあ最初からやりますよ。

さてみなさんに集まっていただいたのは、他でもありません。今回の連続殺人事件の後に、遺体の写真を勝手にインスタにあげた真犯人がわかったからです。

え? 十九人を殺した犯人?

それを探すのは警察の仕事でしょうが!



2018年3月7日水曜日

有人レストラン


こないだはじめて有人レストラン行ったんですよ。

最近流行ってますよね、有人レストラン。
人が作った料理を食べるなんて何がいいんだと思ってたんですけどね。

でも流行ってるっていうんで、それじゃあ話のタネに一回ぐらいはいっとくか、ってなことで行ってみたんです。

あれ、何がいいんでしょうね。
自動でできることをあえて人間にやらせるのがレトロで贅沢だってことになってるけど、どう考えたって無人のほうがいい。


まず、うるさい。いきなり店にいるやつが「いらっしゃいませ」とか言ってくんの。おまえんちかっつーの。
機械の音声に言われたら気にならないことでも、生身の人間に言われたらなんか引っかかるよね。

で、店員が「ご案内します」って言うわけ。こっちも有人レストランははじめてだから利用方法とか教えてくれんのかと思ったら「こちらどうぞ」って言って席に連れていくだけ。
どの席が空いてるのかなんて見たらわかるし。
だいたいなんでおまえに席を決められなきゃいけないんだよ。

そんでメニューを渡してくるんだけど、これが紙のメニュー。しかも料理名と値段が書いてあるだけ。画像も動画も一切なし。当然、クリックしても詳細な説明とか表示されない。紙だからね。

ふざけんなよ、料理名と値段だけでどうやって決めんだよ。
これで注文できると思ってるのがどうかしてる。
不動産屋に行ったら住所と価格だけ見せられて「この中から選んでください。どの家買います?」って言われるようなものでしょ。

しかも今どき味覚データベース使ってないの。だからこっちの好みに合わせたメニューじゃないんだよね。何十種類もの料理の中から、料理名と金額だけで選ばなくちゃいけない。
もうこんなの運でしかないじゃない。なんで料理食べに行って毎回ギャンブルしなくちゃならないんだよ。

この時点であーやっぱりやめときゃよかったなーって後悔してた。もうなんでもいいやと思って適当に注文。
知ってる? 有人レストランの注文って口頭で注文すんの。
それを店員が紙にメモすんの。で、「ご注文くりかえします」って言ってそれを口頭で読みあげる。そんで、そのメモを持って厨房のほうに行く。たぶん料理作るやつに渡すんだろうね。
はぁ?
無駄だらけじゃない。ミスも起こるだろうし。なんでデータ送信しないの? せめて音声メモでしょ。
紙に手書きでメモするだけで情報伝達になると思ってんだから驚きだよ。たとえるなら、学校で先生が言ったことをノートに書きとめて、後で読み返して勉強するようなものでしょ。考えられない。

こないだ聞いたんだけど、平成時代とかには無農薬野菜や天然ものの魚をありがたがって食べてたんだって(まあ当時は農薬の性能が低かったからってのもあるらしいけど)。
人工・養殖の食材より天然もののほうが高かったっていうから驚きだ。
有人レストランもそれと同じだよね。わざわざ不便、非効率なものをありがたがる風潮。


出された料理の味は、まあまあ。ふつうの店と変わらないぐらい。人間が作った料理にしてはなかなかやるじゃん、みたいな。

ただ出てくるのが遅い。人間が作ってるからしょうがないんだろうけどさ。
人間が運ぶからさらに時間がかかる。シューターで運べば5秒のところを、ゆっくりゆっくり持ってくる。しかもスープがこぼれそうであぶなっかしい。つくづく人間って精密な作業に向いてないよね。

料理の味は良かったんだけど、食べているうちに「これ何が入ってるかわからんな」と思ったら気持ち悪くなってきた。
だってそうでしょ。人間が作って、人間が運んできてるんだからね。やろうと思えばいくらでも不純物を混入できるでしょ。手作り料理って怖いよね。よく保健所が許してるよね。


というわけで話のタネになるかと思って行ってみた有人レストランだけど、ほんと、なんでこんなものが流行ってるのかさっぱりわからなかった。

唯一良かったのは、値段が安かったとこ。
ま、そりゃそうだよね。人間使ってんだもん。レストランにはいろんな費用がかかるだろうけど、今や人間がいちばん安いもんね。料理も天然ものの人間ばっかり使ってたし。


2018年1月21日日曜日

創作落語『行政書士』


『代書』(または『代書屋』)という落語を現代風にアレンジ。



えー昔は代書屋という商売がございました。
まだ字の書けない人の多かった時代には、転居届や婚姻届といった書類を代筆することが商売として成りたったんですな。
今でも行政書士が代書をしてくれますが、これは登記簿や遺産分割協議書といったお堅い書類が中心で、ふつうの人はそんなに頻繁にお世話になるもんではありませんな。


 「もしもし」

「どうぞ。お入りください」

 「あのー、こちらは嬌声女子の事務所だとお聞きしたんやけどな」

「そんないやらしい名前の事務所がありますかいな。ここは行政書士の事務所です」

 「あーこれはえらい失礼を。なんでもこちらでは書類の作成を代わりにやってくれるとか」

「ええそうですよ。まあまあどうぞ。こちらへおかけください。
 しかし行政書士の事務所に飛び込みのお客さんとはめずらしいですな。たいていは予約があるもんですが。いえいえ、いいんですよ。ちょうど暇をしておりましたもので飛び込みのお客さんも大歓迎です」

 「さっそくやが、代筆をお願いしたいんやけどな」

「もちろんです。登記ですか?」

 「トウキ? いえ、お皿じゃなくて紙に書いてほしいんや」

「いやいや、お皿の陶器やなくて登記簿の登記です。不動産の所有者を示す書類。
 登記じゃない? じゃあ建設関係の許可証かな。それとも飲食店の営業許可証? まだ若いから遺言書ではないでしょうし……」

 「いやいや、書いてほしいのは履歴書や」

「履歴書? 履歴書ってあの就職とか転職に使う……?」

 「そうそう、その履歴書」

「履歴書みたいなもん、自分で書いたらよろしいですがな」

 「それが書けないからこうして来とんねん。自慢じゃないが、履歴書を書いたことなんかいっぺんもない」

「たしかに何の自慢にもなりませんわ」

 「字もめちゃくちゃへたやしな。おまえの字はアートや、って褒められたこともあるぐらいで」

「それは褒められとるんとちゃいますがな」

 「今、転職活動しとってな。応募しようと思ってるところが履歴書を手書きで書けと、こない生意気なことを言いよるんや。ずいぶん頭の固い職場やで」

「まあときどきそういうところもありますわな。手書きの文字には人柄が出ますからな」

 「せやから代筆を得意としてる人はおらんかいなと思ってよっさんに訊いたら、それやったら行政書士の先生がええんちゃうかって言われてここに来たんや。ほんまよっさんは何でも知っとるで」

「お友だちですかいな」

 「そうそう、おれらの間では物知りのよっさんで通っとる。なんせ高校のテストで五十点もとったことあるんやからな」

「そんなもん自慢になりますかいな」

 「五十問全部四択のテストやってんけど、ようわからんから全部勘で答えたらしいわ」

「それで五十点ってある意味すごいですな」

 「ほら、履歴書の紙は買うてきたで。あとは書くだけや。ほな頼むで。おれはそこのパチンコ屋で時間つぶしてくるから」

「ちょっとちょっと! あかんあかん、あんたがおらなんだらあんたの履歴書なんか書けませんがな」

 「そこをなんとかするのが行政書士の先生ちゃうんかいな」

「無茶言うでこの人は。知らん人の履歴書どうやって書けって言うんや……。
 そこに座って。
 まあ人の履歴書書くってのも話のタネにはなるな。やってみましょか。
 まず、お名前は何ですかいな」

 「ヨシダヒコジロウ」

「ほう。今どきめずらしい古風なお名前やな。吉田彦……。ジロウという字はどう書きますのや。数字の"二"か"次"か"治める"か」

 「数字が名前に入ってるわけないやないか」

「その2やない。こう、二本線の二や」

 「ああ、それか。その字とちゃう」

「ほな、次ですか」

 「三でもない」

「二の次やから三、やありませんがな。"次"という漢字ですかと訊いとりますのや」

 「ああ、たしか左側がその次に似とるな。せやけど右がちょっと違うな」

「ほな"治"ですな。で、ロウはどう書きますのや。"おおざと"か"月"か」

 「何をわけのわからんことを言うとるんや」

「"郎"と"朗"のふたつがありますやろ。ほら」

 「なんや、同じようなもんやないか。どっちでもええで」

「どっちでもええことありますかいな。名前やねんから」

 「ほなこっちにしといてんか」

「そんなんでええんかいな……。まちがってても知りませんで。吉田彦治郎、と。
 ほんなら吉田さん、住所は」

 「誰が吉田さんや」

「さっき言いましたがな、吉田彦治郎って」

 「それは物知りのよっさんの名前や」

「あんたの名前やないんかいな!」

 「さっきよっさんの話しとったから、てっきりよっさんの名前訊かれたんかと思ったわ」

「あーあ。もう書いてしもたがな。しゃあない、書き直しや」

 「新しい紙出さんでも消して書き直したらよろしいがな」

「万年筆で書いてるんや、消えるかいな」

 「ほんならぐちゃぐちゃぐちゃっと塗りつぶして、横の隙間に書いて……」

「自分の名前を派手にまちがえた履歴書なんかどこに出しても落とされますで」

 「そうそう。おれ宛てに届いた手紙を持ってきたんや。これ見たら名前わかるやろ」

「はじめから出しいな。これあったら名前も住所もわかるわ。
 ほう、中央区にお住まいですか」

 「そうそう、郵便局の向かいや。そう書いといて」

「いらん、いらん」

 「書いといたほうが道に迷わんですむやろ。地図も書いといたほうがええんちゃうか」

「そんなもん履歴書に書かんでよろしいのや。
 ほい、ほな次は年齢と生年月日。いくつですか」

 「いくつやと思う?」

「合コンやないんやから、そんなんいりませんのや」

 「今年で二十八やから……二十六にしといて」

「嘘を書いたらあかん。二十八、と。
 生年月日は?」

 「あんたなんでもかんでも聞いてばっかりで、ほんまに何も知らんねんな」

「知ってるわけありませんがな」

 「生年月日ねえ。いつやったかな……。いつやった?」

「そんなもん、私に訊かれても知りませんがな」

 「ちょっと待ってな。今からインターネットで検索するから」

「そんなもん検索してもわかるかいな」

 「あっ、そや。免許証があったんや。昭和六十三年五月五日」

「ようそんなんで免許とれましたな。
 昭和六十三年五月五日……と。
 ん? 今年は平成三十年でっしゃろ。計算が合わんな」

 「へへへ、ほんまは三十歳や」

「嘘かいな!
 また書き直しやがな」

 「若く見えるって言われるから、二十八でもいけるかなと思って」

「嘘ついたらあきませんのや。
 ほんなら次は学歴や。学校は?」

 「学校は、もう行ってない」

「わかっとります。どこの学校を出たのか訊いてますのや。学校の名前は?」

 「ええと、たしか高等学校とかいう名前やったな」

「それは名前やない。何高校ですか」

 「なんやったかな……。聞いたら思いだすと思うんやけど。先生、ちょっと日本にある高校の名前、順番に挙げてってんか」

「何個あると思ってるんや!
 まあ住所から察するに、西高か南高かな」

 「そうそう、西高や」

「何年卒ですか」

 「二年で卒業した」

「それは卒業やなくて中退というんや。
 西高等学校中退、と。
 ほな次、職歴。今までにした仕事を教えてくれますか」

 「まず最初はパチンコ屋」

「パチンコ屋ね。アルバイトですか、正社員ですか」

 「自由業や」

「パチンコ屋で自由業とはどういうことや」

 「好きな時にパチンコ打ちにいってたんや」

「それは仕事やありませんがな」

 「いやでもそれでけっこう稼いでる日もあったんやで」

「そんなんは履歴書には書けませんのや」

 「パチンコ屋があかんのやったら、最初にやったのはたこやき屋やな」

「たこやき屋の従業員ですな」

 「たこやき屋ってかんたんやと思ってたけど、意外と疲れるもんやな。暑いし、立ちっぱなしで疲れるし、つまみ食いしたら怒られるし」

「あたりまえや」

 「あんまりしんどいから、トイレに行くって言って二時間で逃げだした」

「そんなもん履歴書に書けませんがな!
 履歴書には何年から何年まで勤務って書かなあきませんのや」

 「ほな、三時から五時までって書いといてんか」

「んなこと書けるかい」

 「そんなことでも書かんと、読むほうがおもろないやないか」

「おもしろくなくてもええんですわ、履歴書やねんから。
 で、他の仕事は?」

 「他にもいろいろやったで。
  ダフ屋にキャッチに賭け麻雀にキャバ嬢の犬を散歩させる仕事に……」

「履歴書に書かれへん仕事ばっかりやがな。もうよろしい、職歴なしのほうがマシや。
 面接でなんで職歴がないのか訊かれたら資格取得に向けて勉強していた、とこない言うたらよろしいわ」

 「ほな行政書士めざしてたことにしますわ。
  先生見てたら、ええ仕事やなと思いましたんで」

「褒められてんのか馬鹿にされてんのかわからんな。
 ええと、趣味はなんですか」

 「昼寝」

「特技は」

 「すぐ寝られること」

「採用される気ないんかいな、この人は。
 無難に、読書と音楽鑑賞としときますで。
 賞罰の欄は空欄でよろしいかな」

 「ショウバツ? なんやそれは」

「なんや賞をもらったとか、悪いことをして捕まったとか」

 「ああ、あるある」

「いつ逮捕されましたんや」

 「なんで罰のほうって決めつけんねん。賞のほうや」

「これはえらい失礼を。
 賞といっても、町内で一番になったくらいやあきませんのやで」

 「そんなしみったれたもんやない。日本で一番になった」

「ほう、それはたいしたもんですな。スポーツですか」

 「雑誌の懸賞で、一名様にしか当たらん賞品が当選したことがあってやな」

「それはただの運や。もうよろしいですわ。賞罰なし、と。
 家族構成は?」

 「ええと、父ひとり、母ひとり、兄ひとり、おれひとり」

「あたりまえや」

 「それからじいちゃん、ばあちゃん、ひいじいちゃん、ひいばあちゃん……」

「今どきめずらしい大所帯ですな」

 「まあじいちゃんばあちゃんはみんな死んでしもたけどな」

「死んだ人は言わんでよろしいんやがな。
 両親、兄一人と。
 ハンはお持ちですか?」

 「ハン? パンなら今朝食べてきたけども」

「いやいや、印鑑、ハンコですわ」

 「あーハンコね。そうそう、履歴書にはハンコがいるかもしれんって聞いたさかいな、ハンコを家中探したんやがどこにもない。しゃあないからよっさんにお願いして、借りてきた」

「あかんあかん。ハンコみたいなもん人に借りるもんちゃいまっせ。貸したほうもたいがいやで。
 しゃあない、ハンコがないんやったら拇印でいきましょ。ほら、右手の親指貸して」

 「返してや」

「しょうもないこと言いなさんな、はいペッタン。
 ほな最後に顔写真は貼らなあきません。今、お持ちですか?」

 「写真なんかあるかい。先生の写真、ちょっと貸してんか」

「あかんあかん、なんでもかんでもすぐに人に借りようとするな、この人は。
 そこの角に証明写真機がありますから、後で撮って貼ってくださいな。
 ほな、これで履歴書の代筆は終わりですわ」

 「先生、おおきに!」

「こらこらこら、代金をまだいただいてませんで」

 「おお、そうやった。いくらや?」

「代金といったものの、履歴書の代筆なんかやったことないしな……。
 まあええ、二千円でよろしいわ」

 「二千円? 千円しか持ってきてへんで。千円足らんな。
  しゃあない、ほな履歴書半分に破ってこっちだけもらっていくわ」

「待て待て待て、破ったらせっかく書いた履歴書が台無しや。
 半分置いていかれても困るし。
 もうええ。千円に負けたりますわ」

 「おおきに先生! これで採用まちがいなしや!」

と、できたばかりの履歴書をひっつかんで飛び出していった。

「はー疲れた。
 しかしどえらい人やったな。履歴書は書いたものの、あんな人を採用する会社があるんやろか……」

行政書士の先生、一息ついてお茶なんか飲んでおりますと、ドンドンドン、とドアをたたく音がする。
ドアを開けると、立っていたのはさっきの男。

「おやあんたは先ほどの。忘れ物ですか」

 「いやいや、先生の事務所に職員募集の貼り紙してますやろ。
  あれ見て応募したんや。履歴書もありますで!」



2017年12月9日土曜日

トイレ・ウォーズ ~ションドラの逆襲~


ほとんどの女性は知らないと思いますが、男性用の公衆トイレには用を足したあとのちんちんを乾かすためのドライヤーがついています。
正式な名前は何というのか知りませんが、ぼくが生まれ育った地域では「ションドラ」と読んでいました。しょんべんドライヤーの略でしょうね。

ションドラは髪の毛用のドライヤーとはちがい、ちんちん専用の細長くて銀色のドライヤーです(ちなみに銀色なのは西日本だけみたいですね。東京駅のトイレで真っ白のションドラを見たときはびっくりしました)。
温度や風量の調整はできず、ただ風が出るだけの代物です。小便器の上にあるセンサーに手をかざすとションドラが伸びてきて、ごーっと風が吹きだします。10秒ほどで勝手に止まり、また引っこんでいきます。ウォシュレットトイレのノズルに似た動きです。

紙を手で持って拭く必要がないので衛生的ですし、風でちんちんを乾かすときはなんともいえぬ爽快感があります(冬場はちょっと寒いですけどね。冬は温風が出てくれたらいいのに)。


そんなションドラに関する失敗談をひとつ。
今でこそほとんどの公衆トイレに設置されているションドラですが、ションドラが日本に普及したのは1980年代のことで、ぼくが子どもの頃は田舎で育ったこともありションドラなんてものは見たこともありませんでした。
はじめて見たのは、小学六年生のとき、家族旅行で行った京都でのことでした。
京都駅のトイレに入って小便器に向かっておしっこをしていると、目の前に見慣れぬボタンがあります(昔はまだセンサー式ではなく押しボタン式でした。衛生的でないので後にセンサー式でになったのでしょう)。
もちろん「排尿完了後にこのボタンを押してください」というような注意書きがあったのだとは思いますが、なにしろ好奇心旺盛な男子小学生のこと、注意書きを読むより早く、押したらどうなるんだろうとボタンに手を伸ばしていました。

さあたいへんです。なにしろまだおしっこが出ているのですから。
うにょーんとションドラが伸びてきて、これはなんだかやばいと思ったけれど一度出はじめたおしっこは止まらない。ションドラはぼくの股間に向かって風を吹きつけます。放出したおしっこは逆風にあおられて霧状になり、ぼくのパンツとズボンを盛大に濡らしました。
うわあああと思わず声をあげましたが、まだおしっこが出ているから便器の前を離れるわけにもいかない。そのまましばらくおしっこの霧を浴びつづけてしまいました。

幸い旅行中だったためにリュックに着替えが入っていました。あわてて個室に駆けこんで着替えましたが、トイレから出たとたんに目ざとい姉から「あんたなんでさっきとズボンがちがうの」と言われてしまいました。事の顛末を正直に話すと両親と姉から「あんたばかねえ」と大笑いされました。


最近のションドラは水流を感知するセンサーがあるので、おしっこが出ている間は手をかざしても風が吹くことはありません。
きっとぼくみたいな不幸な事故が多発したために改良されたのでしょう。
あんな悲しい思いをするのは、ぼくの世代で最後にしてもらいたいものです。戦争の悲惨さを語り継ぐ戦争体験者のように、ぼくもションドラの逆襲の恐ろしさを後世に語り継いでいきたいと思います。

2017年7月17日月曜日

【ショートショート】うまれかわり聖人


「おまえは善く生きた。これほど正しく生きた人間を、わたしは他に知らない」

絶対的な存在は告げた。

彼は、ありがとうございますと深く頭を下げながら内心ほくそえんだ。当然だ。すべてはこの瞬間のために生きてきたのだから。



彼が "制度" の存在を知ったのは五歳のときだった。
祖父から「すべての生き物は死んだらまた生まれ変わる。次にどんな生物になるかは、この世でどんなおこないをしたかによって決まる。悪い生き方をした人間は、次の世の中では下等な生物として生きていかねばならない」と聞かされた。
そのときは特に気にも留めなかったのだが、その日の晩に祖父が急死したことで、その言葉が俄然意味を持つようになった。
死後の世界のことを語った祖父がすぐに亡くなった。この奇妙な符牒は、彼に生まれ変わりを信じさせるのに十分だった。

彼は、ダンゴムシや微生物として生きる日々を想像して恐怖を感じた。
常に自分より大きな生き物におびえ、隠れながら暮らしていかなければならない。捕食され、そうと気づかれぬうちに人間に踏まれて死んでしまうかもしれない。
そんな生き方をするのはぜったいにごめんだ、と思った。

その日から、彼は正しく生きることに努めた。
人の見ていないところでも規律を守り、虫を踏まぬよう注意して歩いた。他人の悪口は言わず、弱い者に対しては積極的に施しをした。彼には大いなる目標があったから、あらゆる悪しき誘惑をはねのけることができた。
みなが彼のことを「聖人」と呼んだ。その中には若干の揶揄する響きもあったが、他人の評価なんかよりもずっと大きな評価に備えている彼にとってはまったく気にならなかった。
口の悪い人は「ああいう聖人みたいな人にかぎって心の中では何を考えているかわからないもんだ」などと言ったが、それはまったくの間違いだった。彼は行動だけではなく、内面も善意で満ちていた。彼の生き方を評価する存在はすべてがお見通しなのだ。彼は強い意志で、自身の中から悪い考えを完全に追い出すことに成功していた。

何が楽しくて生きているんだろう、と陰口をたたく人もいた。
彼自身に迷いが生じなかったわけではない。正しいだけの人生をくりかえし送ることが最善の選択なのだろうか、と。
しかし下等な生き物として生きるという想像の恐怖がすぐにそんな考えを追いはらった。恐怖心とはどんな悦楽よりも強いのだ。

そして彼は、その人生を終えた。
生涯貧しい人生だった。だが彼は幸福だった。善い生き方をすることができたという達成感が、彼の心の中を満たしていた。



はたして、絶対的な存在は彼の正しい生き方を適正に評価した。

「おまえのように正しく生きたものは、もっとも優れた生き物として次の世代を生きることがふさわしい」

そして彼は高次の生命体へと生まれ変わった。

恵まれた身体能力、高い知性、強い生命力を持つ生物。同種間で殺し合いをすることもなく平和を愛する種族。長い歳月の間その形状をほとんど変える必要すらなく繁栄してきた種。絶対的な存在が、あまた創造した生き物の中でこれこそが最高傑作だったと自負する生物。すなわち、ゴキブリへと。

だが彼には落胆しているひまはなかった。
前世の記憶はすぐに消える。
すぐに下等な生物から逃げまどう暮らしがはじまった。

2017年7月14日金曜日

夢で見た物語のラストシーン


船は行ってしまった。
ぼくたちは途方に暮れた。これでは試験会場に行けない。
がっくりとうなだれたそのとき、プロペラ機が目に入った。

「そうだ、柴ちゃん飛行機の免許持ってるって言ってたよね!」

たしかに柴ちゃんは操縦免許を持っていることを自慢していた。英語で書かれたライセンスを「めちゃくちゃ難しいからな。マサだったら100回受験してもとれないだろうな」と見せてきたことがあった。

「ほら、柴ちゃんの出番だよ!」
「あー、でも最近乗ってないしな……。おれんちのセスナ機ももう歳だし……」

出た。ふだんは大きなことを言ってるくせに、いざというときには尻ごみする柴ちゃんの悪いところ。

「でも免許取ったんだろ」
「一応な……。でもアメリカで少し講習を受けただけだし、英語だから何言ってるかわからなかったし、お金出したら発行してくれただけで……」
「いいからとにかくやってみなよ、飛ばなかったら飛ばなかったときじゃない。やるだけやってみようよ。やらなかったら試験も受けられないんだよ!」

「いやいやいや」柴ちゃんは、飛行機に乗り込むどころか後ずさりをする。
「失敗したらあいつらに笑われるし」と言って、視線だけで後ろを見た。
1つ上の連中がにやにやしながらこちらを見ている。自分たちの試験が終わったものだから気楽なものだ。
「あんなやつら気にしなくていいよ。関係ないんだから」
「いやでも……」
「早く早く」
「ばかにされそうだし……」
「柴ちゃんは誰からもばかにされてるじゃないかー!」
怒鳴ってしまった。1つ上の連中の会話が止まった。自分でも驚いたが言葉が止まらない。
「柴ちゃんはほら吹きだし、みえっぱりでできないことばかりだし、そのくせ自慢ばかりするし。他人のことは見下してるし、つよいやつには卑屈だし。いつも口ばっかりで何かを最後までやったことなんてないじゃないか。これ以上どうやってばかにされるんだよ!」
勝手に言葉があふれてくる。止めようとしても止まらないので、言葉が出るにまかせることにした。「すごく言うじゃん」と、もうひとりの自分がどこかから見て他人事のように言う。
「免許取ったんだろ、ちょっとは勉強したんだろ。やってみろよ! やってから言えよ!」


そこから先のことは、少ししかおぼえていない。
ぼくはさけんだ後で「ごめん」と言いながらわんわん泣いていたこと。
柴ちゃんも泣いていたこと。泣きながら操縦桿を握ったこと。飛んだこと。
「すごいよ!さすがだ柴ちゃん!」と言うぼくに、いつもなら「あたりまえだろ。マサとはちがうんだ」と言う柴ちゃんが「たまたまだよ」と遠慮がちに笑ったこと。


結局試験会場には到着できなかった。
柴ちゃんは飛行機が落ちないように前を見るのがせいいっぱいだったし、地図はないし、地図があったとしてもどっちみち目的地には着けなかっただろう。
墜落せずに飛行機の胴体をこすりながら着陸できたことだけでも奇跡といっていいだろう。

ぼくらは試験に落ちた。
また来年だ、とどちらからともなく笑った。
それまでに操縦の練習もしとかなくちゃな、と柴ちゃんはまじめな顔をしてつぶやいた。

2016年11月28日月曜日

幽霊から学ぶ生物進化学と経営への提言


まったく光の届かない深海に棲む魚は、ものを見る必要がないため眼が退化するといいます。

一方、幽霊。

彼らには脚がありません。
浮遊能力を身につけたことで歩く必要がなくなり、脚という器官が不要になったためです。

脚をなくしたことで脚の維持・活動にかかっていた物資やカロリーを他の器官にまわせるようになりました。
また、脚の分の重量がなくなったために、浮遊に用いるエネルギーも少なくて済みます。
脚をなくすのはたいへん効率がいい退化であるといえますね。

また幽霊には胃や腸などの消化器官もありません。
彼らは怨念をエネルギーに変換して活動しているため、食物からカロリーを摂取する必要がないのです。
そのため消化器官は少しずつ小さくなり、ついにはなくなってしまったのです(ただし完全に消えたわけではなく、なごりはまだ見られます。「霊腸」と呼ばれる、今では何の役にも立たない器官がかつて腸を持っていた痕跡です)。

消化器官はなくなりましたが肺や舌は今も残っています。
これは「うらめしや」といった言葉を発することで怨みを伝達するためです。

怨念エネルギーによって肺に空気を取り込み、怨念エネルギーによって空気を吐き出し、その際に喉を振動させることによって「うらめしや」という音を発するのです。

幽霊の声帯は人間のものより長く、また自在に震わせることができます。
これによって、より低く恨めしく聴こえる声を出すことができるのです。
他の幽霊との怨み競争に勝つための戦略であるといえるでしょう。

大昔の幽霊は人間とほとんど同じ姿をしていました。
ですが代を重ねるごとに少しずつ遺伝子が変化していきました。
不必要な器官を持った幽霊は怨むことができずに淘汰されていき、結果として今の姿の幽霊だけが残ったというわけです。

失ったものばかりではありません。新たに身についた機能もあります。
たとえば浮遊能力がそれです。

昔の幽霊は、浮くことができませんでした。
当時は高い建物がなかったので、浮かずとも怨む相手の夢枕に立つことができたからです。
ところが文明が進むにつれ、高いところに住む人間が増えてきます。これでは夢枕に立つことができません。
しかし幽霊は進化の過程で浮遊能力を獲得しました。
浮遊できる幽霊は他の個体に比べて怨みに行くのに有利だったために、浮けない幽霊は淘汰され、浮ける個体ばかりになったのです。

このように別の種の進化にあわせて進化することを「共進化」といいます。
捕食者が鋭い歯を持つようになったからカニが堅い殻を持つようになった、というのと同じです。

また、幽霊が建物などを透けることができるのも、共進化により獲得した形質です。
昔の人の家は鍵がなかったり壁にすき間があったので幽霊が侵入しやすかったのですが、今の住宅は気密性が高いのでかんたんに入ることができません。
そこで壁を透けて通れる能力を身につけたのです。

このように、幽霊の進化速度はたいへん速く、人間のライフスタイルの変化にあわせてその形態や行動はどんどん変わっています。
近年では、写真に写ったりビデオテープを介して呪ったりといったことも可能になっています。

もしかすると、もうドローンにつかまって移動したり電気自動車に特化した幽霊も出現しているかもしれません。

幽霊がこれだけ長期にわたって繁栄してきたのも、この
「的確に状況の変化をとらえる力」と
「変化に柔軟に対応するために既存の成功パターンを捨てて自己を変革していく柔軟な精神」
があったからに他なりません。

我々ビジネスマンが幽霊から学ぶべきことは非常に多くあります。

ここにお集まりいただいた経営者諸兄に対しては、ぜひこのことを忘れずに今後の経営に勤しんでいただきたいと思います。

本日はご清聴、ありがとうございました。


2016年10月3日月曜日

【創作】たまごのしょうたい

そのときです。

おなかにきょうれつないたみと、からだがきゅうにもちあげられるかんかくがありました。

オオワシです。
オオワシのおおきなつめが、おなかにくいこんでいるのです。
じたばたとあばれましたが、ぎらりとまがったかぎづめがからだにくいこむいっぽうで、とてもにげられそうにありません。

オオワシがおりたったのは、じぶんのすでした。

ナイフのようにするどいくちばしで、ふたりのはらわたをひきさきます。



ああ、あそこにおちていたのはオオワシのたまごだったんだ。

あのたまごをホットケーキにしてしまったぼくたちのことを、うらんでいたのか。

やけるようなはらわたのいたみと、うすれゆくいしきのなかで、ぐりとぐらがさいごにおもったのはそのことでした。

2016年8月30日火曜日

【ふまじめな考察】勝者の論理


そうだのう。

昔もいじめはあったが、わりとみんなあっけらかんとしていたなあ。
ガキ大将が堂々とぶん殴ってたから、いじめられた側も根に持ったりしなかった。
わしもいっぱい殴ったし、同じくらいいっぱい殴られた。
みんなそこから社会のありようを学んだりしていたもんだ。
殴るほうもちゃんと加減をしていたんだ。

でも今のいじめは、ほら、インターネットを使ったりして陰湿だろ?
外で遊ばなくなったことや、教師が体罰をしなくなったことが原因なんだろうな。


それから、昔の戦争は、今みたいに陰湿じゃなかった。
剣や銃で正々堂々と闘ったから、殺されたほうも恨んで幽霊になったりせずにあっけらかんとしていたものだ。
イギリスやアメリカみたいなガキ大将が力でねじ伏せる戦争をしてたからな。
みんなそこから国際社会のありようを学んだものだ。

でも最近はインターネットを使って情報収集をしたり、コンピュータを使って遠くから空爆したりして、やり方が陰険だろう?
だから兵士が帰国後に精神病になったりするんだ。

昔はちゃんと残党狩りをしたり敗戦国に無茶な講和条約を押しつけて力を削いだりしたから、復讐の連鎖なんてものも生まれなかった。
今は敗戦国を民主化しようとしたりするから、テロが生まれたりするんだ。
それも、子どもが外で遊ばなくなったことや体罰がなくなったことが原因なんだ。

昔の戦争はからっとしててよかったなあ。

2016年8月21日日曜日

【おもいつき】感動の大安売り


「感動をありがとう」
最近よく耳にする言葉ですね。

しかし感動を用いたあいさつはこれだけではありません。

ここでは、感動あいさつの事例を紹介しましょう。

日本選手が金メダル!
感動をありがとう!

喜んでもらえてうれしいです。
感動をどういたしまして!

日本選手の金メダル獲得まで残りわずか!
感動をいただきます!

みっともない負けかたをしてしまってお恥ずかしい。
感動をごめんなさい……。

よくがんばったな。
感動をおつかれさん!

まだ勝負はついていませんが、わたくし、早くも胸が熱くなってきました。
感動をお先に失礼します!

見事リベンジ達成! 2大会ぶりの金メダルです。
感動よおかえり!

さあいよいよ日本中が待ちのぞんだ決勝戦です。
感動へようこそ! 感動へおこしやす! めんそ~れ感動!

なんだよ不甲斐ない戦いしやがって!
おととい感動しやがれ!

オリンピックもいよいよ閉会です。
それではみなさん、また感動する日まで~!


2016年7月29日金曜日

【エッセイ】ほんとにあった、たどたどしい話

ほんとにいるんですねえ。
いやいや、いると聞いてはいたんですが。
目の当たりにしたのははじめてでした。

百貨店で、幼稚園児くらいの子がおもちゃを買ってほしいと、お母さんにせがんでいました。

するとそのお母さんが、
「そうね、ええっと、おくとーばー、のーべんばー、でぃっせんばー……。でぃっせんばーになったら買ってあげる!」

はじめはぼくも、ふざけてるんだろうなあ、と思っていました。
でもその後もお母さんは一生懸命しゃべっていました。

「でぃっせんばーになったらプレゼント、プレゼント・ふぉー・ゆー。わかる? あんだーすだんど?」


出たー、本物だ!
これが本物の、とにかく英語(っぽい言葉)でしゃべることが子どもの英語習得に有効だと本気で信じてる母親だー!

日本語混じりのたどたどしい英語。
もう完全にルー大柴。
聞いてるこっちが恥ずかしい。

ですがお母さん。
安心してください。

あなたのその努力はきっと実ることでしょう。
あなたのお子さんは、きっと将来は流暢なルー語をしゃべれるようになることでしょう。

ちなみに、早期教育が外国語の習得に有効だという説もありますが、教育科学的にはまったく証明されておらず、否定的な研究結果のほうが多いみたいですよ。


……と声をかけようかと思いましたが、やめときました。

だって昔から言うでしょう、「言わぬがフラワー」ってね。

2016年4月3日日曜日

【エッセイ】墓石転倒率


地震の震度を測るための指標のひとつに
「墓石がどれだけ倒れたか」
というものがあるらしい。

住居だと素材も構造も大きさも形状もまちまちだから、小さい揺れで倒れる家もあれば、大地震にも耐える家もある。
その点、墓だと日本中どこでもだいたい同じ素材・同じ大きさ・同じ形だから、揺れの比較がしやすい。
また、住居だと「これは半壊か全壊か微妙なところだな……」というケースもあって観測者によって判断が異なったりするが、墓石が倒れたかどうかは誰が見ても明らかなので、観測者によるぶれも小さいのだという。


なるほどー。
理にかなっている。
反論の余地もない。

しかし「墓をデータとして扱う」ってなんかふしぎな感覚だ。
ぼくは不謹慎な人間なので平気だが、やっぱり眉をひそめる人もいるんじゃないだろうか。

「墓石倒壊率67%でした」とか言うことに抵抗を感じるんじゃないか。
「東大合格率75%!」とか「お客様満足度97%!」みたいな扱いでいいのか。
ま、いいんだけど。



しょせん墓石なんてただの石の塊だとはわかってるけど、でもやっぱり、その下に埋まっている死人のことが頭によぎっちゃう。




えー、アルバイトのみなさん。
今日はお暑いなか、墓地までお越しいただいてありがとうございます。

わたくし、大学で地震の研究をしております。
その研究のため、みなさんには墓石の倒壊率を計測していただきたく思います。

右手のカウンターで、全部の墓石の数をかぞえてください。
左手のカウンターで、そのうち倒れている墓石の数をかぞえてください。
端までかぞえたら、私のところに数を報告してください。集計はこちらでやります。

以上です。
かんたんですね。
なにか質問はありますか?


はい、そこの方。

はあはあ、倒れてる墓石はどうしたらいいか、ですか。
それはそのままにしておいてください。
なんだかかわいそうな気もしますけどね。
今回はあくまで計測が目的なので。
へたにいじって、場所がおかしくなってもいけませんしね。


はい、あなた。

なるほど、隣のお墓にもたれかかっているお墓をカウントするかですか。
それは、倒れているものとしてカウントしてください。
死んでまで、誰かを支えようとする人もいるんですね。立派ですね。
ドミノだったら「なんで倒れないんだよ!」つってがっかりされちゃうやつですけどね。


はい、そこの方。質問どうぞ。

はあ。
地震で家が倒れて亡くなったの人のお墓が倒れた場合は、倒壊率200%になるんでしょうか、ですか。
そんなわけないでしょ。


はい、もう一度あなた。

地震で家が倒れた人の墓石が倒れて、その墓石の下敷きになって死んだ人の墓が倒れなかった場合はどうするか、ですか?

あなた、お墓の事情について考えすぎですよ。
ただ墓石が倒れているかどうかだけ気にしていたらいいんです。


はい、もう一度あなた。

はい?
墓石が倒れて、その下から死んだはずの人が息をふきかえして出てきた場合はそもそも墓と定義することはできないんじゃないか、ですか……?

その場合はですね……。
すぐに救急車を呼んでください!


2015年9月13日日曜日

【ふまじめな考察】よく見たら収納もない

とあるミステリ。
人里離れた館に閉じこめられてそこで殺人事件が起こる、というよくあるやつ。
どうやって犯人は誰にも気づかれずに殺人現場まで移動したのか、という話になって館の間取り図が出てきた。

あれっ。

ないっ……!

風呂がどこにもない……!

どういうことだ。
21世紀にもなって風呂なしの家なのか。
年老いた大富豪が晩年を過ごすために建てた館なのに。
まさか銭湯まで通ってるのか、大富豪。
人里離れた館なのに、歩いていける距離に銭湯があるのか。
だとしたら、犯人はこの中にいるとはいえないんじゃないか。風呂屋のおやじも容疑者のひとりなんじゃないか。

大富豪は大の風呂嫌いで、見るのもいやだから館に風呂をつけさせなかったのだろうか。
そうにちがいない。
そんな館に人を招くなよと言いたくなるが。


待てよ……。
間取り図をよく見ると、ないのは風呂だけじゃない!
トイレもないっ……!

そんなはずはない。風呂はともかく、トイレのない館なんてありえない。

図面には書いてない2階があるのだろうか。トイレは2階にだけあるのか。
しかし年老いた大富豪だぞ。
歳をとるとおしっこは近くなるし、そのたびに階段を昇り降りするのはたいへんだ。

そうか。
離れがあるのか。
たしかに、古い日本の家だとそういう造りになっていることもある。便所が離れにあって、庭に出ないと行けないようになっている造りの家。
館というからてっきり洋館かと思っていたが、まさか古い日本家屋だったとは。
謎はすべて解けた!

いやいやいや。
そうなるとまたべつの疑問が。
昨夜は、この館に人の出入りはなかったはずだ。そのことはお手伝いさんが証言している。セキュリティシステムがはたらいているので誰かが出入りしたらわかるはずだと(だから風呂屋のおやじは犯人ではない)。
そして、朝早くに大富豪の死体が発見され、居間に全員集められた。

と、いうことは。

ここにいる全員、昨夜から朝にかけて誰もトイレに行っていないということになる。
全員に「トイレには行けなかった」というアリバイがあるのだ。
どうなってるんだ。平気なのか。
昨夜はごちそうがふるまわれていたぞ。ワインで乾杯もしていた。一晩トイレに行けなかったら、相当尿意もたまっているんじゃないか。風呂がないから風呂場で用を足すわけにもいかないし。

みんな我慢しているのか。
殺人犯におびえている女も、冗談じゃないと怒っているおじさんも、冷静に推理をしている探偵も、そしてばれないだろうかとひやひやしているであろう真犯人も、みんなおしっこを我慢しているというのか。

しかしそうは見えない。
みんな、いたって落ち着いている。
ひとりずつ昨夜の行動を確認している場合じゃないだろう。「おれは部屋に戻る!」とか言う前に、まずはトイレだろう。
なぜ誰も「ちょっとトイレ」の一言を言わないんだ?

まさか、この館の人間は、誰もおしっこを我慢していないのか……?

ということは、なんらかの方法で既に排尿を済ませたことになる。
彼らはいったいどんなトリックを使っておしっこをしたのか……。
謎は深まるばかりだ。

2015年6月20日土曜日

シュレッダー取扱者


会社で大きなシュレッダーを買ったんだけど、こいつがすごく怖い。

だってとにかく大きいんだもん。
あたしくらいの大きさの貴婦人なら、軽々と飲み込んでしまえそうなサイズ。
一回も中のごみ袋を交換することなく、ふたりくらいは裁断できると思う。

おまけに何がおそろしいって、車輪がついてること。
たぶん、あんまり大きくて持ち運びが困難だからなんでしょうね。
鋭い歯とありあまる重量感だけでも恐怖なのに、機動性まで身につけてる。

もはや125ccくらいはあるんじゃない?

幸い、今のところこいつは高い知能は持ってないみたい。
エサ(不要紙)を与えられたときだけ食らいついて、ばかみたいにひたすら咀嚼してる。
鳥のヒナくらいの知性しか持ってない。

でも鳥のヒナってことは、ゆくゆくは成鳥になる可能性を秘めてるわけよね。
こいつが自由の翼を手に入れたとき。
考えただけでもぞっとする。

巨大なシュレッダーが、車輪をきしませながら次々に人を襲う。
逃げまどう子ども、立ち向かう男、巻き込まれるネクタイ、そして断末魔を残してシュレッダーに吸い込まれてゆく人々。

人類はDNAレベルで切り裂かれ、個人情報の断片と化す。
そのとき人間たちは思い知る。
個人情報保護という名のもとに、とんでもないモンスターマシンを産みだしてしまったことを……。

だからあたしは思うの。
この巨大シュレッダーを扱うためには、危険物取扱者資格か、せめて大型一種免許は必要にするべきだって。

2015年6月16日火曜日

裏鈴木と国技の危機

 そりゃ泣くよ。
 あいつが結婚したんだもん。

 元カレ? じゃない。
 ずっと恋い焦がれてた人でもない。

 学生時代の友達。
 裏鈴木キミコって女。

 あたし、裏鈴木キミコは結婚しないと思ってた。
 だって裏鈴木キミコって、2年くらい前、ひとりで国技館に相撲みにいってたのよ。
 しかも初日。千秋楽だったらまだわかるけど初日。
 ひとりで大相撲の初日をみにいくような女が結婚できるわけないってのは日本の国技はじまって以来の常識じゃない。
 なのに結婚することになったの。これもう国技の危機よね。


 話がそれたわ。
 あたし、裏鈴木キミコが結婚するって聞いて、急いで裏鈴木キミコに電話したの。
 夜中の2時だったけどしったこっちゃないわ。
 ことは一刻を争うもの。
 そして問いただしたわ。結婚したら苗字はどうするのって。

 答えを聞いて愕然とした。
「加藤」ですって。
「裏鈴木っていう名前、嫌いだったからよかったわ。めずらしいから名乗ったときに必ず聞き返されるし。やっぱり平凡な苗字がいいわよ」なんて平然と言うのよ。
 信じられない。なんて無神経なのかしら。
 電話じゃなかったら、あたし、ごぼうで裏鈴木キミコの頭をひっぱたいてるとこだったわ。
 電話線がごぼうを通さなかったことに感謝してほしいわよね。

 あたしは「裏鈴木にしなさいよ」って説得したけど無駄だった。
「もうお互いの家で話はついてるから」って、聞く耳持たずよ。


 悔しくって悔しくって、泣いたわ。
 男女同権とか言うつもりはないよ。
「裏鈴木」っていうめずらしい苗字が消えゆくことに思いを馳せて泣いたのよ。

 裏鈴木キミコって、お姉ちゃんと二人姉妹なの。
 でもお姉ちゃんも結婚して、今は別の苗字。
 だからその家の「裏鈴木」の苗字を受け継ぐ人はいなくなるの。
 もしかしたら日本で最後の裏鈴木家かもしれない。
 裏鈴木キミコのお父さんとお母さんが死ぬとき、「裏鈴木」の苗字は消えてなくなっちゃうかもしれない。

 こんな悲しいことってある?
 トキが絶滅するかもしれないってニュースで言ってるけど、すごい勢いで地球上から森が消失してるって新聞には書いてあるけど、こうしている間にも、日本中でめずらしい苗字が絶滅していってるのよ。

 めずらしい苗字は絶滅の危機に瀕している。
 子どもが生まれなかったり、生まれた子どもが結婚して相手の苗字に変えちゃったりしたら、その苗字は消える。
 あと何千年か、何万年かしたら、日本は「佐藤」「鈴木」「田中」「山田」「山本」「高橋」なんかの平凡な苗字で埋めつくされている。

珍名さんがひとりもいなくなったら、この世の中は0.2%ほどつまらなくなるよ。
 

 だからあたし、25歳になったら選挙に出ようと思うの。
 国会で法案を通すために。
 あたしの法案はこう。
「結婚後の苗字は、夫と妻の苗字のうちめずらしい方を名乗らなくてはいけない」

 山田さんと長万部さんが結婚したら、どっちが男であっても、長万部さんの苗字を名乗らなくてはならないの。
 こうすれば、めずらしい苗字が絶滅する危険性はぐっと減るはず。
いいと思わない?