2025年6月9日月曜日

【読書感想文】高野 和明『6時間後に君は死ぬ』 / 特別な人になれなかった私たちへ

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6時間後に君は死ぬ

高野 和明

内容(e-honより)
6時間後の死を予言された美緒。他人の未来が見えるという青年・圭史の言葉は真実なのか。美緒は半信半疑のまま、殺人者を探し出そうとするが―刻一刻と迫る運命の瞬間。血も凍るサスペンスから心温まるファンタジーまで、稀代のストーリーテラーが卓抜したアイディアで描き出す、珠玉の連作ミステリー。

 連作ミステリ。

 表題作『6時間後に君は死ぬ』は正直イマイチだった。ミステリ初心者にはちょうどいいのかもしれないけど、ある程度の数を読んできた人には物足りない出来だった。

 未来予知ができるという青年から「6時間後に君は死ぬ」と告げられた女性。彼の予知はどうやら百発百中らしい。彼女のそばにいるのは“いかにも怪しい男”と“彼女を守ってくれそうな男”……。

 はたして、「こうなるだろうな」と予想した通りの展開。ミステリとしてはライトすぎるな……。



 表題作で期待を裏切られたが、その後の作品まで読むと納得のいく出来だった。

『6時間後に君は死ぬ』の他に、おもうような仕事ができずに悩む脚本家が幼い頃の自分に出会う『時の魔法使い』、「この日は恋をしてはいけない」と告げられた女性が恋に落ちた相手の素性を探る『恋をしてはいけない日』、ダンサーを目指す女性が人生の節目節目でデジャヴを感じる『ドールハウスのダンサー』、そして『6時間後に~』で命を救われた女性が再びピンチに陥る『3時間後に僕は死ぬ』。

 いずれも未来予知をテーマにした作品だが、それぞれ切り口が違っていておもしろい。


“百発百中の未来予知”って題材としてはおもしろいけど、物語の中心に据えるには難しいんじゃないだろうか。

 なぜなら、読者は先に結末を知ってしまうわけだから。ある意味先にネタばらしをしている状態だ。結末がわかっている状態でハラハラドキドキさせるには、予言の的中にいたる過程によほど工夫を施さないといけない。その難しいことを、きちんとやっている。

 特に『恋をしてはいけない日』は、予言を的中させつつも見事な“読者への騙し”を入れており、鮮やかな短篇だった。




 好きだったのは『ドールハウスのダンサー』のセリフ。
「ええ。叔母は、何も起こらないのが最高の幸せだと言ってました。長い間生きてきて、ようやくそれが分かったと」
 何も起こらないのが最高の幸せ。
 眉を寄せた美帆に、館長は続けた。「普通の人として生きた実感でしょう。普通、というのは、多くの人がいいと思って選んだからこそ、普通になったんじゃないでしょうか。斯く言う私も、普通の人間ですが」
 年長者の言葉が、美帆にはよく分からなかった。ただ、いつかその意味が分かった時、自分の負った傷も癒やされるような気がした。

 ぼくも若い頃は「世界に名を轟かせる何者か」になりたかった。

 そんな淡い夢はかなわなかった。小説を書いたりしたこともあったけどものにならなかった。

 そして今は会社員としてそんなにめずらしくもない仕事をしており、結婚して二人の娘と暮らしている。お金持ちではないけれど生活に困っているわけでもない。人がおもしろがるような人生ではないけれど、大きな不満もない。そこそこ普通の人生と言ってもいいとおもう。よほど大きな犯罪でもしでかさないかぎり、きっとこの先も普通の人として生きてゆくのだろう。


 “特別な人”になりたくてもなれなかった言い訳になるけど、普通も悪くないとおもう。

 たとえばテレビに出ていっぱいお金を稼いでいる人を見てうらやましい気持ちがないわけじゃないけれど、今の生活を捨ててそんな人生を送りたいかと言われると、それは嫌だ。

 どこへ行っても好奇の目で見られたり、SNSで見ず知らずのやつらから中傷されたり、休みなく働いたりするような生活には耐えられないだろう。

 普通の人として生きることは、得られるものは大きくないが、失うものも少ないということなのだ。


「普通、というのは、多くの人がいいと思って選んだからこそ、普通になったんじゃないでしょうか。」という言葉は、そんな凡人に優しく寄り添ってくれる。

 そう、これがいいとおもって選び取ったからぼくは凡人になれたのだ……ということにしとこう。


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